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南海高野線滝谷駅から三日市町駅までの区間を徒歩で・・西高野街道は弘法大師ゆかりのコースで京都から高野山まで続いています。<br /><br />詳細地図はこちらからhttp://www.kankou-kawachinagano.jp/course/data/koya.pdf

西高野街道をてくてく

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2016/05/22 - 2016/05/22

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kinomukumama

kinomukumamaさん

南海高野線滝谷駅から三日市町駅までの区間を徒歩で・・西高野街道は弘法大師ゆかりのコースで京都から高野山まで続いています。

詳細地図はこちらからhttp://www.kankou-kawachinagano.jp/course/data/koya.pdf

旅行の満足度
5.0
同行者
その他
交通手段
徒歩
  • スタートはこの駅から・・

    スタートはこの駅から・・

  • 踏切を渡って滝谷駅西側へ移動します。<br /><br />高野街道には4つのルートがあり東高野街道もあります。

    踏切を渡って滝谷駅西側へ移動します。

    高野街道には4つのルートがあり東高野街道もあります。

  • 滝谷駅踏切にすでに案内板があった松林寺へ。

    滝谷駅踏切にすでに案内板があった松林寺へ。

  • 正式名称:白鳳山 松林寺(真言律宗)<br /><br />創建は鎌倉時代。

    正式名称:白鳳山 松林寺(真言律宗)

    創建は鎌倉時代。

  • かつては高野山を目指すお坊さんの中継地だったそうです。<br /><br />弘法大師堂(本堂)には大師像が本尊として安置されています。

    かつては高野山を目指すお坊さんの中継地だったそうです。

    弘法大師堂(本堂)には大師像が本尊として安置されています。

  • 松林寺の鐘は江戸時代、「四津の坂 登りて老の 跡見れば 松林寺に鳴る 入相の鐘」と歌われていて、高野参詣の信者に、その晩鐘が親しまれていたことが記載されています。<br /><br />本堂(=左・弘法大師堂)は江戸時代後期の建立です。横の大木は・・

    松林寺の鐘は江戸時代、「四津の坂 登りて老の 跡見れば 松林寺に鳴る 入相の鐘」と歌われていて、高野参詣の信者に、その晩鐘が親しまれていたことが記載されています。

    本堂(=左・弘法大師堂)は江戸時代後期の建立です。横の大木は・・

  • 高野山で有名なコウヤマキです。新緑の若芽が出ていました。

    高野山で有名なコウヤマキです。新緑の若芽が出ていました。

  • 少し起伏のある道を行くと立派な山門が・・<br /><br />盛松寺(せいしょうじ)です。

    少し起伏のある道を行くと立派な山門が・・

    盛松寺(せいしょうじ)です。

  • 高野山真言宗の準別格本山。山号は仏日山。<br /><br />約1200年前、弘法大師が村人の疫病治療の祈祷をした場所にクスノキが生えました。江戸時代に枯れたその木で造った弘法大師像が本尊です。

    高野山真言宗の準別格本山。山号は仏日山。

    約1200年前、弘法大師が村人の疫病治療の祈祷をした場所にクスノキが生えました。江戸時代に枯れたその木で造った弘法大師像が本尊です。

  • とても立派な寺院建築です。<br /><br />1200年前というのは、弘法大師が大同三年(808年)六月唐に留学され、帰国後勅命を受け泉州槙尾山に修行道場を求め巡錫の途中、この地にて昼食をお摂りになられたときです。

    とても立派な寺院建築です。

    1200年前というのは、弘法大師が大同三年(808年)六月唐に留学され、帰国後勅命を受け泉州槙尾山に修行道場を求め巡錫の途中、この地にて昼食をお摂りになられたときです。

  • 当時この地で疫病が流行っていたので、村人たちに「柚子みそ」の製法をお伝えになられたという伝承が残っています。

    当時この地で疫病が流行っていたので、村人たちに「柚子みそ」の製法をお伝えになられたという伝承が残っています。

  • 盛松寺から再び街道へ「こんなところに安倍晴明?」<br /><br />平安時代、天皇が高野詣をなされた時、安倍晴明に天気を占わせたところ、当時としては最高の科学的な方法である暦・易等種々の典籍により、「晴」と出た。天皇の行列が現在晴明塚がたっている石坂付近まで来た時、居合わせた老人が皮膚がかゆくなると雨が降るという経験から「そろそろ雨になりますな」とつぶやき、そのとおりになった。権威ある晴明の占いがはずれてしまい、自分自身の浅学を恥じた晴明は、持参していた易・陰陽道に関する秘書をここに埋めたと伝えられています。

