1993/02/26 - 1993/02/28
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がおちんさん
雲南省の大姚県にある曇華山で開かれる「挿花節」に行った時の旅行記です。
彝族の人々は祭りの時期、馬纓花や山茶花などの花を、家の門や水牛の角などに飾り、幸福と健康を祈ります。また、恋人の髪に花を挿して、終生の相思相愛を誓うそうです。会場には若者が新しい服を着て集い、夜まで踊りながら伴侶を探す姿が見られました。
後年、観光化・大イベント化が進んで無粋になった雲南の祭りですが、当時は地元民による地元民のための祭りであり、少数民族の人々の楽しむ様子が印象的でした。
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1993年2月26日
西盟の旅に続き、彝族の祭りを見に行くことにした。
今回の目的地は楚雄彝族自治州の大姚県にある曇華山。
まずは昆明から13時30分のバスで楚雄に向う。途中、事故で1時間半ほど足止めをされたが、雲南ではいつものことだ。
楚雄に到着後、すぐに明朝の大姚行きバスの切符を買い、新興旅社という宿に泊まる。 -
1993年2月27日
楚雄を7時のバスで出発し、大姚には昼前に到着した。ところが曇華郷行きのバスは朝発の一便しかないため、先に進めない。バス駅前にいた三輪タクシーに頼むも、「道が悪いからいやだ」と断られてしまった。
祭りは明日が本番なので、なんとか今日中に現地入りしたい。車をチャーターできないかと人民政府と文化局にも行ったが、用事があって出払っているという。
困っていたところに彝族のおじさんが現れ、「180元くれれば軽トラックで曇華郷に行ってやる」という。バスで行けばたった5元だが、この際セコイ事は言っていられない。
頼んだぜ、おじさん。
(ちなみに西盟の旅でネルシャツをとられてしまったものの、茶花賓館の服務員がセーターをくれたので助かった。曇華山はとても寒かった) -
今回は昆明にある茶花賓館のドミで一緒になったSさんという日本人青年も同行することになった。
いつもは一人旅で自分の写真がほとんど無いけど、今回はSさんのおかげでたくさん撮ってもらった。彼とは3年後にカトマンズでばったり再会し、互いに驚くことになる。縁とは不思議なものだ。
写真は大姚でミカンを買うSさん。 -
曇華郷へ向う道はかなりの悪路で、思ったよりも時間がかかった。
山の谷間にある集落に着くと、祭りを祝う門が姿を現した。
車を降りると、空気がヒヤッと冷たい。 -
曇華郷は彝族の村。
道を行く人も彝族の民族衣装を着ている。 -
祭りの詳細を教えてもらうため、村の人民政府を訪ねた。
祭りの会場は村ではなく、ここから2キロ先にある山の上で行なわれるという。
応対してくれた男性(書記)は、「わざわざ日本から来てくれたのか」と大変喜び、歓迎してくれた。 -
まずは茶でも飲めということで、胡桃、キャンディー、麻の実、カボチャの種、タバコを戴く。
机の上で直接食べるのが、なんとも野生的な趣き。 -
「酒は飲めるか?」と書記。
外に出て地面に松の葉を敷き、ご馳走をいただく。
キツーイ白酒で乾杯するも、一杯では勘弁してくれない。
さすが少数民族の酒だ。 -
やがて村の幹部の人たちも集まってきて、嗩吶(スオナ)を吹き始めた。
これから祭りが始まるという合図だそうだ。 -
酒を飲みつつ、一心不乱に吹く。
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「お前も吹いてみろ」と言われて、私も挑戦。
これで一気に酔いが回ってしまった。 -
酔い覚ましに村を歩く。
定期市の日か、お祭りだからか、通りには物を売り買いする人で賑わっていた。
写真中央は、オタマを入念に選ぶ彝族のおばさん。 -
老夫婦はハサミ選びに余念が無い。
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民族衣装を着た娘さんたちが、楽しそうに買い物をしている。
刺繍が美しい。 -
こちらは野菜を売りに来ていた女性。
頭に巻いた黒布と、毛皮の上着姿がカッコイイ。 -
おばあさんも渋い!
