2025/02/19 - 2025/02/23
11位(同エリア288件中)
gyachung kangさん
- gyachung kangさんTOP
- 旅行記66冊
- クチコミ60件
- Q&A回答20件
- 90,688アクセス
- フォロワー59人
中国には四大古都と呼ばれる四つの都市がある。北京、西安、洛陽、南京がこの四都市。これまで私は北京と西安と洛陽は訪れていたが残る南京はまだ未踏の地。この江南地方には上海や蘇州、杭州など観光資源に恵まれた都市があるため旅先に南京を選ぶというアイデアが浮かびにくかったのである。コロナがあり2019年以来中国の土を踏んでいない。ということで充分に機は熟した。6年振りとなる中国旅再開の地はこの南京に決定。六朝の都南京に飛ぶことになった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
-
成田⇨南京
2月19日現地時間16時半過ぎに南京禄口国際空港に無事ランディング。機材はやや小ぶりのエアバス321であった。ビジネス需要ならばともかく北京、上海を差し置いて南京に観光で行く日本人のイメージはあまり沸かない、ならば妥当な機材かも。とは言え定期路線があるのは南京路線の旅客ニーズが定量的にあることの証しってことに。
コロナ明け初、6年ぶりの中国入国で入国審査はやや身構えた。顔認証、指紋認証、パスポートの入国記録には台湾のスタンプもあるが係官は表情ひとつ変えることなく丁寧に時間をかけて手続きを行う。久しぶりにこの雰囲気を味わって入国スタンプがポン!よっしゃあ。 -
空港からはタクシーをキャッチして市内に向かう。江蘇省の省都南京、さすが大都市。街中は人と車に溢れていた。
-
この旅で予約を入れていた宿は部屋数が少ないいわゆるブティックホテルだった。車両侵入ができない繁華エリアにあるのでタクシーを降りてから宿を探すのがもうたいへん。慣れない地図アプリは分かりづらく付近で営業中の地元店の店員に3人リレーで尋ねてようやく発見。アクセスだけを考慮するなら大規模ホテルが断然簡単です。でもこれも自由な旅の楽しさのひとつ。
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英語がほぼ喋れない20代前半の女性が受付。翻訳アプリを使いながらチェックイン、カードで支払いまで済ませた。で、こんな通路から部屋に案内される。
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案内されたのはこの部屋
木製の窓枠がオシャレ感アゲ⤴︎
広さも充分にある。 -
バスタブは無いけど簡潔に行き届いた水回り
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水回りとベッドスペースがコンクリート+タイルで仕切られている。このパターンは初めて当たったかも。なかなかいい居室デザインだと思いますねえ。
これで3泊1319元。28000円。
立地は南京市民が遊びにやって来る大人気の街並みの中にあるし、うん、今現在の円と元の力関係なら妙に納得しちゃうかもなあ。 -
ここは 老門東 ラオメンドン
南京市中心部の南側に位置する繁華街である。石畳の道に伝統家屋を残して洒落た飲食店や屋台やショップが軒を連ねている。実は私、この情報を全く把握せずに宿をチョイスしていたので、この光景を目の当たりにしてあらまあビックリ!となった。 -
私が訪れたこのタイミング、ちょうど第39回老門東ランタン祭りの開催中。このストリート界隈至るところにランタンのオブジェが溢れていた。
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ランタンと言えばまずベトナムホイアンを思い出す。
だが、ここは中国。はるかに弾けて自由演技しちゃってる。 -
色とりどり、暗い小径によく映える
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これなんかは控えめのほうですかねえ
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ヘビ年ってことでヘビのモチーフがめっぽう多い
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特設ランタンの無い脇道はグッとシック
ほんのり明るくて誘われて入っていくと -
今風感満載のウォールアートが
私はアニメと漫画に造詣無し。だがこのビジュアルが不思議と老門東の匂いにマッチしてて唸ってしまった。 -
スイーツや
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地元名物の泥人形
いやあ、老門東、おもろい。
歩くだけで実に楽しくなる。 -
ご存知世界のスターバックスもありますが、閑古鳥が鳴いている。他の地元店が強力過ぎてここでは形無し!
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南京の初日、夕飯いってみっか
ってことで私はなぜか一軒だけ客入りイマイチなお店にが気になり入ってみた。
ここのセットメニューで小籠包とこれだっ⇩ -
鴨血麺である。
南京の人たちは鴨が大好物、その中でソウルフード的存在がこの鴨血。その名の通り、鴨ちゃんの血を固めて寒天のような状態にし春雨、鴨の内臓系部位と香草を絡めた料理。これまでの中国各地では見たことがない。
挨拶代りに直球勝負、挑戦してみた。
してお味は?
