2019/10/27 - 2019/11/03
80位(同エリア151件中)
空飛ぶドクターさん
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「国後・択捉と秋の道東・根室の旅」、今回のツアーは色々な意味で特殊です。政治的な「ビザなし交流」です。日ロ交渉で、ロシア占領下の北方領土へビザなし、パスポートなしで民間人が観光旅行する初の試みです。試験的なパイロット観光ツアーです。今までは、元島の住民や墓参などが目的の訪問だけでした。今回は「観光」旅行です。日ロ双方の主権を棚上げする形での既存のビザなし渡航制度を活用した特例措置です。
このフォートラベルでも、まず基本的に国内か海外かで迷いました。日本政府の公式見解に敬意を払い国内(北海道近辺)で探したのですが、見つかりません。仕方なく、海外(ロシア)で探すとその他の観光地があります。ですから、海外にせざるを得ませんでした。
実際には、前もってパスポートのコピーとビザ用の写真は提出しています。最初の予定では、10月9日からでしたが、一方的なロシア側の事情(理由も不明)で延期になり、今回10月27日からの出発に変更されました。北国ですから、遅くなり時期的にもますますギリギリです。北方領土4島のうち国後(くなしり)島と択捉(えとろふ)島を今回は訪問します。歯舞(はぼまい)諸島と色丹(しこたん)島には寄りません。
当然、参加者は少し減り、50人の予定が44人になりました。私も仕事のキャンセルを入れたりして何とかやりくりしました。私の場合は、あくまでも同行する医師としての仕事です。ナースも変更で、もともと私の知り合いの福岡の男性ナースのはずでしたが、延期にて参加できなくなり、私が他の知人である女性ナース・吉田さんを紹介しました。理事の彼女が主催する日本バディ協会の理事長である私とは数年前からの親密な付き合いです。一般のお客さんの料金は約33万円だそうです。
もう少し詳しく説明すると「北方四島での日ロ共同経済活動の実現に向けた五大プロジェクトの一つで、今年(2019年)6月の日ロ首脳会談で試行的に実施することで合意」したものです。「島の特性に応じた観光ツアーの開発」が目的だそうです。
日本人が観光目的で公式に北方領土を訪問するのは戦後初めてで制限もあります。常に団体行動を要求され、携帯電話やインターネットはロシアのを使うことになるので禁止されました。時期的にも、通常の墓参団などを優先したのでぎりぎりこの時期になり、天候がくずれやすい時期になり不安があります。つまり、予定通りの旅程をこなせない恐れがあり、実際にかなり短縮になりました!
途中で気が付いたのですが、主催のワールド航空の常連顧客に絞って公募したようです。悪天候による予定変更などが予想されるので、旅慣れたお客さんだけに案内を出したようです。今回はベテラン添乗員2人に、社長自ら参加しています。もう一つの特徴は「北方領土隣接地域(根室管内)と一体化した四島観光の実現」ということです。しっかり北方領土の地理や歴史を学んでからの旅行です。そのため、例えば北海道庁の北方領土対策根室地域本部の東田俊和副本部長なども参加していました。実際、九州が基盤の私には対馬などと違い遠い場所の話しでしたから、事前の学習が非常に役に立ちました。
【10月27日(日)】
今回は昨日京都で法事があり、大阪に宿泊したので、集合場所の羽田空港へは新幹線で新大阪から品川経由で行きました。他のお客さんと羽田空港第2ターミナルで合流です。予定通り12時15分発の釧路中標津空港便で北海道道東へ。空港の出口ではマスコミがたくさん待っています。例のごとく、出口を歩くところを撮影されました。出迎えの中には西村穣中標津町長もいました。
貸し切りバスで開陽台(展望台)(中標津町)へ行きました。早速、今回の行先でもある国後島がかすかに見えます。羅臼町観光協会の人もいます。回りは北海道らしい雄大な景色です。ここにもマスコミがいます。名物の蜂蜜入りソフトクリームを食べましたが、なかなか合います。ただ、すぐに溶けるし蜂蜜でべた付くので、ズボンとベストが少し汚れました。
