2020/02/05 - 2020/02/05
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minaMicazeさん
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高崎市の「群馬県立歴史博物館」、特別収蔵品展「日本画の美」を見に行ってきました。
「群馬県立歴史博物館」は「群馬県立近代美術館」とともに、「群馬の森」の中にあります。明治百年記念事業の一環として、昭和49年(1974)に開園した都市公園です。
前身は「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」、さらにその前は、明治15年(1882)に設置された「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」でした。以来、終戦まで、黒色火薬、ダイナマイト、軍用火薬、民間用の産業火薬を生産していました。
現在「群馬の森」の北側には「日本原子力研究開発機構・高崎量子応用研究所」、南側には「日本化薬・高崎工場」があります。
旅行記作成に際しては、「群馬県立歴史博物館」および特別収蔵品展「日本画の美」のパンフレット、館内の説明、館のHP、およびウィキペディアなどのネット情報を参考にしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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群馬県高崎市「群馬の森」の正面駐車場にやってきました。容量は約200台ですが、現在一部工事中です。駐車場は北側にもあり、そこには約300台駐まれますが、「歴史博物館」に近いのは正面駐車場です。
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駐車場から橋を渡って園内に入ります。
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橋から西を見ると工事中、新たな橋を作っているそうです。
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ここ「群馬の森」は、明治百年記念事業の一環として、昭和49年(1974)に開園した都市公園です。東西1250mくらい、南北350mくらいの中に、広場や丘や池などの他に「近代美術館」と「歴史博物館」があります。
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この場所の前身は「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」、さらにその前は、明治15年(1882)に設置された「東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所」でした。以来、終戦まで、黒色火薬、ダイナマイト、軍用火薬、民間用の産業火薬を生産していました。
現在「群馬の森」の北側には「日本原子力研究開発機構・高崎量子応用研究所」、南側には「日本化薬・高崎工場」があります。 -
馬の像(群馬だから?)の後の建物は「近代美術館」です。「群馬の森」の付属施設として昭和49年(1974)に設置されました。平成13年(2001)に「館林美術館」が開館するまでは、群馬県唯一の県立美術館でした。
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「近代美術館」の隣に「歴史博物館_」があります。昭和54年(1979)に開園し、原始から現代までの群馬県の歴史に係わる展示や調査研究を行っています。
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平成26年(2014)から平成28年(2016)まで、大規模な改修工事が行われました。
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現在、令和元年度の特別収蔵品展「日本画の美」が、2月24日まで開催されています。写真右端の扉の奥、企画展示室が会場です。近世から近代はじめにかけて制作された、群馬ゆかりの絵画作品が展示されています。
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企画展示室の内部です。右から反時計回りに、島霞谷の日本画、屏風・画帖・扇面、絵巻、掛け軸、の順に展示されています。
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島霞谷の掛け軸です。左は、弓を作る人と矢を作る人、県指定の重要文化財です。
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何人かの合作で、カボチャ型で囲われた中の絵を、島霞谷が描いたのだそうです。カニだそうです。
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イチオシ
江戸時代の屏風、伝狩野栄信「竜虎図」です。狩野栄信は、江戸木挽町狩野派の八代目です。
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江戸時代の屏風、金井烏州(うしゅう)「滝に松月図」です。金井烏州は、現在の伊勢崎市に生まれた、江戸後期の南画家です。
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扇に描かれたものです。
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田崎早雲の画帖です。田崎早雲は幕末から明治にかけての南画家で、絵を金井烏州に学びました。生まれは江戸ですが、足利藩士として尊王運動に奔走し、明治維新後は画業に専念しました。
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田崎早雲の画帖です。
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田崎早雲が描いた山水画です。
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中国の清時代の画家・朱昮(しゅしょう)の山水帖を”臨模”したものです。
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工芸品も展示されていました。これは、江戸時代の蒔絵の銚子です。
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これらも蒔絵の工芸品です。左は碁盤と碁笥、中央は貝桶、右は重箱、手前は文箱です。
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工芸品の次は、絵巻です。これは、江戸時代の「三論絵詞」です。酒好きの公家、酒は飲めないが飯好きの僧、どちらも好きな武士、の3人が、それぞれの良さを主張しているんだそうです。
飯好きの好飯さんは、「酒で気が大きくなった酒好きははみっともない。ご飯と旬の食材が並んだ食事はなんと素晴らしいことか!…… 」 -
酒好きの長持さんは、「酒は長寿のもと。…… 酒を飲めばつらいことも忘れられる。」
