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群馬県伊勢崎市の「あかぼり蓮園」に行ってきました。行田市の「古代蓮の里」では、古代蓮がだいぶ咲いていたので、こちらでも咲いているのではないかと思ったのですが、まだ咲き始めで、少ししか咲いていませんでした。<br />2週間後の7月15日(日)が「あかぼり蓮園まつり」なので、その頃に咲き揃うのかもしれません。<br />ここは、2005年に伊勢崎市と合併する前は佐波郡赤堀町でした。赤堀町には、このハス園の他に「あかぼり小菊の里」と「赤堀花しょうぶ園」があります。「あかぼり小菊の里」は、このハス園の北東側、磯沼公園を間に挟んで隣接しています。<br /><br />この「あかぼり蓮園」は、戦国時代の城「天幕城」の堀にハスを植栽したものです。<br /><br />旅行記作成に際しては、伊勢崎市や関連するホームページ、現地の説明板などを参考にしました。

あかぼり蓮園のハス_2018_咲き始めてますが、花はまだ少しです。(群馬県・伊勢崎市)

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2018/07/02 - 2018/07/02

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minaMicaze

minaMicazeさん

群馬県伊勢崎市の「あかぼり蓮園」に行ってきました。行田市の「古代蓮の里」では、古代蓮がだいぶ咲いていたので、こちらでも咲いているのではないかと思ったのですが、まだ咲き始めで、少ししか咲いていませんでした。
2週間後の7月15日(日)が「あかぼり蓮園まつり」なので、その頃に咲き揃うのかもしれません。
ここは、2005年に伊勢崎市と合併する前は佐波郡赤堀町でした。赤堀町には、このハス園の他に「あかぼり小菊の里」と「赤堀花しょうぶ園」があります。「あかぼり小菊の里」は、このハス園の北東側、磯沼公園を間に挟んで隣接しています。

この「あかぼり蓮園」は、戦国時代の城「天幕城」の堀にハスを植栽したものです。

旅行記作成に際しては、伊勢崎市や関連するホームページ、現地の説明板などを参考にしました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
  • 伊勢崎市の市街地方面から、県道73号線を北東へ進み、国道50号線を横切って更に進むと「← あかぼり蓮園」の案内板があります。この、信号のある交差点を左折します。

    伊勢崎市の市街地方面から、県道73号線を北東へ進み、国道50号線を横切って更に進むと「← あかぼり蓮園」の案内板があります。この、信号のある交差点を左折します。

  • 細い道を道成りに走るとT字路があり、正面に「← あかぼり蓮園」の臨時案内板があります。ここを左折します。

    細い道を道成りに走るとT字路があり、正面に「← あかぼり蓮園」の臨時案内板があります。ここを左折します。

  • 上のT字路を左折して西へ進むと、「→ あかぼり蓮園」の案内板があります。ここを右折します。

    上のT字路を左折して西へ進むと、「→ あかぼり蓮園」の案内板があります。ここを右折します。

  • 右折してしばらく走ると、右側に「あかぼり蓮園」の駐車場があります。

    右折してしばらく走ると、右側に「あかぼり蓮園」の駐車場があります。

  • ハスの花が盛りの時には、ここへ来るまでの道が大渋滞になるらしいのですが、この日(7月2日)は未だ空いています。写真の中央奥は休憩所です。麦茶無料配布の看板がありますが、この時は未だでした。その左には簡易トイレがあります。

    ハスの花が盛りの時には、ここへ来るまでの道が大渋滞になるらしいのですが、この日(7月2日)は未だ空いています。写真の中央奥は休憩所です。麦茶無料配布の看板がありますが、この時は未だでした。その左には簡易トイレがあります。

