2016/06/09 - 2016/06/15
1547位(同エリア4090件中)
マンサフさん
最後に訪れた国、ハンガリ-
国土・・・北海道より少し広い
人口・・・994万人、ハンガリ-人92.3%、ロマ人1.9%、他
宗教・・・カトリック52%、カルビン派新教16%など
言語・・・ハンガリ-語(フィン・ウラル語属)
通貨・・・フォリント、¥1=2.5フォリント
マジャル民族(ハンガリ-人の自称)はBC5世紀頃ウラル山脈辺りから西進、今のカルパチア盆地を制圧、近隣から略奪を繰り返しながら定着していった
ハンガリ-では日本等と同じで姓、次に名の順であり、乳幼児期には蒙古斑があると言う・・・親近感もあり訪問が楽しみだったと、書いてるがハンガリ-については何も知らなかった
知っていた人名はリスト、ル-ビック(ル-ビック・キュ-ブの発明)だけで、桁違いに強い競走馬が居たことは知っていてがその名前も戦績も知らなかった。
牝馬で「キンツェム」と云い3歳~6歳の4年間で54戦54勝だったそうな。
覗いた(触れた?)世界遺産はぶあぺすとの旧市街とホルトバ-ジ国立公園の二つ
旧東欧旅行では計10箇所・・・別に世界遺産を有難がってる訳じゃないのですが
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ブダペストはドナウ川を挟み西側がブダ、東側がペストに分かれている
ペスト側川岸からドナウ川を挟んでブダ側の王宮を見る -
ブラティスラバから2時間40分、ブダペスト東駅に到着
首都ブダペストで2泊、世界遺産・国立公園ホルトバ−ジで「ウマ」を見て(?)
デブレセンに1泊、ブダペストに戻って1泊の予定であった -
先ずはブダ側「王宮の丘」へ
80mの尖塔をもつマ−チャ−シュ教会(聖母マリアの教会)は1255〜69年にゴシック様式で建立
1541年ブダをオスマンが占領すると直ぐにモスクに改装されたがオスマン朝撤退後カトリックに教会に戻った。 -
ブダ側からドナウ川上を
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広いトンガリ屋根を「漁夫の砦」と称してる
嘗て魚市がここに立っていたとか、漁夫がここをい守ったとか・・・ -
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「漁夫の砦」とドナウ川下流を
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ドナウ川をいれて撮る
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「マ−チャ−シュ教会」の塔と「漁夫の砦」
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聖堂内は中東色が濃いとか・・・
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王宮の丘から降りて、今度はレトロなケ−ブルカ−で再度昇る
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ケ−ブルカ−から撮ったものです
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くさり橋、晴れてたらナ〜
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袂には「獅子」像
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翌日はブダペストから北へ20k、電車で小一時間の「センテンドレ」駅
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中世からドナウ川を行き交う交易商人、主にセルビア人によって栄えた人口2万余の小さな町
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平日午前中とは云え人影もまばら
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メインストリィ−ト
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セルビア正教会
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お土産?
それとも日用品? -
土産物店ばかりじゃなく露天商も多く日用品がたしかに・・・
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長閑ですネ〜
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少し外れた小路
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静か〜
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駅とセンテンドレ間の陸橋に垂れ幕が・・・この方を知りませんでした
塩田千春さん
ベルリン在住、大阪出身のア−ティスト
私にとってはこの方の作品は斬新・・・興味出ました、機会を見つけて是非鑑賞したいデス -
代わり映えしませんが・・・
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何でも揃うブダペストで一番大きな中央市場、立食屋・土産物屋と何でもござれ
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野菜は云うに及ばず
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粉末パプリカやお皿まで
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拡大すると・・
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ペスト側から見た「くさり橋」
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50年かけて1905年位に完成したブダペスト最大の「聖イシュトバ-ン大聖堂」
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豪華絢爛、チラッとしか見せて貰えなかった
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ハ−フボ−ド(朝夕付き)の夕食は屋外で
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ホテルから徒歩圏の西駅から(Fuzesabony乗り継ぎで)2時間45分で
国立公園ホルトバ−ジへ、バックパックで1泊2日の小旅行
この西駅から美姉妹とFクラスでご一緒、人々編でFoto UPします -
乗り換えの後は、各停ロ−カル線1時間20分でホルトバ−ジ駅に
ハンガリ−南東部に国土の1/3を占める大平原「プスタ」は現民族の祖(?)マジャル人が騎馬遊牧民族であったことを彷彿とさせて呉れるのでは・・・・? -
駅からは馬車で20〜30分、貸切で往復お願いした
バス・タクシ−の類は見つけられず -
鉄網ネットを時計回りに廻し、馬を走らせる機械・・一寸可哀想だけどたしかに効率的なギャロップorキャンタ−を強いれる
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人懐っこい馬、家内も怖がらずに触ってあげられる・・・馬房
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ここ「ホルトバ−ジ国立公園ビジタ−センタ−」からは3台の乗合馬車で出掛けることになった
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ハンガリ−の固有種で角がスパイラル状にねじ上がっている羊、ラッカと言う
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この右の中でラッカは飼われてる(?)
