2015/11/09 - 2015/11/12
3388位(同エリア27583件中)
ソウルの旅人さん
- ソウルの旅人さんTOP
- 旅行記64冊
- クチコミ9件
- Q&A回答1件
- 48,719アクセス
- フォロワー14人
初めて作成する旅行記です。
試作品ですので、3ケ月以上前の古い旅行です。
昨年、秋の韓国を3泊4日で訪問しました。ソウルを周った最終日11月12日だけの記録です。
訪問地は東大門・梨花洞路上美術館・恵化周辺・城北洞・崔淳雨旧宅・韓龍雲尋牛荘・ブッジョンマウル
観光地もありますが、珍しい場所もあります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 日本旅行
-
宿泊ホテル
ソウルの中心にあります。古いですが、利便性は抜群です。
もちろん日本語は完全に通じます。 -
11月12日のAM7:00頃のホテルの窓からの景色。
朝鮮日報本社ビル、清渓川ほかソウル中心街が一望です。 -
同じくホテル窓から南側を望んでいます。ソウルタワーは南山の頂上に立つ塔ですから市内の何処からでも見えます。
-
窓からの景観とソウルの旅人です。
-
ホテル前のソウルを南北に走る世宗大路。李舜臣像から世宗大王像、その奥に景福宮、判りにくいですが青瓦台の屋根が少し見えています。観光景観ではなく、ソウルの日常風景ですが、ソウルは乗用車(セダン)とバスの街です。
後方に展開している紅葉は見事ですが、何処にも紹介されておらず、紅葉名所にもなっておらず、誰も見ていないようです。京都の紅葉より遥かに素晴らしいのですが・・・。 -
地下鉄1号線で、市庁駅より東大門駅に行き、2号出口から出ます。東大門駅は要所であり、いつも大混雑ですが、この出口は裏側であって閑散としており、この写真も通常の逆から撮っていることになります。ソウルの旧市街である漢城(李朝朝鮮時代の名称)区域は城郭都市であり、周囲を城壁が取囲み出入りは各所の門でした。城郭のない日本の都市ではイメージがありませんが、本日は城壁に沿って歩きます。
-
各城門には名前がありますが、東大門の名称は「興仁之門」です。朝鮮王朝初期に漢城に遷都しますが、風水からみると漢城は東側が弱い。東を強化することが重要であるとして通常は興仁門と記されるが、特に≪之≫を入れて強化したとなっている。≪之≫を入れた効果は果たして発揮されたであろうか。
-
東大門より北に向かって歩きます。その途中にあった看板です。
「チュンシンシジャン」と読めますが、漢字では≪忠信市場≫か。漢字を使用しなくなったのが残念です。
韓国では市場が沢山あり、且つ繁盛しています。日本ではほぼ消滅した市場ですが、ソウルではその雰囲気を存分に味わえるのが、楽しみのひとつです。日本語では[シジョウ]韓国語では[シジャン」。似ているようで、微妙に違うようにも思います。 -
東大門より坂道を歩いて30分弱で梨花洞路上美術館に着きます。ソウルの東山である駱山の中腹あたりになります。超有名ですから今更ですが、見る価値がある無料の≪美術館≫です。
午前9時頃ですが、既に中国人観光客が大勢到着していました。
日本もそうですが、韓国も中国人で溢れています。喜ぶべきことでしょう。 -
ウサギと猫です。それぞれの表情が秀逸ですが、日本人の描いた動物の表情とは違うようでもあり、同じようにも見えます。
-
これも有名な錦鯉です。上段から降りて来たので、このような画があるとは判らず、普通のコンクリート階段に見えていましたが、振り返ると鯉が悠然と泳いでいました。
-
遠方からです。鯉の影がクッキリしていかにも泳いでいるように見えます。実物はもっと迫力がありますよ。外部階段という条件を前提に、絵画を本格的に描いており、絶品です。
左側壁下段の子犬の絵には[癒され]ます。
路面、家屋を見ればわかるとおり、この近辺は謂わいる「タルトンネ」と呼ばれる貧民街です。街興しのためにこのような路上美術館を作った由ですが、自分の家にペインティングして、他者に見てもらうという発想は日本人には無いか。 -
これも有名な「サラリーマンと犬」です。これを見ていると何を表現しているのかを探りたくなります。確かに夥しい多数の人がこのオブジェは何々を意味していると感想を書きつけておりますが、作者の意図は見た人にかってに想像させるとこにあるのでしょう。そういう作品です。よって、感想なし。
遠景はソウル中心街です。駱山から市内を見下ろしている図になります。 -
ソウルの南方向をバックにした「犬とサラリーマン」です。南山の上に立つソウルタワーはホテルの窓からも見えましたが、ここからも目立ちます。ついそれを被写体にしてしまう。