これがホントーにまんま血の味なんである。
いや、スープはサッパリ系で食べれますよ、ただ一口ずつ味わいながら食べたものの、私には最後まで謎めいた味でありました。完食したんだけどさ笑
南京に鴨血あり。中国の食は奥が深過ぎる。また一つ、南京で学んだ。 -
宿にブラブラ帰る道すがら出会いましたよ
しっかり真冬のお出かけ着を着こんだニャンコ。
中国は、中国は、やはりやることが違うな。
6年ぶりの中華人民共和国、ぶっ飛びぶりは変わっておらん。ワンダーカントリー、チャイナ!
明日からが不安、あ、いや期待大であります。 -
旅の2日目
朝7時の老門東。昨夜の賑わいが幻のようにこの時間観光客は誰も歩いていなかった。
お店も一軒も開いていない。
うーん、ちと早過ぎたか?どうしたものか? -
老門東の一角から徒歩30秒
この時間帯にただ一軒だけ軒先から湯気が立ち込めている飲食店を発見。これだ!
私はここで朝食を食べることにした。 -
中国四大古都南京で食する朝ごはん一発目に選んだのは
泡泡馄饨
あわあわこんとん?
んにゃ、お店のお父さん曰く
『あ~パオパオあるよ』
白湯に刻みネギ、ぷっくり膨らんだワンタン状のものがひしめいている初見の料理である。 -
コレ、味のイメージは湧きやすい。いざ口に入れるとワンタンもどきの口あたりはフワフワ、薄味かと想像したスープは見た目よりはるかにコクがある。高菜とシラスが入って見事な隠し味になっていた。15元。四千年の歴史を誇る国の古都か。南京、やりますなあ。
-
朝食の後、早速南京の観光に飛び出した。
真っ先に訪れたのはお寺参り。
南京を代表する古刹である鶏鳴寺 ジミンスーである。 -
創建は紀元300年
このお寺には観光客だけでなく大勢の地元市民も参拝に訪れていた。 -
本堂にてお祈り
私も流儀を観察してからお祈り
旅の安全祈願をしないとね。 -
この鶏鳴寺はレストランスペースもあり独特な落ち着き感のあるなかなか良いお寺である。
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そして鶏鳴寺を出るとすぐそこに立ちはだかるのが⇧これだあ
これが南京城壁です。 -
南京城壁は周囲が約35キロ、高さは15メートル以上。明朝時代の1366年に建設を開始。その規模は世界最大である。城壁にはかつての大砲がいくつも並んでいる。手前は明代初期の竹型キャノンなんだって。
城壁と言えばヨーロッパ始め世界中に現存するが、中国の城壁はスケール感が上である。最初に見たのは平遥古城、そして西安の城壁も登った。いずれも日本人である私には破格の規模の建造物でホンマかいな、と衝撃を受けたのだが。この南京城壁は極め付け、と言っていい。やはり地続きの国家にとって領土防衛するためのコストは莫大にかかるってことなんでしょう。 -
城壁のすぐ外には玄武湖。これは天然の大濠となって機能したんであろうなあ。
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朝の城壁ウォークを楽しんで一般道に降りる。下から見上げるとこんな感じ。万里の長城もそうだが、これじゃあ城壁外から攻略するのは至難だと思いますね。どえらいものを造ったもんだ。
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その城壁下からタクシーを拾って次に訪れたのがこの場所。明孝陵である。おお、堂々ユネスコ世界遺産マークが刻まれている。
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ここは先ほどの南京城壁を建築したその人、朱元璋の陵墓にあたる。朱元璋はモンゴル族の王朝である元の政権を放逐し明王朝を打ち立てた開祖者。中国領土の覇権を漢族に取り戻した漢族の英雄的ポジションになるのかもしれない。
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建造物の多くは戦争による損壊などで残念ながら残っていない。ここの見どころの一つは石象路神道である。
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参道の両脇に一対の獣の石像が鎮座している。
最初は馬。 -
象に
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ラクダ
アジアなのでやっぱりフタこぶラクダ -
実在する動物だけではなくてこれは麒麟
想像上の動物も混ざっており12対が綺麗に残っている。よくぞ残った。 -
直角に伸びたもう一本の参道には人間の石象が
-
その先は文武方門と呼ばれる建物へ
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この門の壁に亀石と刻まれた文字
治隆唐宋
これは朱元璋の治世が唐や宋の時代より優れていたことを意味しているんだそうで(by AIによる概要) -
この人が朱元璋 明の開祖であり太祖と称された。
