2025/02/16 - 2025/02/16
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SamShinobuさん
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いつも横を素通りしていた明治神宮ミュージアムに、初めて入ってみた。
午後は同じ神宮前にある太田記念美術館と、六本木のサントリー美術館を訪れた。
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明治神宮
明治神宮ミュージアムは明治神宮の南参道にある。
ここまで来て明治神宮にお参りしないのは、明治天皇に不敬なので、先ずは本殿を目指そう。 -
1920年、明治天皇、昭憲皇太后を祀るために明治神宮が創建された。新たな神社を作るにあたり鎮守の森が必要になったが、ほとんど畑と荒地だったこの地に人工の杜を造るというのは、前代未聞のプロジェクトだった。
渋沢栄一の「金はいくらでもワシが集める」という大号令のもとに、「100年かけて樹木が自然に世代交代を繰り返す天然林相を造る」というとんでもないプランが立てられた。そして、全国から奉献された10万本の献木をもとに、東京ドーム15個分の敷地に植林が始まる。
世界でも類を見ない森造りは、100年経って見事その計画が成功したことを証明した。 -
奉納酒樽
216個の酒樽。もちろんこれは飾り用なので中身は入っていない。中身は別で奉納されている。 -
大好きな千葉勝浦の銘酒「腰古井」もあって、ちょっと嬉しい。
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日本一大きな木造の鳥居
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朝の参拝は気持ちいい。
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明治神宮 杜のテラス2nd
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ここでしばし休憩。
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明治の山茶を飲もう。
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明治時代まで全国で作られていたほうじ番茶。古式農法で栽培された愛媛県産の茶葉を使用しているそうだ。
ホッとする懐かしい味。 -
祓い清められた御神酒を購入。
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明治神宮ミュージアム
令和元年に開館した、明治天皇と昭憲皇太后ゆかりの品を展示しているミュージアム。 -
なんかいいなと思う現代建築は、だいたい隈研吾設計だが、これもそうだ。
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入館料1,000円
建物以外は、撮影禁止。 -
メインロビー
1階には明治神宮の歴史などを展示している「杜の展示室」がある。 -
壁一面のガラス窓から見える緑が、まるで森に包まれているような感覚になる。
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エントランスのカウンターやベンチは、境内で自然に倒れた樹木を使っているそう。
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2階ロビー
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宝物展示室には、明治天皇・昭憲皇太后が使用された物や、明治天皇ゆかりの美術工芸品などが展示されている。
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入館時にいただいたリーフレットより。
「宝物展示室」には御祭神である明治天皇と昭憲皇太后の御尊影が展示されている。
描いたのは西郷隆盛の肖像画でも有名なイタリア人画家のキヨッソーネ。 -
川端玉章の「鶴亀図」をひと目見て、惹き付けられた。
そこでミュージアムショップで「鶴亀図」の一筆箋を購入。 -
川端玉章「鶴亀図」の鶴
一筆箋より。 -
川端玉章「鶴亀図」の亀
一筆箋より。
川端玉章(1842年~1913年)と橋本雅邦は、ライバル同士であり、かつ一緒に酒を飲み交わす仲だった。1889年に東京美術学校(東京藝術大学)が開校した時、川端玉章と橋本雅邦はそろって教師になった。玉章は円山派の流れを継承し、雅邦は狩野派を受け継いだ。また、雅邦は横山大観や菱田春草なども育てている。 -
明治22年の大日本帝国憲法の発布式の日に明治天皇が乗車された「六頭曳儀装車」が目を引いた。撮影はできないので、自分で作る5色刷りのスタンプ版画をやってみた笑。
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上手くできたかな。
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太田記念美術館
明治神宮一の鳥居から徒歩5分。
「生誕190年記念 豊原国周」
入館料は1,200円だが、先日訪れた山種美術館のチケットの半券を提示すると100円引きになった。 -
東邦生命社長を長年務めた太田清藏は、20代の頃欧米で浮世絵が高く評価されているのを見て、浮世絵の蒐集を始める。その数、なんと12,000点。太田記念美術館は太田清藏コレクションを中心とした、1980年開館の浮世絵専門の美術館だ。
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かなり小さめの美術館なので、常設展示はない。
また、撮影禁止なのが残念だ。 -
豊原国周(とよはらくにちか)は、1835年生まれの幕末から明治にかけて人気を博した浮世絵師。役者絵が得意だった。なんと生涯で妻を40人余りも変えたという。よ、よんじゅうにん!
