2019/09/17 - 2019/09/17
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開国の港 浦賀を歩く そして観音崎へ
「三浦半島きままに散歩 浦賀駅マップ付き」を京浜急行の駅で入手。
この小冊子を参考に開国の港 浦賀を歩こうと思います。
『時は幕末、ペリーが率いる4隻の黒船が浦賀に来航し、泰平の眠りから目を覚ました日本は、開国から近代化の道を歩き始めます。』
そんな歴史ある街の足跡を探しながら散策してみたいと思います。
浦賀駅に戻らないでバスで観音崎までワープ、ホテルの入浴施設で汗を落とし、さっぱりとした気分で散歩を終えることが出来ました。
距離:11.2km
歩数:16,000歩
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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京浜急行本線 浦賀駅 (11:05)
浦賀駅 駅
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顔出しパネル
2020年は浦賀奉行所開設300周年に当たるそうです。 -
黒船来航 開国のまち・浦賀の案内地図
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浦賀ドック (11:15)
浦賀駅の階段を下ると、造船所跡の巨大な建物とクレーン(一部解体しています)が目の前に広がります。ここは、一世紀以上にわたって約1000隻にのぼる艦船等を造り続けてきた住友重機械工業株式会社旧浦賀工場の跡地です。 -
浦賀ドック
平成15年(2003)に閉鎖されるまで、日本丸や海王丸をはじめ、青函連絡船・護衛艦などの船がこの造船所で建造され、街はで働く人たちでにぎわいました。
レンガ造りのドライドック(明治32(1899)年建造)を見られるのは国内で唯一ここだけです。 -
浦賀ドック
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浦賀道
浦賀道は、江戸時代に幕府と浦賀奉行所を結ぶ重要な連絡道でした。 -
マンホール
市の木「オオシマザクラ」の中心に市章を入れた汚水用。 -
西叶神社 (11:30)
京都神護寺の文覚上人が源氏の再興を祈願して石清水八幡宮を勧請したもので、平家が滅亡しその願いが叶ったことにより「叶明神」の称号が与えられたと伝えられています。西叶神社 寺・神社・教会
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西叶神社 手水舎
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イチオシ
西叶神社
現在の社殿は天保13年(1842)に再建されたものです。
社殿をとりまくたくさんの彫刻は、後藤利兵衛という安房国(千葉県)の彫刻師の若い頃の作品です。 -
西叶神社
拝殿の格天井の彫刻は花鳥ですが、この中には当時の日本にはまだ渡来していないとされる花や鳥も彫られており、後藤はどこでこれらの知識を得たのでしょうか。 -
西叶神社
象の彫刻 -
イチオシ
西叶神社
神殿の棟柱を担ぐ力士像なども他には類を見ない優れた作品です。 -
西叶神社 絵馬
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東福寺 (11:44)このお寺は、徳川家康が江戸に入城した折に、三浦半島の代官となった長谷川七左衛門長綱によって改宗され、禅宗のお寺になりました。
江戸幕府から御朱印地二石をもらっており、浦賀奉行も就任すると必ず仏参しました。 -
東福寺 本堂
本堂には江戸時代中期を代表する画家・酒井抱一が描いた大きな「亀」の絵馬があります。 -
東福寺
本堂の外壁に「鶴・龍・虎・飛天」など彫刻と見まごう出来栄えの鏝絵が8点あります。岩田辰之助による昭和7年の傑作です。 -
廻船問屋跡
湊町として発展した浦賀では、積荷の検査や集荷・運送・揚げ降ろしなどを行う廻船問屋が広く繁栄しました。 -
愛宕山公園の案内板 (11:54)
愛宕山公園は、明治24年(1891)に開園した市内で一番古い公園です。ペリーの浦賀来航の際に交渉に当たった浦賀奉行組与力・中島三郎助の招魂碑を建立した時に、公園として整備されました。愛宕山公園 公園・植物園
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途中の坂道
草に覆われて何処に道があるか分からない。 -
途中から見た浦賀港の風景
草木が道をふさいで歩きずらい所が多くありました。
名所となっている公園なので、手入れ等を行ってください。
これでは誰も来なくなります、よろしくお願いします。 -
咸臨丸出航の碑
昭和35年(1960)には日米修好通商条約の締結100年を記念して咸臨丸出港の碑が建てられています。碑の裏には、艦長の勝海舟をはじめ、福沢諭吉、ジョン万次郎などの乗組員の名が刻まれています。 -