1328年生まれ。日本では鎌倉幕府が倒れる5年前になりますか。 -
一番奥にドーンと現れたのが方城と明楼
この建築物は対面する者にとって威圧感が半端ではなかった。 -
門を潜って
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楼閣に登ってみる
この坂道の石畳に注目 -
楼閣自体はオリジナルではなかったと思う。いずれの内戦時か日中戦争下で破壊されて復元したのであろう。
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で、この方城の真裏にこんもりした山がありここが朱元璋の墓。地下に玄室があるが未発掘のままとのこと。中国政府ならば予算は充分に取れる筈だが発掘に手をつけない理由はなんで?ちょっと謎。
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とにかく広大な敷地内を歩いたら小腹が減った。いい按配に軽食を出す茶屋があり目にスッと入ってきたおでんを購入。おでんの味はジャパニーズおでんとほぼ同じ。カップに注目!さむ~い冬の日のおでんは染み渡りますなあ。
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続いて訪ねたのはここ
入口の立派な門には 博愛 とある。 -
どっしりした建屋が現れてここは、
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孫先生のお墓
そうです。ここは孫文の陵墓である中山陵です。 -
建屋を出ると眼前に大階段と祭堂が登場
このスケールが近代中国にとっていかに孫文の地位が重要かが伺い知れる。高校の世界史の授業で扱われる孫文は満州族政権である清朝の衰退に終止符を打ち辛亥革命を起こして中国の近代化の起点になった人物、こんなザックリしたイメージでしかないわけで。ここは改めて孫文が残した足跡を通して中国の近代史を学び直せという思し召しってことかなあ。 -
こちらが最上段にある祭堂。
墓室があって遺体が安置されているが非公開。で真ん中に孫文のどデカい座像が置かれこれを拝むのだがなんと撮影禁止。 -
この最上段から見渡す景色は気持ち良かった。南京市内のパノラマを見せることで観光名所の役割も担っている。実際、ここを訪れていた人は事前の想像よりはるかに多く生徒を引率して来所している学校のグループも多かった。中山陵は古都南京のハートってことですかね。
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これだけ人が集まる中山陵にはオープンエアのフードコートがありここで小休止。これまた南京の定番、牛肉麺を食べる。スープはちょっと甘めな感じ、日本式のラーメンとは決定的に違うし、やっぱりどこかに野生味がある。大陸で食べる味はコレなんだな。
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んで、この日最後の訪問スポットは美麗宮
中国国民党蒋介石が官邸として利用した館が残されている。蒋介石の妻の宋美麗がこの名称の由来になる。 -
まずは蒋介石執務室
掲げられた写真は結党した総理である孫文 -
応接室
なかなかシック -
こちらはゲスト応接のダイニングルーム
今からでも晩餐会ができそうな演出が面白い。 -
宋美麗が愛用したドレッサー
これはレトロ趣味で今でも買い手がつくかも -
バスルームですね
この空間的ゆとりがなるほどVIP仕様 -
当時使用した車も保存されていた。米国GM社の高級ブランドのビュイックであります。宋美麗の専用車だったそうで。清朝の末期から上海などが欧米列強の租界地だった背景があり南京政府も欧米的生活スタイルを取り入れることに迷いがなかったのかもしれない。
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旅の2日目の予定を終えて宿がある老門東に戻った私。夕食へと賑わう老門東のストリートに繰り出した。
今は真冬。南京も普通に寒いな。
貴州酸湯火鍋 とある。
このお店に引き寄せられた。 -
中国における火鍋は特段の贅沢メニューではなくポピュラーな料理である。だから小汚い店もたくさんある。だがこの火鍋屋はゆったりして小綺麗な風情。
そう言えば。コロナ禍以前の6年前に私は貴州省を訪ねている。その時にダウンタウンで火鍋を食したが、その時の火鍋屋はなぜか福州火鍋の看板だった。そう、私は貴州火鍋を経験していない。そして今日は南京で出会った貴州火鍋。中国では何が起こるか全く予想がつかないんだな。 -
私が席につくと若いお兄さんがススッと寄ってきて中国語と必死の身振り手振り、最終兵器の翻訳アプリでメニューの説明、オーダーを受け付ける。薬味はここからお好きに選んでいいとのこと。対対、と言ったものの薬味の種類があり過ぎて何がなんだかさっぱりわからんアルよ。
-
で、こんな組み合わせを作ってみた。
これを究極のテキトー、と言う。 -
できたあ~ 本日の火鍋コース!
