2019/11/10 - 2019/11/10
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kinomukumamaさん
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秋晴れの一日、高槻市歴史回廊を巡りました。
普門寺は歴史ある禅寺、今城塚古墳の復元埴輪の屋外展示(高槻市には大小350の古墳があるそうです)
どちらも見応えのあるものでした。
大阪北部大地震の爪痕が未だ残る地域もあり南部に住む身としては悲しい驚きでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日の起点は阪急京都線・富田駅。
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駅前の案内板。
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この近くに大きな民家でブルーシートに覆われた屋根を見つけて北部大地震のことを思い出しました。
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普門寺に到着。
午後の拝観を特別に午前にしていただきました。(事前予約) -
山門から方丈に続くこの石畳は明の渡来僧・隠元禅師作。
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方丈(本堂)に入れていただき30分ほど寺の歴史を伺いました。
普門寺は明徳元年(1390年)に説厳によって創建されたと伝わっています。
説厳とは熱心に願うこと。 -
方丈前の枯山水。
今は塀の向こうは一般の民家ですがかつては広大な寺の領地の一部だったそうです。 -
永禄年間(16世紀後半)には室町幕府の管領(将軍の補佐役)も滞在しここは別名普門寺城とも呼ばれていました。
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隠元禅師は明暦元年(1655年)明の国から渡来して宇治の黄檗山に万福寺を開くまでの7年半をここですごされたそうです。
本尊の釈迦如来は隠元禅師が中国から渡来された唐時代のもの。 -
方丈のふすま絵。
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狩野派の狩野安信作の水墨画です。
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隠元禅師、龍渓和尚が去ってから普門寺は専任の住職不在の寂れた寺になってしまい雨漏りなどで劣下が著しいです。
白く四角い線は一度切り取って京都の寺に保管してあった名残です。 -
現在修復を依頼してはいるのですが職人不足で数年は待たなければならないそうです。
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昭和初期に新しい住職が来てこの方丈の扉を開けたときには2匹の野犬が飛び出してきたという話が残っているそうです。
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方丈を出てかつて庭園のあった場所へ・・正面は瑠璃殿。室町建築様式。平成7年新建。
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右に折れて国の重要文化財・名勝に指定されている枯山水「観音補陀落山の庭」玉淵坊作。
かつてNHKの番組で放映されたことがあるそうです。 -
ここからみた方丈(重要文化財指定となりかなり修復が進んでいる)。
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庭園あとに普門寺城と呼ばれていた時代に滞在していた細川春元の墓がありました。塔の先端部分は修復されたもの。
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お茶とお菓子を頂きました。
慈雲と書かれています。寺の正式名称が臨済宗妙心寺派・慈雲山・普門寺。 -
後水尾上皇も住まわれていた時代もあって菊の干菓子でした。
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もと来た道を富田駅まで戻り駅前の和菓子屋さんで・・
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松茸おこわを昼食用に買いました。
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JR京都線・摂津富田駅を経て女瀬(にょぜ)川をさかのぼり・・
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日経新聞調査の古墳人気順位第1位の今城塚古墳にやってきました。
継体天皇(聖徳太子直系の曾祖父)の御陵。前方後円墳の前方の左端部分が見えています。 -
公園にある埴輪祭祀場。
家・太刀・盾・人物・動物など約190点の形象埴輪を発掘調査で確認された位置に復元配置。はにわの祭りを再現しています。 -
大王のはにわ祭りが再現されているのは全国でここだけです。
ちょうど前日の11月9日「世界不思議発見」で取り上げられたそうです。 -
武人埴輪。
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お相撲さん・・この時代から神事としてあったのだそう。
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立ち入り禁止区域の埴輪。
巫女たちが祈祷し捧げものを持っています。 -
有力者が一緒に祈っている。足までしっかり表現されています。
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動物や船が線で描かれていました。
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日本最大の家型埴輪。
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今城塚古代歴史館も見学しました。
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ミュージアムショップは楽しいですね。
Tシャツ、クリアファイル、ぬいぐるみ、クッキーなどを置いていました。 -
ミニ埴輪も。
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阪急富田駅前のカフェで一休み。
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感じの良いお店でした。
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