2019/08/30 - 2019/08/30
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TX-1000さん
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ジェットスターのセールで取った鹿児島へ行ってきました。今回は2泊3日の旅程で休暇も取って少し遅めの夏休みです。
2019年3月にやっていたジェットスターの長崎就航記念セールで鹿児島往復を15240円(往復総額諸税込み)でゲットしたんです。本当は長崎に行って大村線や松浦鉄道に乗りたかったのですが、セールが取れず鹿児島にした経緯があるんです。でも、北九州は大雨で大変だったので鹿児島で正解でした。きっと神さまが「長崎や佐賀は大雨で大変だから鹿児島の方がいいよ」って言って選んでくれたんだと思います。
旅のメインの目的は肥薩線と鹿児島市電の乗り潰しで、肥薩線を走る「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」に乗車してきました。
あと、今回からカメラって言うか携帯が変わりました。以前使っていたiPhone5は6年余り使用して、最近はカメラにゴミが写るのが気になっていたんです。それがついに寿命になって新しくiPhone7を買いました。写真の美しさに驚いています。
航空券 15420円(往復総額諸税込み)
8月30日
GK621便
成田空港9時15分→鹿児島空港11時20分
9月1日
GK622便
鹿児島空港11時50分→成田空港13時45分
乗車券
8月30日
嘉例川駅→人吉駅 1290円
8月31日
人吉駅→鹿児島中央駅 2130円
はやとの風1号自由席特急券 吉松駅→鹿児島中央駅510円
宿
8月30日~8月31日
人吉温泉「芳野旅館」
1泊2食付き12960円
8月31日~9月1日
アパホテル鹿児島中央駅前
禁煙シングル1泊食事無し5500円(税込み)
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北総線の下りの通勤ラッシュに巻き込まれながら、アクセス特急で成田空港へやってきました。大きな荷物を持った空港旅客が多くて詰め込みが効かず、乗降に手間取るんですよね。
今回も大好きなジェットスターに乗って旅立ちます。これから乗るシップのレジはJA15JJです。 -
搭乗するのはGK621便、鹿児島空港行きです。
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前日の夜にモバイルチェックインをしたら、前方通路側の10Cを引き当てました。
搭乗率は60%程です。こりゃ採算割れですね。 -
通路側なので外も見えず、ほぼ寝て過ごして鹿児島空港へ着陸しました。
う~ん、雨こそ降ってないですが天気が悪いです。 -
鹿児島空港に到着して先ずやってきたのは、青空食堂です。
かつて宮崎県にある新田原基地の帰りに立ち寄ったのですが、こちらの鶏飯の味が忘れられずに再訪です。 -
こちらが鹿児島の奄美大島名物の鶏飯です。京阪ではありません。
580円で鶏飯が食べ放題です。リーズナブルながら満腹になるので、満足度高いです。もちろん鹿児島空港に来たら、また来ます! -
バスの時間まで少し時間があるので鹿児島空港のカードラウンジにやってきました。
ここはツマミのスナックも複数あり、お酒も試飲ですが飲めるので、私の中ではかなり高評価のラウンジです。 -
そしてお酒も飲んじゃいます。
でも私、焼酎の味って、よく分からないんですよね。。 -
バスで肥薩線の嘉例川駅へやってきました。
この駅舎、明治36年に今の肥薩線が鹿児島本線として開業した時から使用している駅舎で、2019年時点で築116年になります。
なお、この駅に住み着いていた猫で嘉例川観光大使の「にゃん太郎」は病気療養中でお休みでした。 -
肥薩線の吉松~隼人間は毎月第4水曜日の日中、保守作業で運休になるそうです。
もちろん最終~始発までの真夜中に保守作業をすれば運休なんてする必要は無いんでしょうけど、民間企業になったJR九州は、肥薩線にそんなにお金をかけられないって事ですね。 -
せっかく素晴らしい駅舎なのですが、蒸し暑いです。。
避難するコンビニなんかも無くて耐えられないです。 -
1時間ほど待って、13時20分に吉松行きの5224Dがやってきました。いや、本当に蒸し暑かったです。
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あまり冷房が効いてないですが、それでも無いよりはぜんぜん良いです。なんて涼んでいたら、次の霧島温泉駅に到着です。
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大隅横川駅へ到着します。
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この大隅横川駅も、嘉例川駅と同じ様に明治時代の開業当時からある駅舎なんだそうです。
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終点の吉松駅に到着しました。
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吉松駅の駅舎です。
割とよく見かける形ですね。 -
吉松駅にはC55-52号機が保存されています。
なんと車軸やピストン等の可動部には今も給油をしてる形跡があり、屋根もしっかりかけられていています。蒸気機関車の事はよく分からないですが、とても良い保存状態なのではないでしょうか。
もしかして復活とか狙ってます?(笑) -
このC55-52号機は、最初の配属こそ小郡ですが、晩年は九州、そして廃車になる直前には吉松に縁がある機関車なんですね。
ところで鳥栖機関区配属の昭和14年4月8日から、大分機関区配属の昭和14年9年26日の間の運転キロの記録が変じゃないですか?どう見ても急に桁が飛んでます。
もし本当なら、たった半年余りで250万kmも走行してて、毎日休まず1万3000km以上も走ってる事になってます。長距離国際線用の旅客機も顔負けですよ。 -
ところでC55の前に不自然な白い柱が立ってます。これは何だろうって思って近づいて見たら...
