2025/07/07 - 2025/07/14
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Pontakaiさん
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約40年ぶりのマニラ訪問市内見学そしてパラワン島プエルト・プリンセサ市滞在、洞窟地下川ボートツアーが主要報告の内容です。
マニラはここ10年ほど訪ねた国の中で残念ながら最も貧富の格差が露骨にみられる国でした。わたしはアキノ国際空港T3から繁華街入り口となるMRT3号線タフト・アヴェニュウ駅(1号線エドサ駅と近接)までは徒歩、国内線用T2までもMIAロード駅から徒歩。マニラ市内歴史的見物個所も徒歩、プエルト・プリンセサ空港から宿までも徒歩と、誘われてジプニーに乗る以外は、すべて歩きました。トータルで15kmくらいは歩いた旅でした。マニラではそれだけ街の貧富の状態を直接垣間見ることができました。
洞窟地下川ボートツアーは蝙蝠対策に肌を出さないようN95のマスクをしたり、長袖、長パンツで向かいましたが、思った以上に観光地化されていました。その日、日本人はいませんでした。西欧人が数人のほかはほとんどフィリッピンの方々でした。これとは別にプエルト・プリンセサでは予期していなかった非常に貴重なものも見ることができました。
総じて雨季の今のフィリッピンは観光客は少ない時期といえそうです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
成田発11:30 フィリッピンエアアジアLCC マニラ着15:30頃でマニラ市内へ。昼間の便を選んだのは陽のある中で街を歩けばそれだけ危険は少ないだろうからとの思惑。荷物も5kgくらいしかないし。
今回のレポートは空港から繁華街市内始発点に位置する鉄道駅(MRT#3)へ徒歩で行った様子から始めます。
マニラ国際空港表玄関口からはタクシー、グラブ、公共バス、などが一般的ですが、地図で見るところ大した距離でもなさそうなので、それに昼間の時間帯なので思い切って歩いて行くことにしました。それに大切なことは、私は肩掛け荷物だけという身軽さです。
まずマリオットホテルや豪華なホテルが立ち並ぶ「裏口」への出口を見つけました。到着は1階ですが、出発階の4階から豪華ホテル側に通じる歩道跨道橋があります。マクドナルドの裏側にそこから大通りに並行して走る普通の道路がありますので、ホテルや立派なコンドミニアム群の立ち並ぶ中を左方向に進みました。 -
昼間のせいかモダンな屋台スタイルの出店が立ち並んでいます。ホテルやコンドの宿泊客たちが利用しています。(私も最終日ここのコンドの一室に泊まりましたので、付近の屋台や店舗を利用しましたヨ)
そのままどんどん歩を進めると銅像があり更に進んで行くと道が狭くなり車が頻繁に一方通行で走るNew Port Blvd.(ブルバード)へ出ます。頭上は高架高速道路になっています。途中いろいろ歩きにくいところがありますが、そこは徒歩の有利さ、汚れたどぶの臭いや車の排気ガスやら諸処の悪臭が鼻を突きだしますが、かまわずひたすら道路脇を進みます。貧民窟風情が苦手な方は無理しないほうが良いかなとも思いますが… -
20分くらい歩き続けると高架高速道路が合流する地点に出ます。この分岐点で右側からの高速道路側へと右折します。目当てとしてはOYO110というホテルの看板があったかと思います。
あとはこの高速道路の下の広い道をまっすぐ歩くだけです。適当なところで左側の歩道へ移っておいたほうが後が楽です。歩道もちゃんとしており、怖いと感じるようなところもありません。ただし、車の通りが激しいので、道路の横断だけは注意してください。 -
きれいな言葉で言えば「ウグイス色」をした川(どぶ川)をわたるとあと10分くらい下の道を歩き続けるとMRT3号線のタフト・アヴェニュウ駅が左に見える交差点にぶつかります。
こうした一般道路にはジプニーが頻繁に走っているのが分かりましたので、13日の帰りの空港まではタフト・アベニュウ駅からこの通りに出たところでジプニーを捕まえ、空港「裏口」まで乗りました。13ペソでラクチンですね。 -
