2017/01/19 - 2017/02/07
24位(同エリア29件中)
大月さん
東アフリカ6か国シニア安宿旅
2017.1.19~2.7
1日目 ~2日目 アムステルダム・ナイロビ経由ルサカ
ルサカは落ち着いた街
成田11:25発。KLMでアムステルダム5時間の乗り継ぎ、ナイロビ。1時間の乗り継ぎで2日目のAM10時、ルサカ着。
KAZAビザを50$で取得。これがあるとジンバブェも通過できる。
ここで早速アフリカの洗礼を受ける。
隣のブースに行け、というので隣を見たら、無人。その隣に行ったら、無人の所を指す。少し待っていると、同行者が空いている透き間にパスポートを落としてしまった。掃除をやっている人を呼んで、ほうきの柄を使って拾ってもらう。チップを各1$ずつ2名に渡す。
ようやく担当者が現れたと思ったら、ペンを渡せと言う。終わったら取り返そうと思っていたが、言い忘れ1本ペンを失う。
港内のATMで両替。さほど暑くはない。
タクシーと呼ばれる白タクと交渉したが、30$から下がらない。言い値で宿に向かう。緑が多く、牛の放牧、ともろこし畑の連続。少し街らしくなったら、そこが中心街。
LUSAKA BACKPACKERS。広い敷地に果樹の大木があり、高い塀で囲まれていた。本館とロッジ型の建物がいくつか。8人部屋を予約していたが、3人用のロッジに。シャワーは温水。一人12$。
午後、バス予約と昼食を兼ねて、外出。リビングストンまで140クワッチャ。1400円くらい。リビングストンの手前、ジンバヴエとの国境近くで下車できるか確認したら、OKとのこと。
復路、立派なショッピングセンターがあったので、昼食と買い物。往復とも道に迷いながらの行程だったので、この日はこれで終わり。夕食は、宿で注文。野菜パスタ50クワッチャ500円くらい。
3日目 ルサカ~KASANE~ビクトリアフォールズ
車掌は信用できない
6時、宿に依頼したタクシーでバスステーションへ。3$と安い。7時発のバスは、時間通り動き出したが、少しずつ乗客を拾い、30分遅れで出発。
郊外に出たら、100kmは優に飛ばす。途中、昼食休憩20分。トイレに行き、テイクアウトを買って、ギリギリ。そして運転手はよくしゃべり、よく食べ、よく携帯で話す。特に何を噛んでいるのかと思ったら、ペットボトルのキャップだった。おしゃぶり代わりなのだろう。初め緑のキャップを噛んでいて、次ぎに青。形を留めないまでに噛み潰していた。頑強な歯。
運転手以外に乗務員らしい人が3人いたが、切符をチェックしていた人に、ジンバブェのボーダーで降ろして、と頼んでおいたので安心していた。
午後2時に、リビングストン100kmの標識を見つけた。15時頃には着くと予想していたが、15時10分に停車。大勢降りた。何も言われないので、トイレに行き戻る。
再び、1時間走って、停車。フィニッシュだと言う。降りると共に、客引きに囲まれ、我々の荷物を持とうとする。私は取り返したが、他の2名は、少しチップを渡せば、楽だから、と任せる。すると泥道をどんどん走るように先導する。ここがどこなのか、確認する間もなく、2名は客引きと共に先を行ってしまう。追いかけて行くと、建物に入る。イミグレーションだった。先頭に続いてスタンプを押して貰い、外に出ると目の前に川が。しかし想定していた橋が無い。
大勢の客引きが喚いていたが、冷静に考える。対岸はボツワナ。ザンビアを出国してしまったから、ボツワナに行くしかない。しかしジンバブェの宿は予約してある。
3人で結論として、ミスは仕方ないから、ボツワナ経由でビクトリアフォールズに行くことにする。そして客引きに乗らないで、3人で決めてから行動すること、を確認する。両替が客引きの目的らしかった。レートを尋ねると、50$が300プラだという。事前調査していたメモを見ると、500プラくらい。メモを見せて、高いと言うと、40$に下がった。それでも高いが、フェリーに乗ることと、ポツワナで必要と考え、40$で両替する。