  • 駐車場から道路を渡ってハス園に入ります。写真は左(南)を見ていますが、葉が茂っているだけで、花がありません。

    駐車場から道路を渡ってハス園に入ります。写真は左(南)を見ていますが、葉が茂っているだけで、花がありません。

  • 右(北)を見ても、花はありません。

    右(北)を見ても、花はありません。

  • ハス園の中の通路から見ても、南方向には花がありません。

    ハス園の中の通路から見ても、南方向には花がありません。

  • 北を見ても、遠くにいくつか咲いているだけです。

    北を見ても、遠くにいくつか咲いているだけです。

  • ハス園の中の通路を南へ歩いていくと、花が咲いているところがあります。

    ハス園の中の通路を南へ歩いていくと、花が咲いているところがあります。

  • 咲いている花は綺麗です。

    咲いている花は綺麗です。

  • 数が少ないので、咲き始めだと思います。

    数が少ないので、咲き始めだと思います。

  • 狭い範囲に咲いている、数少ない花ですが、違う種類もあります。

    狭い範囲に咲いている、数少ない花ですが、違う種類もあります。

  • 白い花もあります。

    白い花もあります。

  • ハス園の南の端です。ここまで来ても花はありません。<br />南側の道路からハス園へ降りる立派な階段があります。

    ハス園の南の端です。ここまで来ても花はありません。
    南側の道路からハス園へ降りる立派な階段があります。

  • 葉の陰に咲いていました。

    葉の陰に咲いていました。

  • 南端の階段を上がったところに、アジサイが咲き残っています。

    南端の階段を上がったところに、アジサイが咲き残っています。

  • 先ほど入ってきたところまで、戻ってきました。北の方へ行ってみます。

    先ほど入ってきたところまで、戻ってきました。北の方へ行ってみます。

  • 咲いている花を探しながら、北へ歩きます。

    イチオシ

    咲いている花を探しながら、北へ歩きます。

  • 隠れたところに咲いているものとか、

    イチオシ

    隠れたところに咲いているものとか、

  • 葉の上に飛び出して咲いているものがあります。

    葉の上に飛び出して咲いているものがあります。

  • かなり低いところに咲いていた白い花です。

    かなり低いところに咲いていた白い花です。

  • 北の端まで歩いてきた、と思ったら、更に先があります。

    北の端まで歩いてきた、と思ったら、更に先があります。

  • ハス園の境に咲いているアジサイです。

    ハス園の境に咲いているアジサイです。

  • 北側のハス園には、南側や中央のハス園よりは多くの花が咲いています。

    北側のハス園には、南側や中央のハス園よりは多くの花が咲いています。

  • ここは「天幕城(てんばくじょう)」という城があったところで、城跡の東側の堀を利用してハス園を作ったそうです。

    ここは「天幕城(てんばくじょう)」という城があったところで、城跡の東側の堀を利用してハス園を作ったそうです。

  • 左側の林が「天幕城跡(てんばくじょうあと)」です。 この城は、南北400メートル、東西120メートルの規模の、自然地形を利用した戦国時代の城です。

    左側の林が「天幕城跡(てんばくじょうあと)」です。 この城は、南北400メートル、東西120メートルの規模の、自然地形を利用した戦国時代の城です。

  • チューリップみたいです。

    イチオシ

    チューリップみたいです。

  • ハス園が造られたのは、平成14年5月です。

    ハス園が造られたのは、平成14年5月です。

  • 日中友好30周年を記念し寄贈された中国蓮(通称:中日友諠蓮)を植栽したとのことです。

    日中友好30周年を記念し寄贈された中国蓮(通称:中日友諠蓮)を植栽したとのことです。

  • ハス園の面積は、約2,600平米です。

    ハス園の面積は、約2,600平米です。

  • 花が多いエリアには蕾も多く見られます。

    花が多いエリアには蕾も多く見られます。

  • ということは、花が少ないエリアは、これから蕾が出てくるのかもしれません。

    ということは、花が少ないエリアは、これから蕾が出てくるのかもしれません。

  • であれば、2週間後にイベントが計画されていることも頷けます。

    であれば、2週間後にイベントが計画されていることも頷けます。

  • 葉の陰に隠れている花です。

