2019/09/07 - 2019/09/07
365位(同エリア678件中)
km45さん
2019年9月7日(土)、武蔵野文化協会・国宝史蹟研究会共催の「武蔵野古代ロマン・さきたま風土記の丘をめぐる」で、埼玉県の史跡を巡りました。観福寺(埼玉県行田市南河原1500-1)の国指定史跡「南河原石塔婆」、行田市藤原町の八幡山古墳(同町1-26-12)、忍城跡、さきたま古墳公園、前玉神社(埼玉県行田市埼玉宮前5450)の順で見学します。9時にJR桶川駅に集合して、見学開始です。
表紙写真は「八幡山古墳整備記念碑」です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
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最初の見学地は観福寺(埼玉県行田市南河原1500-1)の国指定史跡「南河原石塔婆」です。一谷合戦での生田口先駆けで戦死したと『平家物語』で語られている私市党河原太郎次郎兄弟の供養板碑との伝承を持つ、2基の板碑が国指定となって、本寺の山門左横にある覆屋に保存管理されています。写真は左側の文応2年(1261)2月銘の板碑です。来迎印を結ぶ阿弥陀如来が左右に観音・勢至菩薩を従えた阿弥陀三尊像が線刻されています。台上高236cm・幅65cm・厚9cmです。
南河原石塔婆 名所・史跡
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文応2年2月銘板碑の阿弥陀三尊像です。
南河原石塔婆 名所・史跡
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右側の文永2年(1265)2月銘の板碑です。脇侍を従えた地蔵菩薩が線刻されています。台上高187cm・幅58cm・厚6.5cmです。
南河原石塔婆 名所・史跡
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文永2年2月銘板碑の地蔵菩薩像です。
南河原石塔婆 名所・史跡
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次いで、行田市藤原町の富士見工業団地内の八幡山公園一角を占める八幡山古墳(同町1-26-12)です。若小玉古墳群の一角にある本古墳は7世紀前半の築造と推定されており、かつては墳丘で覆われていましたが、1934年の小針沼干拓で墳丘が崩されて石室が露出しました。1977~9年にかけて石室の復原がなされて現在に至っています。本古墳は発掘調査により本来は直径80mの円墳で、周溝は存在しないと考えられています。写真は正面から見た本古墳で、石室が露出していることがお分かりでしょう。扉が開いているように、石室内は見学ができ、公開時間は10~6時(土・日・祝日)です。
八幡山古墳 名所・史跡
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右側から見た本古墳です。
八幡山古墳 名所・史跡
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左から見た本古墳です。
八幡山古墳 名所・史跡
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石室は羨道・前室・中室・奥室からなっており、推定全長16.7m(現存長約14.7m)、奥室横幅4.8mの横穴式です。写真は羨道から見た前室です。奥へと中室・奥室となっています。
八幡山古墳 名所・史跡
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中室です。
八幡山古墳 名所・史跡
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奥室天井です。
八幡山古墳 名所・史跡
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逆に奥室から中室・前室を見たものです。
八幡山古墳 名所・史跡
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中室です。
八幡山古墳 名所・史跡
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午前中の最後の見学地は忍城跡です。忍城は戦国期に成田氏により築かれたもので、小田原攻めの時に水攻めを受け、後北条氏降伏後に開城したことで知られています。その後、修復されて江戸時代には譜代の居城となりました。写真は再建された御三階櫓です。行田市郷土博物館(行田市本丸17-23 入館料200円・9~16時30分・休館日月曜日等)から渡り廊下で中に入れます。
忍城址 名所・史跡
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鐘楼です。
忍城址 名所・史跡
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