2018/06/14 - 2018/06/16
15位(同エリア59件中)
のまどさん
夏の旅行先に決めたのはモンテネグロ。小さな国なので10日間で回るのに最適です。海のすぐ近くに山が連なる起伏に富んだ地形。我が心の師Seat 61が車窓からの絶景を勧めているので鉄道を使うようにしました。
https://www.seat61.com/Montenegro.htm
しかも主要観光地のコトルとブドヴァを敢えて外すという我ながらマニアックな旅になりました。
首都のポドゴリツァは特に何もない街として有名ですが、緑色の澄んだ水を湛えたモラチャ川が流れ、居心地がいいところです。泊まったホテルポドゴリツァは川のすぐ側にあり部屋のテラスでビールやワインを楽しめました。
国土が小さいのでポドゴリツァからモンテネグロ一の参拝者を誇るオストログ修道院や海岸などバスや電車で日帰りできる場所がたくさんあります。海に近いバルは小さな街ですが、モンテネグロの歴史を知る上で重要な城塞があります。快晴の空の下、きれいな写真がたくさん撮れました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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利用するのはおなじみライアンエア。シャルルロワから2時間半強のフライト。
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ホテル・ポドゴリツァは空港からタクシーで15分ほど。しかもほぼ直線でした。外観はぱっとしないけど2018年に泊まったホテルの中で最高峰です。
hotelpodgorica.co.me -
首都にもかかわらずほとんどの人が素通りするポドゴリツァですが、モラチャ川がゆったりと流れ静かで過ごしやすい街です。
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レトロすぎる。誰が買うんだろう?
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新しそうなアパートビル。住民もちょっとこじゃれた感じでした。モンテネグロ人の第一印象は背が高い。190センチを超える人がかなり多く、バスケットボールが盛んらしい。
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駅に行って明日の電車の時刻を確認することになっていたが、私が眩暈を覚えたので先に夕食を取る。オスマントルコが築いた時計塔近くのお店Pod Volat。
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まずはモンテネグロのビール、ニクシチコで乾杯。きりっと冷えていておいしい。続いて東ヨーロッパ名物の肉料理。しっかり焼かれていてなかなかでした。
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酒は百薬の長。すっかり体調がよくなり、駅へ。鄙びた住宅団地のように見えるこの建物が首都の駅舎です。驚きました。明日の目的地へはバスの方が良いという結論にたどり着き、
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スーパーで飲み物を買ってホテルに戻ります。初モンテネグロワイン。最大手のプランタツェ。ブドウの種類ヴラナチは去年セルビアでも飲んだのでバルカン半島では多く栽培されているのでしょう。
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翌朝。
朝食のビュッフェはバラエティに富んでいて、しかもテラスで食べられて大満足。 -
今日はオストログに遠足です。バスターミナルでチケットを買って
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バスを待ちます。
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車窓からの1枚。鉛色の空はともかく6月なので緑が濃いです。
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バス停からはタクシーを利用します。裕福そうな香港の初老の夫婦と折半して往復20ユーロ。帰りは乗らなかったけど。この国はEUに加盟していないのにユーロが使えます。
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そしてお目当てのオストログ修道院。セルビア正教の修道院でモンテネグロで参拝者が最も多い寺院のようで人が多かったです。
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ヘルツェゴビナの枢機卿だった聖ヴァシリエが埋葬されているようです。どこに埋葬されているのか訪問時には分かりませんでしたが、恐らくのまどが訳も分からずに参拝者の列に並んで信者でもないのにミサに臨んだ場所だったと思います。
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修道院の上階からの眺め。
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Google mapで見つけた鉄道の駅まで歩くことにします。途中に寄った小さな教会。
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抜け道があることを期待したのですが、道を尋ねたホテルの人に谷底の駅まで歩くのは無理だと言われて、結局修道院近くまで戻ってタクシーを拾いました。言い値を1ユーロ値切って7ユーロ。運転手はほくほくの笑顔でした。
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着いたのはダボヴィチという名ばかりの小さな駅。もちろん無人でGoogle mapにも載っていません。なんちゃって鉄ちゃんののまどはこんな秘境駅に来られたことに感動しますが、無事に電車が来てここに停まるのか不安になります。
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ウワバミが調べた時刻から2分ほど遅れましたが、電車が来ました。
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車内は結構近代的で快適です。
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オストログ駅はそれなりに投資された感じがあります。
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ポドゴリツァに戻りました。
街のモスク。バルカン半島が他のヨーロッパと異なる点はイスラム教が土着の宗教であることです。 -
モラチャ川に注ぐリブニツァ川。源流はアルバニア。やはり水質が良さそうです。
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ビーチもあるので夏には泳げそうですが。
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ポドゴリツァ散策を続けます。タラゴナの人間の塔祭り再来?
