2018/10/31 - 2018/10/31
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ペコちゃんさん
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東山 魁夷(1908~1999)は、昭和を代表する日本画家の一人。
生誕110年を記念して、代表作の『残照』『道』『緑響く』など約70点を網羅した『東山魁夷展』が開催されている国立新美術館へ出かけてみました。
その後は、美術館に直結している乃木坂駅から千代田線に乗って、代々木上原にある日本最大のモスク『東京ジャーミィ』へ・・・ここも、一度は訪れたかった所です。
これまでトルコなどのモスクを訪れたことはありますが、礼拝堂に入ると荘厳な中にも思わず息をのむ美しさ・・・「東アジアで最も美しいモスク」と言われる素晴らしい光景が迫ってきます。
見学自由の東京ジャーミィへ、皆さんも足を運んでみては如何でしょうか。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 私鉄
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六本木駅から国立新美術館へ向かうと、秋晴れの下、木々も色づき始めています。
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東山魁夷の作品は、どこかで見たことがあるような風景画が主ですが、その画法からは現実世界と少しかけ離れたような神々しさが感じられ、作品を見ていると多くの感銘を受けます。
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平日なので、それほど混雑していないようですが・・・
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館内に入ると、多くの美術愛好家が寛いでいます。
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2階の入口へ。
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横浜で生まれ神戸で育った東山 魁夷は、1931年に東京美術学校(東京芸大)日本画科を卒業後、1933年にドイツのベルリン大学(現フンボルト大学)に留学し、ヨーロッパ各地を旅行します。
1947年の第3回日展で『残照』が特選となり、これを転機に風景を題材として独自の表現を追求し、世に認められるようになりました。
その後、北欧・独墺・中国にも出かけるなどして、次々と精力的に発表された作品は幅広い支持を集め、1969年には文化勲章を受章しました。 -
展示会場は6つのコーナーで構成されています。
1章:国民的風景画家
2章:北欧を描く
3章:古都を描く・京都
4章:古都を描く・ドイツ、オーストリア
5章:唐招提寺御影堂障壁画 間奏 白い馬の見える風景
6章:心を写す風景画
この中から印象に残った作品を、いくつか紹介します。(写真はHPより) -
1章:国民的風景画家
『残照』(1947年)・・・戦後、家族も失って失意のどん底にいた魁夷は、房総にある冬の鹿野山に登り、そこで見た連なる山々の姿に圧倒され、風景画家として絵筆をとります。
縦151cm、横212cmのこの大作は、第三回日展で特選となり、魁夷の出世作となりました。 -
『道』(1950年)・・・道だけの構図で描けるものだろうかと不安を持ちながら、描いた作品・・・「遍歴の果てでもあり、新しく始まる道でもあった。未来への憧憬の道、また過去への郷愁を誘う道にもなった」と語っています。
敗戦による絶望と希望が織り交ぜられた、魁夷の心の道とも言えます。 -
『たにま』(1953年)・・・魁夷は、長野県の湯田中、野沢温泉などをスケッチし、そこから構想が出来上がった作品です。
「深々と雪にとざされた谷間に、ひとすじの小川が流れ出る。冬の沈黙が、かすかな、せせらぎの音によって破られる。ひそやかではあるが、回生の喜びが、日一日と雪の谷間にひろがってゆく。」 -
『秋翳(しゅうえい )』(1958年)・・・法師温泉の裏山をモデルにした、縦160cm、横167cmの大作。
シンプルな構図ですが、オレンジ・朱色・紅・ピンクなど色が幾重にも重なり、山肌の表情は驚くほど複雑で豊かで、山の奥行きを感じます。 -
『青響』(1960年)・・・福島から会津へと抜ける土湯峠のブナ林がモデルですが、実際には滝はなく、「ここに白い一筋の滝を描いてみたらどうか」と思って描いたものだとか。
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2章:北欧を描く
『映象(えいしょう)』(1962年)・・・スウェーデンのノルディングローに取材し,朝の澄み切った鏡のような入り江や山の静かな湖の印象を「北国特有のきびしさと神秘の世界」として纏めた作品です。 -
『冬華(とうか)』(1964年)・・・北欧を旅した魁夷は、寒さの中の温かさ、暗さの中の明るさ、生の厳しさの中の生の輝き、という対極的なものを描きました。
夜も沈まない北欧の太陽の神秘的な光が、幻のように大きな暈(ぼかし)を作り、白い枝々の霧氷は、やがて太陽の光によって滅びてしまう・・・生まれては消えていく、荘厳な自然の哀歌です。 -
『白夜光』(1965年:フィンランド)・・・「真夏の夜、太陽はほんのひととき地平線の下に隠れる」その瞬間を思わせる作品。
魁夷は北欧の旅について、「清澄な自然と素朴な人々の生活に接しての喜び、静かで暖かい感動が長く心に残った。それは、心の映像を一つ一つ辿って行くような旅であったため、数々の作品となって結晶した」と述べています。 -
3章:古都を描く・京都