お兄さん曰く『当店は牛肉を使うアルよ』
そうか貴州は羊より牛肉なのね~
でお兄さん推奨は乾燥させた湯葉巻きみたいな謎具材
『お客さん絶対に食べられるアルよ』
てわけで推奨に素直に乗ってみた。確かにこれは食べたことがある。名前がわからんです。
スープは真っ赤っか、でも麻辣度は色程ではなく6年振りに食べる本場火鍋に大満足となりました。お勘定97元約2000円はコスパも言うことなし。 -
旅の3日目
この日も朝は静かな老門東
夜は気がつかないが梅の花が満開に咲いていた。 -
昨日パオパオを初体験したお父さんのお店で朝食を食べる。大肉麺。このお店の大肉麺はスープの色が濃厚。これも鴨と並ぶ南京の名物料理なんです。
-
大肉麺でカラダが温まったあと早速行動開始。
まず向かったのは老門東から徒歩で10分、中華門である。 -
開門は8時半
恐ろしく重量感のある門から入城する。 -
この中華門、どでか過ぎて全体像を写真で収めることができない。で敷地内のいちばん下から上まで馬道を見上げるとこんな感じ。
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馬道の途中の踊り場から見上げるとこうなる。
中華門は南京城の最大城門になる。南京城は明の開祖朱元璋によって1360年から建築。現在に残るものは清朝時代に再建されている。前の日に見学した周囲34キロの南京城壁の要の正門になるが、この構造物は門ではなくて明らかに砦。いや、要塞。とにかくデカい。もちろん現存する城門の中で中国最大。たまげた。 -
その巨大さは上から見るとよくわかる。入口から四重構造で間には3つの空間。ここに馬や兵器、兵隊を揃えたのであろう。
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馬道は城門の両サイドにある。このアングルが中華門の巨大さがよくわかるかもしれない。石積みの分厚さに圧倒される。この中華門が建築されていた時代は日本は南北朝時代。政権が分裂していた時期にあたる。明に海外領土獲得の意欲がなかったことは日本にとって幸運であったと思ってしまう。
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さらに中華門にはこのような蔵兵洞が27ヵ所あるという。
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今、蔵兵洞は一部開放され中は展示スペースになっていた。
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中華門のルーフトップに
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ルーフトップはもちろん長大な城壁へと繋がっている
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城壁に出て真下を見下ろすとすぐ下に街並みが迫っている。南京城の内側の面積は55キロ平米、山手線の内側が63キロ平米なのでほぼ山手線を城壁で囲ったようなものになる。南京は中世の時代に世界最大の都市だったとのこと。改めて中華門と南京城壁、桁外れの遺構である。
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中華門から徒歩で次に訪ねたのは金陵第一園
金陵とは南京の昔の呼称。その一番手の園には太平天国の乱で有名な太平天国政府の記録が残されていた。私はこれを見たかった。 -
太平天国を率いた人物は洪秀全 こうしゅうぜん
高校で世界史を選択した人は学んでいる太平天国の乱。
太平天国は1851年から1864年に清朝に反旗を翻し独立国家を樹立して江南エリアを統治した政府でその首都が南京であった。これは南京でなければ見ることができない貴重な記録の集積になる。 -
展示は時代背景から
絵はイギリス東インド会社がインドに置いたアヘンの製造工場。イギリスはこのアヘンを清に輸出し莫大な利益をあげ、反対に清国内ではアヘンの蔓延によって人心と社会の荒廃を招き清朝の衰退に拍車をかけることになった。 -
アヘン吸引のパイプ道具一式
清朝では違法であるアヘン取引の取締に林則徐という官僚が当たったが鎮めることができず結局1840年アヘン戦争となり当時の最強国イギリスに敗北、清朝衰退が加速する。
洪秀全は生まれは広東省、科挙試験に何度も失敗した後キリスト教を学び政治活動を始め軍を組織し、清の国力が弱体化する中で南京を占拠して独立国家を宣言した。従って当時中国では北京に都を置く清と南京を首都とする太平天国が並び立つ二重統治だったことになる。 -
洪秀全の南京入城を描いた絵
清朝は対外国戦でイギリスに敗北し内戦で太平天国に敗北、そりゃ倒れますよね。ちなみに現在中国において薬物の密輸販売は刑罰として死罪となる。これ、アヘンで国が傾いた痛恨の歴史の教訓から。納得感はある。 -
洪秀全の着衣
中国は黄色が最も高貴な色とされ歴代皇帝は黄色を着用してきた。洪秀全も倣ったのかなあ。 -
太平天国軍兵士の着衣
うまく説明はできないんだけど、なるほど満州族の清の着衣服とは明らかに違うような気がする。でしょ? -
こりゃおもしろい
太平天国良民牌だって。住民票というか国籍証明書でしょ。安徽省とある。太平天国の支配域は今の江蘇省、上海、安徽省、湖北省、江西省にまで及んでいたらしい。 -
