2018/07/02 - 2018/07/03
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ideauxさん
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7月2日成田発のツアーに参加。コペンハーゲンに入りリトアニアのヴィリニュス観光、6日目にラトビアへ、8日目にエストニアのサーレマー島へ、そしてタリンで2泊後13日に成田へ帰国のツアー。
出発2週間前大阪北部地震で、体感的には最大の揺れを体験しました。瞬間ツブレルと覚悟しましたが、10秒前後で治まり、各所に防震や免震対策をしていたので、被害はありませんでした。が、京都に住んで48年、体感として初めて体験した大きな揺れでした。余震もあり旅行が催行出来るのか心配でしたが、無事SASでコペンハーゲンへ。ローカル便でエストニアの首都ヴィリニュスへ。
さー出発です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- スカンジナビア航空
- 旅行の手配内容
- その他
-
2日目(7月3日)、
現地時間で日付が変わる2日目の7月3日にヴィリニュスのホテルへ。
その朝、ホテル周りを散歩。
日産の電気自動車リーフが走ってきました。今の愛車です。 -
ホテルの朝食後、これから観光するトゥラカイの湖に浮かぶ城のポスターが、ホテルの廊下に。
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湖上にあるトゥラカイ城。朝一番の観光でしたが、すでにツアーバスが10台以上、多くの観光客でした。
中に、リトアニアの陸軍兵士の団体が、同じ時間帯に。
日本の警察や自衛隊に比べ、平均身長は180cmあると見ました。とにかくでかい。女性兵士も男性並みに。すれ違うとき圧力を感じましたね。
湖畔にあるレストランで、郷土料理のキビナイ料理を。
田舎ですが、町並みはとても綺麗という印象。 -
トゥラカイからさらに西へ100km、大戦中ポーランド侵攻にあったヴィリニュスに変わって首都で、日本領事館があったカウナスへ。日本のシンドラーと言われた領事代理の杉原千畝が在ユダヤ人を助けるべく、ビザの発給を促したが、ドイツと同盟を結んでいた日本は、発給にはNoの返事。日本外務省に反して、ビザの発行を続けた。
今、杉原千畝記念館として存在する。
SASの機内で映画があるかと期待していましたが、残念ながらありませんでした。
先日届いた、WOWOWで8月12日放映されます。 -
その領事館は今もリニューアルされて記念館として公開し領事部屋を見学できます。
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記念館の庭から。
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カウナスのメインストリートのライスヴェス通りがほぼ全面改修中であり、散策が出来ないことから、ネムナス川の対岸の高台の展望台から旧市街を眺望することに。
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カウナスの旧市街地は、15世紀に作られたようで、旧市庁舎周囲は歴史的にも景観的にも、時間が止まっているような重厚感がある街です。
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ヨーロッパといえば、街並みの石畳。
どこを切り取っても、石畳に雑草などありません。
もちろんゴミも落ちていません。
この後、さらに西に向かいバルト海に面した漁港のクライペダまで200km。
明日は、世界遺産のクルシュ砂州に。 -
クライペダのホテル。KとDをイメージした2棟のホテル。
写真はK棟(こちらからは逆K)で、奥に隠れているのがD棟。
クライペダのKと、近くを流れるダニュ川のDをもじっているようです。 -
ホテルのK棟21階からのクライペダ市街。
上から覗いても、車や人の流れが無いと言っていいほど。
京都では有りえない風景です。 -
3日目(7月4日)、クライペダからフェリーに乗って10分、砂州側のスミルティネ(内海のクルシュ海)に渡り、砂州を見に行きます。
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バスを降りて、砂州の土手を40段ほど登ります。
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一面の砂浜、砂が細かいです。砂糖より小さく小麦粉より大きい感覚です。
千里浜に似てる印象。 -
砂州を体験した後、バスで100kmある砂州のほぼ中間ニダへ。
その南は、ロシアの飛び地カリーニングラート。
ニダ手前のの砂丘から、ニダが臨めます。 -
ニダの街から先程立ち寄った砂丘が望めます。
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ニダの風見鶏。
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ニダはバルト三国や近隣の国からの避暑地となっています。
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リトアニアの旗がなびいている町役場?
