2018/03/02 - 2018/03/02
32位(同エリア304件中)
かっちんさん
陶のまち瀬戸の町歩きをしながら、お雛めぐりをします。
瀬戸に良質の土があると深川神社からお告げを受け、瀬戸焼を始めた陶祖・藤四郎(加藤四郎左衛門景正)。陶祖公園には、陶製の碑や燈籠、階段などがあります。
お雛めぐりは市内37軒のやきもの工房や店舗などに代々受け継がれてきたお雛さまが飾られ、今の時期、街角ギャラリーになります。
瀬戸蔵ミュージアムは、やきものの博物館機能を備え、まちの象徴である旧尾張瀬戸駅、やきもの工場(モロ)、石炭窯、瀬戸焼の変遷等が展示されています。
当時の駅舎が復元された旧尾張瀬戸駅には緑色のせとでん(電車)が発車待ちしています。
昭和30、40年代に使われた石炭窯のやきもの工場を再現した展示では、製作の工程をじっくり学ぶことができます。、
今の時期ミュージアムには、高さ4mのピラミッド型の巨大なひな壇「ひなミッド」に約1,000体の陶磁器・ガラスの創作雛が飾られ、古布の長い「つるし雛」も展示されています。
企画展では、「愛知環状鉄道の歩み」と「昔の道具展」が開催されています。
町歩きは最初に陶祖公園を訪れ、お雛めぐり、瀬戸蔵ミュージアムを見学します。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・せと・まるっとミュージアム「日本遺産のまち瀬戸市」「陶のまち瀬戸のお雛めぐり」「やきものの橋めぐり」、手しごとや「阿ん」
・瀬戸市「瀬戸蔵ミュージアム」
・瀬戸蔵ミュージアム内の資料
・瀬戸市都市整備部「陶祖公園~装いも新たになりました~」
・深川神社HP
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
陶の階段(陶祖公園)
陶祖公園に上がる「陶の階段」は、蹴上部分に陶板が使われ、瀬戸陶芸協会が制作。
陶祖公園は瀬戸の中心部を一望できる公園で、陶祖・藤四郎(加藤四郎左衛門景正、かとうしろうざえもんかげまさ)の業績を称える巨大な六角陶碑があります。 -
イチオシ
一段ごとに異なる陶板(陶の階段)
-
瀬戸を歩く人々(陶の階段)
-
志野焼燈籠(陶祖公園)
明治5年に制作された志野焼燈籠は、陶製燈籠としては国内最大級の大きさです。 -
六角燈碑(陶祖公園)
六角陶碑は慶応3年に名工といわれた加藤岸太郎が中心となって製作されました。
高さが4.1m、総数39個のやきものが組み合され、陶製の碑としては日本最大といわれています。 -
こっちへおいで(陶祖公園)
陶祖が招いているのは犬猫ではなく狛犬。
瀬戸出身の彫刻家である加藤昭男氏制作の「狛犬を愛でる陶祖之像」です。 -
やきもので飾られた「あづま橋」
瀬戸川に架かる東橋の欄干は、草花が描かれたやきもの「鼠志野(ねずみしの)」
鼠志野は志野焼の一形式で、鉄化粧を施した素地をへらで掻き落として文様を表し、厚く長石釉を掛けて焼いたもの。
鉄が焼けて鼠色になります。 -
深川神社
陶祖・藤四郎がこの神社のお告げにより良質の土を得たという伝承から、瀬戸の産土神と言われています。 -
陶製狛犬(隣の陶彦神社)
藤四郎が祀られている陶彦神社(すえひこじんじゃ)にある陶製の狛犬です。
藤四郎作と伝えられる重要文化財の陶製の狛犬はこれではなく深川神社宝物殿で見られます。 -
宮前地下街
深川神社の石段を下りた参道にある商店街。
地上にあるのに地下街とはいかに・・・
商店街のうなぎ屋さんからうなぎを焼く香ばしい匂いが漂います。 -
法雲寺の陶製梵鐘(深川神社近く)
第二次世界大戦中に強制供出されてなくなった金属製の梵鐘の代用品として奉納されたもの。 -
スクラッチタイルの「手しごとや阿ん」(銀座通り商店街)
スクラッチタイル外装のレトロな建物は「若松屋洋服店」の名前。以前は洋服店だったのですね。
現在の「阿ん」は、瀬戸市内の作家を中心に、こだわって集めた陶磁器、ガラスの作品などを飾っています。 -
御殿雛(阿ん)
2階に上がり、お雛様を見せてもらいました。
今の時期、お雛さまを飾る街角ギャラリーのひとつです。 -
瀬戸蔵ミュージアム
記念橋を渡り、蔵所町に来ています。
瀬戸蔵ミュージアムは、やきものの博物館機能を備え、まちの象徴である旧尾張瀬戸駅、やきもの工場(モロ)、石炭窯、瀬戸焼の変遷等が展示されています。
入館料は500円。 -
ひなミッド(瀬戸蔵)
高さ4mのピラミッド型巨大ひな壇「ひなミッド」に、約1,000体の陶磁器・ガラスの創作雛が飾られています。
天井から古布の長い「つるし雛」も展示されています。 -
イチオシ
陶磁器のお雛様(瀬戸蔵)
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ガラスの創作雛(瀬戸蔵)