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君ら、騎馬民族の末裔?
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こうして歩くだけ・・・カミサンはパスした、勿体無い
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あまり旨そうじゃない角の長い灰色牛
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もっと美味くなさそうな水牛(?)、バッファロウ?
昔オ−ストラリア・ケアンズの北、ポ−ト・ダグラスの高級リゾ−トホテルで食った「水牛のステ−キ」の酷かったこと・・・固い、臭い、不味い、高かったの思い出した -
下の馬車で通りかかると、行き帰り2度ともにこの馬がすり寄って来て離れない
キット馬車の方が母親でこの子は子供なんだとカミサンと・・・御者さん全く英語を解さないんで -
俺より横が倍のモンゴロイド風お父さん、ありがとう・・・ホルトバ−ジ−駅前
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ホルトバ−ジ−駅
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2時間に一本、各駅停車45分で今夜のお泊り、ハンガリ−第二の都市デブレツェンに
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ハンガリ−「第二の都市」に惑わされ、横浜や大阪を想っていたが
デブレツェンは人口20万強、上越市や熊谷市と同じ規模だったとは・・・
駅前とトラム&乗り場 -
駅からトラムで6,7分、降りたところが公園、その中にあるホテル
ハ−フボ−ド(朝夕付き)で69.3e(\8,300)・・・めちゃ気にりました -
部屋も気に入った
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調度も
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パブリック・スペ−スも
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ラウンジも
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レストランも、料理も
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公園で壁を見つめるAdyってハンガリ−のボ−ドレ−ルと称される有名な作家(詩人?)らしい・・・ホテル前
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デブレツェン中心地で、聖アン大聖堂(?)
この教会、博物館のパンフには「Reformatus Kollegium」とあった
広場はKossuth ter・・・と書いてあった -
何とかフォ−ラムへの道筋だった、古書展やってた・・・
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色んな民族(地域?)衣装で練り歩いていた
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ここもKossuth terです
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近くにあった「Deri Muzeum」
出札の綺麗なご婦人(歳は別にして)にシニア−料金は?
「貴男は駄目ね、〇○才以上なの」
パスポ−ト見せると
驚いて「フリ−よ」と云って衝立の向こうに居る女性を呼んで2人で俺をジロジロ見ていた
マァ、若く見られたって言う話です・・・アホな自慢話でした -
エジプト館
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日本館には
こんなもの〜ってのもアリヤシタ -
手入の悪い日本刀・・・
見た所「新刀(慶長〜幕末)の刀と脇差」だった
全体的に大した陳列物はなかったがP12の立派なパンフレットは呉れた
カミサン買い物、おれはすることが無かったので入れて貰っただけ -
駅で昼食終わって階上に上がると3レ−ンしかないボ−リング場があった
私は下手だが、これほど「ド下手」ではない、3人が3人とも「ド下手」ですゾ -
デブレツェンからブダペスト西駅(徒歩圏)迄Fクラスで2時間半
Fクラスなんて、ついぞ乗ったことないので謂いたいのです・・・貧乏人の性です -
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昔懐かしい列車の「トイレ」
直接線路に「ボットン」です、水は流れます
失礼イタシヤシタ -
ブダペスト最後の夜はドナウに繋るハ−フボ−ドのボ−トホテル
朝夕食はマァ、マァでしたが・・・
寝る頃まで上階で工事、Ect -
黒海議事堂のある「コシュ−ト・ラヨッシュ広場」から左は民族博物館
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同広場からブダ側を・・・左端は国会議事堂の一部
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国会議事堂を正面から
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斜め横から
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花壇をいれて撮ると・・
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お兄さんの本日の釣果です・・・国会議事堂前(正面から見て後ろ)のドナウ川で
ご機嫌で見せて呉れました -
ボ−トホテルでの夕食
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すっかり夕闇が迫ったブダペスト最後の夜
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翌朝、王宮を見ながら珍しくタクシ−でリスト・フェレンツ空港へ
CDGトランジットで14日は羽田と思いきや・・・・ -
AFのストライキで「空港内の巨大ビジネスホテル、イビス」に已む無く宿泊
もっとも嫌いなタイプのホテルでした
横浜まで遠いですが「成田」を選んで帰国の途に・・・
5/26〜6/15日間と丁度3週間、感激・感動度のあまり「高くない」59回目の渡航でした。
保管しているP・Pの日本出入国スタンプが117個、2で割ると58.5回となるがあり得ないので59回としております
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