『花明り』(1968年)・・・この作品のモデルになったのは円山公園の枝垂桜で、見事な立ち姿を幻想的な淡いピンクで描いています。
魁夷が京都を描くようになったきっかけは、親交のあった川端康成の進言でした。
「京都は、今描いて頂かないと、無くなります。京都がまだ美しいうちに描いておいて下さい。」 -
『北山初雪』(1968年)・・・川端康成の小説『古都』の舞台にもなった、京都郊外の北山杉の里を描いた作品で、川端がノーベル文学賞を受賞した記念に寄贈しました。
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4章:古都を描く・ドイツ、オーストリア
『晩鐘』(1971年)・・・「ドイツの古都が私を呼んでいる」と、若い頃に留学したことがあるドイツを1969年に再び訪れました。
手前の塔は、ドイツ南西部の古都・フライブルクの大聖堂・・・夕陽の逆光が暗く沈む街並みを照らしていますが、雲間からの光を見ると、朝の希望の光のようにも思えます。 -
5章:唐招提寺御影堂障壁画 間奏 白い馬の見える風景
『白馬の森』(1972年)・・・幻想的な青い森に迷い込んだ一頭の白馬・・・「白馬は画業の旅を続ける私の分身なのかもしれない。」 -
『緑響く』(1982年)・・・この作品のモチーフになったのは、長野県茅野市にある農業用ため池の御射鹿池(みしゃかいけ)。
御射鹿池は今夏の信州旅行の際に立ち寄りましたが、一度本物の絵を見たいと思っていました。
魁夷は「一頭の白い馬が緑の樹々に覆われた山裾の池畔に現れ、画面を右から左へと歩いて消え去った―― そんな空想が私の心のなかに浮かびました。」と語っています。 -
唐招提寺御影堂障壁画『濤声』(1975年)・・・東山芸術の集大成といわれる奈良・唐招提寺御影堂の障壁画・・・これを観たくて、今回の催しに足を運びました。
1970年に奈良・唐招提寺から依頼された障壁画は、1975年に奉納した『山雲』『濤声』、1980年に奉納した『揚州薫風』『黄山暁雲』『桂林月宵』の5部からなる大作。
障壁画の主題となっているのは、奈良時代に唐招提寺を開いた鑑真和上。 -
多くの日本の山や海を写生して作品化してきた魁夷ですが、障壁画に取りかかるために改めて日本中を取材し、障壁画の構想をまとめ上げていきました。
右側から波が打ち寄せ、海から突き出した岩にぶつかり、岩の上には風を受けながら、しっかりしがみついている松・・・何度もチャレンジして日本に辿り着こうとした鑑真の精神が感じられます。 -
鑑真は、聖武天皇の招きで日本にやってきた唐の高僧ですが、荒波を越える航海は 5度も失敗。
6度目で ようやく日本にたどり着いた時、鑑真の目は光を失っていました。 -
イチオシ
唐招提寺御影堂障壁画『山雲』(1975年)・・・鑑真に捧げられた作品と言える『山雲』『濤声』は、鑑真が日本で見たかったであろう風景を描いたもので、昭和50年6月の開山忌(鑑真の命日)に合わせ唐招提寺へ奉納されました。
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『桂林月宵』・・・桂林は5度目の渡航に失敗した鑑真が1年間滞在し、開元寺で教えを説いた場所。
この中国3部作で魁夷は初めて水墨画を手掛けましたが、鑑真に対する魁夷の思いやりが伝わってきます。 -
6章:心を写す風景画
『白い朝』(1980年)・・・「朝、窓をあけると、庭一面の雪であった。きじばとが一羽、羽をふくらませて、じっと枝にとまっている。寒さに耐えて、春を待っているのだろうか。何かを祈り、沈思しているように感じられた。白の中のその孤独な姿が、私の心に通った。」・・・魁夷の心情が伝わってくる作品です。 -
『行く秋』(1990年)・・・「秋深い林の中を落葉を踏んで歩く。楓の黄葉が地上に織り上げた金色のタペストリー。行く秋は淋しいと誰が言ったのか。私が見出したのは、荘重で華麗な自然の生命の燃焼である。」・・・絵も解説も素晴らしい。
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『夕星』(1999年)・・・絶筆となったこの作品は、実在する場所ではなく、魁夷がこれから眠る、夢の世界を描いたとされています。
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出口のショップに飾られた大きなポスター。
構想から完成まで約10年の歳月を要した奈良・唐招提寺御影堂の障壁画は、御影堂の修理に伴い、数年間は現地でも観ることが出来ません。
この展示会は、御影堂内部をほぼそのままに再現し、間近に観ることが出来る大変貴重な機会でした。 -
国立新美術館を後にして、美術館に直結している乃木坂駅から千代田線に乗り、代々木上原駅で下車して東京ジャーミィへ。
代々木上原駅から小田急線の下を通って井の頭通りを5分ほど歩くと,ミナレット(尖塔)が見えてきます。 -
青空に高く聳え立つミナレット。
ミナレットは、礼拝時刻の告知(アザーン)を行うのに使われる塔で、モスクの規模や格式によって本数が決められています。
イスタンブールのアヤソフィアは4本、ブルーモスクには6本もありますが、ここは1本。 -
「ジャーミイ」とは、毎週金曜日に集団礼拝を行うための、大規模なモスク(=人の集まる場所)を意味します。
現在、日本には、小さいものも含めると約80のモスクがあるそうですが、最大のモスクはこの東京ジャーミイ。 -
これは、1938年に建てられた最初のモスク(東京回教学院)。
1917年のロシア革命で難民となったトルコ系民族のタタール人(約600名)が日本に移住してきましたが、そのうちの約200人は渋谷区を中心に東京へ住みました。
彼らのために建てられた初代モスクは木造建築だったため、老朽化により1984年に閉鎖。
