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ホノルルマラソン挑戦記<br />いつだったか忘れましたが、テレビでホノルルマラソンの様子が放送されていたのを見て、いつか走ってみたいなぁと思っていました。2年前の2021年夏に参加を決意し申し込みをしました。しかし、開催が困難な状況になったことは皆さんご承知のことと思います。私の年齢になると、1年間でどれだけ体力が落ちるか、という不安がありますが、発想を変えて、練習の期間が1年増えた、と前向きに捉えました。ということで、実際に走ったのは2022年12月になりました。練習期間は2021年の夏頃から約1年半です。日頃の練習は2日走って1日休み、小雨決行を繰り返しました。走る距離は最長で1日6km、体調等を考慮しながら走りました。走ること以外にも、普段から歩くことを苦にしていなかったので、毎日、結構歩いていました。<br />2022年、ゴールデンウィーク後にオーストラリア旅行を計画し、その後、4トラベルの旅行記でシドニーマラソンのことを知り、シドニーの参加を決めました。このことについては、以前の旅行記に記載しました。<br />2022年9月のシドニーマラソンの経験から得られた知識は、①5,6km走れればハーフマラソンは完走できる。②年甲斐もなく頑張ることは、肉離れなどの怪我につながることがある。③皆と走ることは楽しい。④思っていた程の感動・感激はなかった。⑤マラソン当日までの練習で、大きなもの(精神的な自信と耐力・肉体的体力)が得られた。などです。<br />2022年夏頃<br />ホノルルマラソンに参加するため計画を個人旅行で予約しました。出発は12月7日で、関西空港 ⇒ 羽田 ⇒ ホノルル、帰りは疲れているだろうから、ホノルル ⇒ 関西空港の直行便をJAL便で予約しました。ホテルは7日の1泊はサーフライダー、8日から13日の5泊はプリンセスカイウラニを予約しました。PK(プリンセスカイウラニ)に滞在中、wifiのルーターを無料で貸していただきました。<br />2022年11月<br />ホノルルマラソンの練習のため、沖縄県那覇市の奥武山運動公園で3日間の一人で合宿をしました。iPhoneの歩数の記録では、1日あたり35000歩でした。因みに、ホノルルマラソン当日のiPhoneの記録をみると33000歩ですから、沖縄合宿は結構走ったと思います。<br />12月5日(月)<br />出発に先立って仲良しさんと2人でささやかな壮行会をしました。2人で食事をしながら、シドニーマラソンのように頑張りすぎて怪我をしないように、とにかく楽しんで来てください、という暖かい言葉を胸に刻みました。シドニーのときの怪我は、私にとって大きなトラウマになっていました。少しでも不安な気持ちになったときには、棄権する勇気を持って参加しようと思っていました。棄権する悔しさに打ち勝つだけの勇気があるかどうかこそが、一番の不安材料でした。<br />7日(水)。関西空港発15:05のJAL224便。チェックインカウンターでホノルルまでのチェックインも済ませました。カウンタースタッフの皆さんから「マラソンに参加していただき、ありがとうございます。頑張ってください。」と激励されました。羽田で降機のとき、CAの皆さんから、突然「マラソン頑張ってください。」と声をかけられて、絵はがきをいただいたことに感激・感動しました。きっと、私の情報がチェックインカウンターからのCAさんにも届いていたんだと思います。羽田空港のラウンジではビールとカレーや牛丼をいただて搭乗をいました。<br />羽田空港を離陸してしばらくすると1回目の食事です。しかし、この食事中、シートベルトサインが点灯して大揺れでした。2回の食事を美味しくいただき、ホノルル空港に到着しました。<br />ここからは現地の日付です。<br />12月7日(水)<br />ホノルル空港到着後は、イミグレーションの機器操作のところが以前(2020年3月)とは少し違っていたような気がしましたが、気のせいかもしれません。空港からホテルまでは往復の送迎をVELTRAさんにお願いしていました(現地に行ってから、一人でバスやタクシーに乗る勇気・根性・語学力がないからです)。マリオットボンヴォイのメンバーなのでホテルはシェラトン系に宿泊しました。1泊目はサーフライダー、2泊目からの5泊はプリンセスカイウラニですが、4泊分のポイント宿泊で5泊できたので、ポイントでの宿泊にしました(サーフライダーもポイント宿泊です)。<br />この日、マラソンに参加した方々はご存じのことと思いますが、午後6時頃からカラカウア通りで、Pearl Habor Memorial Parade が行われます。日本ではあまり紹介されていないのでちょっと驚きましたし、日本人が見て良いものなのか少し不安でした。退役軍人の方々や、学生のブラスバンド、チアリーダー等々の行進が行われます。パレードは日本人が見ても楽しいし、また、結構長時間行われ、ちょうどサーフライダー付近が終点でした。<br />ホノルルに着いてからも、毎日、カピオラニ公園の周りを朝、昼、晩に数周走りました。走ることの不安(肉離れによる途中棄権)を忘れようとしても、忘れられるものではありませんが、日本から届くLINEに励まされながら、当日まで走ることと身体を休めることに専念して観光は控えました(案外、真面目に取り組みました)。