1992/02/09 - 1992/02/13
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がおちんさん
1990年に個人旅行が解禁されて以来、ベトナムは行ってみたい国のひとつでした。
今回はアンコールワットへ行く中継地としてホーチミンを訪れました。街は想像していたよりも汚く、治安も悪かったですが、ドイモイ政策による活気も感じられました。
※写真はアオザイ姿が素敵だった本屋のお姉さん。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 自転車 タクシー 徒歩 バイク 飛行機
-
1992年2月9日(日)
バンコクからホーチミンへやって来た。
タンソンニャット空港にて、9年もベトナムで仕事をしているという日本人男性に会い、一緒にタクシーで市内へ。空港では両替が出来なかったと言うと、「小額のドル紙幣が一番便利ですよ」と教えてくれた。
地元では誰もホーチミンとは言わず、サイゴンのままで呼ばれていることや、街にはスリや引ったくりが多いことと、値段交渉でふっかけてくるから注意するように言われて緊張する。(実際、後日引ったくりに遭った)
空港からコンチネンタルホテルまで15ドルだが、彼はさらに私の目指すアンツーリストまでの5ドルを支払ってくれ、タクシーを下りていった。感謝。
ところがツーリストについてタクシーを下りようとしたら、運転手が「お前もいくらか払え」と言ってきた。さっきの5ドルがそうだとつっぱねる。
ツーリストでは居留証とパーミットの申請を頼み、50ドル分をドンに両替する。レートは1ドル=11800ドン。カンボジアビザのファームの書き方(フランス語)を教えてもらえたので助かった。
街歩き中にサイゴン大教会が見えたので近寄ると、糞尿だらけで絶句した。臭くてかなわないので退散する。 -
サイゴンの街に車は少ない。
通りを走るのは、シクロ、バイク、自転車が中心だ。 -
ベトナムではバイクのことを「ホンダ」という。
メイトに乗っていても、「俺のホンダはヤマハだ」と表現するそうだ。
ピカピカのスーパーカブはサイゴンではステータス。
お父さん、ニコニコしながら走っていた。 -
カッ飛んで危ないバンコクと違い、サイゴンのバイクはのろのろ走る。
ノンをかぶった果物売りも、余裕で通りを渡っていく。 -
「ガオーッ」といった轟音と排気ガスを撒き散らして登場したのは、凶暴そうな面構えをしたボンネットトラック。
ベトナム版「激突!」を製作したら使えそう。 -
ガソリンはタンクローリーではなく、リヤカーで運ぶ。
手軽と見るか、危険と見るか。
やっぱ危ないよな。 -
タバコ屋のおばちゃん。
眉間のシワは、サイゴンの移り変わりを見てきた証か。 -
「どこが東洋の小パリだ」と思ったサイゴンだが、ロータリーが多いので、それっぽい感じの所もある。
アオザイを来た女性、ホンダに乗って颯爽とゆく。 -
ドンコイ通り。
サイゴンのタクシーはソ連や東欧製の車両だ。
さすが社会主義の国。
クルマは小ぶりで丸みがあって可愛いが、運転手はえげつない(笑)。 -
サイゴンの国営百貨店。
ろくなもんがない。
中国より2〜3年遅れた品揃え。
ガラーンとしていた。 -
ベンタン市場前に停まる、オールドカー。
-
国営書店で地図を買うと、売り場の姉さんから「写真を撮って」と頼まれた。
「アオザイを着てほしい」と所望すると、休憩後に着替えてきてくれた。店の前で記念撮影をする。
ベトナム女性はアオザイを着るために頑張って痩せるそうだが、やはり美しいと思った。 -
歩きまわって腹が減る。
フォーの屋台を見つけて一休み。
隣のジュース売りの男も、なぜかアピール。 -
フォーガー、一杯5000ドン。
ミントやライムは入れ放題。
余所者に見られなきゃ4000ドンになるのがベトナム流。 -
屋台の果物屋さん。
ベトナムの氷で腹がやられたので、フルーツで水分とビタミンを補給する。 -
下校時の小中学生に人気だったのがバインセオ。
ベトナムのお好み焼き、というよりも駄菓子屋のドンドン焼きだ。 -
チビッ子がしゃがんで食べているのは、ベトナムおでん串。
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豚の臓物や皮を煮込んだものを、汁と一緒に食べる。
旅に出て一番記憶に残るのは、こういう現地フードだ。 -
こちらは干物&駄菓子屋さん。
-
数々のジャーキー類(何の肉だろう?)とイカ、うずらの卵の他、花火などが売られていた。
