1993/02/28 - 1993/03/01
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がおちんさん
彝族の祭り、「挿花節」を見に行った旅行記の続編です。
陰暦の二月初八、曇華山に大勢の彝族が集まり、美しい民族衣装を着た若者が歌や踊りを披露するのが、いわゆる「挿花節」の見どころです。
しかし、地元の若者にとっては、全ての演目を終えた夕方以降からが本番。大勢の人が踊りながら恋人を探す様子が見られました。
なんともロマンチックで、ちょっと彼らが羨ましくなりました。
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1993年2月28日
今日は陰暦の二月初八。
雲南省楚雄彝族自治州大姚県の曇華山にて「挿花節」が行なわれる日だ。
挿花節とは、伝説の彝族少女ミイルを記念して、馬纓花や山茶花などを家の門などに飾り、幸福と健康を祈るという祭りである。
そして伝説の舞台となった曇華山では、若い男女による踊りが披露された。 -
会場では3組の若者たちによる踊りが披露された。
服や頭巾がそれぞれ違う(観衆も)ので、おそらく異なる村の人達だろうと思われた。
これは赤い服のチーム。 -
メタリックな服の色と派手な帽子の、ギンギラチーム。
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黄色い服(一部赤い服もいた)のチーム。
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母親が、踊り子の娘の頭巾を締めなおす。
「さあ、頑張ってね」と言っているようだった。 -
踊りに合わせてスオナを吹く男性。
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踊りの出番を待つ娘。
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踊りを終えて。
後で見守るのはお母さんかな?
どっちも嬉しそう。 -
祭りを見終えて、いったん曇華郷に下りる。
夕方からは若者が恋人探しをするというので、夕食後に再び山に向かった。 -
曇華山にて。
昼間は観客だった村人達が、輪になって踊っていた。 -
楽器に合わせてステップを踏む。
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こちらは女子軍団。
男女は別れて踊っている。 -
今年の流行はオレンジ色のようだ。
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日が暮れるにつれて寒さが増すが、夕陽を浴びる青年の視線は熱い。
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女子のほうも、踊りながら周囲を見渡す。
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毛皮を着て、防寒対策はバッチリ。
「オールナイトも平気だぜ」とノリノリで踊る男性。 -
「こっちだって帰る気はないわよ」とばかりに、懐中電灯を持って踊る女性。
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寒いのでマフラーは必須。
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少しずつ、踊りに参加する人が増えていく。
だんだんと盛り上がっていくのが伝わる。 -
左端の青年、早くも可愛い娘をゲットしたようだ。
もうガッチリと手を握っている。
一方、右端の青年らはあたりをキョロキョロ見渡している。 -
おっ、こちらの青年も娘のハートを射止めたか?
娘さん、ニコニコ笑っているけど・・・ -
なんと、彼女の手はマフラーをしっかりとつかんでおり、彼と手をつなぐことはなかった。
なかなか簡単には行かないみたい。 -
こちらの青年も、意中の娘にアタックしたようだ。
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腕をからめて、しっかりと手を握る。
嬉しそうな彼の顔。
彼女はちょっと恥ずかしそう。
ヤッタネ! -
踊りの輪はどんどん大きくなっていく。
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突然、歓声とともに輪がくずれ、男達が中央のほうに走って来た。
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お目当ての娘を目がけて走る青年たち。
もしかしたら告白タイムかもしれない。
さあ急げ! -