曇りがちの天気のせいか、写真が暗くてすみません。右手の高架上にMRTタフト・アヴェニュウ駅があります。MRT#3線沿いのマカティ地区のアヤラ、ボニといったビジネス繁華街の駅につながっています。わたしの採った初日の宿泊所は駅近の高層コンドでショー・ブルバードにありました。始発駅から20ペソと運賃が安いのが助かります。
ここまで少し詳しく、徒歩で中心街へ出る様子をレポートしてみました。
タフト駅はLRT1号線のエドサ駅と高架回廊で繋がっており、乗り換えも便利です。回廊の下には狭い路地に沿って安物市場で有名なバクララン商店街のテントが立ち並ぶ姿が見えます。
交通渋滞などで国際空港からこの辺りまで来るのに、乗り物でも小一時間掛かってしまうらしいので、足に自信のある人は歩いても4,50分ですので昼間なら、歩くのもお勧めです。
ただし、夜間は経験していないのでわかりません。
空港から徒歩で繁華街始発点まで歩いてみようという方の参考になれば幸いです。 -
ショウ・ブルバード駅近くの高層コンドに泊まり、翌日は市内見物。電車MRT#3Northboundー北方面行きでクバオ駅まで行き、LRT#2に乗り換え、更にホセ駅で乗り換えLRT#1で国連(United Nations)駅まで。動きとしては反時計回りの動きです。一つには混雑を避けるためです。南行きは午前中ラッシュ時は大変混雑します。
セントラル駅と国連駅との間の車窓からホセ・リサール公園が右手に見えましたので、国連駅で下車してから後は徒歩で。 -
ホセ・リサール公園のホセ像の前に来ました。朝まだ早かったせいか、公園には人影もまばらでした。後方海浜側には高層ビルが建っています。
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約40年前、Kaviengの沖合で戦没したと聞いていた伯父の慰霊のためにパプア・ニューギニに行ったとき、当時は(今も?)東京⇔ポートモレスビー間の直行便がなかったため、マニラで2日間トランジット泊となり市内見学をした折の写真です。参考までに。
当時はたくさんの人々が集まっていました。 -
ホセの処刑の時の様子を銅像にした像が公園の一角にありました。
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公園内に立つ、16世紀世界周航者グループスペイン人のマゼランを殺した救国の英雄とされるラプラプの銅像です。フィリッピン独立精神の支えとなっています。
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自然史博物館建物の全貌です。無料で入ることができます。中にはフィリッピンの陸上動植物、海中生物、鉱物などの標本がきちんと整理されて展示されています。
自然の宝庫のままに残っている自然の標本を見ることができます。
少し離れた場所には、文芸館、近代美術館などの建物も点在していました。 -
近代美術館からイントラムロスまでまた歩きました。所々でイントラムロス全体を巡るからシクロ・バイクにのって観光しないかと声を掛けられますが、すべて無視。手のひらを横に振るとすぐに声掛けを辞め別の客を見つけに行きます。フィリッピン人はしつこくなくて良い。
城塞に囲まれた中は全体が観光地です。 -
聖アウグスチン教会です。ユネスコ世界遺産登録の建物です。ちょうどお昼時となり、教会の鐘が鳴り響きました。扉は閉まっており、中へは入れませんでした。
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マニラ市街戦の犠牲者を慰霊する記念像です。侵略側の日本VSフィリッピン、アメリカ連合軍による市街戦の犠牲者たちを慰霊しています。
フィリッピンといえば、第二次大戦における各島での激戦模様などを思い浮かべる人々が多いと思います。大岡昇平(作品)や軍人魂を貫いた小野田少尉などのことも我々の世代は思い浮かべます。