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瀬戸蔵ミュージアム入口
2階に上がると、せとものの大量生産で活気のあった時代の瀬戸をイメージし、まちの象徴である旧尾張瀬戸駅、やきもの工場(モロ)、石炭窯、煙突などが展示されています。
企画展では「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」と「昔の道具展」が開催されています。 -
イチオシ
せとでん モ754
「せとでん」とは、瀬戸市と名古屋市を結ぶ名古屋鉄道瀬戸線の愛称です。
瀬戸のやきものづくりと密接な関係を持って明治末期に生まれた「瀬戸電気鉄道」(開業時は「瀬戸自動鉄道」)が名称のルーツ。
「モ754」は、昭和3年(1928)に旧名古屋鉄道デセホ750形のひとつとして日本車輌で製造されました。
瀬戸線に入線したのは昭和40年(1965)のことで、約8年間活躍しました。
車体前面の丸みや大きなアールの屋根が特徴です。 -
レトロな車内(モ754)
肘掛けから天井にかけての丸いシルエットや、車内の木工や金具などに優美で繊細なデザイン。
板張りの床や長いつり革など、昔の懐かしい電車を思い出します。 -
お洒落な「よろい戸」(モ754)
窓の日除けに、木製のよろい戸が使われています。 -
片開きの引扉(モ754)
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運転台(モ754)
マスコン、計器、ブレーキ、手動ブレーキハンドルなどが勢揃い。 -
猫が遊ぶせとでん(モ754)
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瀬戸蔵への搬入(モ754)
車体を中央扉付近で約半分に切断したモ754を、瀬戸蔵の建築前に仮設置台に大型クレーンで設置されました。
つまり建築中にモ754を搬入したのです。 -
長い車内(モ754)
半分になった車内の端には鏡が設置され、いかにも後部運転台があるように見えます。
黄色いバーは鏡への追突防止表示です。
あっ、右奥にカメラマンが・・・ -
旧尾張瀬戸駅(瀬戸蔵)
平成13年(2001)まで使われていた駅舎の写真。
明治38年(1905)瀬戸線開業時は瀬戸駅として開業し、大正10年(1921)に尾張瀬戸駅に名称が変更されました。 -
復元された旧尾張瀬戸駅の駅舎(瀬戸蔵)
ミュージアム内に本物そっくりの2階建て駅舎がつくられています。 -
駅の待合室と改札口(瀬戸蔵)
当時の駅にいるみたいです。
柱に貼られている太っちょ王様の広告。
1955年(昭和30年)の「ニッポンビール」は、後に「サッポロビール」となります。 -
出札窓口(瀬戸蔵)
手小荷物受渡口は貨物列車が行き交う時代に、鉄道で荷物を運んでいました。 -
イチオシ
尾張瀬戸駅で発車待ちの「せとでん」(瀬戸蔵)
当時の雰囲気が伝わってきます。
改札口上の昭和34年(1959)の時刻表を眺めると、通勤ラッシュ帯に4~6本/時、昼2本/時だったことがわかります。
「次の発車は9時20分堀川行」の発車標は、ぶら下がっている棒を手で回すと内部の歯車が動き、時刻や行先を変えます。 -
企画展「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」
昭和63年(1988)に岡崎と高蔵寺間45.3kmを結ぶ第三セクター鉄道「愛知環状鉄道」が開業。
その歩みと先人たちの苦労の道のりが紹介されています。 -
省営バス(愛環の歩み)
当初計画された岡崎~多治見間の鉄道施設の暫定処置として、昭和5年(1930)鉄道省営による我が国初の岡多線バス路線が開設。
「瀬戸記念橋駅」は、省営バス、戦後の国鉄・JR時代と、長らく多治見方面・高蔵寺方面の分岐駅としての役割を果たし、平成16年(2004)に廃止となりました。 -
国鉄岡多線(愛環の歩み)
昭和29年(1954)の予定路線図です。
その後、昭和51年(1976)岡崎~新豊田間が旅客営業開始。
新豊田~多治見間は実現せず。 -
愛知環状鉄道の開業(愛環の歩み)
国鉄から第三セクター「愛知環状鉄道」に移管され、昭和63年(1988)1月に岡崎~新豊田~瀬戸市~高蔵寺間として開業。 -
ヘッドマーク「せともの祭」(愛環の歩み)
毎年9月に行われているイベントです。
目が飛び出るほどの掘り出し物があったようです(笑) -
愛・地球博(愛環の歩み)
平成17年(2005)に開催された「愛・地球博」。名古屋駅から電車が中央線を通り愛環まで直通運転されました。
公式キャラクターのモリゾーとキッコロの隣には、「あるるくん」(愛環マスコットキャラクター)がいます。 -
企画展「むかしの道具展」(瀬戸蔵)