フェリーに乗り対岸へ。無料だった。KAZUNGLA国境。船中で同行者がジンバブェのお金と50$両替したことを知る。ジンバブェの通貨は、使用できないことは知っていたので、降りてすぐ、客引きに50$返すよう言ったが、国境が閉まるから早く行け、と体よく断られ、50$騙された。
ポツワナは、日本人はビザ無しで入国できる。計画では、翌日、KASANEを日帰り旅行しようと思っていた。
税関は屋根だけの掘っ建て小屋。しかし靴のまま、箱に入れと言う。箱の中の布に消毒薬が湿らせてあるようだ。街が自然公園なのでのその措置かも。
タクシーを拾い、せっかくだからKASANEの街に向かう。5~6kmか。食事をしようと思ったが、運転手がボーダーに言った方が良いというので、そのままボーダーに向かう。イボイノシシなど野生動物が道路を平気に横断していた。
国境は20時にクローズだが、19時に通過して正解だった。
ジンバブェ国境は、港からすぐだった。そして山中の閑散とした国境。
出国、少し歩いて入国と簡単に終わる。しかしタクシーと呼べるのは、1台。20$と余ったプラで交渉。渋々発車したが、すぐ停車し、追費交渉された。10$追加したが、それでも不承不承。理由が分かった。
リビングストンまで60kmもあった。時間で1時間。山中の閉鎖した国境に置き去りするのは、野生動物の危害の心配もあり、できず、運転手は嘆いていたようだ。
事実、途中、暗闇をいろいろな動物が道路を横切り、スピードダウン。特に像が2頭、道路をゆっくり横断した時は、停車し、ライトをスモールにして、静かに去るまで留まること数分。緊張が走った。
20時30分。リビングストンの宿に到着。
SHOESTRINGS BACKPACKERS。中心部で滝にも近い。敷地が広く、部屋が多くある。バー併設。4人部屋で貸し切り。1泊一人15$。キッチン、冷蔵庫利用可。温水は出なかった。夕食は残り物。
4日目 ビクトリアフォールズ観光
ATMは最高200$制限
7時から一人散策。スーパー店を確認。ピザ店が開店していたので、ここで朝食。パン様のもの3個3$。コーヒー1.5$。カード支払いOK。
9時滝に2名で徒歩で向かう。(1名体調悪く、部屋で安静)
使えないジンバブェ札を記念品として、売りに来る。見ると50BILLIONと書かれていた。500億。1$で買いたくなる。年齢を聞くと22才。ノージョブと言っていた。若く体力が余っていそうな若者に仕事がないのが、この国の問題。
ゆっくり歩いて30分くらい。入場料30$。水飛沫というか、シャワーを浴びながら。風向きで全く濡れない時もあるが。
途中で、日本人がいたので、元気な同行者は橋まで行くと言っていたが、私は日本人と分かれ道で待つことに。
関空からのツアー客で、ビジネスクラス利用で10日間90万円とか。私が20日間で20万円くらいと言ったら、驚いていた。
再び歩いて街に。ATMで$を降ろす。しかし上限は200$まで。全て古い札。US$を手に入れるのは限度があるのだろう。
時間があったので、床屋に。歩道にいた人に尋ねると、親切に誘導してくれた。建物の2階なので分かり難く、助かった。
あなたの頭、坊主頭はいくらか、とその方に問うと、7$という。床屋に入り、10$と言われたが7$にして、と値引きしてもらった。日本の1000円床屋の3倍は時間をかけて、バリカンとハサミを使い、丁寧に仕上げてくれた。
例のピザ店で、遅いピザの昼食をとり、スーパーで買い物をして一日が終わる。
5日目 BLAWAYO経由HARAREの長い一日
予約は未約
7:30のバスでブラワヨに13:30着。ブラワヨ発14:00で20:00ハラレ着のバスをネット予約。同一バス会社を予約し、eチケットも送られて来て持参した。
ところが出発場所のホテルに行き、待っていたら、ホテルマンが、今日はバスの運休日と教えてくれる。運行は火曜と金曜。別のバスで行けとタクシーを呼んでくれた。
7:30発のバスに乗れた。13時にブラワヨ着予定だと言う。13$。予約したINTER CAPEより安い。ステップ気候というのか、低木と野原を進む。平原が続く。後半、少し牧場らしい柵が増えてきた。
