2008/06/03 - 2008/09/03
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コロコロパッカーさん
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世界一周の最初は、中国一周でした。3か月もかけて。
行く前は石とか卵とか投げられるんじゃないかと思っていたし、実際中国のテレビでは24時間日本人が悪役の戦争時代のドラマをやっていました、これはガチ。
ですが私が出会った中国人たちはみんな素朴で、ボラれないし、嘘つかれないし、痴漢いないし、一生懸命助けてくれるし、好奇心旺盛でよく笑うし、当時ホームランドだったインドとの違いにものすごくカルチャーショックを受けました。
思い出すのは、街や省を出たことのないような素朴な人たち。
日本人だってわかっているのに普通に親切にしてくれる人たち。
それだけは、
嘘ではなかったと思いたい。
わしごときを接待したところで何もメリットないしな!笑
名所もたくさん巡ったので、よろしければさっとご覧ください。
-
ルート・季節の基準は、夏の間にカシュガルからパキスタンのフンザに行くこと。
そして、青海省の菜の花をオンシーズンに見ること。
で、考えた結果、まずスタートは香港から。
当時はまだ香港に行ったことが無かったし、世界一周の最初の都市としては香港がいいかなと思ったんだと思います。
怖くて泊まれなかったチョンキンマンション。
気分はまだOLの夏休み。観光地を巡ったり、スイーツを楽しんだりしました。 -
香港から深圳に入りました。当時行ったことがあったのはチベットだけだったので、中国本土は初上陸でした。
行き先は桂林。ここで、当たり前ですが中国ではケイリンって行っても通じないことを学びました。すべての地名は中国語で言うのか。
夜行バスに乗って、スムーズに桂林まで移動。
桂林のホテルで「押金」(ヤーチン・デポジット)という制度を学びました、英語話せないおばちゃんから。
翌日は陽朔ヤンソーに行く船ツアーに参加しました。
船ツアーには外国人料金で乗らなくてはいけないと聞いていましたが、客引きのおじさんが「内密」的な漢字で、いいよいいよと安い料金で参加できることに。
船では中国人のおじさんたちに世話になりました。初国際交流。
めっちゃ陽気なおっちゃんたちで、彼らが食べていた豪華なランチやビールを一緒にごちそうになりました。
お札で有名なスポットで記念撮影も(笑)
おじさんが一番反日なんじゃないかと思っていたので、面くらいました。
この後、この景観で人気の陽朔の街に滞在。
街の観光客向けカフェで、英語が話せるソフィーちゃん(中国人はなぜか英語名を持っている人がいる)と仲良くなり、中国人の日本人への印象などを色々聞くことができました。
若い子は、文化的な要素のほうが強くて、全然反日ではないと言っていた。
私の名前を中国語読みで覚えて、会うと名前で呼んでくれたっけ。
店員さんのことは小姐(シャオジェ)って呼ぶより、服務員と言ったほうがいいよ、とか、その後役に立つことも教えてもらった。 -
陽朔の街が気にいったのと、当時有名だった興平の日本人宿、老寨山旅館にも滞在したりで、桂林エリアを堪能できました。
老寨山旅館では、少数民族の奥様の作ったゴーヤの肉詰めが本当においしかったです。
あと、息子さんのキタロウくんがとてもかわいかった!バイリンガルなので「ごはん食べたマー?」って聞くんです。その節はお世話になりました。(素敵な旅館でしたが、すでに一家は日本に移住されたそうです。)
宿で会った日本人と、タイで宿やを経営している元気な女社長さんと、夕日の中川下りをしたのもいい思い出。
続いて、桂林に戻り、龍勝という棚田地区へのツアーに参加しました。初めての棚田に感動しました。
ちなみに、棚田は、この旅行記の後半にある元陽のほうが圧倒的に巨大です。 -
桂林の旅行会社のお兄さんがバイクでバス停まで送ってくれて、次の街・張家界行きのバスに乗りました。え、ただ??
