2024/12/15 - 2024/12/15
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moondustさん
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行く機会がなかったインドに挑戦。団体旅行は嫌だし、悪名高い種々のトラブル対応も面倒なので、安全第一でスルーガイド付きのprivate tour。ムガール帝国(10月に行ったウズベキスタンのティムール帝国の末裔がインドに侵入して建国)の領土だったあたりを訪問。「ムガール」はモンゴルがなまったもの。ムガール帝国はイスラム教だったが、ヒンズー教に寛容な皇帝もいて、建築は混ざった様式。インド独立の際には、イスラム教のパキスタンと別れ、インドはヒンズー教が主になったが、イスラム教徒も多い。
ガイドさん(敬虔なヒンズー教徒)や見聞を通して、インド人の考え方、行動を垣間見ることができた。お腹を壊すことはなかったが、大気汚染のためか最後に喉が痛くなり、軽い風邪をひき、咳がしつこく残った。ずっとPM2.5 対応のマスクをしておけばよかった。マスクが黒くなった。
12月16日 デリー着
17日 デリー観光、ガンジー記念博物館、世界遺産フマユーン廟、ニザムディン・アウリア廟(イスラム教の聖者廟)、インド門周辺、大統領官邸、世界遺産クトゥブ・ミナール
18日 列車でジャンスィへ。車で世界遺産カジュラホ、観光。
19日 車でオルチャへ、観光。ジャスティーから列車でアグラヘ。
20日 世界遺産ファテープル・スィークリ、世界遺産アグラ城、ジャマ―・マスジッド、スィカンドラー
21日 世界遺産タージ・マハル、ジャイプルへ車で移動、風の宮殿、シティ・パレス、世界遺産ジャンタル・マンタル
22日 郊外の丘に建つ世界遺産アンベール城、デリーへ車で移動
23日 市内観光(ジャーマ・マスジッド、ラクシュミー・ナーラーヤン寺院、アグラセンの階段井戸、ガンジーの墓など) 空港へ
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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羽田からデリーへ。JAL。機内アナウンスがあり、遠くにヒマラヤの山々。遠すぎではっきりしませんが。神々しい。
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デリー空港のATMで現金入手。ドルはあまり使われないのでルピーが必要。500ルピー札がATMで出てくる最小。ドライバーと無事合流。市内のホテルへ。チップを払うように旅行会社から言われていたが小さい札がないので、お釣りをもらう。ホテルのレストランで夕食。サラダ。ムラサキタマネギ、ラディッシュ?、トマト、キュウリの他に、周りがオレンジ色で中が白いものはニンジン。どれも生で味付けなし。ホテルだから大丈夫だろうと思って食べた。
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カレー(カッテージチーズ(日本のとはだいぶ違って、四角く切ってあり、高野豆腐に似た感じ 写真)、干しブドウ入り)。辛すぎず、おいしかった。ナンはお替り自由のようだったが、自重。焼きたて。
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17日。朝ホテルから外を見ると視界が悪い。自然現象か大気汚染か不明だが、何となく煙っぽいから後者のよう。車の排気ガスと農家の野焼きでこの時期のデリーはPM2.5が世界最悪。ここに住むと寿命が10年縮むと言われる。
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ガイドさん(Sさん)と合流。愛国心の強いヒンズー教徒。博識。まず、フマユーン廟。第2代ムガール皇帝のお墓。妻のハージ・ベグムが建設。中央に廟、四方に囲むように建物を建てる様式(タジマハールも)の始まり。入場料は外国人600ルピー、現地人40ルピー(どこもこんな感じ)。これは廟の建物の手前。
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こちらが廟の建物。煙っていてクリアに見えない(Sさん曰く、政府が対策をしないから空気が悪い。インド人は慣れている)。赤砂岩(100kmほど離れたところで産出)でできているので赤っぽい。ドームは最初青かったが、5代目皇帝が白い大理石に変えた。Sさんに寄れば水があるのはヒンズー教の影響。ヒンズー教徒は朝に風呂に入り身を清め、朝日を水を通して見る。(イスラム教も水を大切にするので、プールや水路は多い)
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近くに来ると赤いことがわかる。門はイスラム風。
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内部は装飾は多少あるが、10月に行ったウズベキスタンの建築物よりずいぶん地味。中央の廟は撮影禁止。気にせず撮影している人も多いがSさんは真面目にダメ、という。こういうところで写真を撮ると魂を取られる。
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外にもお棺(実際にここに収められているわけでは必ずしもない)。皇帝に近いほど中央に置かれる。周りには、王妃のお気に入りの散髪屋や大臣の建物もある。
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同じ敷地にあるイサ・カーン廟(のはず)。フマーン廟より前に建てられた。
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近くのニザームッディーン・アウリアー廟。イスラム教の聖人の墓。参詣の沿道にはお供え物や日用品を売る店などがたくさん並んでいる。お供えのお花は循環していて何度も売られる。ガイドなしでは通る勇気はない。
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廟には靴を脱いで入る。通路には寝そべっている物乞いが何人も。結構混んでいるがイベントのある日はいっぱいになる。ヒンズー教徒も来る(Sさんはこのエリアにはめったに来ない)。写真を撮るのも落ち着かない感じ。
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通路の装飾はきれいだが足元は汚い。
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周辺はこんな感じ。
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クテゥブ・ミナール(ミレット)と建築群。世界遺産。ムガール帝国の前、奴隷王朝によって作られた(12世紀ごろ)。ヒンズー教の城塞を破壊して利用したため、様式が混じっている。写真は、未完のミラーイー・ミーナール。
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鉄柱とモスク跡。鉄柱は4世紀のもので、サンスクリット語が書いてある。
