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 大阪や京都、また大和から伊勢神宮、あるいは手前の長谷観音へのお参りに利用されてきた「初瀬街道」は、江戸時代には観光を兼ねて道行く人が列をなしたと言います。阿保宿・伊勢路宿は、そんな初瀬街道の宿場の一つで、阿保宿は本居宣長の「菅笠日記(すげかさにっき)」にも記され、青山峠の西麓に位置する伊勢路宿は20軒ほどの旅籠が軒を並べ、毎夜、何百人もの泊り客を迎えたそうです。最初に青山高原に設けられている風力発電施設の青山ウィンドファームに立ち寄り、当時の風情を残す阿保宿を歩きました。

青山高原の風車と「菅笠日記」の阿保宿/三重県・青山町

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2013/03/24 - 2013/03/24

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ひま人

ひま人さん

 大阪や京都、また大和から伊勢神宮、あるいは手前の長谷観音へのお参りに利用されてきた「初瀬街道」は、江戸時代には観光を兼ねて道行く人が列をなしたと言います。阿保宿・伊勢路宿は、そんな初瀬街道の宿場の一つで、阿保宿は本居宣長の「菅笠日記(すげかさにっき)」にも記され、青山峠の西麓に位置する伊勢路宿は20軒ほどの旅籠が軒を並べ、毎夜、何百人もの泊り客を迎えたそうです。最初に青山高原に設けられている風力発電施設の青山ウィンドファームに立ち寄り、当時の風情を残す阿保宿を歩きました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
観光バス JRローカル 私鉄 徒歩

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  •  株式会社青山ウィンドファームが運営。津市、伊賀市、?シーテックが出資、2000年12月設立。発電規模:最大出力80,000kw、風力発電機:2,000kw×40基、その他の付帯設備、今後の予定、平成27年度:18基、平成28年度:22基。

     株式会社青山ウィンドファームが運営。津市、伊賀市、?シーテックが出資、2000年12月設立。発電規模:最大出力80,000kw、風力発電機:2,000kw×40基、その他の付帯設備、今後の予定、平成27年度:18基、平成28年度:22基。

  •  青山ウィンドファーム、この青山高原の敷地は、三重県室生赤目青山国定公園内になり、開発許可を得て事業展開されています。

     青山ウィンドファーム、この青山高原の敷地は、三重県室生赤目青山国定公園内になり、開発許可を得て事業展開されています。

  •  大村神社。延喜式神名帳に載っている古社で、主神の大村の神は阿保の水田地帯を開発した豪族、阿保氏が始祖である息速別命【いこはやわけのみこと・垂仁天皇の第九皇子:阿保親王】を祀っています。

     大村神社。延喜式神名帳に載っている古社で、主神の大村の神は阿保の水田地帯を開発した豪族、阿保氏が始祖である息速別命【いこはやわけのみこと・垂仁天皇の第九皇子:阿保親王】を祀っています。

  •  大村神社本殿。

     大村神社本殿。

  •  大村神社「宝殿(国重文)」、創建は天正15年(1587年)で元の御本殿。一間社入母屋造り。屋根は檜皮葺、木組は簡素ながら形状はよく整い、絵様・彫刻・色彩は、安土桃山様式の建築美を有しています。

     大村神社「宝殿(国重文)」、創建は天正15年(1587年)で元の御本殿。一間社入母屋造り。屋根は檜皮葺、木組は簡素ながら形状はよく整い、絵様・彫刻・色彩は、安土桃山様式の建築美を有しています。

  •  大村神社境内に鎮座している要社。地震守護の要石を祀っています。

     大村神社境内に鎮座している要社。地震守護の要石を祀っています。

  •  要社に祀っている「要石」。基底部が地中に埋まっていますが、高さ46?、周囲190?ほどの自然石で、地震守護の霊石とされています。ことに安政元年の伊賀上野大地震の際には、不思議とこの地方は難をまぬがれたと伝えられ、その後「地震除け」の神石として参拝する人で賑わったそうで、大正12年の関東大震災後も参拝者が多かったそうです。<br /> 「ゆるぐとも よもやぬけまじ要石 大村神のあらんかぎりは」