<br />12月8日(木)<br />ゼッケンを受け取るためにコンベンションセンターに行きました。コンベンションセンターでは、ホノルルマラソン前日に開催されるカラカウアメリーマイルのエントリーをしました。その後、往復がJAL便だったのでJALテントの申し込みを済ませて、ホノルルマラソンの記念Tシャツなどを購入しました。会場には、これまでに開催された時のFinnisherTシャツが展示されていました。因みに昨年は第50回大会でしたから、50枚のTシャツが展示されていました。コンベンションセンターでゼッケンを受け取り、ホテルに戻って、マラソン当日に着るTシャツにゼッケンを付けると、徐々に気持ちが高まりますが、同時に怪我の不安も大きくなります。体調に万全を期すためにも、ワイキキをウロウロすることなく、走るか休むかのホノルル生活でした。<br />12月10日(土)<br />カラカウアメリーマイル(1.6K)に参加しました。シドニーの二の舞にならないように、ゆっくり走りました。記録は10分18秒21、65歳から69歳では38人中10位でした。このペースなら、618秒(10分18秒)で1.6K ⇒ 3600秒(1時間)で9.3K ⇒ 42.195Kmを時速9.3Kmで走ると、約5時間。となりますが、机上の空論です。<br />12月11日(日)<br />いよいよ、本番です。早朝からウォーミングアップを兼ねてスタート地点まで歩いて行きましたが、大勢の方々が歩いているので道に迷うことなく、集合場所に着きました。すでに、多くのランナーが集まっていましたが、Qちゃん(高橋尚子さん)率いるチームぴあの皆さんも準備体操をしていました。後々知りましたが、スタートゲート付近でテレビ撮影のためにオリエンタルラジオの藤森さんとレスリングの吉田沙保里さんがいたようです。<br />いよいよスタートです。スタート時には海側で盛大に花火が上がっていましたが、撮影する余裕もなく、とにかくゆっくりゆっくり走り始めました。5km付近でトイレに行きましたが、その後はダイヤモンドヘッドの登り坂の途中までは歩くことなく走りました。私は上り坂を全く苦にしませんが、普段の練習以上に長い登りだったので、ほんの少しふくらはぎでピクッピクッとするのを感じたので、歩いたり走ったりしながら進みました。また、横を走る人が、日が昇って暑くなるまでにできるだけ走ろうと言っていたので、ゆっくりとがんばって走りました。高速道路に入る頃から、歩くことが多くなりました。Qちゃんと記念撮影したり、スポーツドリンクをいただきながら歩いたり走ったりしました。その後、まっすぐな長い下り坂では気が遠くなりました。まっすぐな道は先が見えることで、あんなとこまで行くの?ってことでゾッとしました。下りきった辺りから、沿道に住んでいる多くの方々が、応援と走者への差し入れでクッキーなどを提供していたので遠慮なくいただきました。素麺もありました。目についたものはほぼ全部いただきました。この辺りから足の不安を忘れる瞬間ができ、ホノルルマラソンを楽しんでいたように思います。海が見え始めたところでは、現地のTVクルーの皆さんが撮影をしていたので、陽気に手を振って応えておきました。ここら辺りで残りの距離を考えると5時間台で走れそうでした。そんなことを考えると、残りの時間はこの大会を思いっきり楽しもうと思い、多くのランナーの方々と記念撮影をしたり、後ろから追いつかれたQちゃんのチームぴあの皆さんと併走したりしました。その中で、Qちゃんの言葉が今も心に残っています。「皆と一緒に走れば頑張れる。一人ではしんどいですよ。」という言葉です。ほんとうにそうだと思います。私たちの普段の仕事やクラブの練習などでもいえることだったと思います。私ごとですが、勉強は一人でするので頑張れませんでした。走り終えた今、Qちゃんから教えてもらったことを教訓にしたいと思っています。<br />いよいよゴールです。ゴールの瞬間に名前を呼ばれたので、ちょっと嬉しく思いました。その後は、Tシャツをいただき、JALテントで飲み物をいただき、一休みしてからホテルに戻りました。タイムは6時間18分。最後、ちょっと楽しみすぎたかな。<br /><br />シドニーマラソンと違って、写真撮影のカメラを見つけてはポーズをとり、沿道の皆さんの差し入れはほぼ全ていただき、面白そうなランナーの皆さんとは記念撮影しながら、思いっきり楽しんだホノルルマラソンでした。<br />いつか、また参加したいと思う時が来るのかどうかわかりません。というのは、現状では、怪我による途中棄権の怖さや前回の記録を上回るように走りたいという“煩悩”があります。心から素直に楽しめるようになったときに参加できれば、大きな感動があるのかもしれないと、勝手に思っています。<br />ホノルルマラソンでも、大会の運営に携わった方々、シドニーほど多くいませんでしたが途中で声をかけていただいた外国人のランナーの方々、一緒に走っていただいた多くの参加者の皆さん、沿道で差し入れや応援をしていただいた皆さん、JL224便のクルーの皆さん、たった二人で壮行会をしていただいた仲良しさんに心から感謝しています。<br />12月13日<br />14:00ホノルル空港発 <br />12月14日 <br />19:30関西空港着<br />無事、怪我もせずに帰ってくることができました。ちょっと休みます。