屈斜路プリンスホテル(弟子屈(てしかが)町)へ到着した午後4時半にはもうほとんど真っ暗です。九州が生活基盤の私には、午後5時前に暗くなるのはあり得ません。もう薄暗いですが、部屋の前に湖が見えるいい部屋です。夕食はバイキング料理で、もちろん海の幸がたくさんありました。
部屋に帰ってニュースを見ていると、我々のツアーのニュースが早速流れています。出そうな予感はしていましたが、私が映っているのを見つけました。まず、空港の出口の歩く場面です。次に、開陽台で私が2つのソフトクリームを持って写真を撮ってもらっている場面が流れました。後で、同行の吉田ナースがNHKニュースでの私の写真をLINEで送ってくれました。
このように今回のツアーは歴史的でマスコミだらけでした。後で、ワールド航空の人が新聞記事のコピーをみんなに配ってくれたので、この旅行記を書くのに助かりました。人の役職・名前、訪ねた北方領土の地名などが確認できました。
【10月28日(月)】
朝起きると目の前の湖(屈斜路湖)に白鳥の群れがいます。急いで、写真を撮りに近くへ行きました。他にも何人かが写真を撮りに来ていました。ちょうど渡り鳥の季節のようです。周囲の紅葉もきれいです。
朝食後、羅臼町にある国後展望台へ行きます。ここでもマスコミが待ち受けています。数は減っていますが。知床羅臼町観光協会の歓迎もありました。川端達也副町長の出迎えもありました。元島民(歯舞群島多楽島)の語り部の方も来ていました。ここからは25㎞ほど国後島まではあるそうですが、ちょうど横から見るのでひょろ長い島全体が見渡せるようです。ここで初めて、歯舞という島はなく、歯舞だけは5つか6つの小さな島の総称・諸島(群島)と知りました。
次に標津町にあるサーモン科学館でサケ、マスをたくさん見ました。入り口にはチョウザメの水槽もあります。以前から疑問だった、サケ(salmon)とマス(trout)がほとんど似ていることがよくわかりました。King salmonを鱒(ます)之介と訳しているのが面白かったです。
昼食は野付の湯元うたせ屋で海鮮ランチを楽しみました。サケはもちろん、真っ赤なホッカイシマエビなどが印象的でした。砂嘴(さし)で有名な野付半島(別海町)を観光バスで行き、ネイチャーセンターへ行きました。そこからトラクターでトドワラを散策しました。途中で気が付いたのですが、どうも5~6年前にレンタカーで来たことがあります。海外でもよくあることですが、名前をはっきり憶えていなくて何となく観光地へ行ったら、どうも以前に来たことがあると気が付くのです。
今回はガイド付きで説明もありよくわかりました。それから、トラクターに乗り砂嘴のところまで行きました。以前は馬車だったそうです。
夜は根室グランドホテルで宿泊で、午後6時半からオリエンテーションがあり、電話では話したことのあるワールド航空の松本社長も来られていました。外務省、観光庁の官僚や、JATA(日本観光協会)の職員もいます。インタビューの答え方の注意点への言及もありました。要するに、北方領土をロシアの領土と認めるような発言は控えるように。
そのまま午後7時半から夕食ですが、昼間ガイドさんから聞いたばかりの鉄砲汁(花咲ガニ入り)や鹿肉のしゃぶしゃぶなどを味わいました。お客さんの中にはJTB、東京海上火災保険、ミキツーリスト社員などの旅行関係の社員もいるようです。
【10月29日(火)】
今回のツアーは特殊だし、政治的にも天候的にもいろいろ変更の可能性があるのは前もって聞いています。早速、午前中出発のはずが午後からの出発に変わり、ビザなしとはいえ実際には国後島で入域の手続きが必要で、それが営業時間が決まっているので、2泊の予定の国後が今晩は夜には到着するものの港で停泊して船中泊に変更です。
朝8時にホテルを出発し、もう少し道東観光を楽しみました。まず歯舞漁協に行き、責任者から説明を聞きました。なかなかユーモアのある人で楽しめました。いろいろな魚の説明があり、競りも見学させてもらえました。ここでは、出汁用はもちろん、食べる昆布も有名だということでした。
