1996/04/27 - 1996/05/03
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<1996年5月1日>
5月1日のメーデーの日、光州市から麗水(ヨス)へ向かう途中、松広寺(ソングヮンサ)に立ち寄りました。この寺も秀吉軍に攻められて、焼き尽くされた古寺です。この日、予定通り半島南端の1つ麗水(ヨス)まで移動し、宿を求めました。
<松広寺(ソングヮンサ)>
Tnさんから、この松広寺には、珍しく石塔がないと教えて戴きました。相当に広い境内であすが、まだ完全には再興が出来ていないようでした。輸入木材を自前で製材しながら、復興作業を続けていました。
このお寺には修行僧が多く、境内の大部分は立ち入り禁止となっていました。潜った山門には『曹渓山 松広寺』のほか『僧宝宗』の文字がありました。禅宗の寺です。
ここで、観光ガイドブックを引用しながら松広寺を紹介しておきます。
『この寺は、高麗時代から高僧を排出した名刹として知られ、仏教における三宝(仏、法、僧)の内、僧を大切にする宝僧寺院として高名であり、今も韓国内にとどまらず、世界各国から集まった僧がここで修行を続けている』
と、紹介されていました。一言で言えば、修行のお寺です。
<エンジェル号>
翌日フェリーのエンジェル号で多島海巡りをしながら釜山(プサン)ヘ向かう計画でしたが、生憎のエンジントラブルでした。欠航の見込みとのことで、翌日の乗船予約はできませんでした。
エンジェル号は、この時を含めて何回か挑戦しましたが、結局乗船することは出来ませんでした。何年か前には就航そのものが廃止されてしまいました。そんなことで、未だに多島海海上国立公園の島巡りは実現していません。
<メーデーのこと>
韓半島を南下する車の中で、ラジオ放送でのメーデーの演説を聴きました。司会者に紹介されて、政党や労働団体の代表者などが演説を続けていました。その真打で登場したのが、日本からの拉致事件などで知られる金大中(キムデジュン)氏でした。
それまでの演説も、中々の迫力で民衆に訴えていましたが、ハングルは解せないものの、彼の演説が、一番説得力があったように聞こえました。ゆったりとした口調から次第に盛り上げていく調子が素晴らし演説でした。
演説会場は、多分ソウルだと思われました。たまたま金大中氏の故郷の光州が近くだったので余計、印象に残ったのかも知れません。彼はその後、大統領に当選し、任期を全うしました。
<麗水(ヨス)の町、泊まった宿>
麗水は、光州(クァンジュウ)が道都である全羅南道(チョンラナムド)の東南端に位置していて、リアス式海岸の風光明媚な港町です。海洋観光の拠点であり、最近の情報(2004年時点)では、2010年に海洋エキスポが開催される予定となっています。
日本で例えれば、三陸海岸に類似した地形です。ところで、麗水で泊まった宿は街道沿いでした。真夜中どころか、朝方まで喧騒が続いて、閉口しました。うるさくて、中々寝付くことが出来ませんでした。どうやら、南鎮祭と呼ばれるお祭りの前夜祭の日に当ってしまったようです。
<南鎮館(チンナムグァン)>
秀吉軍のことは、この小文で何度か触れました。秀吉軍が攻め入った『倭乱』の話の続きです。秀吉軍を前に、朝鮮軍は総崩れになりかけましたが、中国の明の助けを借りたり、ゲリラ戦で何とか持ちこたえました。
その窮地を最後に救ったのが水軍を率いる李舜臣(イ スンシン)将軍です。この李将軍が閑麗水道で日本軍を迎え撃ったのが『亀甲船(コブクソン)』と呼ばれる亀の甲羅のような屋根を持つユニークな船です。
現物は残っていませんが、文献を元にレプリカが作製されています。南鎮館は、この李将軍が全羅左水軍と呼ばれる海軍の本拠を構えた建物です。現在の建物は18世紀に再建されたもので、68本の巨大な柱を持つ、韓国有数の巨大木造平屋建築です。港を見下ろす見晴らしのいい高台に造られていました。
麗水へ向かう途中にて
月替る途端に今日の五月晴れ
燕は来たり初めは高く飛び
田起して水待つ山の里の春
新緑のまにまに石置く丸き山
朱一面ツツジ畑の光州路
街路樹の殊更朱き光州路
メーデーの演説聴きつ光州路
黒山羊の若草食める親子哉
松広寺を訪ねて
チマチョゴリ萌黄に染むる松広寺
蕨売るアジュマが座せる彼岸橋
太鼓橋子等が昼餉の松広寺
四天王餓鬼の鼻先花の舞う
天の邪鬼苦難を食みて春来る
海超し大木仰臥す寺の春
花の寺新堂立ちぬ無垢の木目
縁起絵を巡れる春の午後の寺
南鎮館に登りて
南鎮祭倭冦に胸の痛む春
南鎮館昇りて南に霞む海
麗水の宿にて
南鎮祭前夜の喧騒夜明まで
春野菜アジュマが捌く朝の市
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