実際、これらを買えるのは裕福な家の子供だけだ。写真には撮らなかったけど、サイゴンには物乞いや浮浪児がとても多く、貧富の差は歴然だった。 -
アメリカに勝った国、ベトナム。
ポル・ポトをぶちのめした国、ベトナム。
中越紛争で中国をしばいた国、ベトナム。
しかし
自国通貨よりもドルが強いベトナム。
街が糞尿にまみれて乞食だらけのベトナム。
(後に)ODAで世話になる日本(人)をぼったくり、ひったくるベトナム。 -
チョロンまで歩くと、物乞いにつきまとわれることもなく、シクロがしつこく声をかけてくることも無い。
まあ、これが普通の街だ。 -
サイゴンとは雰囲気が違うチョロンの街。
道を行く車両のスピードも、かなりゆっくり。 -
街が小便臭いのはサイゴンと同じだけど、公衆トイレが無いから仕方がない。
アオザイはズボンがダブダブだからか、おばさんも裾をまくって堂々と野ションをしていた。
男女平等。 -
チョロンの商店街。
モノトーンが似合いそうな南国の町。
暑さは強烈。
シクロは5000ドンが相場だった。 -
フランスパン売りはよく見かける。
美味しいけど、すぐに湿気る。 -
ポップなカラーのオート三輪。
こういうの見ると、無性に乗りたくなる。 -
やっと見つけた中国語。
これを見るまで、チョロンが中華街とは思えなかった。 -
ビンタイにある長距離バスターミナル。
ローカルな旅の玄関口だ。
ちょっと胸がわくわくする。 -
バスターミナルに並ぶオールドバス。
フロントのエンブレムには「CHEVROLET」や「DESOTO」と書かれているが、本物かどうかはわからん。タイのベンツだって中身はいすゞ製が多いし、De Sotoがベトナムで細々と生き残っているわけも無いだろう。
実際はどちらもトラックをベースにしたバスのようだった。 -
中国と同じように、荷物は屋根に積む。
このバスはいすゞ製だった。
雲南号のようなキュートさは無いな。 -
近距離バス。
試しに乗ってみたが、窓が無いのにひたすら暑かった。 -
鳥は生きたまま運べば腐らない。
-
やっと見つけた、味のあるバス。
ホイールベースが短くてチョロQみたいな形だ。
乗客はリア側から乗るが、車高が高すぎて乗るのが大変そうだった。
おそらくトラックを改造したものだろう。 -
バス駅のスナック売り場にいた美人のお姉さん。
メコンデルタ行きの乗り場を教えてもらった。
カンボジアから帰ってきたら行ってみよう。 -
サイゴンまでオート三輪に乗って帰る。
夜、映画を見に行く。1階席が3500ドンで2階席が4000ドンだが、なぜか2階席だけ混んでいた。
カップルがほとんどで、ものすごいイチャツキぶりに唖然とする。あけらさまに胸をもんだり、キスしたりしているので、プロの仕事かと合点がいった。
映画はベトナム風チャンバラカンフーアクションで、中国大陸モノよりもはるかにチープな内容だった。知野二郎さんなら知ってる俳優が出ていたかもしれない。殺陣が全然なっとらんと突っ込みを入れたかったが、周りで突っ込みを入れてる人たちが気になって映画に集中できなかった。
早々に退出する。 -
カンボジア領事館に行くと、大勢のトラベラーがつめかけていた。
ビザを取得するのに何日待たされるかわからないそうだ。ある日本人は、「3日で出来ると言われたのに、もう1週間も待っている」と不満そうに言った。
フランス語のフォームを四苦八苦して記入して提出すると、なぜか係員は「明日来い」と言う。翌日の朝に行くと、「夕方来い」と言われた。こうやって1週間も待たされるのかなと不安になったが、夕方にはビザとリエントリーカードが出来ていた。
一方、例の日本人はまだビザが出来ておらず、「何でなんだよ」と怒っていた。 -
フォー屋のおばさん、私を見て「チーシェンマ?」と中国語で聞いてきた。
旅行者に見えなかったのかもしれない。4000ドンと安いのは嬉しいが、反対に6000ドン取られたところで目くじら立てるのも馬鹿くさいと思った。
ベトナムではこっちの思い通りにはならない。そう思って旅をすれば、きっと楽しめるだろう。 -
ホーチミン広場に学生が集まっていた。何か祭りの予行練習をしているようだ。
屈託なく笑う姿を見て、戦争後に生まれた彼らの世代が新しいベトナムをつくっていくのだろうなと感じた。
明日はカンボジアへ出発だ。
カンボジアの夜明け・和平協定後のプノンペン〜カンボジアの旅1992(その1)に続く
http://4travel.jp/travelogue/10685784
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