明治維新後、萩城の天守閣は解体され公園となった、萩散策の巻
- 5.0
- 旅行時期:2005/10(約20年前)
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by 一歩人さん(非公開)
萩 クチコミ:18件
萩城は西北隅にあたる指月山のふもとにその勇姿を誇っていた。
慶長9年に関が原の戦に敗れた毛利輝元は中国八カ国を領していたのを
防長二カ国に厳封された。城を萩に築くことを徳川家康に公より許され、
慶長9年に着手し4年後の慶長13年に防長二州三十六石の居城として築城した。
指月山のふもとにあるため、別名指月城と呼ばれていた。
以後、代を重ねること13代敬親に至って幕末の多端な国事の処理が不使なため、
文久3年(1843年)4月山口に移した。
明治維新後、明治7年2月1日松陰門下生であった品川弥二郎に采配によって入札
天守閣は1,013年50銭で落札されて城は解体され、現在は公園となっった。
(好日館の展示写真及び解説より、撮影は2005年10月)
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
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- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2011/10/13
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