2017/02/15 - 2017/02/15
259位(同エリア942件中)
愛吉さん
慶應義塾大学は私の母校であります、暫くご無沙汰して居りましたが、昨年同期卒業の当番幹事が巡り、幹事会を理由に三田キャンパスを訪問する機会が増えました。
今回一年間の当番を終了し後任にバトンタッチをしたのを機会に、その折々に写した写真をアップします。
三田キャンパスは慶應義塾の原点です、国の重文である三田演説館や赤レンガ旧図書館が存在し、又福沢諭吉先生もここで亡くなって居られます
しかし三田キャンパスも私達当時とは大幅に変わりました、正門の位置が変わり、新しい建物等も増えました。
でも変わらぬ物も多くあります、それでは古き想い出を辿り歩いて見ましょう。
表紙の写真は東門アーケイドの正面に書かれたペンのマークと慶應義塾の文字、その下には”天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず”を表すラテン語。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
-
JR田町駅で電車を降り、正面の慶応中通をキャンパスに向かいます。
当時はこの通りが通学路でしたが、現在は正門の位置が変わり、一本南の大通りを通る人が増えました。
慶応中通から三田通りに出ると、斜め前に聳えるのが赤煉瓦の旧図書館です。
三田通りも広くなりました、当時の倍近い幅です。 -
三田通りに面した大学東館(東門アーケード)。
昔はここが正門でした、建物は無く登坂が始まります、坂の途中に郵便局があり、そこを過ぎると、幻の門と呼ばれる門柱が建って居ました。 -
それでは東門アーケードを潜り、校内に入りましょう。
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階段と坂道を登るとありました、幻の門です。
ここに移設されていました。
幻の門ここ過ぎて、叡智の丘に我等立つ、と応援歌に謳われた門です。 -
門を入ると右側に塾監局の建物があります。
咲いて居るのは梅の花。 -
塾監局前は小さな広場、その反対側の端から向かいの旧図書館を写します。
夏ですと木々が茂り、図書館全体が写せません。
しかし現在(2017年2月)図書館は工事中、下の方が白い壁に覆われ立入禁止です。 -
工事の案内
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振り仰いて図書館の時計塔を写します。。
文字盤にはラテン語で時は過行くと書かれています。 -
図書館の説明板
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以下の写真は昨年夏に写したものです。
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図書館の入口
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入口横には福沢諭吉先生の胸像。
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入口を入った処のロビー。
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二階への階段踊場にあるステンドグラス。
下部にはペンは剣よりつよしのラテン語。 -
図書館を出て右手の小道を進むと木立に囲まれた文学の丘。
小山内薫の胸像が出迎えて呉れます。
明治43年文学部講師を務めました。 -
その隣に、小山内先生をおもふ と記された久保田万太郎の歌碑
しぐるるや 大講堂の 赤レンガ
尚赤レンガの大講堂は戦災で焼失しました。
又久保田万太郎氏は、死後その著作権を慶応義塾に譲り、慶應義塾はそれを元に久保田万太郎記念基金を起ち上げました。 -
吉野秀雄歌碑
図書館の前に沈丁花咲く頃は
恋も試験も苦しかりけり -
三田の詩人こと、佐藤春夫の詩碑
さまよひ来れば秋草の
ひとつ残りて咲きにけり
おもかげ見えてなつかしく
手折ればくるし花散りぬ
殉情詩集の断章の一篇です。
春夫の自筆で、小泉信三が保持したものを写しました。 -
文学の丘を下ると、塾監局の前から南の方に掛けて小さな公園があります。
福沢先生の屋敷跡で福沢公園と呼ばれます。
先生はここで明治34年2月3日、66歳で亡くなりました。
住居は戦災で焼失。 -
公園には、色々なモニュメントが在ります。
朝倉文雄作 平和来
1957年、戦没塾生の霊を慰める為に寄贈されました。
台座には、
丘の上の平和なる日々に、往きて還らぬ人々を思う 小泉信三
と書かれています。 -
もう一つ、こんな碑もあります。
還らざる友よ
君の志は
われらの胸に生き
君の足音は
われらが学び舎に
響き続けている
台座に嵌め込まれた銘文
ここにはアジア太平洋戦争における、慶應義塾関係戦没者名簿が納められています 慶應義塾。 -
新図書館横から眺めた中央広場の大銀杏。
三田キャンパスの一番古い写真(大正?)にも写るモニュメント的な樹木です。 -
新図書館前から正門(南門)に向かって坂を下って来ると、丘の中腹に独立自尊の時計塔があります。
昭和50年に今は無き旧制商工学校のOB達により建てられました。 -
独立自尊の時計塔がある丘の頂上には、三田演説館が建ちます。
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麓には説明の石碑。
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読み易く直した説明板。
明治8年5月1日開場、大正13年現在地に移築。
木造瓦葺きなまこ壁、明治初期に造られた洋風建築第一号として国の重文に指定されています。 -
正面から見た処。
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2月に訪ねると、旧図書館前にあった福沢先生の胸像が、図書館修理の為、ここに移転されていました。
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2月、中央広場の銀杏はすっかり葉を落としています。
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西館の3階に登って来ました。
見晴らしの良い屋上庭園になって居ます。 -
ここ屋上庭園に建つイサムノグチ氏の彫刻 ”無”。
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西館1階ロビーにあるイサムノグチ氏作 若い人。
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学生食堂、山食の壁面を飾る猪熊弦一郎画”デモクラシー”
当時の山食は木造1階建でしたので、それに合わせて天編が山形になって居ます。 -
対面になる絵
私達はこの絵に挟まれて食事をしていました。 -
中等部校庭に建つユニコーン像
三田山上赤煉瓦大講堂の入口を飾って居ましたが、戦災で焼失したので、ここに移しました。 -
ここが正門、格段に広く大きくなりました。
守衛が小さく写っています。 -
帰途も大通りではなく、通いなれた慶応中通りを通って帰ります。
-
付
昨年南別館アートスペースで慶應義塾の昭和20年と題する展示会が開かれました。
内容は空襲、戦死、終戦、疎開、動員、占領とテーマを分けて各種資料を展示する充実した内容でした。 -
そのパンフレットの表紙のコピーです。
正面が旧図書館、左に写るのが塾監局、右に福沢邸がありました。
以上 終
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