しかし13時を過ぎても、ブラワヨの街に入らない。ブラワヨの表示が見えたが、ついに13:40になったので、車掌にブラワヨからのバスの予約書を見せ、これに乗りたい旨伝えたが、電話をかけたから大丈夫という。
バスは14:20に終点に着く。そのままINTER CAPEのバスオフィスまで送ってくれた。やはり待ってはおらず、払い戻しをする、というだけ。英語力が無いので慰謝料請求も出来ない。
現時点では、ミニバスしか無い、と言われ、ミニバス乗り場まで社有車で送ってもらう。
このミニバスがくせ者。到着したのは良いが、乗客が集まるまで、同じ所を何度も行ったり来たり。
1時間後出発したと思ったら、今度は荷物を積み出す。結局2時間経過して、18時出発。快調に飛ばすが、夜9時を過ぎても、このミニバスを利用する人が予想外に多く、乗り降りが激しい。深夜1:00、やっと到着。予約したホテルが目の前で助かった。
CRECTA JAMESON HOTEL。シングル45$、ツイン55$。
利用宿では、飛び抜けて高額。翌日、移動なので、市内で選択したら、ここになった。
朝食込み。部屋は広く、温水も十分。朝食ブッフェは、特に郷土料理というのではないが、品数は多く良かった。
6日目 空路ダルエスサラームへ
出国税が50$?
6時に目が覚めたので、一人で付近を散策。特に治安が悪いとは感じなかった。
朝食後、3人で市場を散策。冷やかして終わり。タクシーで空港に移動。12$。ここで出国税?50$請求される。世界一高いだろう。書かれたゲートで待っていたが、飛行機が現れないので、他のゲートを見に行ったら、駐機していたので、上を見たらダルエスサラームと書いてある。係員に確認すると、そうだと言う。慌てて乗り込む。係員は笑っていた。
14時発、ジンバブエ航空でタンザニアへ。トイレに入ったら、上に日本語、下に英語が書かれていたので、日本で使われた中古を利用していることが分かる。しかしトラブルなく、食事も出て、航行した。
17:15到着。アライバルビザ50$。
ATMで両替。バスが空港から500mの所から乗車できるという情報があったので、探すが見つからない。インフォメーションでもバスは無い、と言う。タクシーと交渉し、30$。ホテルの送迎も30$だったので、良し、とする。しかし空港を出ると目の前にバスやダラダラが沢山停まっていた。
距離にして10kmくらいだが、渋滞があり、30分ほどかかり宿に。
HONG KONG HOTEL。名前の通り中国系ホテル。3人部屋1人25$。朝食付き。
繁華街にあり、観光に便利。新しく、きれい。朝食は中華ブッフェで質量とも十分。
7日目 ダルエス サラーム市内散策
予想以上に平和
朝食後、徒歩でASKALI MONUMENTを目指す。しかし近くで尋ねても、よく知らない。諦めて、ダラダラで海浜に連れていってもらう。自然のままで、寝そべることもできない。再び、ダラダラで魚市場に。ダラダラは、市内3000シリングなので一人1000シリング。
50円で利用できるので、便利。
魚市場は活気があった。沢山魚が並べられ、冷凍設備がないから、魚臭い。簡易食堂もあり、シマを作っていた。見ていたら、やってみろ、としゃもじを渡される。見た目より、粘りがあり、こね回すのは重労働。
大笑いされて、すぐ諦める。
再び、ダラダラを捕まえて、アスカリ像へ。交差点内にあったが、周りが工事中らしくフェンスで囲まれ、像も思ったより小さい。見つけられない筈だ。 昼食をとって、ダラダラで一旦、帰宿。
夕方、近くの露店を物色。Tシャツが不足気味なため、探す。大判があり、3000シリング、150円くらいで購入。
8日目 アルーシャにバス移動
9時間が12時間
朝食は、ランチボックスを頼んだら、気持ちよく用意してくれた。6時、タクシーでSHEKILANGO OFFICEへ。予約してあったKILIMANJERO BUS。ネット予約し、eチケットも届いていたので、簡単に乗車券を手に出来た。トイレ付きデラックスバス、28$。