    盛松寺から再び街道へ「こんなところに安倍晴明?」

    平安時代、天皇が高野詣をなされた時、安倍晴明に天気を占わせたところ、当時としては最高の科学的な方法である暦・易等種々の典籍により、「晴」と出た。天皇の行列が現在晴明塚がたっている石坂付近まで来た時、居合わせた老人が皮膚がかゆくなると雨が降るという経験から「そろそろ雨になりますな」とつぶやき、そのとおりになった。権威ある晴明の占いがはずれてしまい、自分自身の浅学を恥じた晴明は、持参していた易・陰陽道に関する秘書をここに埋めたと伝えられています。

  • 今も歴史と伝統を誇る町楠町。<br /><br />山車小屋です。

    今も歴史と伝統を誇る町楠町。

    山車小屋です。

  • 河内長野の市の木。<br /><br />納得です。

    河内長野の市の木。

    納得です。

  • 河内長野駅前に到着です。<br /><br />立派なモニュメントの理由は、4ルートの高野街道がここから1本になるからです。

    河内長野駅前に到着です。

    立派なモニュメントの理由は、4ルートの高野街道がここから1本になるからです。

  • したがって河内長野は市を上げて高野街道をアピールしています。

    したがって河内長野は市を上げて高野街道をアピールしています。

  • 駅前にある長野神社でお弁当を食べました。本殿は重要文化財です。

    駅前にある長野神社でお弁当を食べました。本殿は重要文化財です。

  • また、この「かやのき」は府の天然記念物に指定されています。

    また、この「かやのき」は府の天然記念物に指定されています。

  • お酒好きにはたまらない西條酒造。

    お酒好きにはたまらない西條酒造。

  • 1718年創醸、「三木正宗」「波の鶴」という銘柄を経て、天野山金剛寺の好意で「天野酒」という名前になりました。

    1718年創醸、「三木正宗」「波の鶴」という銘柄を経て、天野山金剛寺の好意で「天野酒」という名前になりました。

  • 風情のある一角です。

    風情のある一角です。

  • 石川を渡り・・

    石川を渡り・・

  • 坂道を歩き100段の階段を上って烏帽子形八幡神社に到着です。<br /><br />かつて楠七城の1つとされる烏帽子形城があったところです。

    坂道を歩き100段の階段を上って烏帽子形八幡神社に到着です。

    かつて楠七城の1つとされる烏帽子形城があったところです。

  • 本殿は重要文化財に指定されていて神社を含む一帯は、城跡で史跡として国の文化財指定を受けています。 <br /><br />入母屋造り、檜皮葺。

    本殿は重要文化財に指定されていて神社を含む一帯は、城跡で史跡として国の文化財指定を受けています。

    入母屋造り、檜皮葺。

  • 本殿の向かいには、楠木正成が湊川の戦いに出陣の折、武運を祈願して植えたとされる老松の巨木「楠公武威の松」があったが、昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れ、樹齢約600年の命を全うした。現在はその輪切りにされたものが境内に納められています。

    本殿の向かいには、楠木正成が湊川の戦いに出陣の折、武運を祈願して植えたとされる老松の巨木「楠公武威の松」があったが、昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れ、樹齢約600年の命を全うした。現在はその輪切りにされたものが境内に納められています。

  • ちょうどこんな感じでした。同じ境内で見つけたもの。

    ちょうどこんな感じでした。同じ境内で見つけたもの。

  • この日は暑かったのですが、竹林を渡る風は涼やかでした。

    この日は暑かったのですが、竹林を渡る風は涼やかでした。

  • 烏帽子形山を下り三日市町駅に向かう途中、大阪府で一番古い木造駐在所が保存されていました。昭和27年建築。<br /><br />

    烏帽子形山を下り三日市町駅に向かう途中、大阪府で一番古い木造駐在所が保存されていました。昭和27年建築。

  • 管轄内には「花子とアン」で有名になった柳原白蓮が宿泊した「油屋」旅館もあります。

    管轄内には「花子とアン」で有名になった柳原白蓮が宿泊した「油屋」旅館もあります。

  • 旧街道の風情たっぷり・・。

    旧街道の風情たっぷり・・。

  • 八木家住宅。<br /><br />主屋、土蔵ともに、伝統的な町屋の姿を良好に留めていることから、平成20年10月23日に国の有形文化財に登録されました。

    八木家住宅。

    主屋、土蔵ともに、伝統的な町屋の姿を良好に留めていることから、平成20年10月23日に国の有形文化財に登録されました。

  • 天野川を渡り三日市町駅に到着。

    天野川を渡り三日市町駅に到着。

  • 駅前商業施設の一角でリフレッシュして帰路に着きました。

    駅前商業施設の一角でリフレッシュして帰路に着きました。

  • 上のお店もそうですが街道の随所にこの札がかけられていました。<br /><br />(八木家住宅で撮影)

    上のお店もそうですが街道の随所にこの札がかけられていました。

    (八木家住宅で撮影)

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