新田義貞徒渉伝説地の石碑を見ました。
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- 旅行時期:2010/01(約16年前)
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by 潮来メジロさん(男性)
鎌倉 クチコミ:10件
鎌倉海浜公園の稲村ケ崎地区でバードウォッチングをした時、新田義貞徒渉伝説地の石碑を見ました。
新田義貞徒渉伝説とは何の事か、私はわからなかったのでネットで検索してみました。
軍記物語「太平記」の中で、新田義貞は鎌倉幕府をわずか15日で滅ぼしたヒーローとして書かれているそうです。
1333年(元弘3年)、後醍醐天皇の命により、新田義貞は鎌倉幕府討幕に向けて進軍を開始し、わずか10日後には鎌倉を取り囲み、仮粧坂・極楽寺坂・巨福呂坂という鎌倉の三つの切通に総攻撃をかけることに成功しました。しかし、三方を山、一方を海に囲まれ、守りやすく攻められにくい地形にある鎌倉は、簡単には落とすことができませんでした。
そんな時、新田義貞が稲村ヶ崎で黄金の太刀を投げ入れて龍神に祈願をしました。すると、潮が大きく引き、幕府の水軍が沖へと流され、新田義貞の軍は徒歩で岸壁沿いに鎌倉に攻め入ることが出来たのです。これが決定打となり約150年続いた鎌倉幕府は滅亡したのでした。
との事です。この伝説から稲村ケ崎は、1934年(昭和9年)3月13日、国の史跡に指定されたそうです。
私は、今迄、新田義貞という武将の名前は聞いた事がありましたが、稲村ケ崎での新田義貞徒渉伝説というのは知らなかったので、勉強になりました。
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2025/04/26
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