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きれいな模様、彫刻がありますが、人の像は顔が破壊されていて残念。
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クテゥブ・ミナール、72mもある。以前は登れたが、事故が起こったので、今は登れない。
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別の角度から。
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運転手がガネーシャ(幸運の神様でインドでは人気。シバ神の息子で切られた首にゾウの頭を付けられた。ビンズー教の神話は荒唐無稽。古事記もそうかもしれない)を飾っていたので欲しいというと公式の土産物屋に。大理石の彫刻でだいたい1万円ぐらい。
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ランチ。もちろんカレー。日本人がよくいくレストラン。
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ガンジー記念博物館。最後の144日を過ごしたお金持ちの家。ここで説法中に射殺された。最後の言葉「Hei Ram おお神よ」と刻まれた石碑(読めないが)。CGを駆使した展示がある。
インドと言えばガンジーと思っていたが、Sさんに寄ると、インドで一番尊敬されているというわけではない。独立運動という点では、塩の行進が有名だけど、戦ったわけではないし、パキスタンの分離を認めたのはよくなかった。最近人気なのは、チャンドラ・ボーズ(後で登場) -
インド門。第一次世界大戦などでイギリスのために戦った戦死者の慰霊のため建設。まわりは広い公園になっていて、屋台も出ててにぎやか、インド中から観光客が来る。インドのために戦った戦没者(印中戦争など)は別のところに慰霊されている。
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こちらが人気のスバス・チャンドラ・ボーズ。恥ずかしながら知らなった人。Wikipediaに詳しい。来日したこともあり、日本との縁も深い。独立というのは大変なことだったのだろう。Sさんによると、イギリス人はインド人を1億人くらい殺したが今となっては歴史の一部になっている。今大きな問題なのは厄介な隣国(複数)があること。陸続きの国は隣国に苦労する。本日の予定終了。決してホテルの外に出ないように、だまそうとする人が多いから、とのSさんからの注意でした。
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18日。早朝、ハズラト・ニサムッディーン駅へ(中央駅ではない)。駅前には露店が並び、車や人があふれて、混とんとしている。時間があるのでSさんに連れられてチャイ。店によって味が違い、好みの店があるよう。紅茶の葉とミルクを別々に沸騰させたものを小さなカップ(50mlぐらい)。砂糖とすりおろしたショウガ、つぶしたカルダモン入り。
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この駅はホームが少ないのでわかりやすい。ホームで寝ている人や座り込んでいる人も多い。6時の列車でジャスティーへ。定時出発。120-140キロぐらいで運航できる特急だが、霧またはスモッグのため、遅れる。乗り心地は問題ない。
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そう高いわけでもないので1等車。外国人ばかり。デリーからアグラの間にバナナとシリアル(暖かいミルク)が提供され、ジャンスィーまでに朝食セット。メニューはベジタリアン用と普通のがあり、Vegi,Non Vegie。レストランでもそういえば通じる。これはnon vegi。スクランブルエッグなど。味は機内食みたいなレベル。給仕係は小柄な人ばかりで揺れる電車の中をトレイを重ねてサーブ、回収。
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ジャンスィーの駅。立派。人と車でいっぱい。運転手と合流。予定ではオルチャに寄ってからカジュラホに行くことになっていたが、オルチャでイベントがあり(聖人がうらないで日を決める)行きにくいから、カジュラホに向かう。
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主要な道路は整備されていて、一部有料区間もあるので、道は立派だが、道路上に牛はいるし、逆行は普通だし、中央分離帯を乗り越えてバイクが出てくるし、であまりスピードを出さないように運転しているようだった。バイクに3,4人、リキシャや車の定員オーバーは当たり前。Sさんによると、みんなルールは知っているけど、守らない、生活のためだからしょうがない。インドの交通事故死数は割合で言うと日本のピーク時ぐらい。田舎に行くと、家畜の群れが歩いている。
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カジュラホ到着。ランチ(カレー)。寺院群の前に大きな池。遠くに寺の塔が見える。
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10世紀前後に建築され、イスラム教徒による破壊を免れたお寺群が西、東、南にある。彫刻で規模も大きいのが西群。表紙の写真はここから。官能的な彫刻で有名だが、「官能的」を除いても見事な彫刻がいっぱい。アンコールワットよりは規模は小さいけどレベルは同じぐらいに素人には見える。
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びっしりと像が彫られている。
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今でもゾウはいるらしいけど昔は戦争用、荷役用などに利用された。
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お堂の中も彫刻が多い。照明がなくて暗い。どこからともなく照明を持った人が現れ、照らしながら案内してくれるが、有償のこともある。お堂を護っている?人が高めのチップを言ってくる。大した額ではないので払ってあげればよいが、小額紙幣がないと困る。
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広い公園のようなところに点在している。
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女神さんたち。
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車に少し乗って、東群へ。こちらは現役のジャイナ教のお寺と一緒にある。信徒の方々が僧侶の説法を聞いていた。
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こちらが遺跡のお寺。
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こちらにも彫刻。