初めてのホノルルマラソン挑戦記

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2022/12/07 - 2022/12/14

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wakanohimezakura

wakanohimezakuraさん

ホノルルマラソン挑戦記
いつだったか忘れましたが、テレビでホノルルマラソンの様子が放送されていたのを見て、いつか走ってみたいなぁと思っていました。2年前の2021年夏に参加を決意し申し込みをしました。しかし、開催が困難な状況になったことは皆さんご承知のことと思います。私の年齢になると、1年間でどれだけ体力が落ちるか、という不安がありますが、発想を変えて、練習の期間が1年増えた、と前向きに捉えました。ということで、実際に走ったのは2022年12月になりました。練習期間は2021年の夏頃から約1年半です。日頃の練習は2日走って1日休み、小雨決行を繰り返しました。走る距離は最長で1日6km、体調等を考慮しながら走りました。走ること以外にも、普段から歩くことを苦にしていなかったので、毎日、結構歩いていました。
2022年、ゴールデンウィーク後にオーストラリア旅行を計画し、その後、4トラベルの旅行記でシドニーマラソンのことを知り、シドニーの参加を決めました。このことについては、以前の旅行記に記載しました。
2022年9月のシドニーマラソンの経験から得られた知識は、①5,6km走れればハーフマラソンは完走できる。②年甲斐もなく頑張ることは、肉離れなどの怪我につながることがある。③皆と走ることは楽しい。④思っていた程の感動・感激はなかった。⑤マラソン当日までの練習で、大きなもの(精神的な自信と耐力・肉体的体力)が得られた。などです。
2022年夏頃
ホノルルマラソンに参加するため計画を個人旅行で予約しました。出発は12月7日で、関西空港 ⇒ 羽田 ⇒ ホノルル、帰りは疲れているだろうから、ホノルル ⇒ 関西空港の直行便をJAL便で予約しました。ホテルは7日の1泊はサーフライダー、8日から13日の5泊はプリンセスカイウラニを予約しました。PK(プリンセスカイウラニ)に滞在中、wifiのルーターを無料で貸していただきました。
2022年11月
ホノルルマラソンの練習のため、沖縄県那覇市の奥武山運動公園で3日間の一人で合宿をしました。iPhoneの歩数の記録では、1日あたり35000歩でした。因みに、ホノルルマラソン当日のiPhoneの記録をみると33000歩ですから、沖縄合宿は結構走ったと思います。
12月5日(月)
出発に先立って仲良しさんと2人でささやかな壮行会をしました。2人で食事をしながら、シドニーマラソンのように頑張りすぎて怪我をしないように、とにかく楽しんで来てください、という暖かい言葉を胸に刻みました。シドニーのときの怪我は、私にとって大きなトラウマになっていました。少しでも不安な気持ちになったときには、棄権する勇気を持って参加しようと思っていました。棄権する悔しさに打ち勝つだけの勇気があるかどうかこそが、一番の不安材料でした。
7日(水)。関西空港発15:05のJAL224便。チェックインカウンターでホノルルまでのチェックインも済ませました。カウンタースタッフの皆さんから「マラソンに参加していただき、ありがとうございます。頑張ってください。」と激励されました。羽田で降機のとき、CAの皆さんから、突然「マラソン頑張ってください。」と声をかけられて、絵はがきをいただいたことに感激・感動しました。きっと、私の情報がチェックインカウンターからのCAさんにも届いていたんだと思います。羽田空港のラウンジではビールとカレーや牛丼をいただて搭乗をいました。
羽田空港を離陸してしばらくすると1回目の食事です。しかし、この食事中、シートベルトサインが点灯して大揺れでした。2回の食事を美味しくいただき、ホノルル空港に到着しました。
ここからは現地の日付です。
12月7日(水)
ホノルル空港到着後は、イミグレーションの機器操作のところが以前(2020年3月)とは少し違っていたような気がしましたが、気のせいかもしれません。空港からホテルまでは往復の送迎をVELTRAさんにお願いしていました(現地に行ってから、一人でバスやタクシーに乗る勇気・根性・語学力がないからです)。マリオットボンヴォイのメンバーなのでホテルはシェラトン系に宿泊しました。1泊目はサーフライダー、2泊目からの5泊はプリンセスカイウラニですが、4泊分のポイント宿泊で5泊できたので、ポイントでの宿泊にしました(サーフライダーもポイント宿泊です)。