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鉄道院の文字と明治43年と書かれています。
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そして反対側には「川崎造船職場兵庫分工場鉄道部製造」と書かれています。
調べてみたら今の川崎重工業車両カンパニーの兵庫工場に通じてるようです。
現地には解説とかは無く、何に使われていた物なのかは分かりませんが、明治時代に作られた貴重な柱なので解説の看板を立てて欲しいです。
この謎の柱、この先の矢岳駅でも見かけました。 -
石倉と言う建物で、かつてはこの中で燃料を保管していたそうです。今で言う油庫ですね。
かつては信号の灯りも灯油で、駅では大量の燃料を使用していたので全国の駅に見られた建物です。
今でもポイント部の給油等、油を使う場面があるので油庫として機能しているのかと思い窓から中を見たら...なんだかゴミやスコップ等が散乱していました。。 -
さて、再び列車に乗って肥薩線を人吉方面に参ります。
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吉松駅から肥薩線の1094Dこと「しんぺい4号」に乗車します。「しんぺい」には僅かしか無い自由席に挑みます。
ちなみにまだ真っ昼間の15時ですが、吉松駅から八代方面の最終列車です。 -
出発信号機が進行現示になり、吉松駅を発車します。
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吉松駅を発車してから4つ目の山神第二トンネルに入ろうとしています。
このトンネル内において終戦直後の1945年8月22日、53人が死亡する肥薩線列車退行事故が発生しました。
戦争により疲弊した蒸気機関車と低質な石炭、そして満載の乗客で急勾配を登れなくなり、列車は大部分の客車をトンネル内に残したまま力尽きて停止。後部に連結された補助機関車が排出する煙から逃げるために列車から降りて軌道内を歩く乗客を、ブレーキを緩めてバックしてきた列車が次々と轢く事故でした。
今や気動車で軽々と抜けられるトンネルですが、かつては命がけだったんですね。 -
山神第一トンネルを抜けると、線路が何本も見えてきました。まもなく真幸駅に到着するようです。
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行き止まり形の真幸駅へ進入します。
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真幸駅に到着しました。
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真幸駅では5分ほど停車します。
この間に運転士が反対側に移動してスイッチバックの準備をします。 -
真幸駅のホームには大きな岩が鎮座しています。
かつて起きた土砂災害で流れてきた岩がなんだそうです。ちなみに重さは8トンあるそうです。 -
真幸駅には「幸せの鐘」があり、
ちょっと幸せな方は1回
もっと幸せを願う方は2回
いっぱい幸せな方は3回鳴らしてください。
と書いてあるので、超いっぱい幸せを願う私は4回鳴らしてきました。 -
進む方向が逆になって真幸駅を発車します。
えちごトキめき鉄道の二本木駅や、篠ノ井線の姨捨駅のように、レバーサー後位置にして運転するのかと思っていたら、しっかり位置交代してスイッチバックするんですね。 -
右奥の真幸駅から、スイッチバック用の引上げ線へやってきました。
ここで一旦停止して再度位置交代します。 -
ポイントが切り替わって、左側の八代(人吉)方面へと続く急勾配を登っていきます。
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先ほどまで停車していた真幸駅を眼下に見ながら登坂していきます。それにしても、かなりの急勾配ですね。
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霧島連山を望む、日本の三大車窓の一つに数えられる場所に停車しましたが、天気が悪くて今ひとつです。。
ちなみに私のマイベスト車窓は中央本線の勝沼ぶどう郷駅~塩山駅間の甲府盆地を見下ろす車窓です。黄昏時には甲府盆地に広がる街の灯りと、西の空に広がる夕焼けが最も美しいと思います。
東京に住んでると割と簡単に見に行けますし。 -
