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一之橋

名所・史跡

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上には首都高速、西側には竪川水門、そして「赤穂義士」が吉良邸討ち入りの後に最初に渡った橋です。

  • 3.5
  • 旅行時期:2023/12(約2年前)
Lily-junjunさん

by Lily-junjunさん(男性)

両国 クチコミ:29件

墨田区両国と墨田区千歳に架かる「一之橋」へのアクセスは、JR総武本線「両国駅」の西口を出て、左方向に進むと140m先に「国道14号」(京葉道路)があります。横断歩道を渡り右折し、左手に見える「回向院」を通り過ぎ、最初の角を左折し250mほど進むと「一之橋」の北詰になります。
「一之橋」は、両国二丁目と千歳一丁目を結ぶ橋で、「隅田川」と「中川」を東西につなぐ「堅川」に架かり、「隅田川」から一番目の橋なので、「一之橋」と呼ばれています。「赤穂義士」が吉良邸討ち入りの後、「泉岳寺」に引き揚げる際に最初に渡った橋としても知られています。「両国橋」の東詰で休息した「赤穂義士」一行は、「泉岳寺」に向かって引き揚げを開始しました。また、火付盗賊改「長谷川平蔵」が活躍する「池波正太郎」の人気時代小説「鬼平犯科帳」にも「一ツ目橋」として登場する由緒正しき、歴史的には価値のある名橋です。
「一之橋」の歴史を紐解いてみると、江戸幕府は低湿地であった本所の開発にあたり、洪水の被害を最小限に止めるため排水路を碁盤目状に開削しました。そして、掘り出した土を陸地の補強、嵩上げに利用しました。また、排水路は「隅田川」に対し縦・横に開削されました。「一之橋」は、万治2年(1659年)に、「堅川」の開削と同時に架けられ、「隅田川」から入って「一ツ目の橋」と呼ばれ、長さ十三間、幅二間半ほどありました。この当時は、「堅川」の両岸には全国から江戸に水運でもたらされる様々な物品を扱う商家や土蔵などが立ち並び「一之橋」を行き交う人々も大変多く、大いに賑わったそうです。そして、大正12年(1923年)の関東大震災により被災し、震災復興事業橋として昭和4年(1929年)に鋼製桁橋として新たに架橋されました。現在の「一之橋」は、昭和54年(1979年)に完成し、長さが36.90m、幅が15.00mあります。「一之橋」の上部を首都高速7号小松川線が横切り、すぐ西側に「竪川水門」があります。

01_【「一之橋」の一口メモ】
⑴ 所在地…〒130-0026 東京都墨田区1
※北詰…墨田区両国1丁目・両国2丁目  南詰…墨田区千歳1丁目
⑵ 長さ…36.90m 幅…15.00m
⑶ 竣工…昭和54年(1979年)

02_【「一之橋」へのアクセス】
⑴ JR総武本線「両国駅」西口から徒歩8分500m
⑵ 都営地下鉄大江戸線「両国駅」A5出口から徒歩14分950m
⑶ 都営新宿線「森下駅」A2番出口から徒歩10分700m

施設の満足度

3.5

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
3.0
JR総武本線「両国駅」西口から徒歩8分500m
人混みの少なさ:
3.0
通行で行き交う人と車しかありませんでした。
見ごたえ:
3.5
観光用の高札なので、説明文を読んで当時の状況や様子を想像するしかありませんでしたが、いろいろ歴史の勉強になり、知識を蓄積できます。

クチコミ投稿日:2024/01/19

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