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清澄庭園

公園・植物園

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全国の名石を配した回遊式林泉庭園 野鳥多し 清澄庭園 都史跡名勝

  • 4.0
  • 旅行時期:2013/12(約12年前)
wiz さん

by wiz さん(非公開)

木場・東陽町・清澄 クチコミ:4件

清澄庭園(きよすみていえん)は、東京都江東区清澄にある都立庭園。 池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝指定。

伊豆磯石、伊予青石、紀州青石、生駒石、伊豆式根島石、佐渡赤玉石、備中御影石、讃岐御影石などの全国の『名石』、『磯渡り』(池の端に石を飛び飛びに置いて、そこを歩けるようにしたもの)なども有名ですが、なんといっても圧巻なのが野鳥の多さ!

川と海に近いこともあって種々の野鳥がくることでも知られています。 通年見られる野鳥は、カイツブリ、キジバト、ヒヨドリ、オナガ、ムクドリ、シジュウカラ、アオサギ、ゴイサギ、カワウ、ユリカモメなど。 夏の野鳥は、コアジサシ、ツバメなど。 冬の野鳥は、キンクロハジロ、ホシハジロ、オナガガモ、ヒドリガモなど、だそうです。 (清澄庭園リーフレットより)

※ 清澄庭園の地には元禄期の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷があったと伝えられる。 享保年間には下総関宿藩主・久世氏の下屋敷となり、ある程度の庭園が築かれたと推定されている。 1878年(明治11年)、荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、三菱社員の慰安と賓客接待を目的とした庭園の造成に着手。1880年(明治13年)に竣工し、深川親睦園と命名された。三菱社長の座を継いだ岩崎弥之助は庭園の泉水に隅田川の水を引き込むなど大きく手を加え、1891年(明治24年)に回遊式築山林泉庭園としての完成を見た。なお、1889年(明治22年)には庭園の西側にジョサイア・コンドル設計による洋館が建てられている。 その後、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で庭園は大きな被害を受けて邸宅も焼失したが、図らずも近隣住民の避難場所となり多くの人命が救われた。それを受けて1924年(大正13年)、三菱3代目社長の岩崎久弥は当時の東京市に庭園の東半分を公園用地として寄贈。 市は大正記念館の移築(1929年5月竣工)や深川図書館の新館舎建設(同年6月竣工)など整備を進め、1932年(昭和7年)7月24日に清澄庭園として開園した。 1973年(昭和48年)に東京都は残る西半分の敷地を購入。翌年から整備を開始し、1977年(昭和52年)に開放公園(清澄公園)として追加開園した。 (wikipediaより)

○清澄庭園 園内マップ
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/map033.html

施設の満足度

4.0

クチコミ投稿日:2013/12/22

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