バスはどうやら乗り継ぎ便だったらしく、終点のバスターミナルで運転手さんがとあるおじさんに私を預け、おじさんちの食堂で待機することに。
時間になったら、おじさんが「来了」と一言、私の荷物を持って、乗継便のバスに乗せてくれました。
おじさんはお金を取ることもなく、また、乗継便のバスのお金も払いません。
インドしか知らない私にとってはとんでもなくカルチャーショックな出来事でした。
で、張家界。
中国の小さなお針子の舞台がどこかな、と調べていたら、ここがヒットした、という理由で立ち寄り。
写真のような巨大な奇岩がにょきにょき生えているエリアです。
中国語名はチャンジャージェー。
覚えるのに一苦労でした。
泊まった宿は公安の隣。
宿のおばちゃんが、公安の隣だから安心だ、と言った気がする。
公安と言えば、ひと昔前のバックパッカーにとっては敵みたいな感じだと思っていた。
安心と思ってるんだ・・・
このエリアでは客家(ハッカ)の料理が食べられました。おいしかったな。 -
ここから次の街・西安までは大移動、昼間からバスに乗り、さらに夜を越します。
ここで初めて寝台バスに乗車。これがまた快適で。
寝て運ばれるなんて、中国の合理的な思考を体現している乗り物。
道中は好奇心旺盛なおじさんと筆談。
周囲の人たちも興味津々にリアクションしていて、楽しいひと時でした。
彼氏はいないのか、とかも聞かれたんですが、それが単純に好奇心なのがいいなと思いました。
この頃には、もう自分は日本人だと言っても大丈夫だなと思っていたと思いました。
休憩の時は、若い女の子が私の世話役を頼まれてました。
一緒にお弁当やさんに行って、どうやって買うか教えてもらいました。
中国のお弁当、おいしくてびっくり。
特に野菜の炒めがなんでもおいしくて気に入りました。
まぁ、何入ってるか分からんけど笑 -
いよいよシルクロードの起点、西安(シーアン)に入りました。
西安といえば、兵馬俑です。教科書で見たものより巨大でした。
日本人のOLと同じようなこぎれいな恰好をしたお姉さんたちと、記念写真を撮りました。
教科書関係だと、秦の始皇帝の御陵を見学しました。
西安は、旅好きの祖父が気に入ったと言っていた町。
孫も気に入った。
この町から、清真通りを見ることができるようになり、イスラムやウイグルの雰囲気を味わうことができます。
西安まで行ったら絶対もっと西に行きたくなると思うけど、西安だけでもいいからまた行きたいと思う町です。
あ、そうそう、ここはスモッグがすごかった。空がずっと曇ってる。
中国の大気汚染を体験。
西安では、初めて列車(火車)のチケットを買いました。
駅前は、遠くから来たであろう出稼ぎ労働者が多数、風貌がもう都市部とは違うので、旅気分も盛り上がります。
西安駅前の自助飯(セルフの食堂)では、とても若い服務員の女の子と筆談しました。
この子も好奇心旺盛で、英語なんて全然話せないのにがんばって筆談してくれました。
ほっぺたが赤くてかわいかったな。 -
これがかの有名な中国の火車!