7時定刻出発。最初、片側2車線なので、どんどん追い越し、順調だったが、1車線になってから、大型トラックが多いため、追い越せず、スピードダウン。ARUSHA到着は、19時。
到着と同時に沢山の客引きが。その中から3000シリングで行くという人の車で宿に。
WAKAWAKA HOSTEL。ドミトリー1泊19$。敷地が広く、部屋もきれい。だが到着してもスタッフがいない。やっと泊まり客が門を開けてくれ、部屋の鍵をくれた。荷物を置いて、待たせておいたタクシーに乗って、レストランで夕食。翌日の1泊2日のツアーに申し込んだので、タクシー代はサービス。
再び、宿に戻るとマスターが出迎えてくれた。
9日目 ツアーを辞退し、バス予約の確認に
タンザニアのバイタクは当てにならない
この日、3名でNGORONGORO1泊2日のツアーに申し込んでいた。しかし、翌々日に、同じKILIMANJERO BUSでARUSHAからMWANZAまでバスを予約していた。ところがこちらはeチケットが送られて来ない。心配なため、私はツアーをキャンセルして、オフィスに確認しに行くことにする。
8:30オフィスに着き、PAY PALで支払いが完了したものを見せ、理解したようなので、発券を依頼。3枚発券され、帰ろうとすると、お金を払えと言ってきた。再び、PAY PALを見せたが、日本語が入っているためか、理解されない。
インターネットで予約したのだ、と言うと、近くのホテルに誘導させられる。ネットを使いたいと誤解されたようだ。パソコンはあったが、日本語はだめ。
再びターミナルに戻り、私の連絡先を聞くので、宿の電話番号を教える。すると電話をかけ、スタッフと話をし、時々私とも交代したが、私のつたない英語では、スタッフにも真意が伝わらない。電話を切り、スタッフが来るから待て、と椅子に座らされる。
1時間待って、スタッフは現れないので、キャンセルと言って、諦める。帰宿のためにバイタクを利用したら、見覚えのない道を飛ばす。ついに山道を登りだした。何度も住民に聞くが、分からず、元に戻ってと言いつける。
途中まで戻って、見覚えがあったので、私が誘導。12時になってしまった。14時頃、マスターが現れたが、待ち合わせの話にはなっていなかった。マスターに他のバス予約を依頼。
この日、私以外泊まり客はなく、静か。夜間のアルバイトがメーンなのか、若いお兄さんが、奥のドミトリーに泊まり込んでいるだけ。
10日目 暇な一日
商売熱心でないマスター
市内ツアーに参加しようとお兄さんに頼んだが、「ボスに伝える」とだけで進展が無い。本を読んだり、掃除のおばさん、おじさんに話しかけたりして時間をつぶす。11時なってもボス(マスター)が現れないので、諦める。外出するにも、繁華街に出るには、未舗装の道を500mほど歩くしかない。しかも乾燥していて、土の粉の中を歩くよう。バイタクを利用して、スーパーに。総菜や果物を購入し、バイタクで帰宿。
夜20時近く、同行者2名、ツアーから戻る。
11日目 ムアンザまで長い一日
辺境は悪路の連続
5時、予約していたタクシーでターミナルへ。まだ暗いが、沢山のバスがエンジンをかけて、待機していた。
6時定刻出発。快調に走っていたが、9時40分頃、バスのギアがうまく入らないような音が続き、ついに停車した。乗客が大半降りて、石に座ったりしているので、降りて見に行くと運転手と車掌は、石に座ったり、電話したりしている。修理専門人なのか、ひとりバスの下に潜って、工具を使っていた。
11時頃、何の連絡もないので、車掌に聞くと、あと20分待て、とのこと。代替えバスがくるのかと思っていたら、定期バスが11時20分頃、到着。たぶんアルーシャを10時頃発したのだろう。
このバスは5列シート。しかも先客がいて、我々はノンビリしていたので、席は全て埋まって、立ち席。次の停車場で少し降りたので、座れたが。
