2019/08/12 - 2019/08/12
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2019/8/10~12 南九州を廻る③ 人吉~熊本
人吉城跡-白岳伝承蔵-八代城跡-岩殿山雲巌禅寺(宮本武蔵関連)-江田船山古墳-トンカラリン
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
小林市~えびの市~人吉に来た。
人吉城址 -
立派な石垣が広がり、大きな城だったとわかる。
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二の丸の跡地には、杉がびっしり育っていた。
手前の広場は三の丸。 -
三の丸から二の丸に進む。
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中御門と思われる門を上がると、二の丸に至る。
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これを上がると本丸跡に到達する。
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本丸跡地。
と言っても、天守閣は建てられず、護摩堂のみが建てられていたという。 -
本丸跡地から眼下の球磨川を望む。
球磨川下りの船乗り場がある。 -
本丸跡の紹介
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白岳伝承蔵に来た。
球磨焼酎ミュージアム。紹介ビデオを見て、麦や芋ではなく、米の焼酎の製造と知った。早暁明治33年。 -
さらに北上し、八代城址に来た。
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東側から入る。
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城跡には、八代宮があった。
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八代宮
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岩殿山 雲巌禅寺を目出し、山中を進むと、広場に「勝ち運を呼ぶ宮本武蔵」像があった。
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広場から少し下って、雲巌禅寺に入る。(岩窟へは入場料200円)
入ると、小さな小屋の展示があり、武蔵作のの絵画が飾ってあった。 -
有名な兵法書の「五輪書」
大好きだった極真空手のマス・オーヤマが愛読していたので、興味があった。 -
五百羅漢
洞窟への道中に、1779年から24年間に商人が奉納された五百羅漢
が出迎える。 -
この五百羅漢は、武蔵の時代より150年後である。
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その天然の岩窟が見えた。
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大きい穴が西に向かってぽっかり開いている。
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1643年、武蔵はここに籠り、「五輪の書」を書いた。
宮本武蔵は2年後に没しているで、晩年を過ごした所だ。 -
江田船山古墳
全長62mの前方後円墳。発掘当初は、わが国で最初の漢字使用例とされた国宝「銀象嵌銘大刀」の出土で有名。
それにより、5世紀後半にはヤマト王権の支配がこの地にまで及んでいたことがわかるという。 -
江田船山古墳 側面
その副葬品の大部分は東京国立博物館に所蔵。 -
トンカラリン(7段の階段の場所)
江田船山古墳の近くで、その看板を偶然見つけた!
全長は464.6メートル、自然の地隙や人工の石組暗渠で構成されている謎の構造物。 -
中の様子。
狭い中の様子。場所によっては、這いつくばる必要がある。
一説には古代の水路と言われるが、大雨でも水が流れないというし、水路を作る必要性がないから不思議だ。 -
トンカラリン説明板
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トンカラリン案内図
菅原神社手前から始まり、「地質の割れ目にふたをした所」→「七段の石段のある所」→「タンタン落し」まで464m
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