2021/09/07 - 2021/09/07
152位(同エリア1163件中)
杏仁豆腐さん
池袋駅から歩いて、自由学園明日館に向かいます。
歩いていると、すぐに住宅街です。そんな住宅街の中に、自由学園明日館は建っています。池袋駅から徒歩7分。
自由学園明日館は、1921年(大正10)、羽仁もと子、吉一夫妻が創立した自由学園の校舎として、あの巨匠フランク・ロイド・ライトの設計により建設されました。
自由学園明日館を見学し、徒歩で次の目的地、熊谷守一美術館へ。
熊谷守一美術館は、守一氏が45年間住み続けた豊島区千早の旧宅跡に、1985年(昭和60年)5月、次女の榧(かや)氏により個人美術館として開設されました。2007年(平成19年)11月、榧氏より守一作品153点の寄贈を受け、豊島区立熊谷守一美術館として新たに開館いたしました。
私は、映画『モリのいる場所』を見てから、熊谷守一に興味を持ち始めました。
自由学園明日館と熊谷守一美術館を巡り、とても充実した一日となりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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池袋駅から住宅街を歩き、自由学園明日館に到着。
住宅街の中に、異質の光景が広がります。 -
明日館の梟
この梟像は豊島区の区制70周年を記念した事業で「梟の路」として設置された物です。平成15年(2003)に自由学園の生徒たちが明日館に所縁のある大谷石で製作したそうです。 -
喫茶付見学料、800円を支払い、中に入りました。
見学のみですと、500円です。 -
明日館の前には芝生が広がり、解放感のある風景です。
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高さを抑えて水平線を強調した屋根がとても美しい建物です。
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婦人之友社羽仁先生記念展示室です。
婦人之友社は、1903年(明治36年)羽仁もと子、羽仁吉一により創業されました。同時に「婦人之友」の前身「家庭之友」を創刊しました。 -
会議室にある菱形の窓。
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明日館の廊下。
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大教室としま
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大教室としまの後方には棚が備え付けてあります。
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ホール脇の出入り口。
とてもモダンな造りです。 -
天井にはしゃれた明り取り。
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ホールに入ると暖炉があります。
ライトは、「火のあるところには人は集まり、団欒の場を共有するのだ」と考え、手がけた住宅の多くに暖炉を設けています。明日館は学校建築でありながら、5カ所に暖炉があります。 -
明日館で、結。婚式もできます。
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重要文化財指定書
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ホールの幾何学模様の窓。
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外の景色と相まって、とても雰囲気のある光景です。
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このホールでは、女学校当時、毎朝の礼拝が行われていました。
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ホールの西側の壁面には、自由学園創立10周年を記念し、旧約聖書「出エジプト記」の一節を生徒が描いた壁画があります。
自由学園の「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ(Thinking,Living,Praying)」のモットーを3人の女学生が表しています。 -
とても雰囲気のよい空間です。
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大教室タリアセン
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学園PR室
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卒業証書が掲示されてあります。大正十二年。
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JMショップ。
工芸品、玩具、衣料日用品、クッキーなどを販売しています。 -
一旦外に出てみました。
どこから見てもきれいなフォルムです。 -
人も少なく、ゆっくりと見学できます。
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中二階にあたる食堂に来ました。
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おしゃれな木製の照明器具がいくつも吊り下げられています。
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暖炉もあります。
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こちらで珈琲と焼き菓子で休憩です。
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BSテレ東で放送されたドラマ、「名建築で昼食を」で池田エライザと田口トモロヲが自由学園明日館を訪れていました。
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食堂の窓も素敵です。
こんな素晴らしい空間で珈琲を飲むと気分も落ち着きます。 -
食堂から少し階段を上ると、ミニミュージアムがあります。帝国ホテルで使われた煉瓦が置かれてあります。
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ミニミユージアムの窓には、フランク・ロイド・ライトのシルエット。
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フランク・ロイド・ライトと明日館について理解が深まります。
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明日館の模型
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ライトとフロアスタンド。
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ホールの1階が見下ろせます。
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ミニミュージアムから食堂に戻ってきました。
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明日館を出ました。
ホールの外側です。 -
季節によって、様々な風景を見ることができるのでしょう。
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明日館を出て、講堂に向かいます。
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講堂は、道路を挟んで向かいにあります。
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講堂は、遠藤新の設計です。明日館の設計コンセプトは引き継がれています。
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生徒数の増加により、ホールが手狭となったため、建てられました。
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遠藤新は、1917年、帝国ホテルの設計を引き受けたライトの建築設計事務所に勤務しました。
建設費用がかかり過ぎるとしてライトは解雇され、途中で帰国してしまいますが、遠藤ら弟子が帝国ホテルを完成させました」。 -
教会のような厳かな雰囲気を感じます。
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講堂の前方から後方を見ると、予想以上に明るいです。
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羽仁吉一・もと子夫妻の写真が飾ってあります。
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物置きとして使われいていた部屋は、埋め込まれていたそうです。
改修工事でベニヤ板を剥がすと竣工当時のトイレがそのまま出て来たそうです。 -
男子用トイレ
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2階に上がるとギャラリー席です。
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2階からの眺め。
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講堂の窓。
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講堂を出て、熊谷守一美術館に向かいます。
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昼時なので、途中のマレーチャンでランチです。
マレーシア料理店です。 -
グリーンカレーをいただきました。
ライスとナンがついています。 -
鶏肉がゴロゴロ入っています。
レモングラスとジンジャーの香り。
それほど辛くはなかったです。
時々、グリーンカレーが食べたくなります。 -
店内は数人のお客さんしかいなく、ゆっくりと食事ができました。
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マレーチャンから歩いて、熊谷守一美術館へ向かいます。初めて歩く住宅街も面白いものです。
途中にある出世子育地蔵菩薩。
こちらは、身洗い地蔵尊です。 -
出世子育地蔵菩薩は地蔵堂の中に安置されています。
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住宅街の中にあるあ熊谷守一美術館に到着。
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美術館の外壁には熊谷守一の蟻。
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熊谷守一の娘、榧の彫刻[いねむるもり」
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住宅街の中にある美術館。
人通りも少なく、静かな環境です。 -
熊谷守一のレリーフ
松村外次郎 1979年 -
関連企画展示『守一最後の十日間展』を開催していました。
熊谷守一の命日8月1日を挟んで毎夏開催しています。
熊谷守一の二女・熊谷榧が描いた油彩画と共に生前の守一の写真を展示しています。ここだけは写真撮影OKです。
1F・2Fの常設展示室では、守一作品約60点を見ることができます。 -
熊谷守一
富裕層の出身ですが極度の芸術家気質で貧乏生活を送りました。
勲三等と文化勲章を辞退しています。 -
熊谷守一と熊谷榧
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熊谷守一
1956年(昭和31年)76歳の時、軽い脳卒中で倒れました。それ以来、遠出を控えるようになります。
晩年の20年間は、30坪もない自宅の庭で、自然観察を楽しむ日々を送っています。
熊谷守一自身が「約30年間 家から出ていない」と言っていますが、実際はこの脳卒中以降というのが正しいそうです。
また、庭についても自身が「50坪足らずの庭」と言葉を残していますが、実際はずっと狭かったそうです。 -
熊谷守一
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映画『モリのいる場所』は、2018年に公開されました。
監督は沖田修一、夫婦役を演じたのは、山﨑努と樹木希林。
映画で再現された庭は結構広く、高低もありました。 -
熊谷榧作
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熊谷榧作
映画で見た熊谷守一の晩年、美術館で実際に見た熊谷守一の作品。
とても興味深く、いろいろなことを感じることができました。
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