供養塚の宝庫
- 3.0
- 旅行時期:2020/05(約6年前)
-
-
by ミルさん(男性)
築地 クチコミ:4件
江戸時代、現在の築地エリアはまだ海でした。江戸は経済の中心として人口が爆発的に増加し、江戸幕府はこの大量の人口に対処するため埋立地の工事を開始しました。1657年に起こった、江戸の大半を焼いたといわれる江戸三大大火の一つ「明暦の大火」によって生じた瓦礫などを使って、埋め立てられたため「築き固めた土地」という意味で「築地」という名になりました。荒波の影響で工事が難航したところ、波間で発見された稲荷神体の像を手厚く祀ったことで波風はピタリと止み、工事が順調に進んで埋め立てが無事完了しました。ご神体を祀る為に造営した社殿が「波除稲荷神社」創建です。神社自体はとても小さいものの、狭い境内には実に様々なものが詰め込まれています。社殿、夏越し大祭「つきじ獅子祭」で有名な厄除天井大獅子が収まる獅子殿、お歯黒獅子、そして築地市場側という場所柄、海老塚、すし塚、玉子塚、活魚塚、鮟鱇(あんこう)塚、昆布塚など様々な供養塚があり、極めつけは、牛丼の吉野家碑まであります。
- 施設の満足度
-
3.0
クチコミ投稿日:2020/05/18
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する