人家の無いところで急に停まると、そこが自由トイレ。NYEGEZI バスステーションに21時過ぎ、到着。朝昼食は、売りに来たバナナ、オムレツ様のもの。わびしい食事だった。
タクシーにDJ ホテルと告げ、乗り込んで宿に到着。暗いし、遅いし、疲れていたので表示も見ず、入館。
私がパスポートを差し出すと、間髪入れず、宿泊カードを渡され、記入するよう促される。記入し返すと、パスポートが戻された。部屋代を払おうとすると50000シリングだと言う。約25$。予約した時は、2日間3人部屋で35$だったはず。
35$?と紙に書いて見せると、値上げになった旨。とにかく部屋を見せて、と3階に上がる。1部屋を覗くと、Wベッドが1つ。3ルーム?、
と尋ねると、そうだ、と言う。
予約内容と異なるが、疲れていたし、同行者も高くても良い、というので、ここに決定。
ホテルのレストランに、閉店の23時前、滑り込み、夕食にありついた。
12日目 市内散策
偽税関員現れる
朝食は、ブッフェ。ローカルフード、果物があり、満足。その後、私は翌日のバスチケットを購入に。ホテルマンが誘導してくれて、市場隣接のチケット売り場に。20000シリングと安い。
その後3名で徒歩散策。途中雨が降り出したので、掘っ建て小屋のような食堂で飲み物を注文してやり過ごす。
すると噂の偽税関員3名がやってきた。
身分証明証様のものを、ちらりと見せたので、私のスマホで写真を撮ろうとしたら、すぐ仕舞ってしまった。パスポートを見せろと言ってきたが、対応していると面倒なので、その場を離れたので、被害なし。一人だと冷静に対応できたかどうか。
湖の方に降りて行き、道を聞こうとしたら中国人のビジネスマンに出会う。同行者がついでにビスマルクロックまで車に乗せて、と口説く。強引に同乗して、車でビスマルクロックに。
不安定に岩が乗っているだけで、観光客らしい人もいなかった。イモリだかヤモリが沢山、住処にしていたくらい。そのまま近くの市場で遅い昼食。
ここで私は、炭焼き肉を買おうと、この肉は何? と尋ねるのだが、カリブ、カリブと周りを囲んだ人が叫ぶ。野生動物らしいと思い、紙とペンを渡して、ピクチャ プリーズと依頼。店番の女性は、何を勘違いしたのか、電話番号らしい数字を書き始めた。慌てて他の男性に頼んだら、紙を手に持ち、不安定な姿勢で上手に書いてくれた。
牛だった。お礼にぷっちょ飴をあげた。カリブはスワヒリ語でようこそだった。 堅い肉だが、味は良かった。
バイクを捕まえ、ホテル名を伝え、出発。迷ったが着いた、という名前を見たら、DJ HOTEL。泊まっているホテルではなかった。同行者が宿で住所をメモしていたので、再び移動。GG HOTELと書いてあった。初めて間違っていたことを知る。もう2日分支払い済みなので、そのまま居座る。バイク料は2回分取られた。
13日目 またまた大移動でルワンダへ
辺境は悪路の連続
5時迎えのタクシーに乗車。北西方面行きの発着場所はNEW NYEGEZI BT。遠いと言われタクシー代は20000シリング。暗い中に沢山バスが待っていた。運転手に誘導されて一番奥のバスに辿り着く。大きな青いビニール袋にバッグを入れようとした人がいたが、無視した。必要無いと。しかしこれが誤算。少しくらいのお金を払って、ビニールで保護すべきだった。
NGARA行きのバスは、6時定刻発車。すると来た道を戻り、街中の港に着き、フェリーに。別料金で1000シリング。1時間で対岸に。少し田舎道を走ったら、左に折れて、未舗装道路に。ただここは、対向車が少なく、埃をかぶることは少なかった。暫くして舗装道路に出る。2時間ほど走って、再び未舗装。道路工事中の所があり、対向車も多く、埃を満々と被る。最後の1時間は、舗装はされているが、剥がれて穴ボコだらけ。バスは、ハンドルを左に大きく切り、左輪を側溝ぎりぎりに。次ぎに右に大きく切り、右輪を右の側溝ぎりぎりに、と蛇行運転。乗客思いなのかもしれないが、そこまでしなくても。
途中のBENACOで下車することをしつこく車掌に告げたので、15:00無事下車。