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地元の漁師さんか魚屋さんが、カレイや鯖の燻製を作って、ちょうど窯出しのたタイミング。燻製の蒸されたいい匂いがしました。
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散策している街並みに小さな憩いの場があって花壇も作られています。
道路沿いには、写真に撮りたい可愛い家が並んでいますが、シャッター押すのに躊躇します。 -
ニダのお昼は、このレストランで。地元ビールの「SVYTURYS」(シュビトリス)のビールを一杯。
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食後、バスで数分のところにある、ドイツ人ノーベル賞作家トーマス・マンの別荘地だった博物館へ。
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庭からの景色、クルシュの内海が見えます。
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ベランダから。
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ニダを出発して、フェリーでクライペダに戻り、琥珀の産地で有名なパランガという街に。
そこにある、貴族の館を、琥珀博物館として展示公開しています。
樹の樹液が数千万年の時を経て、化石化したもの。
東北の久慈市と姉妹都市とか。久慈は日本でも琥珀の産地だそう。 -
こちらが正面玄関かと。
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庭園もバラ園になって咲き誇っていました。
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クライペダのホテルへ戻ります。こちらからホテルを眺めると、「K」に。その右手奥に見えるのが、「D」棟。
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4日目(7月5日)、クライペダを後に東北東へ165km、十字架の丘とういところに観光。
個人的には、「なぜ行くの?」
昼食後、ヴィリニュスへ戻り、ツアー本命の「踊りの祭典」を観光に、サッカー場のピッチへ。
会場のピッチ周囲がバスで混雑しているので、途中で下車し歩いてピッチへ。
その途中、祭典に出場する民族衣装のグループが会場に向かって、大勢歩いています。 -
カメラを向けると、「写真を撮ってー」とばかりに、ポーズを取ってきます。
他を見ていていても、こんな光景があちこちで。
世界遺産に登録された「歌と踊りの祭典」が数年ぶりに行われるのを、心から楽しみにしているようです。 -
開幕のスタンバイ、向こうサイドに大勢がスタンバイ、手前サイドには子供達が手を繋いで整列しようとしています。
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開会直後の演目は、大勢の踊り手が、リトアニアの黄色・緑色・赤色の三色の国旗カラーをピッチ上に広げています。
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ピッチはもちろ、天然芝です。ここで友達や仲間と一緒に踊ることができるのが、踊り手達のステータスになっているようです。
どの顔も、喜び笑顔に溢れ、自信に満ちているようです。
どのプログラムでも、踊っていることの楽しさが伝わってきます。
残念ですが、こちらの会場で、90分ほど観覧して、明日の観光に支障が無きよう、渋滞に紛れぬように早めに退出しました。ホテルに帰ると、TVでライヴをやっていました。臨場感は無いものの、いろんなカメラや、ドローンによる映像など、踊りの祭典が、国を挙げて行われているのが解ります。 -
一プログラム3~5分です。プログラム間も次のグループが各入り口に待機しています。
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整列され行進し、スタンバイが終わると音楽が流れピッチにいる千人単位のグループが演舞します。踊り手は、クラッシックバレーを習っているもしくは学校で踊りを勉強している方々のように、バレリーナ風なアクションです。
逆サイドのゴールポスト奥にパブリックヴューの大型画面があり、ピッチの上空には、カメラ付きのドローンが数機唸りをあげて舞っています。この画像は、テレビでライブ中継されているようです。 -
民族衣装がグループごとに統一され、踊りはフォークダンスの上質版の印象です。
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22時頃まで明るいリトアニア、クライマックスはこれからという時間帯ですが、ホテルに戻る時間です。そこで、カメラを向けると、やはり「私たちを撮ってー」とばかりにポーズをくれます。
リトアニアのことをほとんど勉強したことはありませんが、初めて訪れた印象は、国民の幸福度として見たら、どの人々も幸せいっぱいと受け止めました。
観光した町も、ケバケバした広告物もなく、景観を汚す人工物もなく、自然に観光客をおもてなしをしてくれています。
ホテルに戻って、TVをつけると、先ほどのピッチの踊りの祭典がライブで放映されていました。23時過ぎまで賑わっていました。 -
5日目(7月6日)、朝食後、バスに乗って旧市街地を流れるネリス川対岸の新市街地にある、杉原千畝の記念碑を見に行きました。
ネリス川を渡って、対岸に。
遠景に、ゲディミナス城が見えます。そして、祭典の行われている期間、川沿いの緑地が、ピクニック広場として使われるようです。
日本の河川敷には無い光景ですね。広場がない日本では、こういった広い河川敷には、野球グランドやゴルフ場がはばをきかせています。
山がないリトアニア、雨量も少なく洪水のリスクなんてないんでしょうね。 -
杉原千畝の生誕100年を記念して、ヴィリニュスのネリス川の北側の河川に、母校(外務省に多い中退で外交官試験に合格)のOBが2001年に設置し、2005年には天皇皇后も訪問時に訪れた場所です。