なんて清潔、きれいなの!これ、確か2等で、普通クラスなんです。
足元にはポット。
中国人は四六時中お茶を飲むので、お湯がとても大切。それに、カップラーメンも列車旅の定番。
車掌さんが継ぎ足してくれます。
ゴミ箱もある上、それとは別にしょっちゅう車掌さんが掃除に来てくれます。
寝心地も最高によくて、快適そのものでした。
そうこうしているうちに、景色はいよいよ砂漠地帯へ・・・ -
敦煌(ドンファン)では、有名な莫高窟を外から眺めた以外は、近所の食堂に入り浸っていました。
おじさんが作ってくれたきゅうりのニンニク和えがおいしくて、隣の飛天というドミトリーに泊まっていた日本人たちとのんびりビールを飲んで過ごしました。
おじさんは日本語がペラペラで、よく旅行者をからかってた。
元気かな、パキスタンを旅したあと再び寄った時も、名前を覚えていてくれました。
敦煌は、乾燥した気候と穏やかな気温がとてもよくて、空気感も良かったです。
また行きたいな。
敦煌以降のシルクロード名物は、ラグメンですね。パクチーが乗っていて、トマト味。 -
敦煌の次は、再び夜行列車で移動。
敦煌で会ったハンガリー人と列車の中でカップ麺をすすりながら、砂漠に沈む夕暮れを見ました。
どんな列車よりも贅沢なファイブスター列車だと言っていました。
続いて、「今何時?」と話しかけたことをきっかけに仲良くなった香港人の二人組と、ハンガリー人とみんなで、トルファンを観光。
トルファンからは、中央アジア風なイスラム建築や、ブドウ棚を見ることができます。いよいよウイグルエリア突入、羊肉もこのあたりから。
雰囲気も食べ物もがらりと変わってきます。
そうそう、特産品のぶどうで作る大きな干ぶどうがとってもおいしい!おすすめです。 -
トルファンからバスでウルムチに移動。
ウルムチは、ウイグルエリア第一の都市です。
辺境の都市と思いきや、大都会!
その中で、旧市街の中心は写真のようなノスタルジックな雰囲気。
人々もウイグル人が多く、とても気にいりました。
しかし、漢族の入植がどんどん進んでいて、ここのエリア以外は他の街と同じような雰囲気になっています。 -
ウイグルエリアのビールはウスビール。(だよね?)
羊と一緒にビールを飲むとお腹を壊す、とよく言われました。 -
敦煌で会った韓国人とウルムチで合流し、香港人の二人が行く予定だったナラティへ行ってみることに。
ナラティに行く途中の道。よく遊牧に阻まれました。
カザフ族のようです。 -
ずっと会社のPCのデスクトップにしていたパキスタンのフンザ!
パキスタンでは、フンザとカラーシュ谷を旅しました。大冒険でした。 -
ここはカザフスタンとの国境も近く、遊牧民が家畜とともに暮らすエリア。
予定外に美しい草原地帯でした。(空中草原にて、草原に向けて出発する一家。今はトラックで移動するのね。) -
ここで会った香港人の女の子は、その後お互いの実家にも遊びに行った仲。
10年以上たった今も連絡取ってます。
「今何時?」から始まったご縁。
彼らは北京語も話すので、旅がとても楽になりました。
パスポートを持って旅していて、外国人宿泊禁止の宿では宿泊できませんでした。
あと、香港の高層マンション在住なので、草原や花畑を見たことが無かったと言っていました。私の田舎にもあるような小さな菜の花畑に、すごく感動していた。
都会人っ子だな。
中国ではどこでも手作りの蒸したて肉まんが食べられるんです。
太るわなw
イーロウ(一籠)を速攻覚えました。 -
香港の二人と別れて、韓国人の女の子とカシュガルに向かう列車に乗りました。
憧れの天山山脈越えもでき、列車移動も板についてきました。
韓国人でも辛い物を食べるとお尻が痛くなると言いながら、辛いラーメンを食べてました。
あと、バックパックの中にパックがごっそり。さすが美意識の高い国の人!感心しました。
そんな女子力高めの彼女、この先はキルギスに向かい、スペインの巡礼路を歩くのが最終目標だとか!たくましい! -
カシュガルに着いたら、すぐにパキスタンのフンザに向け移動します。
これは中国側の国境の村。
確か、タジク族の村だったと思います。
エキゾチックなお顔立ち!
ここで一泊し、カラコルムハイウェイを越えます。 -
再び中国に帰ってきました。
国境を超えると、皆ビールを求めに走る!
一緒に乗ってた人たちと国境でビール片手に記念撮影しました。
その後、各国の歌を披露しながらの超楽しいバス旅となりました。
帰りは、ドイツ人とフレンチカナディアンと、湖のほとりのタジク族のパオで一泊。 -
無事カシュガルに戻りました。
この写真がとても気にいっています。
カシュガルの旧市街の八百屋さん。
まるで中世の絵画のような景色!