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飯も酒も好きな仲成さんは、「……なにごとも、ほどほどが一番。まったく飲まないのも面白くないし、かといって大食いも見苦しい…… 」
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「過ぎたるもなお及ばざるが如し、だね。」だって。
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宴会の裏方さんまで、丁寧に書き込まれています。
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こちらは「俵藤太絵巻」です。写真は、平将門討伐の巻の部分です。
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展示室内を反時計回りに半分回って、入口方向を見たところです。
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絵巻の後は掛け軸です。
これは、江戸時代後期、谷文晁の「孔雀牡丹図」(部分)です。群馬県指定の重要文化財です。 -
金井烏州「秋山清爽図」(部分)です。群馬県指定の重要文化財です。
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イチオシ
田崎早雲「蜀道行旅之図」(部分)です。
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田崎早雲の「富岳図」です。
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イチオシ
松本宏洞の「雲山訪隠士図」(部分)です。松本宏洞は伊勢崎市に生まれた南画家です。
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イチオシ
新井洞巌(どうがん)の「扶杖攀山図(ふじょうはんざんず)」(部分)です。「扶杖」とは杖に頼ること、転じて、年老いていること、を言います。「攀山」とは、山をよじ登ること、を言います。
新井洞巌の生まれは、東吾妻町です。 -
イチオシ
小室翠雲の「厳寒二雅図」(部分)です。冬の寒さの中でも、鮮やかに咲く梅とバラを描いています。
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イチオシ
同じく小室翠雲の「山水図」(部分)です。小室翠雲は館林に生まれ、足利藩の御用絵師・田崎早雲に学びました。
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これも小室翠雲、「煙蘿得地図(部分)えんらとくちず)」です。「煙蘿」とは、もやの立ちこめた鬱蒼とした景色です。
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高崎市生まれの北村明道(部分)めいどう)の「断弦之図」です。「楽器(琵琶)の糸を切る」ことの意味が分からないので、うまく踏み込めません。
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常設展示エリアにも行ってみます。
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常設展示は、6つのエリアに分かれています。
初めのエリアは「東国古墳文化」のエリアです。ここには、この近くの「綿貫観音山古墳」から出土した埴輪や副葬品が展示されています。写真の左手前は「綿貫観音山古墳」の模型(ジオラマ)です。 -
中央は、パンフレットの表紙に掲載されている「三人童女」の埴輪です。国の重要文化財です。一つの台に三人がのっている埴輪は、国内でこの三人童女しか見つかっていません。
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古墳の副葬品、馬具の一種とのことです。
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上の2つは鶏、下は鳥の埴輪で、3つとも国指定の重要文化財です。
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馬の埴輪、頭はありません。
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馬の埴輪の頭部です。
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左は、馬を曳く男子、の埴輪です。これら馬形埴輪は、古墳の前方部中段面に列をなして配置されていました。馬形埴輪としては最大級のモノです。
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馬列と共に、人物埴輪群が並べられていました。
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武人です。
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武人です。
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突起が付いた冑は、とても珍しいそうです。
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川井稲荷山古墳(群馬県玉村町)から出土した「三角縁神獣鏡」です。
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古海原前1号墳(群馬県大泉町)から出土した「同向式画文帯神獣鏡」です。
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古海松塚11号墳(群馬県大泉町)から出土した「馬形埴輪」です。
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鎌倉時代に作られた「石造不動明王立像」です。これは複製ですが、原品は国指定重要文化財です。
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「伝新田義貞椅像」です。太田市の総持寺に伝わる、桜材一木造りの神像です。
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戦国時代の冑です。
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戦国時代の甲冑です。
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常設展示の最後のエリアは、近現代です。群馬県の近現代は、富岡製糸場からスバルまでの産業史です。スバルは、ラビットスクーターとスバル360が展示されています。
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時間があまりなかったので、常設展示は駆け足で廻りました。写真は、常設展示エリアを出てホールヘ向かう通路です。左は中庭、右の壁の向こう側は企画展示室、「日本画の美」を展示していた部屋です。
機会があれば常設展示もゆっくりと見たいと思いました。
( おしまい )
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