列車は肥薩線の最高地点の矢岳第一トンネルへと入ろうとしています。
このトンネルの上部には、「しんぺい」の列車名にもなったトンネル開通当時の鉄道院後藤新平総裁の揮毫で「引重致遠」と書かれているそうですが、ぜんぜん読めないです。
ちなみに人吉方のトンネル上部には、「いさぶろう」の列車名になった当時の山縣伊三郎逓信大臣の揮毫で「天險若夷」と書かれてるそうです。
これらを合わせて読むと「天下の難所を平地であるかのようにしたおかげで、重い貨物を遠くへ運ぶことができる」という意味なんだそうです。
うん、ぜんぜん分からないです。。
ちなみに逓信省って郵便なのに何で鉄道関係あるの?って思ったら、当時の鉄道は逓信省の管轄だったんですね。 -
峠を越えて下り勾配になったら矢岳駅へ到着します。
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矢岳駅に到着しました。
ここで6分間ほど休憩します。 -
矢岳駅の脇には人吉市SL記念館があり、D51-170号機が保存されています。
今ではSL人吉号を牽引する8620形58654号機も、かつてはここに保存されていたそうで、D-51の隣が空いてるのは、その名残なんだそうです。 -
ちょっと写真では分かりにくいですが、大畑のループ線の頂上に出て停車しました。これから山をぐるっと一周して奥に見えてる大畑駅へ向かいます。
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ループ線をぐるっと一周した後に、大畑駅のスイッチバック線へと入ります。
少し雨が降ってきました。 -
スイッチバック線で位置交代して大畑駅へ到着しました。
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少し停車時間があるので大畑駅の駅舎を見に来ました。
こちらの大畑駅には、駅舎に名刺を貼ると出世するという言い伝えがあります。
まぁ、出世してもねぇ。。って思う私は貼りません。そういえば今の職場になって半年経ちますが、名刺もらってない事に今更ながら気づきました。 -
室内は出世を願う人の名刺が所狭しと貼られています。みんな出世を願う気持ちも分からなくはないですが、やりすぎです。お寺にも同じ事やりますか?
まず見栄えが良くないですし、柱や壁にが穴だらけになって傷みます。それに室内に露出している電気配線とかに画鋲を刺されて感電したり火事になりますよ。
この状況をJR九州は、どう思ってるのでしょうか。
私は止めさせるべきだと思います。 -
左側が蒸気機関車に給水する為の給水塔だったんだそうです。そして右側の建物は囲炉裏キュイジーヌ LOOPと言うフレンチレストランだそうで、こんど来てみたくなっちゃいました。
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坂を下り終えて人吉盆地へ出ました。第三球磨川橋梁を渡ると、まもなく人吉駅へ到着します。
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人吉駅へと到着しました。「しんぺい4号」は、ここから特急列車となって熊本へ向かいます。
実は人吉は2013年7月に訪れていて、その時は熊本からSL人吉号に乗ってやって来ました。その後、くま川鉄道に乗って終点の湯前温泉で温泉に入ってから、新八代へ戻って肥薩おれんじ鉄道に乗車していたんです。
また、鹿児島方では吉都線も別の機会に乗っているので、今回は未乗となっている肥薩線の吉松~人吉間を乗って肥薩線完乗になりました。 -
人吉駅から歩いて5分程、宿泊する温泉宿「芳野」に到着しました。
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宿の部屋です。渋いです。
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誰も居なかったので温泉を撮っちゃいました。
それにしても、九州は至る所に温泉があって羨ましいです。 -
夕食です。
鮎の刺身が自慢だそうです。確かに初めて食べました。そして刺身を食べ終えたら、骨は唐揚げにしてくれます。 -
こちら蒸し野菜のタジン鍋です。
鉄として絵柄が気に入りました。 -
朝食の時間になりました。
中庭の美しい緑を見ながら朝食を食べます。 -
雨が降る中、人吉駅へやってきました。電球色の灯りが味があって良いですね。