次に、北海道東端の納沙布岬(根室市)まで行き、北方館を見学し、北方領土が第二次世界大戦敗戦後のどさくさで奪われたことの歴史を学びました。すぐ近くのオーロラタワーに上ると期待通り、眺めがよくほんの3.5㎞先にある水晶島(歯舞諸島)で中間点の貝殻島(日本領)まではほんの1.7㎞で目の前です。今回の旅行で、地元の方々の熱意を感じました。北方館では清水幸一副館長が「旅行で島に行けるのはめったにない機会。北方領土(の現状)を広めて下さい」と力を込めて言っていました。私も医師としての仕事とはいえ、襟を絞め直しました。
根室市内に戻り、昼食は辰政で名物サンマ焼き定食を食べました。今年は不漁だそうですが。食後に隣の魚屋を覗きましたが、元漁師の大将がいいことを言っていました。北方領土を返せと言っても(政治的に)簡単ではないから、それより民間交流を盛んにすることから始めた方がいい。島のロシア人は日本に興味、好意、憧れをもっているようですから。その意味でも今回のパイロット観光ツアーは成功させるべきだと思いました。今年6月に初めてロシアへ行きましたが、強面のプーチン大統領のイメージと違い一般のロシア人は普通にユーモアもありいい人たちの気がしました。
午後は北方四島交流センターに行き、もっと北方領土の歴史や現在の生活などについて学習しました。
いよいよ午後3時15分、マスコミに見送られながら根室港を出発しました。ビザなし交流のチャーター船「えとぴりか号」(1124トン)です。自分で準備している人もいますが、2人ほど私が準備した(病院)処方薬の船酔いの予防薬を渡しました。私自身も念のため内服しました。十分パンフレットを読んだはずなのに、タオルを持ってくるのを忘れた私ですが、他のお客さんから分けてもらいました。船室内にはタオルはありません。以前にも同じような経験があります。立派な共同浴槽は船内にあるのですが。ちなみに「えとぴりか」はこの辺に生息するくちばしが橙赤色できれいな海鳥の名前です。
午後6時半から夕食でしたが、意外と豪華な食事でとんかつ、サバの塩焼き、卵スープとまぁまぁでした。アイスクリーム、柿の種、ミカンジュースまで付いています。酔い止めの抗ヒスタミン成分のせいでしょうか、途中でえらく眠くなりました。
成り行きで午後9時近くまでJATAの一人と熱く旅行業について語りあいました。でも翌朝早いので、10時までには床に就きました。幸い医師の私は4人部屋を一人で使わせてもらえました。最初の船中泊(えとぴりか号)です。
【10月30日(水)】
いよいよ今日は北方領土へ上陸の初日です。最初に断っておきますが、さすがにロシアと日本で揉めている領土だけあって、グーグルマップなどにも地名が詳細でなく、しかも旧日本名とロシア語名があるので一部は間違っている可能性があります。確かめようがないので。国後(くなしり)島は英語でKunashir Islandのようです。
実際には、日本時間と北方領土のロシア時間には2時間の時差(日本が2時間遅い)がありますが、今回のツアーでは便宜上、ワールド航空の方針ですべて日本時間のまま過ごしました。
それもあって午前4時半起床ですが、現地時間では午前6時半起床です。そのまま5時には朝食です。ご飯とみそ汁と焼き魚の普通の日本食です。結構美味しいです。肝心の私の仕事ですが、数人ほどですが朝食会場に来ていないので診察すると船酔いの人がいました。もちろん、準備している薬を渡しました。でも、心配したほどの多くの人が船酔いした訳ではありません。
現地時間で手続きが開始する午前9時(日本時間7時)に合わせて、6時には2班に分かれて名札にかかれた番号順に並んで準備します。艀(はしけ)にも人数の関係もあり、私の1班と後からの2班に分かれます。私も緊張して前夜携帯品を確認しています。予定変更で1泊だけになりましたが、いずれにせよ大きいバッグは船内に残し、軽装での上陸です。医師としてある程度の薬を準備しているのですが、持ち込んでいいのか、たぶん大丈夫だろうとは答えをもらっています。大きな立派な一眼レフカメラを置いていった方がいいと言われたお客さんは不満そうでした。
後で聞いたのですが、なんで艀などを使って面倒なことをするのかというと、単純にそんなに大きくもない我々の船・えとぴりか号も直接接岸できないからだそうです。要するに、インフラが整っていないのです。観光化するうえでも課題でしょう。
