大村益次郎最期の地
- 4.0
- 旅行時期:2015/03(約9年前)
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by bluejaysさん(男性)
大阪城・京橋 クチコミ:1件
京都で襲撃され重傷を負った大村益次郎は、河東操練所生徒の寺内正毅・児玉源太郎らによって担架で運ばれ、高瀬川から舟で大阪仮病院に入院した。弟子の楠本イネとその娘高らの看護を受けるが、敗血症を患い、左大腿部切断手術を受けることとなる。だが手術のための勅許を得るために手間取り、手術を受けたものの手遅れとなり、死亡した。
この地には1873年に、歩兵第8連隊が置かれた。現在は国立病院大阪医療センター。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2015/05/30
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