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雨がかなり強く降る中、熊本からの「特急いさぶろう1号」がやってきました。ここ人吉から種別が変わり、普通列車「いさぶろう1号」になります。
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私は本日も自由席です。
ところがこの先、大雨による規制で運転再開の目処は立ってないそうです。
「やべぇなぁ。。どうしよう」って思っていたら、矢岳~吉松間25km/h以下の速度規制で、人吉駅を5分遅れで運転再開しました。 -
人吉駅を発車しました。
入換作業を行なっているくま川鉄道の車両の脇を走り抜けます。 -
大畑駅のスイッチバックに入ります。
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矢岳第一トンネルを抜け、下り勾配に転じました。
矢岳駅から終点の吉松駅まで25km/h以下の速度規制なので、深い霧の中をゆっくり走ります。 -
スイッチバックを終えて真幸駅に到着しました。
本来なら、ここで散策時間があるのですが、位置交代して直ちに出発します。 -
霧は抜けましたが、25km/h以下の速度規制区間なので牛歩の歩みです。そういえば、かつて新型車両の入線試験に行った時も、こんな感じでゆっくり走っていたのを思い出しました。
もちろん仕事と趣味は違いますが。 -
ところでこの先、吉松駅にて「特急はやとの風1号」との接続時間が3分しか無くて、雨規制による徐行で接続は無理かと思いましたが、待っていてくれるそうで安心しました。
列車としてはワンマンですが、こういう時は客室乗務員が接続の有無を確認してくれるんですね。 -
吉松駅に到着しました。
乗り換えが済み、8021Dこと「特急はやとの風1号」は20分遅れで吉松駅を発車します。 -
こちらが本日使用してる乗車券と特急券です。
1時間半から余り特急に乗って特急料金が510円とはリーズナブルでいいですね。まっ、その特急の車両は元普通列車の車両ですが。。 -
「はやとの風」に僅かながらある自由席に座ります。このクロスシートタイプの自由席は8席しか無いので、事前に調べてきて直行しました。
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展望スペースもあります。
ちなみに写真を撮った直後から終点の鹿児島中央駅まで、おばちゃん集団に占拠されてました。。 -
栗野駅で吉松行きの上り5022Dと交換します。こちらの交換待ちで20分ほど遅れてます。
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12時31分に15分遅れで隼人駅に到着しました。
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隼人駅では12時22分発の宮崎行き「特急きりしま10号」が接続待ちをしていました。
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鹿児島湾越しに桜島が見えます。
私の中では石北本線から見える利尻島と並ぶの絶景ポイントなのですが、今日は遅れているので高速で駆け抜けます。種車はキハ40ですが、頑張ればそこそこスピード出せるんですね。
もっとも単線区間の割には列車密度が高い区間なので、所定で走っていても徐行とかできないんでしょうけど。 -
10分ほど遅れて終点、鹿児島中央駅に到着しました。
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「はやとの風」の編成写真です。
真っ黒な車両ってカメラの露出が難しいです。 -
ちょうどお昼時なのでランチにします。
やってきたのは鹿児島中央駅から歩いて5分ほど、黒かつ亭 中央駅本店です。 -
注文したのは上ロースカツランチです。肉厚で美味しかったです。
確か1200円くらいでした。 -
それでは旅のもう一つの目的、鹿児島市電に乗車します。
なんか京浜急行っぽい電車が走ってると思ったら、京浜急行の広告電車でした。 -
鹿児島中央駅前電停から郡元電停まで唐湊線に乗車し、降りる時に乗り継ぎ券をもらいました。
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乗り換えて郡元電停を発車します。