この日、マラソンに参加した方々はご存じのことと思いますが、午後6時頃からカラカウア通りで、Pearl Habor Memorial Parade が行われます。日本ではあまり紹介されていないのでちょっと驚きましたし、日本人が見て良いものなのか少し不安でした。退役軍人の方々や、学生のブラスバンド、チアリーダー等々の行進が行われます。パレードは日本人が見ても楽しいし、また、結構長時間行われ、ちょうどサーフライダー付近が終点でした。
ホノルルに着いてからも、毎日、カピオラニ公園の周りを朝、昼、晩に数周走りました。走ることの不安(肉離れによる途中棄権)を忘れようとしても、忘れられるものではありませんが、日本から届くLINEに励まされながら、当日まで走ることと身体を休めることに専念して観光は控えました(案外、真面目に取り組みました)。
12月8日(木)
ゼッケンを受け取るためにコンベンションセンターに行きました。コンベンションセンターでは、ホノルルマラソン前日に開催されるカラカウアメリーマイルのエントリーをしました。その後、往復がJAL便だったのでJALテントの申し込みを済ませて、ホノルルマラソンの記念Tシャツなどを購入しました。会場には、これまでに開催された時のFinnisherTシャツが展示されていました。因みに昨年は第50回大会でしたから、50枚のTシャツが展示されていました。コンベンションセンターでゼッケンを受け取り、ホテルに戻って、マラソン当日に着るTシャツにゼッケンを付けると、徐々に気持ちが高まりますが、同時に怪我の不安も大きくなります。体調に万全を期すためにも、ワイキキをウロウロすることなく、走るか休むかのホノルル生活でした。
12月10日(土)
カラカウアメリーマイル(1.6K)に参加しました。シドニーの二の舞にならないように、ゆっくり走りました。記録は10分18秒21、65歳から69歳では38人中10位でした。このペースなら、618秒(10分18秒)で1.6K ⇒ 3600秒(1時間)で9.3K ⇒ 42.195Kmを時速9.3Kmで走ると、約5時間。となりますが、机上の空論です。
12月11日(日)
いよいよ、本番です。早朝からウォーミングアップを兼ねてスタート地点まで歩いて行きましたが、大勢の方々が歩いているので道に迷うことなく、集合場所に着きました。すでに、多くのランナーが集まっていましたが、Qちゃん(高橋尚子さん)率いるチームぴあの皆さんも準備体操をしていました。後々知りましたが、スタートゲート付近でテレビ撮影のためにオリエンタルラジオの藤森さんとレスリングの吉田沙保里さんがいたようです。
いよいよスタートです。スタート時には海側で盛大に花火が上がっていましたが、撮影する余裕もなく、とにかくゆっくりゆっくり走り始めました。5km付近でトイレに行きましたが、その後はダイヤモンドヘッドの登り坂の途中までは歩くことなく走りました。私は上り坂を全く苦にしませんが、普段の練習以上に長い登りだったので、ほんの少しふくらはぎでピクッピクッとするのを感じたので、歩いたり走ったりしながら進みました。また、横を走る人が、日が昇って暑くなるまでにできるだけ走ろうと言っていたので、ゆっくりとがんばって走りました。高速道路に入る頃から、歩くことが多くなりました。Qちゃんと記念撮影したり、スポーツドリンクをいただきながら歩いたり走ったりしました。その後、まっすぐな長い下り坂では気が遠くなりました。まっすぐな道は先が見えることで、あんなとこまで行くの?ってことでゾッとしました。下りきった辺りから、沿道に住んでいる多くの方々が、応援と走者への差し入れでクッキーなどを提供していたので遠慮なくいただきました。素麺もありました。目についたものはほぼ全部いただきました。この辺りから足の不安を忘れる瞬間ができ、ホノルルマラソンを楽しんでいたように思います。海が見え始めたところでは、現地のTVクルーの皆さんが撮影をしていたので、陽気に手を振って応えておきました。ここら辺りで残りの距離を考えると5時間台で走れそうでした。そんなことを考えると、残りの時間はこの大会を思いっきり楽しもうと思い、多くのランナーの方々と記念撮影をしたり、後ろから追いつかれたQちゃんのチームぴあの皆さんと併走したりしました。その中で、Qちゃんの言葉が今も心に残っています。「皆と一緒に走れば頑張れる。一人ではしんどいですよ。」という言葉です。ほんとうにそうだと思います。私たちの普段の仕事やクラブの練習などでもいえることだったと思います。私ごとですが、勉強は一人でするので頑張れませんでした。走り終えた今、Qちゃんから教えてもらったことを教訓にしたいと思っています。
いよいよゴールです。ゴールの瞬間に名前を呼ばれたので、ちょっと嬉しく思いました。その後は、Tシャツをいただき、JALテントで飲み物をいただき、一休みしてからホテルに戻りました。タイムは6時間18分。最後、ちょっと楽しみすぎたかな。