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南群の横の橋。牛が帰宅中。あちこちにいる牛は野良ではなく飼い主がいる。昼間はどこかで食事をしていて夜になると帰宅するとのこと。
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南群のお寺の遠景。人が多いのは日没を待っているから。
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こちらも帰宅中の牛。インドの牛は背中にこぶがあるタイプが多い。
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夕食は飽きずにカレー。
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19日。遅めの出発(10時)の前にSさんが寺参りに行くかと誘いに来る。西群の一角に今でも現役の寺(マタンゲーシュワラ寺院)があり、入場料なしで入れる。ガネーシャ像。
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ご本尊の巨大なリンガ。朝からお参りの方が多い。
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昨日行った寺院が隣に見える。
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交通安全の神様。妖怪のような。
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車で3時間、オルチャまで。聖地なのでインド中から人が集まる。この地方にあった王国の17世紀の宮殿の入口にあるレストランでランチ、相変わらずカレー。
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大きくて立派な建物ですが、地味。ヒンズー教とイスラム教の混合した様式だそう。
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王妃の部屋の天井や壁に馬列の絵が残っている。もとはきれいだったのだろう。
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インドは動物の人との距離が近く、サルがその辺にいる。
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少し車に乗って町の反対側の王墓群。
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チャトルブージ寺院。モスクみたいに見えるがヒンズー教。お坊さんもいらっしゃった。
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小高くなっているので街を望める。正面は王宮。
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ラーム・ラージャ寺院。ヒンズー教の聖地(多い)のひとつ。中には入らず。
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露店の様子。菓子類も含めいろいろ売られているが勇気がないので買わなかった。Sさん曰く、安いところでは50円ぐらいで一食賄える。安いところから高いところまであるのがインドの特色で、貧乏人でもなんとか食べていける。
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チャイ屋さん。素焼きの小さなコップで飲む。熱いから食中毒は大丈夫だろう。通りかかった物乞い?のおばさんに、Sさんがチャイを買ってあげる。助け合いの精神だそう。
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ジャスティー駅からアグラに向かう。写真は一般の二等車。とても古そう。
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大体時間通りに電車来るが直前でホーム変更。先行の電車(南のほうから50時間ぐらいかけデリーに向かう)が遅れているためらしい。食事が出たが味は。。。。アグラ駅は、やはり車や人で混雑。ガイドなしでは出迎えの車を見つけるのも難しそう。財閥系の大きなホテル着。カレーばかり食べているので、胃腸が疲れてきた。
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20日。アグラから1時間ほど走ったファテーブル・スィークリー(勝利の都)。皇帝アクバルが予言通りに男児を得たので建設した都。水不足で14年で放棄された。入口から歩いていく。
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ディーワーネ・アーム。入口から入ったところ。広い。皇帝と国民が接するところ。
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ディーワーネ・ハース(内謁殿)。謁見室。
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内部の柱の飾りは、蓮をかたどったもので、ヒンズー教風。アクバルはいろりろな宗教を学び、理想的な宗教を作ろうとしたぐらいで、宗教的に寛容だった。
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パーンチ・マハル
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財務省の建物内部
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宮殿。王妃にちなんで名付けられた。
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宮殿の中庭。
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建物内部。保存状態はあまりよくなく、絵も消えているところが多い。
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市内に戻り、アクバル廟(シィカンドラー)。入口。自分の墓を建て始めたが、間に合わず、次の皇帝が完成。
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廟の本体。
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装飾がきれいに残っている。イスラムとヒンズーが混じった様式。
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廟を取り囲むように四方に建物がある。
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ランチ。大量に出てきた。のこれば従業員が食べるから気にせず残せばよいとのこと。それで取り皿とスプーンがついているわけか。十分辛いのだがSさんはもっとspicyなほうがよいそう。
