2016/07/10 - 2016/07/10
2586位(同エリア3837件中)
北田辺さん
高津宮参拝
主祭神は浪速の地を皇都(高津宮)と定め今日の大阪を築かれた仁徳天皇、高津宮そのものは現在の大阪城付近とされてeるがはっきりしない。この神社は戦後再建されたもので旧社格は府社、この付近は古くから梅の名所であったらしく境内に梅林がある、
写真は六月末の茅の輪潜り
-
高津宮表参道途中にある梅の橋
-
献梅碑
-
表参道の奥が御本殿 写真左側にスロープがあります
-
梅之井
-
北野恒冨筆塚
-
命の木
-
高倉稲荷大神
-
安井稲荷神社
-
谷末社 (白菊社、千年社,常高社)
-
谷末社
-
陰陽石
-
大阪北新地の人達が奉納した祠
-
仁徳庭園
-
大阪市の歌 大正10年4月に制定された
1高津の宮の昔より、よよの栄を重ねきて、民のかまどに立つ煙
にぎわいまさる大阪市、にぎわいまさる大阪市
2なにわの春のあさぼらけ、生気ちまたにみなぎりて、物みな動くなりわいの
力ぞ強き大阪市、力ぞ強き大阪市
3東洋一の商工地、咲くやこの花さきがけて、よもに香りを送るべき
務ぞ重き大阪市、 務ぞ重き大阪市 -
相合坂
高津宮(高津神社)は上町台地の西はずれにあり神社の西は急な下り坂になっている、参道の一つに、男女が坂の下から両側に分かれて登り頂点でピタリと合うと相性があるとされているのでこの坂を相合坂(別称縁結びの坂)といわれている、
参考資料+高津宮が現地に設置した立札高津宮(高津神社) 寺・神社・教会
-
高台之頌碑(たかやきのしょうひ)
-
五代目桂文枝之碑
碑文
上方落語四天王の一人として戦後ほろびゆく危機にあった落語の復興に尽力し
多くの弟子を育て 平成十七年一月十日 高津宮での「高津の富」を最後に同年三月十二日鬼籍に入る
この碑はその功績を称え後世に伝えるため師が心血を注ぎ創作し演じた「熊野詣」に因み世界遺産にも登録された熊野の石材を用い長年の盟友であった三代目桂春団治師の筆により建立した
平成十八年三月吉日
社団法人 上方落語協会会長 桂三枝 -
比売古曽神社(ひめこそじんじゃ)
-
郡戸王子推定地
熊野大社への熊野信仰が盛んであった時代の出発点が八軒家(現在の大阪市天満橋付近)にありここに一番目の窪津王子がありここから南に進むと二番目の坂口王子、三番目が郡戸王子であるがその場所が高津宮境内であったのではないかとされている
参考資料+高津宮が現地に設置した説明板 -
高津宮梅林
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
ミナミ(難波・天王寺)(大阪) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20