    イチオシ

    葉の陰に隠れている花です。

  • 紅白が並んで隠れていました。

    紅白が並んで隠れていました。

  • ハス園の北の端から南方向を見ています。右の高台(城跡)を取り囲む堀の感じが分かります。

    ハス園の北の端から南方向を見ています。右の高台(城跡)を取り囲む堀の感じが分かります。

  • 右の高台が城跡、左がハス園(堀)です。

    右の高台が城跡、左がハス園(堀)です。

  • 道路から城跡への、北側の入口の橋です。

    道路から城跡への、北側の入口の橋です。

  • 橋を渡った右側に「天幕(てんばく)城跡」の説明板が立っています。<br /><br />「天幕(てんばく)城」に関しては、「那波氏、桐生氏の城となり、ある時は由良氏に攻略されるなど、戦国時代の動乱期の経た後、天正18年、後北条氏滅亡と共に廃城となった。」とだけ、書かれています。いつごろ誰が造った等々の情報はありません。

    橋を渡った右側に「天幕(てんばく)城跡」の説明板が立っています。

    「天幕(てんばく)城」に関しては、「那波氏、桐生氏の城となり、ある時は由良氏に攻略されるなど、戦国時代の動乱期の経た後、天正18年、後北条氏滅亡と共に廃城となった。」とだけ、書かれています。いつごろ誰が造った等々の情報はありません。

  • 説明板の横の道を、丘の上の方へ行ってみます。<br />説明板には、「本丸の北、西面には今も高さ4メートル程の土塁を残している。本丸を中心とした部分には、腰曲輪、水の手曲輪、堀切り、矢払いなどの軍事的な構造が顕著に見られる。」と書かれています。

    説明板の横の道を、丘の上の方へ行ってみます。
    説明板には、「本丸の北、西面には今も高さ4メートル程の土塁を残している。本丸を中心とした部分には、腰曲輪、水の手曲輪、堀切り、矢払いなどの軍事的な構造が顕著に見られる。」と書かれています。

  • 説明板によれば、道の右側の小高いところが本丸跡のようです。

    説明板によれば、道の右側の小高いところが本丸跡のようです。

  • アジサイが沢山咲き残っています。

    アジサイが沢山咲き残っています。

  • 林の中、小高い丘の北側に、通路のような空堀のような地形があります。

    林の中、小高い丘の北側に、通路のような空堀のような地形があります。

  • 来た道を振り返ると、アジサイが未だ綺麗です。

    来た道を振り返ると、アジサイが未だ綺麗です。

  • 小高い丘の南側の、一段低い平坦なところが三の丸跡のようです。

    小高い丘の南側の、一段低い平坦なところが三の丸跡のようです。

  • 今日は城跡を散策しないで、ハス園へ戻ります。

    今日は城跡を散策しないで、ハス園へ戻ります。

  • ハス園の東側から見た、ハス園とその向こう側の城跡です。林の手前、幟旗の向こう側が二の丸跡のようです。

    ハス園の東側から見た、ハス園とその向こう側の城跡です。林の手前、幟旗の向こう側が二の丸跡のようです。

  • ハス園の東側の道路を、ハスの花を探しながら駐車場の方へ戻ります。

    ハス園の東側の道路を、ハスの花を探しながら駐車場の方へ戻ります。

  • 東側から見た、城跡の林の全景です。

    東側から見た、城跡の林の全景です。

  • 美味しそうな和菓子にも見えます。

    美味しそうな和菓子にも見えます。

  • ネットを見ていたら「天幕城は、永禄年間に赤堀城の支城として赤堀氏によって築かれた。」という記述を見つけました。永禄年間は1558-1570年、天正18年は1590年なので、天幕城の歴史は20年間くらいです。

    ネットを見ていたら「天幕城は、永禄年間に赤堀城の支城として赤堀氏によって築かれた。」という記述を見つけました。永禄年間は1558-1570年、天正18年は1590年なので、天幕城の歴史は20年間くらいです。

  • 上述の「赤堀城」も、この近くに、城跡として保存されているようです。

    上述の「赤堀城」も、この近くに、城跡として保存されているようです。

  • 戦国時代の城跡を巡りながら、その時々の花を愛でるハイキングも良さそうです。

    戦国時代の城跡を巡りながら、その時々の花を愛でるハイキングも良さそうです。

  • 探せば、既にあるかもしれませんね。<br /><br /><br />( おしまい )

    探せば、既にあるかもしれませんね。


    ( おしまい )

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