旧市街は時間が止まったかのような景色が広がっていて、頭から顔をすっぽりベールで覆ったおばあちゃんたちが買い物をしていました。
他にも素朴な工房があったり、ウイグル族の子供たちと遊んだり、本当に素敵な経験ができました。 -
カシュガルの好きな景色をもう一枚。
ポプラ並木のこの景色を探して中央アジアまで行きましたが、ここまで素朴な光景はここ以来見つけていません。
カシュガルでは、泊まっていた宿・色満で色んな国の人に出会い、みんなでアニマルマーケットに行って、ハミウリをつまみました。 -
カシュガルから先、旅行者はパキスタンやキルギスなど四方に散らばっていきます。
私はというと、西チベットに入りたくて、拠点となる辺境の街へ移動しました。
お金もしっかり降ろして、それなりに準備はしたのですが・・・
結局体調不良やバスが見つからないなどの理由で、西チベットは諦めて、東チベットエリアをまわることにしました。
ウイグル人の強制収容問題、きっとこのあたりの人々も被害者なんだろうと思うと、胸が締め付けられる思いです。
思い起こすと、あの当時から、ウイグル人は中国人に見える私にはあまり親切ではなかったから、きっとすでに色々な差別を受けていたんだと思います。
(そんな中、入植者であろう漢民族の食堂に入ると、いつもあれこれ世話を焼いてもらったり、よくしてもらっていたので、毎回とても複雑な思いでした。) -
西チベットをあきらめて、敦煌まで50時間かけて移動、敦煌で隋さんと再会した後、来年ドイツで会おうと約束していたドイツ人とばったり再会、一緒に蘭州を目指すことにしました。
とてもかわいい服務員さんと一緒に、建設途中の敦煌駅で一枚。
火車のお供もしっかり買い込んでいます。
列車の中で会った中国在住のフランス人は、決して超えることのない、ある種の疎外感を中国で感じていると話していました。 -
蘭州に到着!ここもまた都会です。
そして、これがかの黄河!初対面しました。 -
蘭州と言えば、蘭州ラーメン、牛肉の出汁とパクチーのラーメンです。
-
蘭州から移動したのは西寧。
ここは東チベットエリアの入り口みたいな場所で、この町からチベット人に出会いました。
駅前はこんな感じですが、町中は結構な都会です。
あと、気候がだいぶ高地の気候になってきて、とても爽やかでいい街でした。 -
西寧を起点として、青海湖へのツアーに参加しました!
この青い湖と菜の花のコントラストが見たかった!
ツアーガイドさんは若いお兄さん、ひょっこり紛れ込んだ外国人の私の世話を色々焼いてくれて助かりました。
南京出身の女の子にも会いました。
確か、空港のグランドスタッフって言ってたかな。
南京!と身構えましたが、至って普通に接してくれました。
タイとかマレーシアで会った女の子となんらかわらない対応。 -
西寧郊外の有名なチベット寺です。
ここでは、中国で国語の先生をしている女の子と仲良くなり、一緒にを寺巡りました。
こうやって、中国では時々一人旅している女の子に会います。
彼女は英語はすっごく苦手なようでしたが、それでもなんとか筆談なしにコミュニケーションが取れました。
チベットを抑圧する側の漢民族である彼女、チベット文化についてどう思っているのか。旅してくるぐらいだから少なくとも興味はあるんだろう。
でも、実際何が行われていたなんて、あの人たちは絶対知らされていないと思う。
五体投地している人たちが何を祈っているか、どんな思いで見ていたのかな。
言葉が分かったらさぐるぐらいはしてみたかった。
もっとも、熱心なムスリムのように自分らの正当性を延々語られるだけなんだろうけど。 -
爽やかな西寧の街です。
暑くもなく、からりとした空気がいい。
ここなら住めると思ったことをよく覚えています。 -
