マジャールの英雄
- 4.0
- 旅行時期:2008/09(約17年前)
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by ricaさん(女性)
ブダペスト クチコミ:2件
ウィーンからのツアーで、最初に寄った、英雄広場 Hősök tere
広場中央の建国記念碑(柱)は約35mの高さがあり、
記念碑のてっぺんには十字架と王冠を手にした大天使ガブリエル像が。
台座にはマジャール部族の祖先たちが並ぶ。
そしてこの記念碑を囲み、ハンガリーの初代国王、独立戦争・革命の英雄など、14人の像が飾られている。
ここには世界中から色んな人が観光に来ていたのですが、ある少女達の集団の視線をチラチラ感じていたので、
「・・・もしかして・・・スリ?」
「うわ〜、あっちは何人? 気をつけよう。目を合わせないように・・・ 」
と無視していたら、ついに一人の美少女が私に近づき英語で
少女:一緒に写真撮ってくれませんか?
私 : 私と?!
少女:あなたみたいな国の人を、見たのは初めてなので・・・
と、いつの間にか少女の輪が大きくなり私の隣に並び始めた。
一人が写真を撮ると、次々と別の場所にいた女の子たちも寄ってきて、私は一人、鞄を握り締めて、とりあえずニッコリ。
最初は「デジカメ盗まれたらどうしよ・・・」と思っていた私も、だんだん気が緩み
最後には「じゃあ、私のカメラでも・・・」と、別の女の子に頼んでパチリ☆
最後にはみんな「Thank you thank you」と言ってきて、とても爽やかなお別れ。
おそらく、彼女達は私のようなのっぺり顔の人種(東アジア人)を見たことがなくて、珍しかった模様。
きっと家に帰ったら家族に
「今日ね、こんなに目が小さくて、鼻の低い人見たよ!珍しいから一緒に写真撮ったの。
・・・ジャパンって、中国のどの辺かな・・・?」
なんて話するんでしょうか?(妄想)
最後、英語が話せる子に、何処からきたのか聞いてみたら、なんとマケドニア!!!
えっ?旧ユーゴスラビアじゃんっ!
今回の旅、ウィーンが目的だったので最初は、ついでに旧ユーゴ(クロアチア、ボスニア・・・etc)に行きたい!
なんて思ってたけど、移動時間、宿、言葉・・・悩んだ結果、オランダ経由にしました。
そっか・・・そういえば、 ストイコビッチ(大好き)も、Jリーグーガーとして来日する時、NATOの経済封鎖でベオグラードの空港は閉鎖され、何時間もかけて陸路でハンガリーに渡り、仕方なく国境警察に賄賂を払って、ブダペストの空港から飛行機に乗ったって言ってたし
「バルカンの戦争難民もかなりハンガリーに亡命して来たんだろうな・・・ 」
なんて一人勝手に感傷に浸りました。
前に、日記のコメントでマケドニア人について言ったことがあるけど・・・↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=829480612&owner_id=644458
ブルガリアの資料では
「マケドニア人という民族は存在しない。あそこにいるのは南ブルガリア人だ。」と書かれ、
セルビアの資料には「南セルビア」と表記され、
旧ユーゴ連邦から独立する時は、ギリシャから「本来、我が国の地域名ではないか?やめてくれ」と使用について猛反対され、
セルビア人は「マケドニア語は存在するけど、マケドニアという国は存在しない。奴らはセルビア人だった」と言われている気の毒な国。
それに、マケドニア国内でも、アルバニア人だらけで、マケドニア人は怖くて行けない場所がたくさんあったり、去年独立したコソボとの国境付近では今でも緊張感漂ったままという、 周辺民族が混在する複雑極まる地域・・・というか、国。らしい。
本当にバルカン半島の火薬庫
因みに、あのマザーテレサもアルバニア系マケドニア人なんだよね?
そういえば、この広場の記念碑の前に、マケドニアの国旗を翳して写真撮っているいる少年達が居ました。
彼らも先ほどの少女達の同級生かと思われましたが、複雑な歴史背景があり
「ハンガリーの英雄広場に行ったら、俺たちの国旗をかざそう!」なんて言って持ってきたのかしら?
前、ポルトガルのリスボンの大航海時代の地図の所で、
日本の地図を踏み潰したポーズで写真を撮っている韓国人集団を見た時の私と、似たような感傷を持つ人もこの辺にいるのかしら・・・???
- 施設の満足度
-
4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2011/09/02
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