こちらは通貨
通貨発行までしているのだから国家の体を成している。
日本の江戸時代では島原の乱や大塩平八郎の乱が名高いが、いずれも武装蜂起による反乱一揆で鎮圧されている。乱括りで太平天国も同類にしてしまいそうだが、規模と期間、施政の実態などが天と地ほどに異なること。ここの見学でよく分かりました。面白かった! -
太平天国の展示館を出ると外は庭園。
瞻園 ぜんえん という江南を代表する名庭園。 -
こういう場ではほぼ確実に遭遇する中国服を着たモデルによる撮影現場。私は以前に世界遺産である蘇州古典園林の四園を訪ねたことがある。あの時も冬だったが中国の古典式庭園は寒い季節も不思議によく映える。
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金陵第一園からすぐ近くに大賑わいのストリートがある。ここは夫子廟。
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この界隈の呼称にもなっている夫子廟をまず見学。創建は1034年宋代だがオリジナルは日中戦争下で破壊され今は再建。仏教寺院ではなく孔子が祀られている。
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次に江南貢院に入ってみる。
江南貢院は科挙試験が実際に行われた場所で中国で最大の試験場所だったそうな。南京の歴史の厚みを物語ってますねえ。 -
そ、そんな
中国で科挙試験が始まったのは598年隋代から
二宮金治郎に先駆けること1200年前か
中国ってところは、お、おそろしや。 -
こんな場所なんで学業成就の願掛け大集結
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さらにこの江南貢院は道を挟んで中国科挙博物館も併設している。チケット売り場の女性がアチラもどうぞ、と教えてくれた。
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地下3階から始まる変わった博物館だが、いきなり大仰天する仕掛けが。↑ これ地下3階からの吹き抜けの壁、モザイクタイルが一面貼られているかと思いきや、
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接近して見ると、全て立体文字!原典は科挙試験に出る漢書なんだろうと推測するが、驚いた。とにかく中国は金を持っている。こんなコストがかかる演出は日本では絶対に難しい。
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展示もなかなか飽きさせない。科挙試験にまつわり歴史に名を残した人物が並ぶ。代表格は詩人の杜甫。中国史上の詩の大御所だが、この人、科挙試験にチャレンジするも生涯合格が叶わなかった。度重なる不合格に杜甫はこう嘆いたそうな。
とほほほ~ (by ソース不明) -
これは科挙試験合格を目指して猛勉強に励む庶民の子どもの再現。紙が簡単に手に入らない昔は挽いた粉をノート代わりにして勉強したってことですか。泣ける。
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外国の科挙制度について触れていた。
日本では科挙制度はなかったが、類似の制度があったと記載し遣唐使として入唐した阿倍仲麻呂を紹介。阿倍仲麻呂は推挙枠で科挙に合格したとされている。朝鮮とベトナムは科挙を取り入れていたんだって。 -
夫子廟には数えきれないくらいの店が集まっていた。
飲食店で目立つのはやっぱり圧倒的にコレ。 -
夫子廟メインストリートの目立つ場所で営業していたこのお店をチョイス。ダックを食べたい。ダックを食べよう。ダックを食べるぞ。それに決めた。
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ジャジャジャジャ~ン
これが南京名物の塩水鴨、北京ダックではなく南京ダックであります。初挑戦のお味はほどよく塩気が効いてニンニク+生姜を絡めて食べると鶏より濃厚な旨味が口の中いっぱいに広がる、そんな感じ。こりゃあイケてます。48元だから約1000円。これがいつでも食べられる南京市民、ちょっと羨ましいぞ。 -
夫子廟の景色。この水路を挟んで両側に飲食店や土産物屋がひしめく繁華街になっている。江南の水郷古鎮に似た雰囲気があって夜景は大人気のフォトスポットになるようだ。
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中国の客引は相変わらず強力だった。
右側は臼で粉を引くおばあちゃん。お得意のフェイクなんですけどこれが前後に動く仕掛けになっていて。左のリアル店員がたまに作業を監督するように覗きこんだりする小芝居つき。かなわんなあ。 -
さて夫子廟でぶらぶらしたあとタクシーを捕まえてやって来た。ここは総統府。孫文の中華民国臨時政府の言わば本部になる。
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総統府には南京を舞台にした由来のある歴史画が飾られていた。まずは太平天国。太平天国はこの敷地に宮殿の一部を築き政府拠点としていた。
