2019/09/02 - 2019/09/06
290位(同エリア1790件中)
イッシーさん
死海からペトラ遺跡までは車で3時間半ほどかかります。
死海沿岸を進み、砂漠地帯を抜けて、最後に山岳地帯を通りました。
ペトラ遺跡までの車窓の景色もとても美しく、気分が高まりました。
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ペトラまでくねくねした山道を進みました。
ヨルダンの道路は比較的綺麗で、ぼこぼこしていたり荒れていたりすることはなく、車酔いすることもなかったです。 -
いよいよペトラ遺跡に到着です。
まずは広い道を行きます。「馬に乗らないか」とすごく熱心に多くの人から誘われますが、トラブルの元になることも多いらしく、嫌な思いをせずに旅を楽しむには、自分の足で歩いたほうがいいそうです。
道の周りには、興味を惹かれる遺構がたくさんありました。 -
真ん中に見えるのはお墓と考えられている遺跡です。
上部が段のように飾られているのは、魂が天まで昇っていくようにだそうです。 -
この道で一番の見せ場はこのオベリスクの墓です。
オベリスクといえば、エジプトのオベリスクが有名ですがペトラ遺跡にもオベリスクと呼ばれるものが存在します。
オベリスクはギリシャ語で「串」という意味です。もともとエジプトでは「テケン(防御)」と呼ばれていました。 -
広い道を抜けると、シークに入ります。
シークは水の流れでできた岩の裂け目です。
地震で崩れてしまいましたが、上の写真のシークの上部にアーチがかけてあったそうです。今でもその跡を見つけることができます。 -
上の写真のシークの溝には昔、素焼きの水道管が通されていました。
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ナバテア人は砂漠の遊牧民でしたが、ダムもつくり、治水技術に長けていました。
ペトラ遺跡は砂漠の中の山岳地帯に隠れ、長い間人々から忘れ去られ伝説上の都市になっていました。 -
シークには当時の石畳も所々に残っており、馬車も通ります。
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シークを抜けると目の前に巨大な遺跡が現れます。
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エル・カズネです。
まさに圧巻でした。荘厳で神秘的な遺跡です。 -
エル・カズネの上部に彫られている壺の中にはお宝が入っていると信じられ、地元の人により銃で狙われ、損傷を受けています。
なぜエル・カズネがつくられたのか、今でもその理由ははっきりわかっていません。 -
エル・カズネは砂に埋もれたその下にも構造があることがわかっています。
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エル・カズネを抜けるとペトラ遺跡の中心部にたどり着きます。
地元の人がたくさんの露店を出していて、飲み物やお土産を売っていました。 -
暑い中、ラクダも頑張っていました。
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目につく岩には美しい彫刻がほどこされています。
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王族の墓といわれています。
この遺跡はかなり近づくことができます。 -
神殿の跡です。
地震でかなり被害を受けたようです。 -
神殿の崩れた柱です。
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劇場の跡です。
左手に見えるアーチ部分が出入り口でした。
現在は入ることはできなくなっていました。 -
岩肌に彫刻が並べられています。
ペトラとはギリシャ語で「岩」という意味だそうです。 -
神殿の跡です。この神殿は奇跡的に壁と上部のアーチが残っています。
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さらにペトラ遺跡の奥部へ足を進めると、山道になってきます。
ほそく、滑りやすい場所もあったので注意してください。 -
振り返ると、壮大な景色がひらけていました。
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山道を30分ほど歩くと、エド・ディルが目の前に現れます。
ペトラ最大の彫刻です。
目の前の広場にはかつて神殿が立っていたそうです。 -
ペトラでも1泊しました。
宿はペトラ遺跡に一番近い、「ペトラ・ゲストハウス」でした。
綺麗なホテルで、日本人も多かったです。
湯船もついていましたが、お湯が茶色く濁っていたところだけが残念でした。 -
ペトラ遺跡の入出場ゲートの近くには、新しい博物館があります。
無料で観覧することができました。 -
上の博物館には日本の支援が入っているそうです。
いつか行きたかった憧れの地、ヨルダンにやっといくことができました。
ペトラ遺跡では結構長時間、長距離歩いたので若く体力のあるうちに行けてよかったです。死海は1年で30%縮小し、50cm浅くなっており、2050年までに消滅するという意見もあります。治安も安定している今がヨルダン旅行のベストタイミングかもしれません。
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