高島平周辺は、以前、徳丸ヶ原と称される平地部でした。荒川流域の南側の広大な河岸河川敷でした。
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- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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by さいたまさん(男性)
板橋 クチコミ:17件
高島平周辺は、以前、徳丸ヶ原と称される平地部でした。荒川流域の南側の広大な河岸河川敷でした。
徳丸ケ原は、江戸時代末期、高島秋帆が、幕府の指示で大砲や小銃等の実弾演習を実施し、幕末騒乱期における火力の開発に重要な役割を担った場所です。
その当時の状況を記した石碑が、徳丸ケ原公園の中に立てられています。
また、当時、使われたであろう大砲が、赤塚台上にある松月院に置かれています。
松月院には、徳丸ケ原で実施された実弾演習の指令所としての本陣が置かれたそうです。
歴史上、画期的な実弾演習が、徳丸ケ原において実施されたことは、将来を予測した高島秋帆の優れた資質を表しているものと推測できます。徳丸ケ原の名称は、石碑上に残っていますが、高島平の名称は、広く、かつ長く、この地域の名称となっています。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2022/12/06
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