私としては珍しく緊張していました。たまたま6月に初めて行ったモスクワとサンクトペテルブルグは普通にビザ付きのパスポートでロシアに入国しました。でも今回は微妙で、「ビザなし交流」という名前でパスポートもなしです。実際には前もってパスポートのコピーとビザ用のカラー写真を送っているとはいえ、何となく初めての経験でドキドキです。
古釜市(フルカマップ、ロシア名ユジノ・クリリスク)の港に艀で降りました。1班の7番目の私はかなり緊張していたものの、ビックリしました。目の前の女性係官が手元の写真と本人を確認しているようですが、とんでもない白系ロシア美人なのです。普通なら、こそっと写真を撮りたいくらいの美女でした。でも、逮捕(?)されるかもしれないので自重しました!
緊張していた割には、チラッと写真が本人か確認する程度のようで、あんな美人ならもうちょっと凝視して欲しかったほどです。拍子抜けしました。2班が来て全員の手続きが終わるまでだいぶ時間がかかりました。現地のマスコミも少し来ています。
待ってくれていた「観光バス」を見てビックリ! バスというより、トラックのようなレベルです。内装も乗り心地が悪そうでした。タイヤが6個もあり、6輪駆動なのでしょうか? タイヤの上に荷台のように、乗客席があります。ここでも、人数の関係で2台準備していて、1班の私は先頭車です。午前8時半に最初の観光地・ローソク岩(“悪魔の指”)に着きました。
名前の通り、海の浅瀬に直立した岩でした。以前にアメリカの友達に会いに行ったポートランド近郊の西海岸の岩を思い出しました。
次に9時15分頃、郷土誌博物館へ着きました。このあたりの歴史のわかる博物館です。この辺の絵画や地図などがあり、地元の動植物も紹介しています。正直私にはあまり興味はありませんでした。
午前10時15分には宿泊先でもある友好の家へ着きました。いわゆる「「ムネオハウス」です。九州が基盤の私にとっては、こんなところに来る日がくるとはと感慨深いものがありました。もちろん、ここで荷物を各部屋へ置きます。私はまたしても一人で部屋を使えました。ただ、ホテルというほど立派な建物ではなく、二階建ての宿泊所という感じでした。後で考えると、政治的なことはともかく、宿泊所もないようなところで鈴木宗男氏が建てたのかもしれません。
10時45分には近くの唯一(?)のレストラン(?)へ昼食に歩いて行きました。「アマデウス」という名前のレストランです。隣には、ハンバーガーショップはありました。ボルシチ、サラダ、ピロシキ、魚バーグなどが出ました。私の当初の予想通り、あれだけ美味しかったロシア料理と違い、こんな辺境な島のレストランですから、日本のロシア料理店程度でした。本来は友好の家にシェフがいて食べるそうですが、遅い夏休みをとっていて不在だったそうです。でも、ここも大して美味しくないということでしたが。
食事後は、まず墓参団で有名な日本人墓地へ行きました。道東に住む元島民の方々は自由にここへ墓参りにも来れないとわかり、この北方領土返還問題の切実さを感じました。
午後2時過ぎには南部の火山・泊山(羅臼山?)へ車で上って行きました。ここで、この屈強なバス(?)の実利がわかりました。狭い道なき道をどんどん上って行きます。普通車ではとても無理です。頂上のビューポイントからは菱内湖と呼ばれるカルデラ湖が見えます。重なるように左側に温泉湖が見えます。そのバックに見えている山々は日本の知床半島だそうです。
この日の最後に午後3時半(現地時間、午後5時半)頃訪れたのがオリコノモイ岬で、夕焼け時の海が目の前に見え、右側の岸が“白い岩”で独特の景観です。海の上のどんよりとした雲も、寒い地域らしく雰囲気がでています。私の好きなイタリア地中海の青空とは全く違います。
全てが早く、午後4時半過ぎにはまた「アマデウス」で今度は夕食です。クレープとパン、別に一皿盛り合わせでピクルス、ハムっぽい肉(?)、マッシュルーム、ラード(?)、茹でジャガイモ、豆とオニオンスライスなどが出ました。最後に、もう一皿それなりのスパゲッティとミートボール2個が出ました。イタリア通の私はノーコメントです!