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アグラ城(要塞兼宮殿)。でかい。インドはどこもスケールが大きい。観光客でいっぱい。軍の施設でもあるため、一部だけが見学可能。
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きれいな模様。
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ジャハーンギール宮殿、アクバルが4代皇帝のために建てた。
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中庭。
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外からはタジマハールが見える。
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きれいな装飾も一部残っている。宝石が壁などに埋められていたが盗まれて今はない。
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囚われの塔。タジマハールは5代皇帝シャー・ジャハーンが最愛の王妃のために建てたもの。ジャハーンは息子に皇帝の地位を追われ、ここに閉じ込められた。遠くタジマハールを眺めて過ごした。寝ていても見えるように壁に鏡がかけられていたという話もある。
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謁見の間
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宮殿の中庭。このあと、ジャマーマスジッド(古くからあるモスク)に寄ったが、たむろしている人が多く、中は汚いとのことで入らず。異教徒は歓迎されない雰囲気。
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21日、タジマハール。早めに出たがすでに観光客でいっぱい。
正面のゲート、真ん中に見える(煙っていてわかりにくい) -
門を通っていくとタジマハールがだんだん大きく見えるように設計されている。
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手前には池。
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近づいた写真。大きいので近くからは写真に入らない。煙っているのが残念。真っ白ではないことがわかる。作った職人たちの末裔がまだこのあたりにいて、大理石のガネーシャ像などを土産物として作製している。
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左手から入場、中は撮影禁止。お棺が並んでいた。実際には地下に埋葬。シンメトリーなつくりになっているのだが、あとで皇帝を王妃の横に埋葬したため、完璧なシンメトリーが崩れた。
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向かいの建物。モスク。反対側はもとは巡礼者用の宿舎。
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車で3時間ほど走り、ジャイプルへ。ジャイプルは都市計画によって建設された。ピンク色(茶色っぽい)で統一されていて、宝石店が多い。風の宮殿の前を通り、City Palaceへ。市のものではなく、領主(マハラジャ、イギリスと仲良くしていたので財産が残った)個人の所有。人でいっぱい。Private areaも4000ルピー追加で支払えば見学できるがSさんによるとそれほどでも。
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人でいっぱい。左奥のPrivate areaも4000ルピー追加で支払えば見学できるがSさんによるとそれほどでも。
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内部は西洋風でシャンデリアはベルギー製。
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エドワード7世の戴冠式に参加するための渡英の際、身を清めるためにガンジス川の水を持って行った壺。ギネスブックに掲載。豪華衣装を飾った部屋は撮影禁止。
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きれいな玄関口がいくつか。
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ジャンタル・マンタル(天文台)。10月に行ったサラマカンドの天文台の流れをくむ。18世紀初頭にインドで建てられた天文台5か所のうち、ここがもっとも保存状態が良い。
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日時計。影の位置で現地の時間がわかる。これは2分単位でわかるもの。同じような形状で大きなものもあり、そちらは2秒までわかる。
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交通安全の神様。カジュラホで見かけたものと同じ。
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金物屋街を通って、風の宮殿へ。
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パンフレットなどによく載っている風の宮殿の裏側。登れる。中は意外に広く楽しめた。
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ジャイプールの街。左隅に天文台が見える。
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上のほうは混んでいて壊れないかと心配。
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きれいな透かし窓。
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道を渡った正面から。車が多く歩行者優先ではないので横断は怖い。
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22日。アンベール城へ。途中で見えた水の宮殿。逆光でよくわからないが、きちんと整備されておらず、観光用に公開されていない。
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アンベール城、全景。近くの山にあと2つ城が見えるが私有のため公開されていない。
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坂を登っていくと入口がある。Moon Gate.