また引越しマニアで、転居の回数も117回というのだから常軌を逸している。
酒乱で「宵越しの金は持たない」と散財するなど、絵も個性的だがその生き様も面白過ぎるおっさんだ。 -
大衆食堂BEETLE 原宿
太田記念美術館から徒歩1分。原宿の路地裏にある食堂兼飲み屋だ。 -
ツマミも豊富で昼飲みもできる。
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男は黙って黒ラベル(中)480円
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豚肩ロース生姜焼き定食850円
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下品なほどたっぷり添えられたマヨネーズが、生姜焼き男子の心をわしづかみする。飾らない旨さがそこにあった。
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乃木神社
地下鉄乃木坂駅を出るとすぐ隣が乃木神社。明治天皇つながりで乃木希典大将をお参りしていこう。 -
日露戦争における旅順攻略は成功したが、乃木陸軍大将は1万5千人もの戦死者を出した責任を感じていた。二百三高地はもともと落とせる要塞ではなかった上に、兵力が圧倒的に少なかった。にもかかわらず乃木大将は明治天皇に拝謁した際、涙ながらに「割腹してその罪を詫びたい」と訴える。しかし、明治天皇は「私が生きているうちは死んではいけない」と命じた。
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明治天皇が崩御されたのは1912年7月。神宮外苑で大喪の礼が執り行われた同年9月13日、乃木大将、静子夫人は明治天皇に殉じて自刃した。その忠誠心に心を打たれた国民が乃木邸を訪れるようになり、そこに創建されたのが乃木神社。
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乃木希典は繰り返し戦死者の遺族を訪問し「乃木があなた方の子弟を殺したにほかならず、いつか私が一命を国に捧げたら、そのとき乃木が謝罪したものと思ってください」と述べていたそうだ。
また戦役講演に招かれても登壇せず、「諸君、私は諸君の兄弟を多く殺した乃木であります」とだけ言ったきり黙して涙するだけだったという。 -
ちなみに乃木自身も日露戦争で二人の息子を失っている。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、「愚将」と不当な扱いを受けている乃木大将だが、実際は日露戦争の勝利に貢献した英雄だ。乃木大将は武士道をそのまま行くような日本軍人の鏡。昭和になって陸軍から乃木のような軍人がいなくなり、日本はおかしなことになっていく。 -
明治天皇は日露戦争で2人の息子を戦死させた乃木に、大勢の子どもたちに囲まれるようにと、学習院の院長に任命する。その際に明治天皇から乃木に下賜された歌が刻まれている。
「いさをある人ををしえの親にしておほしたてなむやまとなでしこ」
これは簡単に言うと、(乃木のような)立派な人の敎えを親として子供を育てて欲しい、大和撫子たちよ。という意味。 -
早咲き桜が見事だ。
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宝物殿
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御祭神である乃木大将の石膏像がある。
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乃木大将と静子夫人が殉死した刀。
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1905年1月、水師営にて乃木大将とステッセリ将軍によって、旅順軍港攻防戦の停戦条約が締結された。その直後に撮られた写真が飾られていた。
ステッセリ将軍が、この戦争で2人の息子を失った乃木に弔意を示すと、乃木は「私の家は武士の家系なのです。ですから二人の息子は死に場所を得て、これぞ武士の面目と喜んでいるでしょう」と言った。
乃木の心中を慮ると切なくなる。だって、自分の作戦で多くの兵士を死なせてしまったのだから、息子の死を悼む姿は絶対見せられなかったのだろう。
ちなみに2008年に二百三高地と水師営を訪れたが、その際に僕は、約100年前にこの地で繰り広げられた熾烈極まりない戦闘を思い胸が痛んだ。死屍累々の戦場で亡くなった英霊たちに哀悼を捧げつつ、乃木大将の苦悩を想像すると居た堪れない気持ちになったものだ。 -
旧乃木邸
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乃木大将夫妻 瘞血之處(えいけつのところ)
自刃された夫妻の血のついた物を埋めた所。 -
邸宅の中には入れないが、窓から室内の様子は見られる。
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はじめは乃木ひとりで自刃するつもりだったが、直前に夫人から懇願されたようだ。夫人の決意は固く、どうしても後を追うと言われたのだろう。ならば少しでも苦しまないようにと夫人の死を見届けて、彼女の衣服の乱れを直した後に、自ら命を絶った。やばい、書いてて泣きそう。
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サントリー美術館
乃木神社から徒歩10分。
東京ミッドタウンガレリア3階にある。企画展を中心に開催しているので常設展はない。 -
「没後120年 エミール・ガレ 憧憬のパリ」
当日券 ¥1,700だが、 前売を ¥1,500で購入済。 -
エミール・ガレ(1846–1904)が認められるきっかけとなった3つの万博を軸に、展示されている。
撮影はOKだった。
見応えのある展示数だが、特に気に入った作品をいくつか挙げよう。 -
花器「鯉」1878年 大一美術館。
1878年のパリ万博に出展。
1867年のパリ万博に江戸幕府が初めて日本美術を出品すると、19世紀後半のヨーロッパは大日本ブームが起こる。それこそ印象派の画家たちも皆、浮世絵にハマっていた。エミール・ガレがアールヌーヴォーの工芸家と呼ばれるのは、ガレが日本美術の影響をもろに受けていたから。アール・ヌーボーは曲線的、装飾的で、かつ動植物文様を多用しているが、これ全て日本美術の特徴。言ってみればアール・ヌーボーはジャポニスム・ブームが生み出したのだ。
まず「鯉」っていうのがまんま日本だし。それにやたら装飾的で、浮世絵の影響どころか浮世絵そのものじゃん。 -
エミール・ガレ
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花器「ジャンヌ・ダルク」1889年 大一美術館
ガレは、1889年のパリ万博でガラス部門でグランプリ、陶器部門で金賞、家具部門でも銀賞を獲得。 -
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昼顔形花器「蛾」1900年 サントリー美術館
1900年のパリ万博でガレは、ガラスと家具の部門でグランプリに輝く。ていうか蝶じゃなく蛾なんだ。 -
家具デザインも見事だ。
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「ひとよ茸ランプ」 1902年頃 サントリー美術館
ひとよ茸は漢字で一夜茸と書く。まさに一夜限りのきのこで、かさが一晩で溶けて、黒い液体になりポタポタ落ちるそうだ。このランプ、ちょっと家に飾りたくないなあ。
大中小3本あるひとよ茸は、その成長を表している。 -
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花器「海馬」1901年 パリ装飾美術館
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花器 「おたまじゃくし」1900年 サントリー美術館
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蛙になりそうなおたまじゃくしがいたり、成長途中の様々なおたまじゃくしが立体的に表現されている。キモっ!
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脚付杯「蜻蛉」1903-04年 サントリー美術館
ガレが白血病になり死期が迫るなかで制作された本作は、リアルな蜻蛉の儚さが漂い実に美しい。 -
さあ、そろそろうちに帰ろう。
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