夜は国後島のムネオハウスで寝るだけです。私はまたしても一人だけの部屋です(実際は2人か4人部屋)。日本から持ってきた本を読んでそれでもかなり早く寝ました。ただ、全てが早いので明日の朝も午前4時過ぎ起きです。
【10月31日(木)】
北方領土(国後島)2日目です。朝4時15分には起床して、4時45分から朝食です。またしても、唯一(?)のレストラン・アマデウスでの食事です。朝から腰のないファルファーラ(蝶々状のパスタ)と魚肉ソーセージに似たソーセージです。キャベツ中心の生野菜サラダが一番マシでした。
ホテルに戻って6時半には出発しました。今日も国後島の観光です。1時間くらいかかって海岸へ行きました。マグマが冷えて固まった柱状の岩(材木岩)が海岸沿いに連なる景勝地へ1時間くらいで到着しました。昨日の山道以上にこの六輪駆動車の威力を感じました。ほとんど海の水の中の岩場をこの車が走って行くのです。怖いくらいです。もちろん、左右にも揺れます。
私は先頭の1号車だから画像的には見えませんが、後で2号車の友達がフェイスブックにアップした動画を見ると、すごさがよく分かります。海岸や海の中を傾きながら進む「悪路専用車」と言ってもいいでしょう。そういう意味では、後続車が羨ましかったのですが、2号車は途中でスタックして全員降ろされたりして大変だったようです。
まさにインフラの整っていない北方領土の本領です。確かに、珍しい景色の海岸線や岩場ですが、来るのは大変ですし、遠浅を歩くので長靴を準備させられています。私は普段からテニスで足腰を鍛えているので、問題なくどんどん一番奥の岩場まで行って楽しみました。目の前には、日本の知床半島の山々がきれいに見えました。今回の旅では、日本と北方領土の両側から各々の土地を見ました。感慨深いものがあります。
11時半過ぎには、昼食のためにまたアマデウスへ戻ってきました。もうロシア本土とは違うと期待もしていませんが、相変わらずそれなりの野菜スープや魚のフライとライスなどが出ました。ただ一つ気が付いたことがあります。友好の家から歩いてこのレストランへ来る時に横断歩道を歩いてくるのですが、かなり早くから車が停車してくれゆっくり待ってくれます。このマナーの良さには感動します。私の住む福岡では老人が横断歩道に立っていてもほとんどの車は止まってもあげません。
12時40分頃に、島で唯一の立派な建物ロシア正教会へ行きました。当然ですが、6月にモスクワやサンクトペテルブルグで見た教会と内部も同じです。イタリアなどで見るのとは違うロシアの教会らしい聖母マリア様の絵があります。
次に、昨日訪問した郷土誌博物館の隣の建物・文化会館で地元の子供たちの歓迎ダンスと歌が催されました。13時15分には到着していたのですが準備のためらしく30分以上待たされました。これはいかにも歓迎されていると感動しました。ロシアと日本の国旗がステージにはありました。でも、後で外務省の人に聞くと写真はちゃんと日本の国旗しか写らないように撮影しているのでした。まさに、政治的なツアーです。私なんかそんなことには全く無頓着でした。記念撮影などして終わったのは14時40分頃でした。
16時半には国後島・フルカマップに停泊中のえとぴりか号に戻りました。夕食は当然船の中です。ただ、17時半からなのでしばらく昨日に続いて本を読みました。これがいけませんでした。昨日の友好の家と違い船の上です。肝心の医者である私が船酔いで吐きそうになりました。慌てて薬も飲みました。
何とか軽く夕食も食べましたが、何となく吐き気が続きおとなしくしていました。19時半頃になりようやく吐き気もひと段落しました。そして、噂は伝わっていたものの、みんなが集合できる食堂に集まり、たぶんこういう時のために自ら参加していたワールド航空の社長から重大発表がありました。天気予報から、明日の択捉(えとろふ、Iturup)上陸は無理かもしれないというのです。艀で船への移動もあるし、上陸したら予定通り帰ってこれない恐れが高いというのです。ギリギリ翌朝には正式に決めるということになりました。