遠く離れた異国の地に無理やり駆り出されて果ては戦死に追い込まれた人々の無念を思うと、戦争は決してやってはいけないなと思いますね。 -
マニラ大聖堂です。風格のある石造りの堅固な教会です。
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城塞内にはシクロバイクのほかにもこんな観光移動手段もあります。
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大聖堂を右手に曲がり歩き続けるとたくさんの人々が集まっているビルがありました。移民局(省)ということで、海外へ出る人や逆に海外から来ている人々の労働手続きをする場所のようです。ごった返すという人だかりの様子でした。
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城塞の壁の上は散策用通路(当時は歩哨路)になっていて歩くことができますので、ずっと歩いてみました。
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城塞の上には復元された大砲などもあります。
その後いったん大聖堂まで戻ってから川端にあるサンチャゴ城塞へと向かいました。 -
サンチャゴ城塞です。(入場料50ペソだったと思う)
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ホセ・リサールの最後の収監地として有名です。ホセ・リサールについては各人お調べください。フィリッピン近代国家独立の非暴力運動家であり、優れた文人でもあった人くらいを記しておきます。
写真はこの地の全体図と殉教的な刑場への彼の歩いた最後の道が示されています。 -
ホセ以外にも独立運動家たちはたくさんいた訳で、彼らは逮捕されるとこの地の監獄へ入れられ、潮の干満を利用した弾圧、迫害、溺死死刑の非道の罰を受けた場所です。
写真はその一つです。 -
城塞監獄はこの喫水パシッグ川につながっています。
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サンチャゴ要塞を一通り見学していたら灰色の曇り空が突然真っ黒空に。雨季の今はスコールが突然襲ってきます。激しく大粒の雨が降る間、しばらく要塞の中の事務所みたいな部屋で雨雲をやり過ごしました。雨が上がったその後、城塞の外へ出てからジプニーを捕まえて、国連駅まで乗車。連携手渡しで15ペソを運転手に。市民の皆さんは決して横取りなどせずにきちんと渡したお金を次々にリレーして運転手さんに届けます。ジプニーは安くて実に便利。ガタガタ揺れますが…
国連駅からはLRT#1でエドサ駅まで行き、回廊接続でタフト・アヴェニュウ駅へ。そこからMRT#3。結局ぐるっと円周上に一周した形の市内見学となりました。こうして夕方にはショー・ブルバードの部屋に戻りました。 -
翌9日にはプエルト・プリンセサへ国内線Z2430便で。マニラ国際空港はターミナルが4つあるとかで、しかもその間が離れていて、しかもシャトルバスもあまり当てにならないと聞いていたので、よしそれならターミナル2までも歩いてみようと決め、まずDr,Santos駅まで伸びているLRT#1でMIAroad駅まで行きそこから大通りに沿って歩いてみようということにしました。
MIA駅まではMRT#3とLRT#1を乗り継ぎ問題なし。MIA駅からはそこから曲がる道ではあっても車が連なって走っている大通りに沿って歩けば目指すターミナル2Gateには着くはず、と判断し、歩き続けると、その通り。時々ジプニーが通り過ぎて行くのを見て帰りはあれを使おうと思ったが…(帰路の話のところが来たら記しましょう) -
予定よりは30分以上遅れましたが、16:00頃プエルト・プリンセサに到着。のどかな雰囲気が空港からも感じられます。
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地図を見て空港から宿泊宿までは近いと分かっていたのでやはり歩くことに。