シドニーマラソンと違って、写真撮影のカメラを見つけてはポーズをとり、沿道の皆さんの差し入れはほぼ全ていただき、面白そうなランナーの皆さんとは記念撮影しながら、思いっきり楽しんだホノルルマラソンでした。
いつか、また参加したいと思う時が来るのかどうかわかりません。というのは、現状では、怪我による途中棄権の怖さや前回の記録を上回るように走りたいという“煩悩”があります。心から素直に楽しめるようになったときに参加できれば、大きな感動があるのかもしれないと、勝手に思っています。
ホノルルマラソンでも、大会の運営に携わった方々、シドニーほど多くいませんでしたが途中で声をかけていただいた外国人のランナーの方々、一緒に走っていただいた多くの参加者の皆さん、沿道で差し入れや応援をしていただいた皆さん、JL224便のクルーの皆さん、たった二人で壮行会をしていただいた仲良しさんに心から感謝しています。
12月13日
14:00ホノルル空港発 
12月14日 
19:30関西空港着
無事、怪我もせずに帰ってくることができました。ちょっと休みます。

旅行の満足度
5.0
観光
4.0
ホテル
5.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
タクシー 徒歩
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • JL224便、羽田空港で降機時にCAの皆さんから励ましの言葉をかけていただき、とても良い気持ちになったので、絵はがきは今も大切に記念品として持っています。

    JL224便、羽田空港で降機時にCAの皆さんから励ましの言葉をかけていただき、とても良い気持ちになったので、絵はがきは今も大切に記念品として持っています。

  • 羽田空港のラウンジでいただきました。他に牛丼などもいただきました。

    羽田空港のラウンジでいただきました。他に牛丼などもいただきました。

  • 離陸直後の東京上空。今回は左側座席を予約できました。

    離陸直後の東京上空。今回は左側座席を予約できました。

  • 食事中もシートベルト着用サインが点灯し続けていました。ラウンジでたくさん食べていましたが、機内食も美味しくいただきました。

    食事中もシートベルト着用サインが点灯し続けていました。ラウンジでたくさん食べていましたが、機内食も美味しくいただきました。

  • アラモアナで食べたお寿司です。日本円で約3500円だったと思います。

    アラモアナで食べたお寿司です。日本円で約3500円だったと思います。

  • アラモアナで食べたステーキ&amp;ガーリックシュリンプです。日本円で約3000円でした。

    アラモアナで食べたステーキ&ガーリックシュリンプです。日本円で約3000円でした。

  • JCBプラザで紹介していただいたガーリックシュリンプのお店で買いました。最近、ガーリックシュリンプはよく食べますが、このときが初めてだったので、とても美味しく感じました。

