2017/03/17 - 2017/03/20
336位(同エリア1042件中)
栗沢氏さん
Visiting Yingxiu To Think Over "The 2008 Sichuan Earthquake", China(Mar. 2017)
日頃意識しないといけないことが膨大にある。その一つが大地震だが、被災して初めて、「何かできなかったのか」と後悔する人が多い。無理もない。多くの大震災を経験してきたにも関わらず、周りにその悲惨さを感じさせるものがないからだ。復興と伴にそれらが一掃されてきたのだ。しかし、2008年5月12日の四川大地震に限っては、そうではない。死者・行方不明者8万7千人という地獄を否応無く網膜に焼き付ける遺構が、今も残されている。
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①それは、成都から車で2.5時間、マグニチュード8.0の震源地であるブン川県(ぶんせんけん)の映秀鎮(えいしゅうちん)の街中に残されている。
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セン口(せんこう)中学の倒壊現場である。門に「四川ブン川特大地震セン口中学遺址」と掲げられているように遺跡として保存されている。
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門をくぐると、傾斜した巨大な校舎に圧倒される。横たわる時計のモニュメントは、地震発生時刻の14時28分を指している。
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敷地内には、倒壊した約10棟もの校舎の間に見学コースができているが、信じられないことに、崩壊した校舎の中には未だに何人かの生徒の遺体が取り残されているのである。全校生徒1527名のうち43名が死亡・行方不明となっている。
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5階建ての校舎が、最上階を除いて潰れている。衝撃の光景である。
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観光地化にあたり、校舎が更に倒壊することがないよう無数のコンクリートの柱で補強されている。
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それにしても、自分が地震発生時に校舎内にいたらどうなっていただろうかと考えさせる光景である。
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私はあまりの衝撃に見学コース2周目に足を進めることになる。
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このような悲劇の後、セン口中学は、別の場所で七一映秀中学として生まれ変わっている。学校のHPには、被災前の写真が掲載されている。(引用写真 : http://www.wcxqyyxzx.com/News/View.asp?ID=70 )
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慰霊用の壁の前では、献花し祈りを捧げる一団がいて、一見すると、慰霊や教訓のための大切な場所として残されているようにみえる。しかし、国名義で立てられた壁に記されている文面には、党、軍、人民は全力で困難に立ち向かったというようなプロパガンダが強く、異様に感じられる。
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さらに、見学コースの途中では、有名観光スポットにあるような記念撮影サービスが行われている。係員が通路を塞ぎ、一人一人カメラの前に立つよう移動を促す。写真不要な者はそのまま通り過ぎるか、映っても買わなければいいだけだが、異様な光景である。
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観光客の一団が派手な集合記念写真を撮っていたのも異様である。東日本大震災の津波の遺構である大川小学校(児童108人のうち74人が死亡・不明)では、慰霊碑の前でさえ撮影禁止とされているのに比べると大きな違いである。
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集合写真だけならまだしも、その中にVサインと歯を見せ笑顔の者がいることは残念である。しかし、サイパンのバンザイクリフで、何も知らずにポーズを笑顔で決めている日本人が多数いることも忘れてはならない。
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そういう自分は、記録証拠写真として1枚だけ無表情に撮影するというのが精一杯だ。
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慰霊と教訓の面以外が目についたセン口中学を後にし、映秀鎮の全体案内図を参考に散策することにする。
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散策してみると、目に入る建物の全てが新しい。地震によってほとんどの家屋が倒壊し、人口1万2千人のうち、6,566人の命が奪われたが、町は完全に生まれ変わっている。
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震災直後は酷い瓦礫と化していたのに、よくここまで復興したものである。(引用写真:https://www.theguardian.com/world/gallery/2008/may/20/china.chinaearthquake )
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高台には共同墓地がある。一つの巨大な墓石のような壁に一人一人の名前、性別、生年月日が刻まれている。
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その先には「”5.12”ブン川特大地震震中祈念館」がある。党の指導や軍の救助の貢献度ばかりが強調された展示となっており、党にとって不都合な真実、「手抜き工事による校舎の倒壊で多数の子供が命を落とした」という事実は消されている。
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震災ばかりが目立つ映秀鎮であるが、かなり復興が進んだ2010年8月14日、今度は大雨による土石流によって、700戸以上もの住居が失われている。また、震災を観光資源として復興を進める計画も、立ち寄り客ばかりで、金が全然落ちていないという問題もかかえている。(引用写真:http://www.chinadaily.com.cn/imqq/china/2010-08/16/content_11159477.htm )
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さて、私の映秀鎮への旅はこれで終わりであるが、率直に言って、震災の対策をいくら講じても、想定外の震度、隠れた建物の劣化、暴漢、事故などなど、運が悪ければどうしようもないという絶望が感想である。そして、その運は、仏像にお願いしても容易に上がるようなものではない。
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被災して初めて、「何かできなかったのか」、それは、今、ひとり無言で食事をしているだけ、そんな些細なことでも幸せとして噛みしめる、ということなのではないだろうか。
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