いずれにせよ、明日の起床は4時15分とまた早いので、早めに床に就きました。
【11月1日(金)】
予定通り、朝早く起きて午前4時45分には朝食でした。その時に正式発表があり、択捉島に上陸はできるが約2時間だけの滞在に超短縮予定になりました。本来は1泊2日ですから、大幅な縮小です。天候ですからやむを得ませんが。ただ、こういう事態を見込んでワールド航空の常連客で旅慣れた人だけに今回のツアーの案内を出したようでした。中には北極2回、南極2回などの強者もいるようでした。そのせいか、誰一人あからさまな不満を言う人はいませんでした。もちろん、内心では私も含めみんな残念とは思っているでしょうが。
6時過ぎに内岡(キトブイ)港(紗那地区)へ上陸しました。時間がないのですぐに紗那近くの新しいホテル・ヤンケトウへ行きました。ここはロッジ風の木造ですが立派なホテルでした。本来は、宿泊は隣のそれなりのホテルの予定でしたが、せめて昼食はここの立派なレストランで食べれるようにワイングラスまで準備していました。食いしん坊の私としてはここは本格的で美味しそうで、一番残念でした。保養施設なのでしょうか? 国後島にはホテルはなさそうなのに、ここ択捉島にはまかりなりにも立派なホテルがあるのです。値段もそれなりに高いようです。ギドロストロイ社が経営しているそうで、隣に鮭の遡上用設備がありました。もちろん海に面した立地です。
次に、海岸の見える(我々の乗って来たえとぴりか号も見える)海岸沿いの道路で彫刻が少し並んだところを歩きました。これは正直あまり感激しませんでした。
最後に、指臼山(バランスキー火山)麓のオダイバケ温泉で足湯に浸かりました。これは日本人の我々には珍しくはありませんが、普通に気持ちよかったです。そして覗いただけですが、外国の温泉としては普通の水着で混浴できる湯舟が建物の室内にありました。ということで、たったの2時間ですからこれで択捉島観光は終わりました。
港に戻り、艀で2班に分かれえとぴりか号に戻り、8時20分には択捉島を出航しました。まだ朝で明るいので、多くの乗客がブリッジに出て島の見える海の景色を楽しんでいました。今日の昼食は牛丼でした。相対的にえとぴりか号の食事は普通に美味しいです。
午後2時頃にはブリッジからはきれいに両側に択捉島(国旗)と国後島(爺爺(ちゃちゃ)岳(雪に覆われた))が見えました。しばらくすると、択捉島南端にベルタルベ山(1,221m)も見えました。
予定を繰り上げての乗船ですから暇です。船内ではちょうど2時半頃から4時15分頃まで映画「ジョバンニの島」を上映してくれました。だいぶ前の映画のようですが、色丹島の元住民の方の実話をベースにした話しらしく、終戦後ロシアが突然やって来て島を追われた時の様子がよくわかります。九州に住む私には今回の旅行で本当に遠い北海道の果ての話しが身近になり、いろいろ勉強になりました。
もう一つ私にとってこの映画がよかったのは、私の大好きなメリー・ホプキンの「悲しき天使」(英語題「Those Were The Days」)のメロディが最後の方で流れ、やはり元々はロシア民謡らしいと確認できたことでした。後で調べると、やはり「長い道を」というロシア民謡がオリジナルのようです。アメリカAFS高校留学前後の歌で、私にとっては思い出の歌です。
夕食はドライカレーでした。ちょうど午後5時からラグビーワールドカップの試合(3位決定戦、ニュージーランド対ウェールズ)があり、みんなで見ました。そして、午後7時半からのNHK/BSニュースがあり、我々の2時間だけ滞在の択捉島のニュースが早速流れました。お互いみんな知り合い、友達になった人々がニュースに出るので、非常に盛り上がりました。