Lokal Hut というだけあって古風な造りの建物。日本で言えば古民家風のロッジ。静かな落ち着いた雰囲気の宿です。女主人のアンもとても親切。ご家族たちもなにかと相談に乗ってくれました。高層コンドには絶対ない旅情のある宿です。
お部屋には懸念した蚊は一匹もいず、快適でした。一つ日本人にとっては馴染まないのは温水シャワーが出なかったこと。そこで出会ったオーストラリアからの彼らはそんなこと全然気にしていない様子。やはり風呂やシャワーへの感覚の違いですかね。 -
町はこじんまりした静かな町です。人々はマニラでしばしば見かけた路上生活者や物乞いをする人もなく、話した人々は皆とても親切でした。日本でも田舎の素朴な人々ほどそういう傾向があるのと同様ですね。
Hutの中庭ガーデンの一コマ。 -
10日は今回の主目的の洞窟地下川ボートツアーへ
あさ7:30にVANの迎えでピックアップしてもらい、そのほかの5人を次々にピックアップして市内から起伏に富んだ山間路を越えて反対側の海岸にあるその地へとVANで向かいます。ガイドさん付きです。この車にはわたし以外はフィリピンの方ばかりです。そのせいかしきりに私の名前を呼びながらあれこれと途中の景色や謂れなどを説明してくれます。私のために英語でしゃべってくれているので、寝ている訳には行きません。ほかの人はタガログ英語でしゃべっていました。 -
対向車もほとんどない起伏の多い山間路を途中休憩を含め約3時間走り続け、島の反対側東シナ海側の拠点につきました。インフォメーションセンターは閉め切られていました。
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洞窟へ向かう舟の乗り場には2,30人の人々が屯って待っていました。
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大きな湾状になっています。向こうの山は島ではなく半島状の陸続きです。沖合に浮かぶのはこれから洞窟へ向かう舟です。
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洞窟に向かう舟の上からの景色。手前の岩の向こう側に小さな入り江があり、そこへ向かいます。
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入江の浜に上陸です。下船時には膝下までは海に浸かり波に洗われます。
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ガイドさんがオオトカゲのいるところを教えてくれました。手前には猿もいます。このサルたち油断できません。エサを探して人間の持つ荷物をかっさらうとか。
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浜からはツアーボート乗り場までは密林の中を数分歩きます。
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ボートは手漕ぎボートで専門ガイドさんが漕ぎます。我々の乗るボートの出発前の記念撮影?をガイドさんが各人のスマホなどを使って撮影してくれます。
洞窟内には数万羽の蝙蝠がいると調べていたので、岩壁にへばりつく彼らの糞が降ってくることに備えて、N95の医療専従者用マスクまで着けて、肌も出さないように、と構えていましたが、ほかのフィリッピン人の人たちはほとんど気にしていない様子。
実際、落ちてくる糞に注意するように言われますが、それほどたくさんの蝙蝠はいませんでした。しかも生息域は限られた地帯だけですので、私みたいにするのはオーバーでした。(結果論) -
こうして洞窟に向かいます。蝙蝠は音に敏感であるということで刺激しないよう声を出さないよう注意されます。ガイドは専用の首掛け音声ガイド・イヤフォン付きで渡されます。しかも言語はかなりの多言語から選択できます。わたしは躊躇なく日本語ガイドを選択しました。
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川の流れに向かいながらボートは静かに洞窟内に入ります。向こうに光るのは戻ってくるツアーボートの照らす光です。