西寧から、チベットエリアに向かいます。
まずは小さな村へ。
ちょうど町のお祭りがあり、色とりどりの民族衣装を見ることができました。
といってもこのエリアはまだ都市部寄りなので、いわゆる高原のチベット族のようなごてごてした衣装ではなく、化繊で作られたあでやかなもの。 -
街の近くの五屯村というところに有名なチベット寺院があるということで、宿で出会った韓国人のアジョマとヒッチハイクで出かけました。トラクターだ。
アジョマから、「外国の言語を学ぶなら丁寧語を学ぶといいよ」とアドバイス受けたのが印象的。 -
甘粛省夏河(シアヘ)まで来ました。
ここはラブラン寺が有名なので、外国人にも人気の町でした。
同仁から3時間程度。朝一番に一本のみで、かなり込み合いましたがなんとかここまでやってきました。 -
夏河(シアヘ)のラブラン寺。
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ラブラン寺。
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甘粛と四川の境の高地にある郎木寺(ランムースーと言っていた。)という最果ての地にやってきました。
まるで西部劇のような町に、イケメンチベット族のお兄さんが。 -
素敵なご婦人にも会いました!郎木寺
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馬に乗っている人もいて、本当に西部劇 郎木寺
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郎木寺できゅうりを食べるドミトリーの住民。サワサー、という名前でした。
四川に抜けるバスに乗り合わせ、その後、ゾルゲ・九塞溝行きのタクシーとシェア相手を見つけてもらいました。
ちなみに英語は話せません。
どうやってコミュニケーションを取っていたのか、毎回不思議でなりません。 -
東チベットの大草原を越えて、ゾルゲという町へ到着。
短い夏の間に旅したことが功を奏し、ここでもお祭りを見ることができました。
お祭りがあると、近隣から着飾った人が集まるのです。
しかもこの村、イケメン多し。 -
女性もガチチベット民族衣装です。
-
東チベットの大草原。
ただただ広く、美しい草原。
チベット本土ではこんな草原は見なかったように記憶しています。
ここに来るまですごくすごく大変だけど、夢のような場所でした。 -
州境を越えて、九塞溝に突入しました。
九塞溝では、タクシーに乗り合わせた英語も話せる上海のエリート一人旅女性と部屋をシェアし、一緒に観光もしました。
詳細は省きますが、夜中に彼氏と喧嘩して服務員に切れていたのと、洗面台の使い方が超汚かったです。
夜には、同じくタクシーに乗り合わせたおじさんが一人で屋台にいるところに遭遇し、白酒をごちそうになりました。おじさんも英語はからっきしだめだったので、おじさんの持っていた手書きができる携帯で筆談。
何時間か会話が成り立つという奇跡を経験しました。
ちなみに泊酒はとても強く、その日のうちにすべてリバースしたため、翌朝は二日酔い無しでした。
屋台の裏で吐くのは人生最初で最後にしたい。 -
九塞溝はきれいでしたが、私が気に入ったのは、その先にある黄龍です。
パムッカレみたいですね。
この段々は川になっていて、下流までずっと続いています。
観光客は遊歩道にそって登っていくのですが、道中も美しい段と澄んだ水を眺めることができ、最高の散策コースでした。 -
山を下りて、四川の州都・成都へ到着。
四川と言えば、もちろんパンダ。
金持ちの息子がパンダと写真を撮る権利を買ってました。
↑
言い方 -
四川の名店、陳麻婆豆腐。山椒がてんこ盛り!