その後、トルコ共和国宗務庁の援助によって、2000年に現在の東京ジャーミィがオスマン様式で再建されました。 -
ムスリム(イスラム教徒)は1日5回お祈りをしますが、金曜日は特別な日で、この日は集団礼拝に参加することになっています。(男性:全員参加が義務、女性:任意参加)
建物の1階にはイスラム教やトルコの文化を紹介する「トルコ文化センター」が併設されていますが、今日は金曜日で多くのムスリムが入り口扉の前にいたため、見学はパス。 -
1階入り口の扉の上部分には、アラビア語と日本語が。
よく見ると、日本語で左右に「東京」「ジャーミイ」、アラビア語では、「神の家へようこそ」と書いてあります。 -
毎日の礼拝者は多くありませんが、金曜日の集団礼拝にはトルコ・パキスタン・インドネシア・マレーシア・バングラデシュなどのイスラム教徒(約400名)が集まります。
集団礼拝が14時に終わったので、大理石の階段を登り、2階の礼拝所へ。 -
2階の建物を見ると、スペイン・コルドバのメスキータを思い出します。
モスクの内外の壁には、アラビア語で書かれたカリグラフィ(装飾文字)が飾られ、意味は分からなくても綺麗です。
因みに下の写真は、「できるだけ早く罪を悔い改めよ」という意味だそうです。 -
東京ジャーミイの設計はトルコの設計会社、建築工事は鹿島建設が行い、内外装にはトルコから送られた資材が用いられ、100人近いトルコ人の建築家や職人によって完成しました。
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礼拝所の入口扉から靴を脱いで入ります。
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入った瞬間に、ワォ~!・・・広い吹き抜けの空間に、壁一面に施された装飾、そしてシャンデリアとステンドグラス・・・その美しさに言葉を失います。
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広くて美しい礼拝所は、最大2,000人がお祈り出来ます。
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正面にあるミフラーブ(中央の窪み)は、聖地であるサウジアラビアのメッカの方向を示していて、この方向に向かって礼拝を行います。
真っ白な壁に描かれたカリグラフィやアラベスク模様、光が差し込むステンドグラス・・・何とも美しく、幻想的な雰囲気! -
ミフラーブの左側の飾り。
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ミフラーブの上部の壁に描かれたチューリップの壁画。
チューリップと言えばオランダが有名ですが、原産地はトルコのアナトリア地方。 -
ミフラーブの右にあるのは、ミンバル(説教壇)。
階段のついたミンバルは、イマーム(指導者)の説教やコーランの朗唱のために使用されます。 -
床の絨毯に横線が引かれていますが、男性はこの線に沿って立ち、礼拝をします。(女性の礼拝場は1つ上の階)
この横線は、上下関係がなく横一線の平等な関係で礼拝をする、という意味があるとか。
ミンバルの装飾も見事です。 -
象嵌細工の装飾品も美しい。
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ウラマー(聖職者)が書見台に置いたコーランを使い、イスラムの教えを話している様子。
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館内はどこを見ても青や赤の色鮮やかな装飾が施され、とにかく美しい。
ドームに吊り下げられたシャンデリアのデザインも独特です。 -
神秘的で厳粛な光のシャンデリア。
ランプの一つ一つにも、祈りの言葉が書かれています。 -
上を見上げると、美しいドーム天井・・・イスラム教は偶像崇拝が禁じられていることから、壁画や天井画などの装飾は人物や動物でなく、植物と幾何学模様で繊細な装飾を施しています。
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真下からシャンデリアを見上げると、万華鏡のよう。
これが横から見ると、丸い広がりのあるデザインになるんですね。 -
幻想的な色彩のステンドグラス。
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入り口側の写真。
バルコニーのような中2階は、女性専用の礼拝スペース。
「お祈りの際に、隣に女の人がいたら男は集中できないし、逆もそうでしょう。女性を分けるのは差別ではありません。お祈りをする機会を確保しているのです。」とのこと。 -
入り口上部のカリグラフィは預言者を讃える言葉だそうで、中央にはカーネーションが描かれています。
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入り口の右にあるこの扉から上の階層へ行けますが、女性専用の礼拝スペースのため男性の立ち入りは不可。
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大理石の柱に飾られたダリアのような装飾。
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天井の幾何学的なアラベスク模様も、また美しい。
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見学を終えて外に出ると、礼拝に訪れた人たちが談笑しています。
東京の中にある異国の世界・・・東京ジャーミイは、まさに異空間に迷い込んだような魅惑の建物でした。
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