為朝神社
浜町(西浦賀4丁目)の鎮守で、その名のとおり源為朝を祀っています。
寛政12年(1800)浜町の漁民が、海に漂流していた木像を引き上げ、地蔵堂に安置し祈願をすると、その功が多かったそうで、鎮西八郎為朝の像であったといいます。
創建は文政期(1820年代)であり、航海及び疱瘡除の神様として信仰を集めていました。 -
為朝神社
創建は文政期(1820年代)であり、航海及び疱瘡除の神様として信仰を集めていました。
源為朝は源頼朝の父の弟にあたりますが、強弓で知られ、後世に疱瘡除の神となりました。 -
川間町内会館
石川梅尾の昭和34年の作品で、2階軒下に鳳凰
1階軒下に松竹梅と鶴亀が描かれ美しい色彩が施されています。 -
浦賀奉行所跡
享保5年(1720)に奉行所が下田から浦賀へ移されました。
その業務は、船改めをはじめとして、海難救助や地方役所としての仕事などを行いました。 -
浦賀奉行所跡
現在では、奉行所をとり囲む堀の石垣と表門の前にかかっていた石橋の伊豆石が4~5枚あるだけで、当時の様子を偲ぶことはむずかしくなっています。
2020年は、浦賀奉行所開設300周年に当たるそうです。このままの状態で良いのでしょうか? -
シティマリーナ ヴェラシス
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燈明堂からは、小さな砂浜が続き、沖合いには今も多くの船が行き交います。
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燈明堂の左側の海岸。
今日は波が強いようです。 -
イチオシ
燈明堂
浦賀港の西にあり、港に出入りする船にとって灯台の役目をしていました。
慶安元年(1648)幕府の命により造られ、菜種油で灯された光は海上4海里(7.4km)を照らしたといわれています。燈明堂 名所・史跡
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燈明堂
元禄の頃から、最盛期を迎えた東浦賀の干鰯問屋の負担で維持管理を行い、明治5年(1872)に廃止されるまでの約220年間、一日も休まずに航路の安全を守ってきました。 -
燈明堂の説明版
建物は明治20年代まで残っていたといわれていますが、風雨で崩壊し石垣だけが残されていました。昭和63年(1988)に、残った石垣の上に現在の建物が、当時の外観に復元されました。 -
海を眺めながら昼食にします。
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昼食 (12:48)
おにぎり2ケと野菜ジュース -
昼食後、シティマリーナ ヴェラシスまで戻ってきました。
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浦賀港引上記念の碑 (13:20)
浦賀港の引き揚げの歴史を後世に伝えようと平成18年10月に記念碑が設置されました。 -
通称「陸軍桟橋」と呼ばれるL字型の桟橋があります。太平洋戦争終了後、南方や中国大陸からの引き揚げ者約56万人が、懐かしい日本の地に第一歩を印したところです。
周辺はボードウォークが整備され、浦賀港を隔てて東叶神社を望む東屋もあり、一休みすることができます。 -
浦賀の渡し (13:27)
ポンポン船の愛称で親しまれ、浦賀のシンボルになっている渡船は、港に隔てられた東西の浦賀の町を行き来する人にとって、大切な交通手段です。愛宕丸 (浦賀の渡し船) 乗り物
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イチオシ
渡し船(愛宕丸)
時刻表は無く、渡船が対岸にいるときは、呼び出しボタンを押すと、すぐに来てくれます。 -
愛宕丸に乗船(200円)
約3分ほどの船旅ですが、浦賀造船所跡地に建つクレーンやドックを海から眺めることができます。 -
3分程で向こう岸へ到着です。
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徳田屋跡 (13:36)
徳田屋には多くの武士や文化人が宿泊したことが明らかで、吉田松陰の日記には、ペリー来航時の対応策について、徳田屋からの情報をもとにして、師である佐久間象山らと協議したことが記されています。徳田屋跡 名所・史跡
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イチオシ
東叶神社 (13:41)
浦賀の港を挟んで、東西の叶神社が向かい合っています。
東叶神社 寺・神社・教会
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東叶神社 手水舎
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東叶神社
叶神社の縁起には、養和元年(1181)に京都の高雄山神護寺の僧・文覚が石清水八幡をこの地に勧請し、文治2年(1186)に源頼朝が、源氏再興の願いが叶えられたので、叶明神と改めたとされています。 -