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若き孫文。中華民国臨時政府のメンバーか。
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これは。右に蒋介石、左に周恩来。1946年5月とある。ここで国民党と共産党の合作に向けた会談があったんでしょうね。
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この絵は興味深い。国民党と共産党の内戦、そして南京を落とした共産党メンバーの総統府入城シーンと思う。真ん中メガネの人物が誰か分からないがその右側は明らかに若き日の鄧小平を描いている。
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だだ広い会議室には蝋人形が置かれ国民党支配時代の様子を再現していた。
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総統の執務室。蒋介石が座ったのでしょう。まさに中国の激動の時代をくぐり抜けたのがここ南京。
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総統府のすぐ近くにかつて中国共産党が国民党との交渉に使用した館が残っているので立ち寄ってみた。
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この館の主役はもちろんこの人、周恩来。国民党との外交の場における共産党側の代表である。当時着こなしていたダブルのスーツが展示されていた。中国共産党にあって内戦時代から中華人民共和国成立以降を通じて対外外交の顔を一貫して務めたのが周恩来だった。
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周恩来の執務室。奥にベッドルームがある。まあ仮の宿だけにかなり慎ましい。
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公用車も現存。なんと宋美麗と同型のビュイックであった。対抗しとる。当時は問答無用のステイタスカーだったんだろうなあ。
さて周恩来について。彼は中国の歴史上で内戦時代から中華人民共和国成立以降、一貫して共産党の顔として対外交渉のトップの役割を担っている。日本やフランスに留学経験がありスーツも着こなす周恩来に対して毛沢東は自分には備わっていないものを認めて重用したんだろうなと推察する。革命の闘志でありながらコミュニケーションスキルも高かった周恩来はまさに党の重鎮中の重鎮と言っていい。 -
この日の予定を全て終え宿に戻った。夕飯は老門東でひときわ来客で賑わっていたこのお店が気になり突撃晩ごはん。
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オーダーしたのは小籠包とコレ。昼は塩水鴨、夜は南京焼鴨です。こっちもイケてるね。北京ダックは誰もがご存知の高級料理、対して南京ダックは庶民の味方だ。今回の旅の大収穫。小籠包と合わせてなんと55元。
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旅の4日目
この日、私はおそらく南京で一番有名な博物館を訪れた。博物館の前に着くと大行列ができていた。
そう、ここは侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館、いわゆる南京大虐殺の記録を集めて残した博物館であります。
中国人はオンライン予約制、外国人はパスポート提示で無料で入館できる。 -
入館までのアプローチ道にアートが並ぶ。
逃げる南京市民像。
悪魔が来た とキャプションが添えてある。 -
献花用の白い菊
中国人はスマホの予約画面を見せて受け取って行く。 -
そして導線上に現れたこの碑
遭難者30万人
かつては日中の双方で議論の応酬が続いた南京を主たる舞台とした攻防戦での犠牲者の数。遭難という言葉の定義もよくわからない。実際に戦争の犠牲者数を特定することは極めて困難で不可能なのではと思いますが。ちなみに有名なスターリングラードの攻防戦では兵士と市民合わせて犠牲者200万人前後と言われている。 -
館内は一切の撮影が禁止。一番最初の体育館のような規模の部屋には夥しい数の南京戦での犠牲者の顔写真が一面に掲示されていて冒頭から度肝を抜かれた。その後も、よくぞここまで資料を集めて残したと思うしかないほど最後まで圧倒された。
展示スペースが終了し出口前、最後に現れたのが上の写真の文字。
意は
《過去の経験や教訓を活かし将来の行動に役立てよう》
だそうです。 -
屋外に出てから敷地の出口まで長いワンウェイになっているが再び300000のリマインド。
結局見学時間は3時間余りになった。ほぼ釘付け。資料の集積と展示手法のパフォーマンスの観点で一度は見るに値する博物館だと思う。日本人だからと言って怯む必要は無い。何を思って持ち帰えるかは貴方次第。 -
南京大虐殺博物館見学の後、やっぱりどうしても見ておきたかった場所にタクシーを走らせた。
タクシーのおばちゃんドライバーは私を下ろし、身振り手振りでここから歩いてと促した。
