新河岸川橋梁〔鉄道戦災被災痕〕
- 4.5
- 旅行時期:2012/08(約13年前)
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by 横浜臨海公園さん(男性)
赤羽 クチコミ:3件
該河川は荒川(あらかわ)水系に所属する1級河川である。
該橋梁は、昭和2年(1927年)に赤羽-蕨間複々線化計画の一環として貨物線用として架橋された、47.1m1連の下路複線型ワーレントラス橋梁で製造は横河橋梁である。。
米空軍は、昭和20年(1945年)8月10日9時00分~10時30分にB29型爆撃機100機、艦載機50機が山梨県方面から帝都北部地区に侵入し空襲爆撃攻撃を実施し東北本線下十条(現 東十条)-赤羽-川口間で線路破壊4ヶ所230m、枕木損傷50本の被害が発生したが、該艦載機は攻撃の際に該橋梁に対し同年7月15日より搭載開始の13cmロケット弾を発射し、該弾は該橋梁端柱1本に命中し切断寸前の中破被害が発生した。
当時は大東亜戦争最末期に相当し、全国、殊に、連合軍はオリンピック作戦と称し日本本土上陸作戦前哨戦として、南九州各地の鉄道道路橋梁は、我が国軍隊の輸送路遮断の為に、悉く攻撃を受け落橋破壊被害が発生していた。
戦争最末期で、防衛力を喪失していた我が軍を嘲笑うが如く、常時空襲可能性に依り仮木組足場設置すら覚つかぬ状況に橋梁復旧は手間取ったが、同月15日に終戦となった事から復旧工事が急速進捗し同月19日9時30分に運転再開。
今日では戦争末期に何事も無かった様に、該橋梁を湘南新宿ライン電車が120キロの高速運転で通過している。
新河岸川橋梁(しんがしがわ きょうりょう)
東京都北区赤羽1無番地
東北本線(埼京線)北赤羽駅赤羽口 徒歩15分
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2012/10/15
いいね!:57票
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