たぶん、夕方には国後島のフルカマップ港近くにはついているのですが、出域の手続きがロシア時間で午後5時(我々の日本時間で3時)には終わっているので、翌朝まで待たないといけないようです。
今回は明るいうちにかなり船で移動したのですが、却って気分転換になったのか船酔いを訴える人はほとんどいませんでした。
【11月2日(土)】
もう体が慣れていますが、今朝も4時半起床し朝食は5時からでした。ビザなし交流という名前でも実際には帰りにも出域手続きが必要で、午前7時20分頃には国後島のフルカマップ港で例の顔見せ程度の手続きをしました。艀を使いえとぴりか号に戻り、7時50分には出発し昼食が10時半でした。従って、日本の根室港に戻ったのは正午頃でした。もちろん、またマスコミがたくさん待ち受けています。やっと日本の領土なので、4日ぶりに携帯、スマホが繋がりました。
それから、風蓮湖で軽く観光をして、別海町のホテル(郊楽苑)にある温泉へ行きました。私はそこで他の人たち10人くらいと先に周辺の散策をしました。温泉に入った後だと体が底冷えしそうなので。もちろん、これは予定外に早く帰って来たのでワールド航空が急遽準備したものでした。
ただ宿泊はホテルではなくえとぴりか号のようで、午後4時半には船に戻りました。そして打ち上げパーティです!関係者の挨拶も15人くらいありました。何しろ純粋な観光客以外に、官僚や旅行関連の人たち、周辺の地域の役所の人なども多くいます。医師の私とナースの吉田さんも挨拶しました。もう友達になっていた観光庁の加藤進審議官と雑談していたら、何と私の高校時代の同級生が加藤氏の国土交通省時代の上司とわかりました。世の中狭いものです。私のその同級生は最近までクロアチアの大使をしていました。
この観光庁の加藤氏と外務省の日ロ共同経済活動推進室長・古平充氏は早速11月6日からの北方四島での共同経済活動に関する外務次官級協議に参加するために、すぐにモスクワへ行くそうです。もちろん、今回のパイロットツアーをふまえて来年以降のことを話し合うためです。
私は素人ですが、ロシアが実効支配する四島での経済活動には、日ロ双方の法的立場を害さない「特別な制度」が必要だと痛感しましたし、2人には頑張って欲しいものです。来年以降の私の仕事にも繋がりますし。
ラグビーワールドカップの決勝戦(南ア共和国対イングランド)の試合もみんなで見ました。ようやく、日本時間に戻りゆっくりできるので、夜11時頃まで起きていました。
【11月3日(日)】
いよいよ最終日です。北方領土ツアーという意味ではとっくに終わっていますが。今朝はもう朝食が午前7時半と今回のツアーで言うと非常に遅い時間ですが、体が慣れてしまったのか朝6時には目が覚めました。船の食堂へ行くともう先に食べている人がたくさんいます。
いよいよ、このえとぴりか号とも本当にお別れです。午前9時頃下船し、バスで移動です。今日は羽田空港まで行って解散ですが、午後の便で時間があり、ワールド航空の手配で伊藤牧場(根室市明郷)へ立ち寄りました。名前通りですが、馬と豚が一緒に放し飼いというのは珍しいと思いました。
昼食にはトーヨーグランドホテル(中標津町)でバイキング料理が準備されていました。今回北海道まで来て珍しく食べていないラーメンも少し食べることができました。ここで初めて今回のツアーに参加していた地元の松實さん(根室観光連盟会長)が社長をしているホテルと知りました。
14時35分中標津空港発羽田空港行きの飛行機で実質この旅行が終わりました。もちろん、もうすでに人数が30人程度に減っています。羽田空港でみなさんとお別れして、私はゆっくりと18時発の福岡空港便に乗り今回の仕事が終わりました。
空飛ぶドクター(登録商標)
坂本泰樹