この郡元電停、交差点の先にもう一つ郡元電停があって、こちらは郡元(南側)電停と呼ばれているそうです。同じ電停が2つあるなんて、珍しい電停ですね。 -
最近の路面電車の流行になっているセンターポール&緑化軌道になっています。とくに緑化軌道は転動音が静かでいいですね。
なんて思ってる間に、次の泪橋電停に到着しました。 -
泪橋電停を出ると普通の軌道となりました。
指宿枕崎線に沿って走ります。 -
谷山線の終点、谷山駅に到着しました。
目の前を柱指宿枕崎線が、いつの間にか高架になっていてびっくりしました。 -
谷山までは比較的新しい1000形で来たので、帰りは古めの車両に乗ります。
この600形は吊り掛け駆動なのに空気バネのフワフワした乗り心地が不思議な電車でした。 -
谷山線と第一期線に乗って天文館へやってきました。
これにて鹿児島市電完乗です。 -
まだ明るい時間ですが、今夜の宿へやってきました。
鹿児島中央駅の西口にあるアパホテルです。鹿児島中央駅は桜島口(東口)しか出た事無かったので、こっちにも街があるなんて知らなかったです。 -
部屋です。
ベットがフカフカで良かったですよ。 -
すこし早いですが、今日は部屋にこもって部屋飲みします。
さきほどスーパーでいろいろ買い込んできました。
九州に来たからには、やっぱり鳥刺しが食べたいです。
スーパーなら地元の食材を安く買えますし、帰る余力を残さずに極限まで飲めるのがいいと思います。
ただ、土地勘の無い旅先でスーパーを探すのが大変なんですけどね。 -
鳥刺しが美しいです。そしてやっぱり美味しいです。この後、予定通り飲み過ぎて意識を失ってました。
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昨夜は飲みすぎて倒れてましたが、朝は割と冷静です。
さて、これから鹿児島空港に向かうバスに乗ります。 -
バスで空港へ向かいます。
これだけ頻繁に出ていると心強いですね。 -
保安検査場がとても混雑しています。
ちょうど東京・羽田行きANA624便(ボーイング767)と、東京・羽田行きスカイマーク304便(ボーイング737)の保安検査と重なって、保安検査場の通過に20分かかりました。 -
帰りの飛行機は11時55分発のGK622便、成田空港行きです。
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帰りのシップです。レジはJA03JJです。
保安検査に時間を要した割には乗り遅れる人は居なくて、やや早めに出発しました。 -
搭乗しました。ほぼ満席です。
帰りも通路側です。座席指定してないのに真ん中に突っ込まないなんて、どうしたの?優しいじゃんジェットスター。 -
成田空港へ戻ってきました。
A滑走路の34Lに着陸して第3ターミナルまで空港内を10分以上延々とタキシングするの、何とかならないですかね。
今回の旅で肥薩線の人吉~吉松間の35.0kmに乗車したのでJR線は94.235%乗車。鹿児島市交通局の10.2kmに乗車したので鹿児島市交通局線は完乗し、私鉄96.790%乗車になりました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- 墨水さん 2019/12/20 22:29:32
- 走行距離。
- TX-1000さん、今晩は。
C55の走行距離ですけど、想像するに・・・。
蒸気機関車は2年に一回、車検検査の「全般検査」が有り、全ばらしの点検が有ります。
ここで、機関士からの要望というか、機関車の癖みたいな物の聞き取り調査も含まれます。
此所から推測ですが・・。
機関士は、走行距離計の不具合を指摘した可能性が高いです。
そこで整備士は、(何処からか外してきた)信頼性の高い走行距離計を取り付けた。
整備士は、走行距離計の数値を機関士に伝達してるはずです。
機関士はその数値を車歴に記録して置く事が義務付けられてましたので。
終戦のごたごたで、記録を失った可能性が高いですね。
蒸気機関車は、ピストンから出る蒸気音2回で動輪一回転なので、機関士は此の数を数えてます。
結果として、走行距離計の不具合を素速く見抜く事が出来ます。
走行距離は、機関士の給料に影響を与えるので、機関士は真剣です。
走行距離計に関わらず、計測機器の変更というのは頻繁に行われてました。
その記録は、車歴に記載される事に成ってます。
「その記録を無くした。」と言う事ですね。
墨水。
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