タクシー20000シリング。RUSUMO国境に向かう。20分ほどで到着。運転手が口笛で両替人を呼ぶと、青年が沢山集まった。レートは悪くなかったので、余ったシリングをフランに交換。しかしここはイミグレではなかった。
別のタクシーが寄ってきて、10kmあるからタクシーでないと無理と言う。確か旅行記には、徒歩10分くらいとあり、滝も見られるとあったので、躊躇していたが、雨模様になりそうなので、タクシーを利用。3000フラン。5分ほどでイミグレ到着。まんまとはめられた。
出国は同一建物。ルワンダ入国がやや面倒。Aの窓口に行き、事前許可証を渡す。すると小さい紙に30$と書いた紙を渡される。→Bの窓口に提出。何やらパソコンを操作して、出力された用紙の複写分を渡され、銀行に。→C銀行に行き、また何やらパソコンを操作して、30$ここで払い、再びA窓口へ→A窓口 パスポートにビザ印を押され終了。ここで2時間費やす。
その後、バス乗り場手前で荷物検査。軍隊みたいに長い銃をもった隊員にチェック。ビニール袋は没収と言われていたが、少量は良いようだ。 バスはミニバス。すぐ満席になり、18時(ルワンダ時間17時)出発。ルワンダに入り、運転手も車掌も仕事をしていると感じる。道路も日本並みに。切符もJRの車掌が持っているような機械で印字して処理していた。KIGALIまで3000フラン。緑が多くなり、畑も増えた。
まめに停留所がある。各停留所に係がいるらしく、切符を渡していた。。
NYABUGOGO B・Tに20:30到着。タクシーで宿に。このタクシー、車は日本製だが、ドアは内側から開けられず、トランクも細工しないと開かない。
DISCOVER RWANDA YH。1泊19$。丘の中腹にあり、敷地も広い。1日目は3人部屋、トイレ付き。2日目はドミトリー4人部屋。米国女性と相部屋。バッグは埃を被り、茶色に。夜、中味を出して、バッグを洗う。
朝食は簡素だが、フルーツやオムレツなどが出て、良かった。
14日目 市内散策
なぜかATMで降ろせない
7時にバイクでタウンと呼ばれる新市街に。バイクは500フランと安くて便利。それに規制が厳しいらしく、客もヘルメットを使用。
ATMは沢山あり、24時間動いているが、私のカードは使えない。なぜか分からない。困っていると通勤途中らしい若者が、あっちこっちATMに誘導してくれた。残念ながら全てだめ。青年にお礼の品もなく、失礼してしまった。
バイクで戻り、朝食。仕方ないので、宿の責任者に相談したら、ドルからフランに両替してくれた。助かった。レートも悪くない。
その後3名で、観光に。
バイクはすぐ見つかる。宿の責任者お奨めのVOLCANOバスに向かう。1回目、渡されたチケットは、明日の日付。キャンセルしてもらった。2回目渡されたのは、朝、カンパラに着く、というので夜行と分かり、これもキャンセル。3回目、目を凝らして数字を3人で確認し、間違い無く、購入。10000フラン。
ミニバスでGENOCIDE MEMORIALに向かう。車掌がなかなか切符の確認に来ないので、私から下車する場所をお願いした。すると横と後ろに座っていた男性から、もう少しだ、あと2分だ、お金は200フラン、と親切に教えてくれた。
入場は無料。二度と惨禍を繰り返さない決意というものを展示から感じられた。庭園もきれいに整備され、惨状のパネル写真から理想社会にタイムスリップできる。現大統領が頑張っているようだから、益々良い国になるだろう。道路はきれいで、ゴミが無い。畑も人の手が入っていることが分かる。
道路に出て、バイクを拾っていると、4台集まった。少し遅れて到着したバイクには、こちらの3台が早いから、と遠慮してもらう。とこの1台がUターンしたところ、直進のバイクと接触。2台とも転倒。悪夢を見てしまった。起きあがったので、大事には至らなかったと思うが。
ショッピングセンター内のレストランで昼食、そしてスーパーで買い物して、帰宿。どちらもカードが使えて助かる。
15日目 ONE LOVEに移動
地道に障害者用杖を作っていた