ガイドさんだけがライトを照らすことができます。イヤフォンからのガイドは洞窟の成り立ちや岩の質などを説明しています。
またポイントごとにその内容を説明します。ガイドさんはそのペースに合わせてボートを静かに進めます。 -
同
時々、糞か何かわからないものが身近なところに落ちてくるのを感じます。また岩からの水滴も落ちてきます。 -
と、このような暗闇の中を約40から45分くらいかけて巡回します。観光レベルではなくより探検調査などをするには装備や許可など煩瑣な手続きが必要になります。
この洞窟地下川は地下へと下って行く訳ではなく、崖下の洞窟内を流れる川を周遊するものです。ヴェトナムのハロン湾でも洞窟を手漕ぎボートで潜り抜けたことがありますが、そこはすぐ潜り抜けるほど距離が短かったのに対してこちらは1,8kmという長さのツアーです。
この地は正式には Subterrancam Riverといい、世界遺産に登録されています。
本レポートの表紙写真のように自分たちの乗るボートの全貌は撮影できませんので、出会った他のボート乗船の様子を掲載しておきました。 -
洞窟内ボートツアーが終わった後は各人が思い思いの場所で記念撮影したりしてから、来た時と同じメンバーと一緒に帰りのエンジン舟に乗って戻ります。
波のうねりも大きく、速度も増して走ったので、波しぶきで全身はビタビタになりましたが、不思議とすぐ乾いてしまいました。 -
出港地に戻るとランチが待っていました。このツアーには日本から申し込みをしていましたが、食事付きとは知りませんでしたので、大いに喜びました。
食事はいわゆるビュッフェスタイルで種類も多く、お腹いっぱい食べました。果物、デザート類も多種ありましたが、海ブドウがあったので大いに食べました。海藻大好きです。
このツアーは現地で申し込むと環境保全特別税も含め、2150ペソでした。わたしは日本で予約した(6,536円)のですが、150ペソ分のTAXは含まれていないと言われ、その分は追加で払いました。ちゃんとした領収書もくれました。PPの他の観光名所にも支払い済みで通用する(二重払い不要)ので、手元に保存しておくようにガイドさんにアドヴァイスされました。
シーズンオフのためか観光客は思いのほか少なかったのですが、常時この程度の数だとすると日本で予約するよりは現地市内で申し込んだ方がリーズナブルといえそうです。4~500ペソ位違うと結構使い出のあるほかの支出ができますから… -
写真はその環境保全税のレシートです。
帰路は往路と同じ道路をひたすら走って帰還です。出発時と同じくDoor to Doorの送迎でした。ガイドさんも異国人のためか色々気を使ってくれました。おかげさまで大いに満足のゆく楽しいツアーとなりました。
ということで夕方4時過ぎに宿へ戻りました。
今回の旅の主目的は達したので、あとはのんびり。翌11日は丸々フリーにしておいたから、結果的に思わぬ幸運に恵まれました。 -
宿の女主人アンとの雑談の中でコーヒーの話が出ました。一通りの話が出ているとき、ふと写真にある(懇談中は)まだこの写真は撮っていなかったのですが、ある種のコーヒーが話題に出ました。
この写真に映っているものがなんであるかわかった方は相当のコーヒー通かと思われます。話には聞いていても実物は見たことがないというのが日本にいる愛飲家ではないでしょうか?そうです、これぞその稀少性ゆえに世界一高価な「野生」ジャコウネコ糞コーヒーの焙煎前のものです。もちろん非売とのことです。見学だけです。
アンンの紹介で先祖代々自然採取をしているという方のところへ直接伺うことができたのです。
この野生の糞コーヒーの焙煎以前の状態の、つまり糞そのままの状態のものをこの眼で直接見ることができたのです。その稀少性ゆえにフィリッピンでも普通の人々には買えず(アンのところでも扱えないそうです)、ほとんどがアラブや欧米の世界中の超お金持ちの愛飲家の人々のところに輸出されてしまっているということです。日本でも高級ホテルでは一杯で1万円近い?
