2019/05/02 - 2019/05/02
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悲志twoさん
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5月の一日、亀戸界隈を歩いてきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
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亀戸天神に向かいます、丁度藤まつりでした。
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しかし、この人出には驚きました。
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神社の境内に入ります。直ぐに赤の太鼓橋。
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小さな太鼓橋ですので、人出が多いので順番待ち。脇にそれて藤棚から。藤の盛は過ぎていました。
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3年前の同じ所の写真。この時は花盛でした。
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天神社の奥にはスカイツリー。
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遅咲きの藤が咲いています。
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この辺りの藤棚がきれいでした。
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社では参詣の順番待ち。まるで初詣のごとく。令和の年が始まったので、この賑わいだったんでしょう。
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石造りの臥牛。この頭をなでると頭がよくなると言うことなので、小さいときからなでていました。その御陰かな。
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今日はさわやかながら、少々暑い日射しでした。
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境内では相撲甚句が詠われてました。
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亀戸駅方面へ。駅前の十三間通りは歩行者天国になってました。
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丁度角のこの豆屋さんは昔から全く変わってません。
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豆屋さんの向かいには、亀戸梅屋敷なる観光案内所や物産店。寄席もあるようです。
梅屋敷は実在し、安藤広重が浮世絵を描いています。それをゴッホが模写した大きな絵がオランダのゴッホ美術館にあります。 -
亀戸の東のあたりを散策。昔ながらの家並みもちらほら。
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東武亀戸線、亀戸と向島を結ぶ短い線です。ここは亀戸水神駅、ここから東向島にある高校に通ったものです。
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これが最近の東武車両なんですね。
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この辺りはかつては日立の大きな工場がありました。今はひろーい公園のようです。
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メタセコイヤの並木もありました。
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亀戸7丁目の商店街。
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亀戸9丁目、旧中川に向かうこの辺りは懐かしいところです。当時と全く景色が変わりました。
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中川の堤防。昭和40年代は高い堤防と高い水位で、雨台風が近づくと出水に恐れていました。
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今は水位が下がり、親水川縁になっています。川の風景も劇的に変わりました。水門が造成された御陰でしょう。
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橋を渡れば江戸川区。
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昔の川は臭いのある黒い川。この光景からは誰も想像できない。
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通った小学校前の風景がそのままで残っていました。60年程前です。
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学校の正門前。脇の水準標は東京湾の水位やらかつての台風時の水位が示されています。この辺りは、地盤沈下の影響もあり、海面下数メートルの地盤高です。
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ここは中学校。判るのは敷地だけ。
亀戸のこの辺りは工場の町から、住宅地に変わりました。
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