-
そして再びチベットエリアに入ります。
康定という交通の要所で、ビザの延長を。
この町はマツタケが取れるらしく、地元の主婦たちがむらがってました。 -
美しい段々畑を背景に、小僧さんたちが熱心に読経しています。
この年なら、遊びたい盛りだと思うけど、それがまるで自分の夢中になっていること、みたいに、それはそれは熱心に唱えていました。
きっとこの子たちが今のチベット仏教を支えているのかと思うと、とにかく身の安全を案じるばかり。 -
タンゴ(ルーフォー)の街から日帰りで行きました。
日帰りのつもりが、バスを逃して急遽一泊。
巨大化した僧房の集落です。
敷地の隅には煉瓦で壁が築かれ、これ以上僧房が広がらないようにしてあります。
この頃は外国人も自由に散策できて、山の上まで登ってこの写真を撮りました。 -
ルーフォーに戻ってから、さらに四川の最果て、カンゼを目指します。
この道中は、まさに美しき東チベットの光景が広がっていました。
特に印象的なのは、この立派なチベット民家。
エリアによって微妙に形も異なり、見ていて飽きません。
チベット本土と比べるとこちらのほうが気候や環境がいいためか、立派な家もたくさん見ることができました。 -
カンゼに向かう道中は絶景続き。
美しい谷と山、青い空がほんとにすてきでした。 -
四川のどんづまり、カンゼです。
ここまで来るとチベット族も多く、また外国人は珍しいのだと思います。
ゴンパの帰りに、お坊さんがバイクに乗せて送ってくれたので、桃をお礼に渡しました。 -
どん詰まりから、再び来た道を康定まで帰ります。
あ、この道中、特にルーフォー以南はとんでもない悪路で、よく体がびょーんと浮き上がりました。
同じ道なのですが、景色が美しく、まったく苦はありませんでした。
トイレはというと、極力行かないようにがんばります。
途中で気絶しそうなトイレを見つけたので一枚。
中国人はもっとトイレの価値を上げてあげるべきだと思う、汚いと場所だっていう感覚だからか、トイレを蔑みすぎです。 -
康定に戻ったら、今度は四川の西に向かいます。
まずは、この地域のチベット族の拠点、リタンへ。
リタンは写真のようななだらかな丘に囲まれた、高原の街です。 -
リタンから目指すは雲南省。
途中で一泊したチベット族の街。ここではチベット家屋風のマンションを見ました。 -
無事四川から雲南に抜け、シャングリラにやってきました。完全に名前負けですね。
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これはリージャンかな?少数民族のおばちゃんにたくさん会いました。
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美しい高原の湖、ロコ湖で一泊しました。
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巨大な四角い帽子をかぶった民族!
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大理では、少数民族が集まるマーケットに行きました。こんなにガチな民族マーケット、ラオスでも見なかったです。
おばちゃんたちのファッションがほんとにきれいで、また、集落、部族により、かなりバリエーションがあり、生きた世界遺産でした。 -
雲南の省都クンミン 昆明です。
大都会!四川の成都チャンドゥーも、ウルムチも西寧も、中国の中では最果ての地のはずなのに、日本のちょっとした地方都市とは比べものにならないほど都会でした。 -
クンミンをあとにし、向かうは出発の地桂林です。
ここで日本からの友人と待ち合わせしています。
写真はすっかり気に入った中国のお弁当。
ご飯も普通に食べられるし、中国ではほんとに食には困らなかったな。 -
桂林では、日本からの友人と合流しました。
日本から遥々バックパックを背負って未知の国中国の桂林まで夜行バスでやってきた友がすごい。 -
出発の地、香港に戻ってきました。
香港といえば、スーパーハイカロリーのフレンチトースト。 -
敦煌で会った友達とも再会しました。
日本からの友人も一緒にご飯。香港は居心地がいいねー。 -
世界一周の最後に、また中国に戻ってきました。河口。
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久々の麻婆豆腐に感動しました。
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元陽の棚田にも行きました。人類の巨大遺産。
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元陽、ここより大きな棚田はあるまい。
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菜の花で有名な羅平では、菜の花が終わっていました。
でもとてもきれいだったし、最後に中国を旅できるのがうれしかった。 -
列車のお供。2泊3日列車移動のときは、たっぷり買い込みました。
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鑑真号で日本に帰国。多くの長期旅行者が通った道、いい経験ができました。
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再就職後のゴールデンウィーク、知人におすすめされた穴場、平遙に行きました。
北京から新幹線です。 -
北京も初めて行きました。紫禁城の大きさに圧倒されました。
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万里の長城も見ておきました。
これを最後に中国には足を踏み入れていません。
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