    JCBプラザで紹介していただいたガーリックシュリンプのお店で買いました。最近、ガーリックシュリンプはよく食べますが、このときが初めてだったので、とても美味しく感じました。

  • このお店でガーリックシュリンプを買いました。お店の中でも食べられますが、私は持ち帰ってホテルで食べました。もちろんビールと共に。

    このお店でガーリックシュリンプを買いました。お店の中でも食べられますが、私は持ち帰ってホテルで食べました。もちろんビールと共に。

  • ガーリックシュリンプのお店の隣には小錦関?がいました。

    ガーリックシュリンプのお店の隣には小錦関?がいました。

  • 黄色いTシャツがメリーマイルのTシャツだったと思いますから、メリーマイルの時の写真だと思います。

    黄色いTシャツがメリーマイルのTシャツだったと思いますから、メリーマイルの時の写真だと思います。

  • ホノルルマラソン前日に行われたカラカウアメリーマイルでいただいたメダルなどです。ジュースやパイはとても美味しかったです。

    ホノルルマラソン前日に行われたカラカウアメリーマイルでいただいたメダルなどです。ジュースやパイはとても美味しかったです。

  • ホノルルマラソンのスタート直後です。まだまだ暗いですが、左側の海岸で花火が上がっています。私の記憶ではダイヤモンドヘッドの上り坂付近の海岸で、ようやく日の出です。日差しが強くならない間にできるだけ走ることが得策だと思われます。

    ホノルルマラソンのスタート直後です。まだまだ暗いですが、左側の海岸で花火が上がっています。私の記憶ではダイヤモンドヘッドの上り坂付近の海岸で、ようやく日の出です。日差しが強くならない間にできるだけ走ることが得策だと思われます。

  • シドニーの時と違って、怪我に注意しながら楽しもうと思っていたので、カメラ目線で走っています。

    シドニーの時と違って、怪我に注意しながら楽しもうと思っていたので、カメラ目線で走っています。

  • カメラが見えたらポーズでした。

    カメラが見えたらポーズでした。

  • 周りを見ると、多くの人が歩いていますが、皆さん楽しそうです。なぜか、私だけカメラポーズです。

    周りを見ると、多くの人が歩いていますが、皆さん楽しそうです。なぜか、私だけカメラポーズです。

  • 余裕なのか、諦めなのかカメラが見えればポーズです。ジェル状の栄養補給食品を手に持っているのが確認できます。

    余裕なのか、諦めなのかカメラが見えればポーズです。ジェル状の栄養補給食品を手に持っているのが確認できます。

  • ぼちぼちゴールです。スマホで周りの人たちを撮影しながら、カメラにポーズです。

    ぼちぼちゴールです。スマホで周りの人たちを撮影しながら、カメラにポーズです。

  • ゴールです。この直後、名前が呼ばれます。大きな感動があるというより、完走できたので小さな自信がつきました。

    ゴールです。この直後、名前が呼ばれます。大きな感動があるというより、完走できたので小さな自信がつきました。

  • フィニッシャーTシャツとメダル。Tシャツのサイズは当日でも変更可でした。

    フィニッシャーTシャツとメダル。Tシャツのサイズは当日でも変更可でした。

  • タイムは、6時間16分08秒。肉離れの不安の中で走りきれたことでほっとしました。楽しく走ろうと心で強く念じていましが、最後まで肉離れの不安を払拭できなかったように思います。しかし、沿道の方々のおかげで不安を忘れる瞬間がいっぱいあったので、無事に帰ってくることができました。多くの皆さんに感謝しています。

    タイムは、6時間16分08秒。肉離れの不安の中で走りきれたことでほっとしました。楽しく走ろうと心で強く念じていましが、最後まで肉離れの不安を払拭できなかったように思います。しかし、沿道の方々のおかげで不安を忘れる瞬間がいっぱいあったので、無事に帰ってくることができました。多くの皆さんに感謝しています。

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