以前、放映されて紹介された所。日本語が使えることと、活動内容を知りたいことから、こちらのゲストハウスを利用することにしていた。偶然、ユースホステルから徒歩圏内。
広い敷地に建物が点在。樹木が植えられ、植木の手入れ人が働いていた。守衛に誘導されてフロントに。
ONE LOVE GUESTHOUSE。4人部屋1人12$。ロッジ形式。天井が高く、温水。ただトイレにドアが無く、これは経営者の真美さんに、要望したので近々設置されるだろう。
真美さんは、帰国間近で多忙のようなので、施設の案内は後刻にして、スーパーに行く。入り口で靴磨きが数人。同行者が試すことになった。1$か2$。20分以上時間をかけ、黒墨を塗り、ブラシで磨きをかけた。$
昼食はブッフェ。2000フラン。300円くらい。大皿に取り放題だが、1回のみ。混んでいた。皆、大盛りに取っていた。ただ飲み物はジュースのみで、コーラなどは有料。
帰宿し、ONE LOVEを案内してもらう。
鉄管と木材などで杖を製造していた。簡素な、古そうな設備での製造。終わったら掃除をして、道具は元に返す、ということを徹底するのも大変とのこと。結婚式など用のホール、パソコン教室の運営、大きなレストラン等、手広い活動をしていた。
休憩後、散歩。歩道が整備され、木々が繁り、バイタクならぬ、チャリタクが沢山横行していた。たぶん1回100フランくらいだろう。ただ坂道は無理だろう。
夕食は、PCを教えていたJICA派遣の佐藤さんを誘ってONE LOVEのレストランで。ウガリと牛の串焼き、ルワンダビール。買ってきたバナナで作ったお酒を追加。甘くて飲みやすかったが、以外にアルコール度は高いらしく、完全に出来上がってしまった。
16日目 KAMPALAへ
ウガンダは豊かさを感じる
朝食は、夕べのレストラン。2000フランにしては、やや物足りない。テラス席で雰囲気は良いが。
タクシーを依頼していたが、見えないのでご主人にBTまで、車で送ってもらう。場内に入ると、沢山の人が、何か騒ぎながら車を囲む。ご主人に、何か、と尋ねたら、ブローカー。ブローカーとは、そういう意味もあったのだと初めて知る。
物売りが沢山寄って来るが、突然、慌ただしく姿を消す。どうやら禁止されているようだ。辺り構わず、敷布をひいて靴を並べたり、蓋付きのバケツにパン類を詰め込んでいたりしているので、交通の支障になることは当然。警備員が時々巡回しているようだ。
飴が振ってきたら、大きなアンブレラで客を保護し、チップを貰っている商売もあり、面白い。
9時定刻にバスは出発。エンジン音が静かで、加速もスムーズなヒュンダイのバス。運転手や車掌も品が良い。1時間強でKATUNA国境に到着。出国して歩いて国境を渡る。兵士らしい人はいたが、ウガンダとの関係がよいのだろう、ニコニコしていた。通過後、両替商が大勢寄ってきた。レートは3200シリング。10$分交換。
事務所間は500mくらい。入国事務所に50$出したら、1$札を返された。大きい札にしろ、と。仕方なく同行者から10$札を交換して、差し出すと、古い、とまた突き返される。仕方なく、20$札を出してお釣りをもらう。$札は、古い物は、拒絶されるところが多い。
1時間ほどで手続きを終え、バスも到着していたので乗り込むが、なかなか他の乗客が集まってこない。結局2時間後、出発。
ウガンダも道路は整備されていた。広大なバナナ畑や茶畑が延々と続く。道路脇での露店も多く、沢山の果物が見えた。豊かさを感じる。
15:30トイレ休憩20分。カンパラ市に入ったら、渋滞になった。19時、ターミナルに到着。タクシーで宿に。
HOTEL CITY SQUARE。1泊個室25$。建物が古く、印象が悪かったが、市内中心部で、部屋は広く、お湯も十分。立派なWベッドに蚊帳付き。日本人のビジネスマンも安いと言っていた。朝食は派手ではないが、作り立てのオムレツと沢山のフルーツ、焼きたての食パンと心がこもっていた。近くのビザ付きATMが見つからず、夜はパンという淋しい夕食。
17日目 市内散策
乞食はいるが、活気がある
