平安時代にはじまり鎌倉時代に"秩父三十四観音霊場"の札所として開創された寺院です!
- 3.5
- 旅行時期:2023/08(約2年前)
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by hiroさん(男性)
秩父 クチコミ:6件
「松風山 音楽寺」は、秩父市寺尾に位置する聖観世音菩薩臨を本尊とする済宗南禅寺派の寺院であり、秩父市と秩父郡小鹿野町にまたがる長尾根丘陵の広大な自然環境の中に整備された埼玉県と秩父市が管理する公園"秩父ミューズパーク"北側エリアの秩父地方における四季折々の花が観賞できる百花園に隣接しています。
「松風山 音楽寺」の創建は定かではありませんが、平安時代初期に天台宗の宗祖である最澄上人に師事し、天台宗の教えを比叡山で学び修行していた円仁上人(慈覚大師)が天長年間(824年から834年)に東国を巡錫した際に小鹿の群れに導かれて歩いた峠道の観音堂に聖観音像を刻んで安置したことがはじまりと伝えられています。
ちなみに小鹿が集まり円仁上人を導いたとされる峠道は、現在では小鹿坂峠として古道のハイキングコースになっています。
「松風山 音楽寺」の山号および寺号の由来については、鎌倉幕府・第4代将軍:藤原頼経の時代である1234年(文暦元年)に十三権者(妙見大菩薩・蔵王権現・善光寺如来・熊野権現・閻魔大王・具生神・花山法皇・白河法皇・徳道上人・性空上人・医王上人・良忠上人・通観法印)によって秩父エリアを巡拝して開創したとされる"秩父三十四観音霊場"の23番札所(「松風山 音楽寺」)の地において松風の音を聞いた際にその音がまるで菩薩が奏でる音楽のように聞こえたことから名付けられたと伝えられています。(音楽寺 御詠歌:音楽の 御声なりけり 小鹿坂の 調べにかよう 峰の松風)
現在の「松風山 音楽寺」境内にある観音堂については、江戸時代中期に建立されたと伝えられる三間四面葺き寄せ屋根とする宝形造りの外観となっており、内陣には唐様の須弥壇および立派な厨子の中に室町時代の作といわれる檜材を用いた1木造りの本尊聖観世音像(像高:81センチメートル)が安置されており、小鹿坂峠(標高:355メートル)の中腹に位置する観音堂の前庭から秩父市街が一望できます。
また"秩父三十四観音霊場"巡りについては、江戸時代の庶民の間で広まった観音信仰とあわせて江戸府内から美しい自然に囲まれた秩父エリアまで関所もなく短期間で手軽に札所巡りができる人気の観光スポットとなっており、江戸時代後期の1858年(安政5年)に各札所ごとにまとめた錦絵"観音霊験記 秩父巡礼"が刊行されています。
"観音霊験記 秩父巡礼"については、江戸時代後期に活躍した浮世絵師・歌川國貞(二代)の縁起にまつわる人物画とあわせて歌川広重(二代)の境内・景観画さらに戯作者・万亭応賀が縁起の文書を添えて各札所ごとに1枚の錦絵としてまとめられた合作となっています。
「松風山 音楽寺」の観音堂には、錦絵"観音霊験記 秩父巡礼 二十三番 小鹿坂松風山 音楽寺 畠山基國の家来 内山源蔵"の歌川國貞(二代)が描いた人物画を模写した額絵が奉納されています。
今回は、家族で秩父エリアをドライブしながら「松風山 音楽寺」を参詣しました。
参詣した際の境内には、ハイキングをしながら参詣する複数のグループにであうとともに境内に音楽関係者および音楽を志す方々の奉納幟および掲示物も複数あり音楽にまつわる参詣が多いことが伺われました。
そのほか「松風山 音楽寺」に通じる小鹿坂峠は、明治期の秩父事件の際に群衆が音楽寺に集結するために通った峠道でもあり、機会があればハイキングコースになっている小鹿坂峠などをウォーキングし廻り秩父エリアの四季折々の自然および歴史などを感じながら「松風山 音楽寺」周辺を散策してみたいと思います。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 家族旅行
- アクセス:
- 3.0
- 西武秩父駅または秩父駅から路線バス・ミューズパーク線(左回り)を利用し約20分程度です。
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- ハイキングをしながら参詣する複数のグループにであいました。
- バリアフリー:
- 2.5
- 小鹿坂峠の中腹に位置し、境内に高低差があります。
クチコミ投稿日:2025/08/23
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