リトアニアでは、知名度の高い領事です。 -
その碑に刻印されている功績の一部。
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バスに戻って、河川沿いに走り聖ペテロ&パウロ教会へ。
バスの中から、半端なく大きいホンポアン(円形交差)から教会を。 -
正面に立つと、迫力と荘厳さが際立ちます。
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大聖堂と鐘楼を見学。
写真を撮った背中には、ゲディミノ大通りがあり、明日この大聖堂を起点に、歌と踊りの祭典の行進、民族衣装を纏った演者たちが会場のヴィンギオ公園のステージまで行進します。 -
大通りには、アーケードが飾られています。
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大聖堂の前には、「STEBUKLA(奇蹟)」の敷石。
1989年8月23日ソ連の統治下にあったバルト3国で独立運動の一環として、ラトビア・エストニアにまたがって、200万人が600kmに渡って手を繋ぎデモを行った。
その基点。 -
大聖堂から聖アンナ教会へ
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赤レンガ造りの聖アンナ教会。
15世紀に建造された教会。1812年ナポレオンがヴィリニュスに入城した際に
「フランス持ち帰りたい」と語ったとか。 -
突然教会の中から、黒服のガタイのデカイ、SPが数人出てきたかと思うと、大勢のグループが。
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後でわかったことは、イタリアの首相(ジュゼッペ・コンテ 今年6月に就任)の視察旅行での訪問でした。
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そう言えば、教会の横で、リトアニアの警察車アウディの新車が停まり、数人のポリスが木陰に群れていました。警護か先導のお仕事かも。
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ヴィリニュス大学にある聖ヨハネ教会の鐘楼(63m)に、階段約20段登り、10人乗りのエレベーター展望階へ。
天気良く旧市街地が手に取るように見えます。 -
地球の歩き方の表紙は、大聖堂の鐘楼からですが、ここから撮って見ました。
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バルト三国には、観光中、小高い森があるだけで標高100mの山は見当たりません。ベラルーシとの国境に294mが最高とか。
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大統領官邸。何か式典が行われているようです。人が邸内周りに整列しています。
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大学構内です。
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旧市庁舎です。
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ヨーロッパに見る、中庭のある建物群。
この土地と空気と瓦がよく合いますね。 -
市庁舎広場。
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旧市街地から夜明けの門を。
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門をくぐると市街地を出ます。
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旧市街地の戻ってレストランで昼食後、夕方まで自由行動。
市街地からヴィリニャ川を渡って、ウジュビスへ。
ロシア正教教会の広場に、多くの出場者が祭典のヴィンギオ公園の野外ステージまで約4kmの行進のスタンバイに。
スタート地点の大聖堂まで、約500m地点です。沿道に大勢の方が待ち構えていました。 -
ウジュビス共和国の天使像。
旧市街地に戻る途中、スタンバイしている出演者を見て帰る事が出来ました。 -
昼食をした隣のリネンのお店に。
2時半までシエスタでした。
3時過ぎにお店に行き、お土産を買う事が出来ました。
再集合時間は4時、大聖堂前です。
歩いていたら、大統領官邸に出ました。
この写真の左に、先ほど登った聖ヨハネ教会の鐘楼が見えます。
なるほど、リトアニア独立100周年の記念イベントだったようです。 -
大聖堂の前でパレードを見たのち、バスに乗って会場へ。会場近くで降りて、数百m歩いて有料の観客席へ。
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芝生席は無料とのこと。
かなりの観客が集まってきています。 -
こちらは有料の椅子席。
半円形の屋根がステージです。
歌の祭典が始まりました。
大型のパブリックヴューが大屋根につけられています。
プログラムは、グループコーラス1曲ごとに著名な指揮者が登場し、40~50人グループが合唱します。終わるとステージにいる次のグループがそのグループの指揮者が出てきて合唱します。ということで、ステージのパーツごとに合唱が。 -
ステージのプログラムが終わると、グループ団体ごと入れ替わります。
そして最後は・・・・・・?
2時間ほど見て、ホテルへ戻るためにバスへ。
帰るときは、人混みで大変でした。 -
いざ、ホテルへ戻ると、テレビでライブ中継をしていました。
ロシアW杯はやってましたが、テニスのウインブルドン中継はありませんでした。
(写真はテレビより)
リトアニアは想像以上に素晴らしい国でした。
明日は、二国目ラトビアです。
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