     要社に祀っている「要石」。基底部が地中に埋まっていますが、高さ46?、周囲190?ほどの自然石で、地震守護の霊石とされています。ことに安政元年の伊賀上野大地震の際には、不思議とこの地方は難をまぬがれたと伝えられ、その後「地震除け」の神石として参拝する人で賑わったそうで、大正12年の関東大震災後も参拝者が多かったそうです。
     「ゆるぐとも よもやぬけまじ要石 大村神のあらんかぎりは」

  •  要石前の両脇のナマズの石像は、水をかけると願いが叶うと言われ、多くの人々が水をかけて願をかけていきます。<br />

     要石前の両脇のナマズの石像は、水をかけると願いが叶うと言われ、多くの人々が水をかけて願をかけていきます。

  •  要社右側の「水かけナマズ」。

     要社右側の「水かけナマズ」。

  •  大村神社鐘楼、神仏癒合時代の名残の鐘楼です。建物の中に「虫喰鐘」が吊るされています。

     大村神社鐘楼、神仏癒合時代の名残の鐘楼です。建物の中に「虫喰鐘」が吊るされています。

  •  大村神社境内の鐘楼の「虫喰鐘」。日本三大奇鐘の一つと言われる虫喰鐘です。鐘の表面がぼろぼろと虫が喰ったように全て朽ち落ち、様々な伝説が伝わっています。現在は除夜の鐘・請願成就の鐘として広く信仰を集めています。

     大村神社境内の鐘楼の「虫喰鐘」。日本三大奇鐘の一つと言われる虫喰鐘です。鐘の表面がぼろぼろと虫が喰ったように全て朽ち落ち、様々な伝説が伝わっています。現在は除夜の鐘・請願成就の鐘として広く信仰を集めています。

  •  初瀬街道街並み。京・大和を結ぶ初瀬街道の全長は十四里十七町。初瀬詣で(長谷寺参拝)を終えた参宮道者たちが、伊勢神宮を目指して通った信仰の道でもあり、伊勢から初瀬を目指したので初瀬街道、あるいは「青山越え」「阿保越え」と呼ばれました。

     初瀬街道街並み。京・大和を結ぶ初瀬街道の全長は十四里十七町。初瀬詣で(長谷寺参拝)を終えた参宮道者たちが、伊勢神宮を目指して通った信仰の道でもあり、伊勢から初瀬を目指したので初瀬街道、あるいは「青山越え」「阿保越え」と呼ばれました。

  •  初瀬街道阿保宿。

     初瀬街道阿保宿。

  •  初瀬街道阿保宿。

     初瀬街道阿保宿。

  •  菅笠(すげがさ)日記の碑。松阪に生まれた国学者、本居宣長が吉野に向かって歩いた道で、「菅笠日記」にはその旅路の感想が綴られており、街道沿いには多くの句碑が建てられています。

     菅笠(すげがさ)日記の碑。松阪に生まれた国学者、本居宣長が吉野に向かって歩いた道で、「菅笠日記」にはその旅路の感想が綴られており、街道沿いには多くの句碑が建てられています。

  •  初瀬街道常夜燈。

     初瀬街道常夜燈。

  •  初瀬街道常夜燈と案内板。

     初瀬街道常夜燈と案内板。

  •  初瀬街道交流の館「たわらや」。館内にはお伊勢参りが盛んだった当時、旅人が泊まる宿がわかるよう目印として軒先にかけられた看板が数多く残されています。

     初瀬街道交流の館「たわらや」。館内にはお伊勢参りが盛んだった当時、旅人が泊まる宿がわかるよう目印として軒先にかけられた看板が数多く残されています。

  •  若戎吟醸館。地元の造り酒屋、蔵見学が出来るが、生憎休日で見学できず。

     若戎吟醸館。地元の造り酒屋、蔵見学が出来るが、生憎休日で見学できず。

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