2018/11/16 - 2018/11/20
377位(同エリア1306件中)
hsugaiさん
- hsugaiさんTOP
- 旅行記172冊
- クチコミ28件
- Q&A回答8件
- 197,874アクセス
- フォロワー6人
若狭の国・福井県小浜市から滋賀県近江八幡地域の寺院巡礼の旅に参加した。出発は9時前後帰宅は5時前とゆったり旅行だった。
しかし日中はバス利用したが、連日12-15千歩の歩行観光、足腰が痛くなり疲れが残った。
古来より大陸文化伝来の玄関口となった若狭の国では向源寺、妙楽寺訪問、又熊川宿の散策、生水の郷見学した。
又近江の国では東海道と中山道、北国街道が交差する地の利のため商業が発達した地域、近江八幡訪問。
ここでは江戸時代近江商人の歴史的家並み見学、そして郊外の聖徳太子が創建した近江の最古刹、百済寺、庭園は「天下遠望の名園」と呼ばれてる。
又臨済宗永源寺派の大本山では見ごろの紅葉鑑賞した。
今回の旅小雨から曇り空続きだったが最終日ようやく快晴にも恵まれ
ケーブルカーを利用して八幡山からの琵琶湖の展望楽しんだ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
国宝十一面観世音渡岸寺観音同堂(向源寺)
聖武天皇天平八年(今から1250年前)当時都に疱瘡が流行、天皇が
僧泰澄に除災を命じ、僧が祈願をこめて十一観世音を彫み、一宇を建
立、息災延命、万民豊楽を願った。菩薩立像は土中に埋めてられていたとか。
以来、病除けの霊験鮮かな観音像として敬仰されてる。
明治三十年特別国宝に指定
-
-
-
琵琶湖 -
-
痩せ地蔵
がりがりに痩せた地蔵さま、大変珍しいものとか。 -
-
-
周辺ホテルの玄関口で懐かしい光景飾ってあった。
-
第2日目若さの国福井県小浜市の夕日
-
古代、若狭は朝廷に食料を献上する御食国(みけつくに)の一つ。
18世紀後半から度さんの鯖が若狭湾で陸揚げされ「鯖街道」と称されるようになった。 -
若狭国などの小浜藩領内と京都を結ぶ街道
-
-
明通寺
-
-
小浜西組重伝電建地区の建物
2階の隣との境にある白い板が ウダツ と呼ばれっるもので「うだつが上がら ない」と言うのはここから来てるとか。 -
-
熊川宿の散策
古い町並みが保存 -
古い家敷で外観保存されてる。千本格好、昔のガラス、木造、白壁と言った特徴があります。
-
秀吉に重用された若狭の領主浅野長政は、交通と軍事において重要な場所として
諸役免除して宿場町とした。 -
「三丁目」とは一丁目100Mx3とい事で通りの長さ330Mありかって多くの船乗りが遊郭へ通い賑わった所。
-
明通寺 本堂と3重の塔は国宝
-
養老3(717年)僧行基が若狭巡礼の時千手千眼の霊像を刻んで岩窟に安置した
と伝えられてる。 -
-
-
参 道
紅葉が見られた。 -
-
高野山真言宗 妙楽寺
木造千手観音像、重文・平安中期の作 -
-
-
ホテルからの朝日
-
午前6時30分
-
反対側、西側が琵琶湖
-
熊川宿の散策
熊川は天正17年(1589)浅野長政が宿場町として整備。1996年「重要伝統的建造群保存地区」に選定、2014年4月熊川宿を含む「鯖街道」が日本遺産第1号に選定された。番所が設けられており、番所は藩、関所は幕府が設けたもの。 -
人通りがない、静かな風景だ。
-
昔の学校の建物で現在記念館として利用
-
-
伝統家屋には表に「駒つなぎ」がついており、型的な平造りで、塗り込めの壁や袖壁卯建(うだつ)、土戸の入った戸袋が特徴。
-
-
日本遺産として日本で最初に認定されたとか。
鯖街道終点のマーケット -
針江 生水の郷 針江大川、
水が湧き出てて針江では湧き出す水のことを 生水(しょうず)と呼んでる。 -
針江集落は滋賀県湖西地域で戸数170戸余り、集落面積、田畑、居住地区約
150HA. -
小型ダムで発電してる。
-
「川端」(かばた)と言って自噴する水を個人の家で、取り入れ飲料や炊事と
言った生活用水として利用してる。 -
個人個人の家の水それぞれ味が違うらしい。