これ以上のことを記すのはここでは避けますが、発祥の地といわれるインドネシアで「コピ・ルアック」と呼ばれて高級お土産品として扱われているこの種のものは今ではほとんど野生ではなく、囲いの中や酷いのは檻の中で飼われているものからのものということで、それらはそれなりにお金を出せば、手に入るのですが、(それでもかなり高価)全く予期していないところで、純粋に野生のものそのものを見ることができたのは感動でした。
なんでも自然の産物で稀少性のあるものというものは見ることができるだけでも貴重な体験ですね。 -
11日は午前中その稀少物を見せてもらった後は市内の博物館など巡ったり、たいして大きくない市内を散策して費やし過ごしました。
この博物館には率直に言って大したものはなかったように思うのですが、この地特有お海産物や古代の住民たちの生活用具などが展示されていました。 -
その中でこれはジャコメッティを先取りしたもの?と思わせるような古代人の木彫作品(?)がありました。
-
これも訳の分からない文字が彫られていましたが、なにかとても貴重なもののような気がしています。文化の多様性、それらを生み出す人間能力の無限性を感じます。
こうして午後の半日を街の散歩に費やして過ごしました。
歩いている途中で履いていたクロックスの左足サンダル底が剥がれて曳きずるようにして歩いていたら、たまたま靴の修理をやっている店(といっても身近に諸道具やらを置いて路肩に座っているだけ)があり、タトゥウ全身入れまくりのごついアンちゃんたち3人が、そんなの簡単に直してやる、と言って、特殊ボンドみたいのを塗って直してくれました。いくら?と聞いたら50ペソでいいよ、と言いながら右側にもそのボンドを塗ってくれました。
大丈夫かいなと思いましたが、以後全く問題なく履けています。代替品買わないで済みました。
素朴な親切のありがたみを感じました。 -
しばらく散策して(写真は市の港GATE)、宿に帰ったら、新しいお客さんたちが来ていて、オーストラリアからの仲間たちとフィリッピン、香港からの若人たちとのこと。しばし雑談して過ごしました。
これがまた次の拡がりに。その中の一人は私の写真を撮ってあげるとのこと。部屋に戻って持ってきたカメラが超高級カメラ。訊けばプロの芸術写真家だそう。言われるままに適当なポーズを取らされて?写真を撮ってもらいました。
現像したら送るということでしたが、帰国している今日(7月17日)彼女の作品の一部が挨拶とともにemailに添付されて送られてきました。それらを見たら明らかに素人の作品ではない、凄腕の女流フォト・アーテイストのもの。
写真の恐ろしさ、鮮烈さなどを感じています。ニューヨーク、ロンドンで活躍しているとのこと。わたしのポートレイト現像写真の送付楽しみにしています。(彼女の腕に似合わない酷い素顔のモデルとなってしまったようで恥ずかしいような、申し訳ない気持ちですが…) -
12日はプエルト・プリンセサ最終日。マニラへ帰る飛行機は15;45発、ということでお昼までのんびり宿で過ごし、歩いて飛行場へ…と思って歩いていたら、ジプニーが止まって飛行場まで行くなら乗れと声をかけてくれたので、乗車、あっという間に飛行場口まで着いてしまいました。あと3時間もあるのにどうしたもんかと思案しても今更どこかへという当てもないし、と思って飛行場内でYoutubeを見たりして時間つぶし。
ところが、15:30過ぎても飛行機の姿もないし、アナウンスもない。どうなっているの?と思っていたら、1時間遅れの到着の折り返しになるとのこと。陽のあるうちに帰りたいと思っていたのに予定が狂った…
で結局、出発は夕方5時近く、マニラについたのは6時過ぎ。しかもマニラは小雨。さてどうやってショウ・ブルバードのコンドまで帰ろうかと思ってターミナル2の出口から、行くときに見た空港管理職員の下車したところが乗り場になる、と判断し、ジプニーの来るのを待つことに。しばらくすると来た、来た、ジプニーが…しめしめ予定通りに帰れそうだ、と思って乗り込みました。15ペソ手渡しで運転手さんに渡してもらい、これでOKと思っているうちに、ジプニーが高架下の大道路から離れて脇道に入りました。
どうせまた大通りに戻るのだろうと思っているとどんどん離れて行く感じ。結局乗り続け、促されて終点で降りた時には雨は上がっていたけれど、どこがどこだかはわからない周りの見えない、月明りもない闇夜。これは参ったな、と思いながら適当に歩いていると人に出会ったのでMIAロード駅はどう行くのだ?と尋ねても返ってくる言葉が分からない。英語のまともにわかる人に尋ねると尋ねる人ごとにあっちだ、こっちだとまるで反対のことを言う始末。そんなこんなで30分近く付近をうろうろ。そんなことを繰り返しているうちにパトカーがライトを回しながらゆっくり来たので、止めて、事情を話しました。