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広場になっている。
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下からゾウに乗って登ってくることもできる。
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上から見るととても広い。
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結婚式用の写真撮影をしているカップルが多い。
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ハーレムの中。お風呂などがある。
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ガネーシャが描かれた(中央)門、
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食堂の装飾
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中庭、イスラム風。
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勝利の間
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このあたりが一番美しい。洗練された感じ。
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何層にもなっていて上に上がっていける。
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アンベール城は期待以上で、城というよりは、宮殿としての美しさが目立つ。結婚式の写真を撮影するのも理解できる。日本人カップルもいた。
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Raja Man Singhの宮殿。
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広場に降りてくると、お接待?をやっていた。Sさんがいただけばよいというので、いただいた。手で食べるので、スプーンなどはないので、エコ。ちなみに、インドの人は食事前に手を入念に洗う(コロナの時に推奨されたような洗い方)。食べ終わったトレイはその辺にポイ捨てする。どうりでごみが多い。動物が食べ残しを探していたりする。
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近くの階段井戸。水位が上下しても水を汲めるので便利。
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仕事中のラクダ。ラクダも結構いるらしい。
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高速道路でデリーへ。荷台に立ち乗り。バランス感覚がよいのだろう。
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運搬中の牛。大手の牛乳メーカーもあるが、伝統的には、牛乳屋(そういうカーストがあり、名前でわかる)が小さなタンクを持って乳しぼりに買いに行き、それを加工して消費者に販売。ヨーグルトは各家での手作り。コンタミしないわけがないと思うが。。。。
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日本企業の団地(3,4千人の日本人がいる)を横目で見ながら、デリーに戻ってきた。クラクションが鳴りっぱなしで混とんとしている。インドは日本の8倍の面積で、10倍の人口なので、人口密度は高いはずだが、地方には人は少なかった。都市には人が集中していると思われる。布で覆ったような家はジプシーの。ヨーロッパのジプシーはインドが起源。信号で停車すると子供の乞食が寄っていて車の陰になるので危ない。運転手が追い払うと、女の子が中指を立てて去っていった。一同苦笑。生きていくのは大変。
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23日、最終日。仕事が少しあり、観光は手抜き。近くの天文台。お天気悪い。
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ラールキラー。定休日、スケジュールミス。アグラ城と同じようなものらしい。
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旧市街の様子。
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チャイの店。濾して提供。
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旧市街。
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ジャマ―・マスジッド。塔に登れるらしいが、天気悪いので、登らず。
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広場が広い。
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モスクの入口。
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ガンジーのお墓。お参りの人と観光客が絶えない。
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有名な階段井戸。アグラセン・キ・バーオリー。
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ラクシュミー・ナーラーヤン寺院。ヒンズー教寺院。1938年に財閥が建立。中は撮影禁止。
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やっと仏教寺院をとなりに発見。三蔵法師が来た時には仏教はインド中で栄えていたが、ヒンズー教に替わられた。現生利益をもたらしそうなヒンズー教が人気なのはわかる。
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仏様。お顔がインド風。
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あとは買い物。
紅茶専門店。日本人がよく行く。いいものはそれなりのお値段。Tea Bag1個100円ぐらい。日本の一番茶、二番茶の説明が間違っていた。
チーズ、レトルトカレー(機内持ち込み不可)、ハチミツ(機内持ち込み不可)などをコンビニとスーパーの間のような店で購入。スーパーケットやモールにはインド人はあまり行かないそう。商品に値段が印刷してあるから多分どこで買っても同じ(空港でも印刷してある値段だった)。何度も食べたカッテージチーズは量り売りで、Sさんが容器を調達してくれたので、持ち帰り。帰国後しばらく楽しめた。
写真はデリーの空港。Sさんのおかげもありトラブル、食あたりなしで乗り切れました。Many thanks.
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