10-20M前後打ち込んだ管で水を取り入れてる。 -
針江日吉神社
鐘は神社からの帰りにたたくとの風習がある。 -
-
水 車、区のシンボル
稼働してる水車久々に見かけた。 -
焼き板と言って防火対策用壁板とか、この地域でよく見かける。
-
バスからの展望した琵琶湖
-
-
-
近江八幡祭りの出し物、左義長 中心に付けられたダシにはその年の干支、イヌ が展示されてた。 毎年市民の応募で選ばれるとか。
-
近江八幡、天正Ⅰ3年(1585)秀吉によって城下町として建設。その後町は八幡商人の町として繁栄。
-
八幡商家の町並みは重要伝統建造群保存地区に選定。
旧伴家住宅、立派な庭で右側の白壁の蔵は重要文化財指定されてる。 -
-
家屋の特徴は限妻、平入、桟瓦ぶきの木造建築。屋根には卯建があがっており正面は格好の玄関。
-
松がどの家でも植えられてる。
-
-
お願い地蔵
旅の安全と家内安泰を願ってきた。 -
八幡堀、かって武家地と町人地を隔てるものだったが物資を運ぶ水路ととして利用され「浜」と呼ばれる船着き場が今も残されてる。
映画の撮影場所としてよく使われてるとか。 -
バックは八幡山
ケーブルカーが設置されてる。最終日上った。 -
八幡堀クルーズ船
-
-
ヴォーリズの像
本来外国語教師といて来日したがキリスト教伝道に力を注ぎ
傍らメンソレタムを発売した。
近江兄弟社、メンソレタム発祥の地 -
近江八幡神社
-
徳川家康公が尾張から京に上る際お参りしてご利益があったちうことから
この寺お気に入りでしばしば訪れてたとか。 -
神 馬
-
神社正門の入り口の上の飾り物
-
和菓子の名店 たねや 本店
近江八幡は近江商人のふるさとで多くの有名商人が生まれてる。 -
八幡堀
ちょうど紅葉が見ごろだった。 -
-
キリスト教会
-
紅葉の名所 永源寺参道入口
1361年近江国の守護佐々木氏頼この地に伽藍を建て寂室元光を招き開山。
寂室を慕って全国から雲水2000人をが集まったと言われてる。
明治以降臨済宗の一派、永源寺の本山専門道場、百数十の末寺を統括。 -
階段もあり上りがきついので断念した参加者もいた。
-
杖を利用して何とか登れた。
-
参道には小さな仏像が数多く陳列された。
-
正面入り口、多くの観光客でにぎわってた。
境内には総門、山門、法堂、開山堂、禅堂、庫裏、鐘楼などがあり国の重要文化財に指定されてる。 -
-
素晴らしい紅葉だ。
-
-
-
寂室禅寺座像
-
-
百済寺、飛鳥時代、推古14年(606)聖徳太子の願により開かれた近江最古の
仏教寺院。創建当時は仏教を伝来した渡来僧や先進的な文化、技術を伝えた渡来系氏族の寺として発達。
「地上の天国」草鞋の門が特徴 -
本坊喜見院の庭園、別称「天下遠望の名園」
-
池巡りを楽しんだが飛び石で観光客も交じり池に落ちる心配があり写真思うよう
に撮れなかった。 -
山頂から湖西の山々や比叡山方面の光景
古くは朝鮮半島からの渡来人がこの地で遠く母国を偲んだといわれてる。 -
お寺入り口左右の守り像
-
同 上
-
平安時代、天台宗となり「湖東の小叡山」「天台別院」と処されるほどの壮大な
寺院になった。元亀4年(1573)信長の焼き討ちにあい全山灰塵になったが「十一面観世音菩薩」(別名:植木観音菩薩、全長3.2M)は背後の山を越えた8KM先の奧の別院に避難。 -
天台宗・湖東三山の一つ境内の至る所で紅葉の名刹として有名。
-
-
展望台には「LOVE]のオブジェ、プロポーズする場所として人気があるとか、相手がいなければ意味がないか。
琵琶湖、比良山系をバックに、逆光だ。 -
八幡山からの琵琶湖の景色
-
八幡山頂上の紅葉
-
-
瑞龍寺
日蓮宗唯一の門跡寺院 -
お願い地蔵
-
琵琶湖の反対側の湖水の風景。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
近江八幡・安土(滋賀) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
100