熱い心は、寒さをものともしない。
みんな目が真剣だ。
いい娘が見つかるといいね。 -
こちらの娘たちも、内心はドキドキなんだろうな。
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真っ暗になった曇華山。しかし若者達は帰らない。
なぜかおばあさんもいた。
民生委員かな? -
「私らだって昔はああして踊ったものさ」と、大人は焚き火を囲んで団欒中。
色々な世代の人が、それぞれ祭りを楽しんでいる。 -
熱気あふれる会場を後にして、曇華郷へ下りる。
同行した日本人青年のSさんも、「少数民族の祭りってすごいんですね」と満足していた。 -
1993年3月1日
今日は曇華郷を去る日だ。
年季の入った旅社ともお別れ。 -
吹奏隊の男性が出てきた。
手にお椀を持っている。
きっと今日も朝から酒を飲むのだろう。 -
人民政府にて、ラッパを吹く。
ブオブオブオ〜。 -
朝、書記が、「一緒に朝食を食べよう」と私達の部屋まで来てくれた。
なんと親切な人だろう。
「せっかくだから毛皮も着てみろ」と言われてポーズ。
どうもありがとう。大変お世話になりました。 -
政府の人たちと一緒に最後の食事をとる。
が、そこは彝族。朝からしっかり白酒を飲まされてしまった。
おかげで体がポッカポカ。 -
再び、ブオブオブオー。
時を告げる役割もあるようだ。 -
大姚行きのバスは12時に出る。
時間が来るまで青空市場を見て歩く。 -
大きな帽子と思ったら、大鍋を買った人だった。
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前髪をおしゃれに垂らした娘さん。
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こちらは徹夜組のようだ。
いい人は見つかったかな? -
12時。
大姚に向かうバスが出発するとき、彝族のおばさんが泣きながら現れた。
私の後ろの席に座る青年が、どうやら遠くに出稼ぎに行くらしい。
彝族語でよくわからないが、「金は腹にしまえ」とか「荷物に気をつけろ」とか言っていたようだ。 -
しかし、息子のほうは照れくさいのか、母親のほうを見ようともせず、前を向いたまま頷くばかり。
すると母親は、サトウキビでコンコン窓を叩き、「これ持っていきなさい」と勧める。要らないよと断る息子。いや持っていけと母親。その問答をみて乗客に笑いが起きた。青年の隣の人が促すと、息子はやっとサトウキビを受け取った。
バスが走り出す時、母親は「気をつけるんだよ」と何度も言いながら涙を拭いた。
母親の愛情に、もうこっちまでウルウル来てしまった。 -
大姚から楚雄に向かうバスは旧型の雲南号だった。
なんとレアな。
喜ぶ私を見て、Sさんは不思議そうな顔をした。
「このバスは凄いんだよ」と私。
何が凄いって、交通が不便で悪路だらけの上、高低差が激しい雲南省の田舎道を必死に走り続けてきたバスだからだ。 -
愛らしいフロントマスクに「YUNNAN」のエンブレム。
ふつうの雲南号(私のプロフィール写真のバス)だってボロくて狭くて、乗り心地が悪いのに、この旧型はさらにハードな思いをさせられるに違いない。
しかし、そんなことはどうでもいい。よくぞスクラップにならずにいてくれたものだ。それに快適な旅じゃ雲南らしくない。故障したり、埃まみれになったり、振動で腰が痛くなったり、人民の手鼻や痰吐き、ゲロを乗り越えてこそ、目的地に着いたときの感動もひとしおだ。タバコの煙もガマンガマン。
雲南号に乗るということは、移動そのものが旅の醍醐味であることを気付かせてくれるだけでなく、旅人がどれだけ雲南に熱意を持っているかという試金石にもなるのである。 -
旧型雲南号に乗り込む。
予想通り車内は狭く、圧迫感はさすが。通路は無いに等しく、自分の席までたどり着くのが一苦労。3人掛けのシートは端の人が「半ケツ状態」を強いられる設計で、背もたれも低く、肩首が疲れる仕様となっている。座席のピッチは短く、足を伸ばせないうえに、通路やイスの下には誰かの荷物が置いてあるので楽なポジションがとれない。
壊れそうなエンジン音。ギアを入れて轟音とともにバスが走り出すと、体が震えるほどの振動が発生し、窓も勝手に開いてしまう。これまで乗った中国のバスで一二を争うハードなバスかも。
ボロくてスピードが出ないので、なんと楚雄まで5時間以上もかかり、もうヘトヘト。楚雄では人民旅社という宿に泊まる。移動がきつかったのか、Sさんは蕁麻疹が出てしまった。
翌日は楚雄から昆明に戻り、私は広州と香港に寄ってから帰国した。
遠野物語ツーリング〜東北の旅1993に続く
http://4travel.jp/travelogue/10798188
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