東叶神社 拝殿
また、別の伝えによれば、元禄5年(1692)に浦賀村が東と西に分かれたとき、西浦賀村の叶神社を遷して祀り、西の叶神社を本宮、東の叶神社を若宮と呼んだともいわれています。 -
拝殿から見た鳥居
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蘇鉄(ソテツ)
神社の石段の途中に生えている巨大なソテツは、源頼朝公が源家再興の折
伊豆より移植奉納されたものである。 -
社務所の裏には井戸があり、勝海舟が咸臨丸での太平洋横断前に、この井戸で水垢離(みずごり)をした後、明神山山頂で断食をしたと伝えられています。
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東林寺 (14:00)
「浦賀の渡し」東岸近くに建つ浄土宗鎮西派の寺院。 -
東林寺
1523(大永3)年に建立され、こちらに収められている「阿弥陀二十五菩薩来迎図」「銅造阿弥陀三尊立像」は横須賀市の文化財に指定されている。 -
古い住居と蔵
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大ヶ谷バス停より14時21分発で、観音崎へバス移動します。
終点「観音崎」のバス停に到着。(14:37) -
観音崎
三浦半島東端に位置し、東京湾(浦賀水道)に面する。対岸の房総半島富津岬までは約7kmである。付近は「県立観音崎公園」として整備されている。観音崎 (神奈川県) 自然・景勝地
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観音崎灯台
日本最初の洋式灯台として明治元年(1868)に起工し、翌年1月1日に点灯しました。起工日が日本の灯台記念日(11月1日)となっています。 -
先日の台風15号の被害があり通行止めになっていました。
残念ながら観音崎の灯台見学は又の機会にします。 -
観音崎 東京湾海上交通センターが見えます。
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観音崎遊歩道(ボードウォーク)
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千葉方面をアップで、君津のコンビナートでしょうか。
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横須賀美術館(14:56)
海と緑に囲まれた絶景美術館。 -
横須賀美術館
横須賀市の市制100周年を記念して、緑の豊かな観音崎に2007年にオープンした美術館です。 -
横須賀美術館
年間6回の多彩な企画展を開催しているほか、横須賀・三浦半島にゆかりのある画家たちの作品をはじめとして、日本の近現代美術の名品約5,000点の中から選んだ所蔵品展、週刊新潮の表紙絵で知られ、ノスタルジックな雰囲気に癒される谷内六郎作品を常設展示しています。 -
イチオシ
横須賀美術館
風光明媚な観音崎の地に立つ横須賀美術館は、絶景美術館としても知られ、過去に日本の絶景美術館のランキングで上位に選ばれたこともあります。東京湾を臨み、緑に囲まれた屋外の素晴らしい眺望は、三浦半島でも指折りの景観です。 -
横須賀美術館 ミュージアムショップ
有名シェフが総料理長を勤めるイタリアンレストラン「アクアマーレ」、お洒落なアイテムいっぱいのミュージアムショップなど併設施設も充実しています。 -
観音崎京急ホテル (15:10)
汗を一杯かいたのでお風呂に入ります。観音崎京急ホテル 宿・ホテル
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観音崎京急ホテル 入浴施設「SPASSO」
海を眺めながらゆったりとした時間が過ごせる温浴施設です。
入浴料は、バスタオル付で1500円SPASSO 温泉
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イチオシ
入浴後、休憩室からの眺めと、、、
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この一杯、最高の幸せ気分です。
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ホテルの無料送迎バスで駅まで帰ります。(16:00)
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京浜急行本線 馬堀海岸駅 (16:17)
開国の港 浦賀を歩いてきましたが、東西の叶神社以外は観光客がいませんでした。ペリー来航の街「浦賀」という割には、ペリーや幕末の時代の名所旧跡があまり残っていなく又町全体の盛り上がり方に温度差を感じ残念な気がしました。馬堀海岸駅 駅
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