するとこのパトカーに乗れと言ってくれるではありませんか?ありがたい。あとはMIAロード駅までところどころサイレンを鳴らしながら交通渋滞の中をスイスイ。融通性がありますね。マニラの警察。人間がいますね。東南アジア諸国の人々は…
写真は落ち着いて撮れませんでしたが、乗せてもらったパトカーの中からの写真です。 -
こうして無事コンドに着きゆっくり休んで、翌日13日は空港近くの初日に記した「裏口」側にあるコンドの一室へ移動。
午後チェックインしてからかの有名な安物もの日用雑貨品店の林立するバクララン・マーケットへでも行ってみようかなとも思ったのですが、最終日に限って油断して歩いていたりするとスリにあったり、下手すると強盗にあったりするかもという虫の知らせが来たので、終日コンドの部屋で休むことに。
コンドの部屋は入室管理も厳格だし、アコモデーションも快適十分なものばかり。部屋でゆっくり休みながら英気を養いました。食事はホテル街の一角の普通の店舗で食べたり、買ったり。
14日は13:20発のLCCフィリッピン・エア・アジアZ2192便。11時にチェックアウトし、のんびり、来た時とは逆に勝手知ったる「裏口」側から跨線道路橋を渡り、4階の出発階へ。あとはチェックインカウンターで発券手続きを済ませ、待機。やはり離陸時刻はかなり遅れましたが、夕方7時半ころ成田空港着となり、今回の旅は無事終了となりました。
写真は13日から泊まったコンドの部屋からのもの。
長々としたレポートになりましたが、最後までお付き合いくださった方々、ありがとうございました。
最後に補足です。7日成田空港で初めて出会ったフィリッピン生活に慣れている、同世代の先輩、元気モリモリ、Mさん、色々アドヴァイスありがとうございました。旅の合間に交わしたmailの交換も励みになりました。今頃はフィリッピン生活を堪能中だと思います。色々現地のお知恵情報などありがとうございました。ではまた。
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この旅行記へのコメント (2)
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- えびす太郎さん 2025/07/24 09:37:15
- 今度行く予定があるので参考になりました
- 年末にパラワン島(プエルトプリンセサとエルニド)に行く予定があるので最新情報、参考になりました。ありがとうございます。
フィリピンに旅なられているご様子なので、教えて頂けたら嬉しいのですが、プエルトプリンセサさの治安はどう思われますか?外務省の危険度がレベル2になっているので気になっているのですけど…。ちなみにフィリピン自体初めてで、マニラはトランジットで行くだけです。
他の記事も読ませていただこうと思います。よろしくお願いします
- Pontakaiさん からの返信 2025/07/24 10:01:34
- Re: 今度行く予定があるので参考になりました
- えびす太郎 さまへ
わざわざコメントありがとうございます。わたし、フィリッピンについては約40年ぶりでしたのでこちらには旅慣れていません。ですので、客観的な状況や情報把握はしていません。以下の印象はあくまでも私の感じた範囲の主観的なものです。その点はご留意願います。
プエルト・プリンセサの飛行場からの幹線道路沿いに限って言えば治安の悪さはほとんど感じませんでした。市は結構広いので夜間人気のないほうへ行けばどうか分かりませんが、普通の旅行者が訪れる範囲についていえば、ほとんど問題ないかと思います。
むしろマニラのビジネス街、繁華街が危険ということが言われているようです。特に銀行周辺とかATMのある所では日本人をターゲットにした強盗があったりするようですので、トランジットでも滞在中はお気を付けください。できるだけ、目立たない普通の市民と同じような服装で行動するのが良いかとおもいます。
といって、過剰に構える必要もないかとは思いますが…基本人々は明るく元気で親切ですよ。フィリッピンに限りませんが…
ともかく、良い旅となるよう祈念しています。 以上
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