春江観潮? 意味が不明白だが、ウンこの先ですね~ -
ここは南京長江大橋
長江にかかる長大な橋で1968年完成。
観覧用の散策橋も設置されている。 -
南京は市中心部の北側を西から河口に向けて長江が流れている。河岸に降りてみた。上段が自動車、下段が鉄道で鉄道部分は6000メートル以上ある。生憎の曇り空だがそれはそれで旅の味わい。ただただ目的もなく長江をぼうっと眺める。旅に出ると大きな川に無性に惹かれる、その理由は未だにわからないんだけど。
-
南京最後の夜、食事の締めは2回目の火鍋。前回とは違う老門東の高級店。この店は王道羊肉で。完食してお勘定142元。この後宿に戻って荷物を受け取り空港近くのホテルに移動、翌朝8時10分のフライトで成田に戻った。
-
中国四大古都の最終訪問地南京への旅は大きなやらかしもなく無事に終了。
前回最後にこの異形の大国を訪ねてから足掛け6年。コロナ禍も経て日本も他国も変わったが果たして中国はどれくらい変わっているか?が気がかりだった。短い滞在の中であるが、中国人の生活スタイルがさらに加速して変わっていたことを発見。まずショップや飲食店での決済は9割方コード読み取りのキャッシュレス。現金払いは外国人旅行者の特権と化していた。さらに外国人とのコミュニケーションはスマホの翻訳アプリ利用が日常化。人民の装いもぐんと洗練され繁華街を歩く姿だけではもはや日本人と区別をつけるのが難しくなっていた。
上の写真は中山陵の屋台でソーセージを買った際に貰った袋だが、中国で HAVE A NICE DAY の文字に出会うとは。隔世の感がある、とはこのことか。
あ、でもね。そんな中ではありますが ⇩ -
変わっていないものもありました。コレだ ⇧
中華人民共和国の伝統、バイクのハンドルにかける防寒お布団であります。
日本にはもちろん無いし温暖な東南アジアにもない。冬が厳しい中国ならではのこのグッズはいまだに健在。手袋ではどうしても物足りないらしいですよ。変わらない中国の日常風景、ほっとするやら笑うやらでこれもまた良し。やっぱり中国の旅に飽きることはない。また来るぞ。
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この旅行記へのコメント (13)
-
- かめさん 2025/05/19 11:13:38
- 2025年5月南京に5日間行ってきました
- 南京に5日間行ってきました。訪れたところは、次の通りです。
中華門・老門東歴史街区・大報恩寺遺跡公園・ 明孝陵・中山陵・南京博物院・美齢宮・鶏鳴寺・閲江楼・愚園・秦淮河画舫船巡り・科挙博物館(北館南館)・瞻園・太平天国歴史博物館・夫子廟・孔子神殿大成殿・孫中山紀念館・顔真卿碑林
南京長江大橋は路線バスで渡りました。
旅行記を読ませて頂いたお陰で、現地でも良くイメージ出来ました。ありがとうございました。
なお、私は今は、旅行記は作成していません。投稿した写真などが頻繁に盗用されるからです。また、規約に書かれているように、価格コム社に無制限の使用許可を与えることになりますので。
- gyachung kangさん からの返信 2025/05/19 18:43:18
- Re: 2025年5月南京に5日間行ってきました
- 南京旅行お疲れ様でした。
訪問場所が盛りだくさんで驚きました。これだけ回れる人はなかなか居ないのではと思います。南京大虐殺同胞記念館は入れませんでしたか?ひょっとしたら人流の制限をしたのかなあとふと思いまして。
- かめさん からの返信 2025/05/19 19:12:50
- Re: 2025年5月南京に5日間行ってきました
- せっかく、御案内いただいたのですが、南京大虐殺同胞記念館には、行きませんでした。タクシーは使わず、地下鉄と路線バスで回ったので、体力と気力が無くなりました(笑)
南京総統府・牛首山など行ってないところもあるので、年内に再訪しようと思ってます。
- gyachung kangさん からの返信 2025/05/19 19:39:15
- Re: 2025年5月南京に5日間行ってきました
- なるほどそうだったんですね
地下鉄と路線バス利用で大都市南京を見てまわるのは凄いですね。私は最近粘りがないのですぐ楽な道を選んでしまいます。また次の課題にとっておいていいのでは。今後も気をつけて旅を続けてください。
-
- かめさん 2025/04/26 21:14:58
- 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- 遇難の意味 新漢日辞典によりますと、難にあって死ぬ、罹災する という意味だそうです。
- gyachung kangさん からの返信 2025/04/27 10:14:27
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- こんにちは
コメントいただきました。ありがとうございます。遭難の意味をお調べいただき助かります。私がふと思ったのは日本語的な文脈ではあの場で遭難を使用することは有り得ないので、中国語の意味では違うんだろうな、と。日本語と中国語では同じ言葉でもニュアンスは当然違うので。
かめさんも中国の個人旅行をされるんですね。鄭州に関空から直行で行けるとは初めて知りました。私は乗り継ぎで行きました。懐かしい。お互いにこれからも楽しく旅を続けましょう!