瀬戸蔵ミュージアムの前身である瀬戸市歴史民俗資料館は、昭和49年に開館し、以来多くの方々から民俗資料の寄贈を受けてきました。
ここでは昔から使われてきた生活資料(道具)を展示しています。 -
日本金銭出納器のレジスター(昔の道具展)
1、5、10、50表示の下にコインが入る隙間があるので、ここから投入して収納するのでしょうか。
説明板に「手書きで取引の記録をのこすことができる」と書かれています。 -
扇風機(昔の道具展)
4枚羽の東芝製扇風機です。 -
アラジンストーブ(昔の道具展)
イギリスのアラジン社が開発した芯に浸み込んだ石油が青い炎(ブルーフレーム)で燃える石油ストーブです。
昭和30~40年代にかっちんの家でも使っていましたが、現在でも生産されています。 -
手足用の火鉢(昔の道具展)
上下に炭を入れることができるため、立った状態で手も足も温めてくれる便利な火鉢。
昭和20年代から店舗の来客用として使われていました。
この火鉢は初めて見ました。 -
やきもの工場「モロ」
次の展示では、昭和30、40年代の瀬戸のやきもの工場を再現し、製作の工程がわかります。 -
粘土と石をまぜる工程(モロ)
トロンミルという装置。
粘土・石粉・水を入れて回すと、中の玉石によってすりつぶされて、泥状の粘土ができます。 -
余分な水分を抜く工程(モロ)
フィルタープレスでは、泥状の粘土をポンプで流し込み、水分を抜きます。
枠の中に粘土板(ケーキ)ができます。 -
イチオシ
粘土をしっかり練る工程(モロ)
クネットマシンです。
台の上のドーナッツ状のものが粘土。これを重たいローラーで練り、水分を均一にして柔らかくします。
一つのモータから長いベルトをかけめぐらし、たくさんの機械に動力を伝える昔の工場でよく見られる風景です。 -
形をつくり、乾かす工程(モロ)
ロクロや鋳込(いこみ)で形をつくり、モロイタに製品を載せ、サシダナでじっくり乾燥させます。 -
筆や絵の具で絵をかく工程(モロ)
絵付場では明るい窓際で細かい絵付作業をします。 -
焼く工程(モロ)
製品に釉薬(ゆうやく)をかけた後、石炭窯で焼きます。
明治末~昭和30年代は石炭窯が主流でした。 -
窯の中に積まれたエンゴロ(石炭窯)
エンゴロ(鉢)の中に製品を入れ、高温で焼きます。 -
石炭窯の煙突
昔の瀬戸のまちに、たくさんの煙突の並ぶ光景がイメージできます。 -
陶器を並べたお雛さま
3階へ上がると、2階窯垣広場に陶器を並べたお雛さまが眺められます。
窯垣(かまがき)とは窯道具で作られた塀や石垣のことで、お雛さまの背面に積まれています。 -
瀬戸の瓦(3階展示)
3階には、1000年以上の歴史がある瀬戸焼の変遷が展示されています。
「瀬戸焼瓦」は、大正時代に織部・黄瀬戸などの釉薬が掛けられた瓦がつくられるようになり、その風合いから「色瓦」「美術瓦」と呼ばれました。 -
碍子(3階展示)
電線や支柱などに絶縁固定する陶磁器製の器具が碍子(がいし)。
用途に合わせたいろいろな形があります。 -
ノベルティ(3階展示)
やきものでできた人形や動物などの置物を瀬戸ではノベルティと呼びます。
ノベルティは第一次大戦頃から輸出用製品として生産が本格化します。
第二次世界大戦後、飲食器をもしのぐ瀬戸の一大生産品に成長します。 -
イチオシ
瀬戸の夕焼け
瀬戸蔵ミュージアムから見た夕焼けです。
尾張瀬戸駅とパルティせとの建物が見えます。 -
名古屋駅前の夜景
今晩の宿はオープンしたての東横イン「名古屋名駅南」。
都会の夜景も素晴らしいです。
瀬戸蔵ミュージアムでは、やきもののまち瀬戸が発展してきた様子が勉強できました。
明日も瀬戸を訪れます。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 横浜臨海公園さん 2019/02/24 11:28:32
- デ750型
- かっちんさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
デ750型は名岐鉄道が発注した車輌で、高山本線乗入用として、半室が畳敷に改造された曰くつきの電車ですね。
名鉄時代はスカーレトレッドに塗られ興醒でしたが、オリジナル色に塗り替えられ好印象です。
それにしても35年前の600ボルト時代と比較して、昔は本線のお古しか走らなかった瀬戸線が変わった変わった!!
横浜臨海公園
- かっちんさん からの返信 2019/02/25 09:15:35
- RE: デ750型
- 横浜臨海公園さま
こんにちは。
デ750型の歴史の話を聞かせていただき、ありがとうございます。
やきものと瀬戸線の関係は、瀬戸の町歩きをして理解が深まりました。
かっちん
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