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数少ない街の名所、イエス復活教会。完成したのは2013年と新しいですが、ミラノ勅令1700年を記念してと聞くと意義深いです。それまで迫害されていたキリスト教徒がローマ帝国コンスタンティヌス大帝の発令によって信仰を認められました。
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イチオシ
中のフレスコ画もじっくりと鑑賞する価値があります。
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ホテルで一息。川のせせらぎを聞きながらテラスで嗜むチェコビール、のまどがこよなく愛するスタロプラーメンと白ワイン。最高の贅沢です。
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6月のヨーロッパはどこも遅くまで日が高いのが嬉しいです。夕食はイタリア料理、Lupo di Mareにて。一時ベネチア帝国の支配下にあったモンテネグロのイタリア料理は定評があります。
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テラスでアドリア海の幸を肴にいただくモンテネグロの白ワイン。満足です。食後はもちろんホテルのテラスで赤ワインとビール。ポドゴリツァ最高!
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翌日、ゆとりを持ってホテルをチャックアウトして電車に乗ります。
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旅情をそそるコンパートメント。
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アルバニアとの国境でもあるスカダール湖。バルカン半島最大の面積を誇り国立公園になっています。支流のドリン川は2013年に訪れたマケドニアのオフリド湖に通じるという事実に感動。
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目的地はバル。Barという地名はのんべえの我々には甘美に聞こえます。旧市街スタリバルを目指します。バックパックを駅に預けて5ユーロという手書きの料金表示に合意してタクシーに乗り込みます。
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旧市街の地図。街の中心である城塞を見学します。
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この街に人が住み始めたのは2500年前。その後、前述コンスタンティヌス大帝期のローマに記述が登場します。
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1018年にビザンチン帝国に支配されます。神聖ローマ帝国から自治を認められながらもビザンチン帝国に押され、
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次にやってきたのはベネチア帝国。地元の領主バルシチ家が独立を試みるもオスマントルコの侵略に遭い、1878年にようやく解放されました。
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こんな小さな街なのに権力の争いの場になったのは海と山に囲まれた地の利があるからでしょう。往来しているフェリーのうち1便は対岸のイタリア、バリ(Bari)という似たような地名の街に到着します。
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海岸線に近いのに雄々しく鋳切り立つ山々。国際名称である国名モンテネグロは黒い山を意味します。原語ではツルナ・ゴーラ。英語の形容詞Montenegrinを日本語の響きで捉えるとかわいい感じです。
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イチオシ
素晴らしい天気なのできれいな写真が撮れます。
バルカン半島の民族問題は非常に複雑です。 -
モンテネグロはセルビアと共有するルーツが多いが、旧ソ連崩壊後バルカン紛争の勃発した1990年代後半から独立、独自性を増える人が増えた。
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イチオシ
水道橋の原型はオスマン帝国が築いたようですが、1979年の大地震によって崩壊し再建したのが現在のものです。
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敷地の外に見られるモスク。後で立ち寄ったところ清楚な感じがしました。
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訪れる人もそんなに多くないので歴史の重みをじっくりと味わえます。
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イチオシ
それにしてもいい天気だ。そろそろお城を後にします。
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お昼は水道橋Akvaduktという名のレストラン。テラス席で素晴らしい景色を堪能しながら飲むニクシチコ。夏のビール、最高です。
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ツナサラダにズッキーニのグリルとナスのトマト煮。暑い中歩きまわった後なので新鮮な野菜がよりおいしく感じます。
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レストランを後にして少しだけ歩きます。墓石を見るとキリスト教、イスラム教、ユダヤ教と多様な宗教が共存しています。
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街のモスクを見てからタクシーとの待ち合わせ場所に戻ります。バル、素敵な街でした。
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