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- その他
-
中標津空港到着
-
早速出口にはマスコミが待ち構える
-
早速、開陽台展望台の様子がテレビニュースに
-
羅臼から国後島を眺める
-
屈斜路湖
白鳥が -
紅葉の屈斜路湖畔
-
サーモン科学館
-
砂嘴(さし)
野付半島(別海町) -
フルカマップ港での入出域手続きのための
キリル文字の名札 -
納沙布岬(根室市)
すぐ目の前に歯舞諸島が見える! -
オーロラタワー
納沙布岬や対岸の歯舞諸島がよく見える -
北海道らしい
セイコーマート -
いよいよ「えとぴりか号」へ乗り込む
多くのマスコミに見送られて -
根室港を出発
-
出発直後のえとぴりか号からの夕日
-
えとぴりか号
食堂 -
いよいよ国後島近くの朝日
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国後島の家並み
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イチオシ
ローソク岩
国後島 -
海鳥たち
-
観光バス?
強力な六輪駆動車 -
グループで記念写真
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郷土誌博物館入り口
-
友好の家
いわゆる「ムネオハウス」
簡易宿舎です -
ムネオハウスの入り口
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4食お世話になった
たぶん唯一のレストラン
アマデウス -
隣にはハンバーガーショップはある
-
ボルシチ、ピロシキなど
-
レストランだが、バーのような作り
-
墓参団で有名な日本人墓場
-
イチオシ
菱内湖(カルデラ湖)
左側に小さく温泉が -
クマが出るのに備えて
銃を持った二人が付き添ってくれている -
ロシアの美女と
-
イチオシ
オリコノモイ岬
夕焼け時の海
右岸に“白い岩” -
右岸の「白い岩」
-
アマデウスでの夕食
見た目はまぁまぁだが・・・ -
友好の家近くの夜景
-
友好の家の部屋からの入り口付近の様子
-
こういう風に海の中を車で進む
-
スタックした2号車
みんな降ろされている -
イチオシ
柱状の岩(材木岩)
-
海岸の風景
-
足元が悪いので高齢婦人の手を取って
-
イチオシ
国後島で唯一の立派な建物
ロシア協会 -
ロシア協会内部
-
国後島
街並み -
イチオシ
文化会館
地元の子供たちの歓迎ダンスと歌
ロシアと日本の国旗 -
終了後に記念撮影
-
あまり買うものもなかった
地元のスーパー
もちろん支払いはロシア・ルーブル -
えとぴりか号から
この艀に乗り移ってから上陸 -
イチオシ
海に浮かぶ
えとぴりか号 -
いよいよ2時間だけ滞在の択捉島
内岡(キトブイ)港(紗那地区) -
択捉島
かなり立派なホテル -
昼食を準備していた
豪華ホテル内のレストラン
見学のみ -
鮭の遡上用設備
択捉島 -
択捉島
バス停 -
択捉島の家々
-
オダイバケ温泉
足湯
建物の中が水着で混浴の内風呂 -
オダイバケ温泉
室内の風呂 -
択捉島とお別れ
-
択捉島
-
択捉島
夕焼け -
えとぴりか号
コックピット -
えとぴりか号
船上で -
えとぴりか号
階段部分 -
根室港へ無事帰還
ここでもマスコミが待ち構えていた -
風蓮湖
-
別海町のホテル(郊楽苑)周辺散策
このホテルの温泉にも浸かる -
最後にえとぴりか号を前に記念撮影
-
馬とともに豚が放し飼い
伊藤牧場(根室市明郷) -
伊藤牧場(根室市明郷)
-
さよなら中標津空港
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