手製のバッグも素敵だ。 -
1993年2月28日
今日は祭りの当日。
曇華山にて、書記が挿花節の開催を告げる。
このあと私達も壇上に呼ばれ、「日本朋友が祭りに来てくれました」と紹介され、観衆から拍手を受けた。
ただ祭りを見に来ただけなのに、ありがとう彝族の皆さん。 -
今朝のラッパは昨日のものとは違い、管の長いもの。
ブオブオブオ〜と大音量。 -
大勢の人が集まって賑わう曇華山。
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まず、馬纓花の木を囲んで儀式が行なわれる。
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しいたけのようなフェルトの帽子をかぶった人が長老。
松の葉を白酒に漬け、ピッピッと撒く。 -
彝族語なので何を言っているのかわからないけど、祭りの由来となった咪依魯(ミイルという彝族の女性)伝説のことを語っているようだ。
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長老の話を真剣に聞く人々。
ラジカセを掲げて録音する人もいる。 -
吹奏隊の人達も、じっと話に聞き入る。
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咪依魯(ミイル)伝説とは、次のようなストーリーだ。
昔、曇華山に咲く馬纓花は白くて劇毒を持っていた。山の下にある村には咪依魯(ミイル)という美しい少女が住んでおり、歌や踊りが上手いだけでなく、手芸に大変秀でていた。
ある日、ミイルが山で羊の放牧をしていると、とつぜん狼が現れ、羊の群れに迫ってきた。そこへ狩りをしていた朝劉若という青年がかけつけ、狼を殺して娘と羊たちを助けてくれた。ミイルは感謝の印に白い杜鵑花を手渡すと、青年はその花をミイルの髪に挿し、ふたりは恋人となった。
そのころ曇華山には凶悪な匪賊が住んでおり、天仙園という建物を建てて、「仙女を招いて村の娘たちに刺繍を教えてもらう」と騙し、各村から最も美しい少女を差し出させて淫虐の限りをつくしていた。
それを知ったミイルは囚われた娘たちを救うことを決意する。二月初八の日、ミイルは丹念に化粧をして、単身で匪賊に会いに行く。匪賊はミイルのあまりの美しさに我を忘れ、「結婚してくれ」と頼んだ。ミイルは、「天仙園に囚われている女性を解放すれば、あなたの嫁になりましょう」と告げ、匪賊は女性たちを自由にした。
そして、ミイルは髪に挿していた馬纓花を密かに酒に浸し、「この同心酒を一緒に飲み干し、一生の愛を誓いましょう」と言うと、匪賊と共に毒入りの酒を飲んだ。匪賊はすぐに絶命したが、ミイルもまた、己の命を犠牲にしてしまった。
狩りから帰ってきた朝劉若青年は、ミイルが天仙園に向かったと聞き、すぐさま弓と刀を携えて彼女の救出に行く。しかしすでに時遅し。青年はミイルの亡骸を抱いて泣き続けた。やがて彼の両眼からは鮮血が流れ出て、その一滴が白い馬纓花の上に落ち、それ以来、馬纓花は赤い花になったという。
彝族の人々は、勇敢に散った美しいミイルを記念して、馬纓花や山茶花などの花を吉祥の象徴とし、毎年二月初八の日に曇華山に出向いて花を摘み、村の入り口や家などに飾るようになった。そして何世代も経つうちに、この伝統的な習慣が挿花節になったのだそうだ。 -
踊りの出番を待つ、現代の朝劉若と咪依魯(ミイル)。
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踊りをする若者たちが入場してきた。
肩から下げた刺繍かばんがカッコイイ。 -
踊りは3組が交互に出演した。
初めは赤チーム。 -
馬纓花を手に持って踊る、彝族の少女たち。
鳥の雄たけびのような声で歌うのが刺激的。 -
自然の中で民族衣装が映える。
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楽しそうな観衆。
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観客のおばさんも見事な装い。
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笑顔がこぼれる
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「私だって昔は踊ったのよ」と言いそうな、おばあさん。
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オシャレな母と子。
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儀式を行なった長老も楽しそう。
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次のチームはギンギラの衣装で登場。
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輪になったり、中央に集まったりと、激しい動き。
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最後にポーズ。
決まった。 -
どうやら対抗意識があるようで、団員は他の演目を真剣に見ていた。
村が違うのかな? -
さあ、今度は黄色組の出番だ。
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両手に花を持って、歌い踊る。
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腰から垂らした帯には細かい刺繍がされていた。
ナイスデザイン。 -
若々しくて、素人っぽさがまた魅力的なのだ。
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演舞の後は記念撮影。
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踊りを終えて、ほっと一息つく。
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思わず見とれてしまうほど美しい、彝族の民族衣装。
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祭りに見入る、父と幼子。
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青年が下ろし立ての服と帽子でキメテいるのは訳がある。
祭りは恋人を探す場所でもあるからだ。
彼らの視線の先には、お目当ての女性がいるのかもしれない。 -
そして少女たちもまた、お揃いのファッションで存在をアピール。
彼女たちのハートを射抜く男性は現れるだろうか?
この日、若者たちは夜中まで山を下りないそうだ。 -
こんなに寒いのに、アイス食べてるの?
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こんな山の中でも、物売りがいるのはさすが中国。
アイスどころか、温かい米線だって食べられるのだ。 -
こちらはサトウキビ売り。
私も一本買った。
かじって甘さを味わい、吐き出す。
それの繰り返し。
都会から来た軟弱者には顎にこたえた。 -
祭りはまだまだ続く。
若い男女の歌声が、曇華山に広がる。
少数民族の祭り 大姚曇華山・彝族の挿花節(後編)〜雲南の旅1993 に続く
http://4travel.jp/travelogue/10855545
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