北ゴイアス州に在るこのホテルのオーナーは日本人移民一世の女性で、初期の頃の日本人移民のサンパウロとパラー州ベレンやトメアスーとを繋ぐ国道が国道BR020号線+010号線しか有りませんでした。
サンパウロからウべルランジア、アウヴォラーダ・ド・スー、パウマス、インペラトリスを経由してベレンに入ってたみたいで、昔のことだからサンパウロからダイレクトにブラジリアまで1000kmを走れる車が無かった時代に、サンパウロから北に向かう日本人の為にと日本人移民一世の女性がこの場所にオープンさせたのが、ホテル・ダ・ジャポネーザです。
2007年にベレンに向かってドライブ中、バイーア州バヘイラスに向かって走ってる時にチラッと目に入って、気になり過ぎてUターンして見に行きました。
小さな町に、なんでジャポネーザ??
2007年なので、もう8年も前の話ですが、行ったら日本人が居ましてねー。
オーナーの息子さんなので日系二世になりますが、日本語はペラペラ。
なんで、ここにジャポネーザ?、と聞くと、その話に。
ちょうどこの辺りにホテルが在ったら便利なのにと言われてた場所だそうです。
そこにお母さんがホテルを開けたけど、当時は街ではなく周りには何も無かったと。
何も無いところに日本人の夫婦だけが住んでホテルだったそう。
初期の頃は連日満室で、お客さんが絶えなかったそう。
満室でも廊下で良いから寝させて欲しいと本当の満員鮨詰めだったそうです。
それが、いつしか定員ギリギリになり、空き部屋が出る様になった。
ちょうど飛行機が飛ぶ様になってお金持ちがソチラに流れ始めたのと、車の性能が良くなって航続距離が延びる様になって来たこと、それと道路も舗装される様になって、一気に客足は落ちて、1日数人から1週間数人になり、1ヶ月に数人に変わって行ったそうです。
それでも1人でもお客さんが居る限りお母さんは営業を止めなかったそうで、2005年ごろに体調悪化と老後を考えられてサンパウロの親戚と暮らす様になったのだとか。
息子さんはお母さんのたった1つの希望だったホテルをお母さんが生きてるうちに閉鎖することは出来ないから、1年に数人、それも日本人じゃなくブラジル人だけ、それでも歯を食い縛って続けると仰ってました。
2015年11月1日現在まだ予約が入るので息子さんが頑張って居られる。
日本人移民の足跡とブラジルの発展に翻弄された歴史でしたが、
息子さんも相当驚かれたらしく、まさか日本からの日本人が飛び込んで来るなんて思わなかった、早速お母さんに報告して、お母さんの希望は間違っていなかったよと言うと仰ってました。
日本人移民の足跡をゆっくり追い、歴史を眺める旅行をしていると予想だにしていなかった出会いが沢山あります。
いつか、またこの街を訪問して息子さんと出会いたいと思っています。