- かめさん からの返信 2025/04/27 10:45:27
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- 5月に、1人の個人旅行で、初めての南京に行く予定です。たいへん参考になりました。ちょっと厚かましいですが,質問させて下さい。
1.侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館は、Wechatの予約無しで、直接、窓口に行って、パスポート提示で入場できますか。
2.明孝陵から中山陵、美麗宮などは、タクシー移動ですか。タクシーはDiDi(大陸版)で手配ですか。
よろしくお願いします。
- gyachung kangさん からの返信 2025/04/27 12:29:12
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- ご質問の件
1 予約不要です。パスポートの提示だけです。入口にスタッフがたくさんいるので外国人だと告げれば外国人用の窓口を教えてもらえます。
2 明孝陵⇨中山陵⇨美齢宮 いずれも徒歩です。ぶらぶら歩きながら行きました。ただ南京は流しのタクシーはかなり多いです。タクシーは現金OK?と聞けばほぼOKです。
お気をつけて楽しんで下さい。
- かめさん からの返信 2025/04/27 13:23:47
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- よくわかりました。ありがとうございます。
- かめさん からの返信 2025/11/30 18:15:37
- RE: Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- > ご質問の件
> 1 予約不要です。パスポートの提示だけです。入口にスタッフがたくさんいるので外国人だと告げれば外国人用の窓口を教えてもらえます。
> 2 明孝陵?中山陵?美齢宮 いずれも徒歩です。ぶらぶら歩きながら行きました。ただ南京は流しのタクシーはかなり多いです。タクシーは現金OK?と聞けばほぼOKです。
> お気をつけて楽しんで下さい。
>
ご助言、ありがとうございます。南京に行って昨日(11/29)帰ってきました。侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館には、予約無しで11/26に行ったのですが、なぜか「門前払い」されました。高市問題のせいではありません。
11月10日から12月13日まで、工事のため閉館でした!!(笑)
百度地図を見ると「月曜休館 その他の日9時開館」などの情報が書かれていなかったので、
少々不安がありましたが、それが的中しました。
また来年、南京に行くはめになりました。中国の観光客も、閉館の看板をみて、途方に暮れている人が、かなりいました。
- gyachung kangさん からの返信 2025/12/07 06:10:02
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- かめさま
おはようございます。記念館の件、工事閉館とは! こればかりはお手上げですね、打ち手がありません。残念でした。
私はと言えば年末年始に中国国際航空を利用してマドリードに行く予定を組んでいるのですが、首相発言以降の関係悪化で日本中国路線に中国便のキャンセルが大量に発生、私の便について急ぎ問い合わせをかけたところです。今のところ運行予定ですが、全く油断ならず冷や汗をかいています。旅行者にとって外交の安定を願うばかりです。
- かめさん からの返信 2025/12/07 07:30:58
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- 実は、南京から帰国した11月29日、南京空港に行ったら、乗る予定の春秋航空便が消滅していました。欠航では無く、案内板に欠航と出ているのではなく、便自体が無いのです。
調べると、春秋航空の南京大阪路線自体が、12月、1月も消滅していました。
チケットは、春秋航空の公式サイトからの購入ですが、欠航の連絡も有りませんでした。
仕方なく吉祥航空の当日便(マドリードまで行けるくらいとんでもなく高い)をtrip.comで購入して帰国しました。
返金など春秋航空に問い合わせても、返事は有りません。
高市首相に、「金返せ!!」と抗議しようと思います。
- gyachung kangさん からの返信 2025/12/07 08:08:27
- Re: 侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館
- それは災難でしたね 旅慣れている人でもパニックになります。帰国できてよかった。今の関係悪化を手じまいしないと民間影響も拡大するのでは。エスカレートして観光ビザ取得無用を打ち切る可能性もでてきました。やはり中国という国の手強さを高市さんにも理解して欲しいですね、昔とは日中の国力バランスが全く違うのですから。頭の中がアップデートされていないのかと疑います。
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