早朝、一人でATMを探し、やっと両替できた。8時、3人で朝食後、近くのナカセロ市場、スーパーを物色。その後、私は土産探しに。他の2人は、動物園に。
他のスーパー2店廻ったが、目指すARAGAKI CHOCOLATEは見つからなかった。ウガンダで日本人がオーガニック製造していて評判というチョコレート。仕方なく、トルコ産チョコを購入。
夕食は、3名でガイドブックにあった韓国料理に。21000シリング。6$くらい。
18日目 最終日はJINJAへ
ナイルの源流は思いの外流れが速い
飛行機が深夜発で、時間は1日分あって都合はよいが、逆に過ごし方が難しい。暑いから散策だけでは、時間をもてあます。チェックアウトの10時までゆっくりし、荷物を預けて、ミニバスでJINJAへ。THE SOURCE OF THE NILE、つまりナイル川の源流と英国風の街を見られればと考えていた。
この国のミニバス(表示はタクシーと書いてある)も他国同様、見通しが良くなると、飛ばす。そして追い越す。7000シリング、3時間で到着。昼食をとって、バイクで源流に。2kmと紹介されていたが、バイクだと遠回りになるから3km近く。公園内からの眺望が良いとあったが、入場料が10000シリングとあったので、辞める。考えてみれば、3$くらいだから、高くもないが。しかし水の流れは十分確かめられた。
復路、バス乗り場まで、と告げたので、少し郊外に。途中、赤色の屋根の家並みが続き、英国らしいのかな、と眺めた。ちょうどカンパラ行きのバスがあり、同行者が乗り込んでしまったので、市内見物は無しで、戻ることにした。
復路は、途中から左折し、細い道に。そのうち赤土の道路に。埃が舞い込みだしたが、クーラーは無いので、少し窓を開けている。閉めると蒸し風呂状態になるのだろう。案の定、顔も腕も赤銅色に染まった。
19時、空港にタクシーで向かう。ガイドブックでは40分と書かれているが、渋滞もあり、検察もあり、90分かかる。
ここで大失敗。空港施設に入るとすぐ、セキュリティがあった。KLMのカウンターに行くと、成田まで発券してくれた。同行者は荷物を預けると決めていたが、私は、アムステルダムまでの発券であるならば、持ち込みしようと計画していた。大きいバッグの上部に、長袖と防寒着を入れて、空港のトイレで長袖に着替え、防寒着は手荷物用のバッグに入れようと。ところが成田までスルーでバッグが運ばれると分かると、預けよう、と急遽計画変更。預けてしまった。出国検査をしていて気づいた。半袖のTシャツでは、機内は寒いことを。また同行者と、アムステルダムで乗り継ぎに8時間があるので、入国して街を少し見よう、と相談していたのに。
19,20日目 帰路
半袖は寒い
機内は寒く、ブランケットを1枚余分にもらい、被っていた。アムステルダム空港も、日本の空港のように暖房を効かせていず、眠りたくても両腕が冷たくなり、ほとんど寝ずに過ごした。
出発2時間前、同行者が戻ってきて合流。成田に向けての機内は、暖房が効いていて助かった。
予定より15分遅れの10時、成田空港着。
東アフリカの旅の反省
○バスの予約は、安心出来ない。KILLIMANJEROバスは、1区間3名105$の返金にも応じない。現地で予約がベターかも。
○ガイドブックは、体験無しの場合がある。バスなどの出発は定刻だが、到着時間が余りにも遅れる。3時間遅れはザラ。旅行記などが正確。
○家族全員で、1日1$生活も多いようだが、明るく、生き生き生活している。しかも周囲の存在を意識して生活している。バスの乗務員がもろこしを買えば、近くにいる我々にも半分、分け与えてくれる。謎である。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー バイク 飛行機
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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