しかし、本当に何を考えてこんなオブジェを創ったのでしょうか? -
駱山公園より仁旺山を望む。立派な山です。仁旺山はソウルの西山ですから東から西を見ていることになります。東山の駱山は今登ってきたように丘陵といってよい程低い。よって、風水の上からは東が弱いとなるのですが、無学大師は「長男を象徴する東が弱いと、世継ぎが弱く、争いが絶えない」と予言しますが、朝鮮王朝の長男が惨憺たる経過を辿るのをみると、無学の予言は当たったのでしょう。門額の≪之≫追加も効果が無かったようです。
但し、次男・三男以下ほぼ全ての王子が難儀な人生を送っているのをみると、果たして東だけが不幸というわけでもないようで・・・。 -
駱山を降りると、大学路。若者の街ですから、そこはスルーして地下鉄恵化駅から北に向かいます。10分も歩けば恵化門に到着です。城壁の北東に相当する小さな出入り口だったようです。立派に再建されていますが、訪れる人はごく少数でしょうか。
-
恵化門から残存している城壁にそって城北洞に向かいます。
このように上部は改修されていますが、基部は十分残っています。この道路は全くの一般道で車が頻繁に通っていました。 -
一般道路横の城壁ですが、補修跡が顕著です。600年の間に無数の修繕があったのでしょうが、石の大小から補修時期が判るとのことです。
それより、壁沿いが駐車場になっている。歴史遺物と現代生活の混合が韓国らしいでしょう。 -
韓国で目立つもの。それは十字架。教会が無数にあります。人口の50%がキリスト教徒だと言いますから当然なのでしょうが、それにしてもです。明治以来キリスト教が入って来るも、1%以上に信者が増えたことがない日本と対照的です。日韓比較の格好の材料です。
明確ではありませんが、前の写真の続きですからこの写真に写っている石積の壁はソウル城壁でしょう。教会の壁の一部にもなっている城壁とは!! -
城壁に沿って登りきると城北洞です。その入口に崔淳雨旧家があります。国立博物館の館長を務めた韓国美術史の大家。
日本の美術全集にも解説者として登場しますが、「この白磁は18世紀、金沙里の窯で焼かれた」と明確に表記しています。日本の専門家は18世紀と思われるが17世紀の可能性もあり、金沙里かもしれないが確定できないとぼかすのですが、崔淳雨はすべて断定ですから気持がいいのです。 -
屋内に壺が飾ってありました。朝鮮白磁です。本物か偽物かわかりませんが、崔淳雨の部屋にあるならば18世紀前半に焼かれた本物でしょう。
-
清潔感溢れる韓屋といった印象ですが、朝鮮の学者は明らかに日本の学者とは違うようです。自らの研究から判った結論は、それがどんなに常識を逸脱していてもそのまま表現する。
この小さな韓屋は李氏朝鮮の学者の姿を残しているようです。 -
崔淳雨旧家より城北洞にでて道なりに上がっていきます。城北区立美術館の奥にあるのが壽硯山房です。上質の韓屋喫茶ですが、まだ開店前で、お茶を飲むことが出来ず。残念。入口はこのように雰囲気あり。
-
城北洞を同じく進み、菊花庭園前を横断して、細い道に入り木の階段を登ります。途中から地道になりますが、ふたりが並んで歩ける程度の坂道です。両横は住宅が迫っていますが、ひと気はありません。静かです。
4〜5分で尋牛荘です。看板が出ていますからすぐ判ります。
反植民地闘争を指導した韓龍雲の自宅です。誰一人おらず、訪問者ノートが置いてあるだけでした。膨大な訪問者数で、大部分は当然韓国人ですが、案外中国人の名前がありました。日本人名は今回の私の署名がこの1年間で最初です。 -
韓龍雲の肖像画が架かっていました。峻烈な人生を送っていますが、温和な表情が印象的です。家屋も粗末ですが、植民地時代の息吹が感じられる佇まいでした。
-
尋牛荘の庭から左側を観た景観です。近代的な高級住宅が並んでいるように見えます。豊さが実感できる写真と言えるでしょう。この奥に超高級住宅地があり、地図でみると各国大使の官邸と財閥の豪邸が揃っているようです。
-
尋牛荘の庭から右側を観た景観です。奥に写っているのはソウル城壁です。はっきり写っていませんが、城壁に沿って古い家屋が連なっています。こちら側へこれから登っていきます。
-
尋牛荘を出て少し歩き、鳩の絵が描かれた陸橋をくぐり石段を上ると、ビジットソウル(ソウル市観光振興公式サイト)に『空の下の昔のソウル−私達の暮らしが溶けている本物の村の姿を残しています。』と紹介されているブッチョンマウルの景色を見ることになります。
ソウル城郭北端の斜面にへばり付くような苫屋の集団と細い迷路のような路地と階段が眼前に展開されます。 -
しかし、残念ながらその写真はありません。石段を登った所で、オモニと顔を合わせたのですが、悪意の表情ではなく、こんなところに何をしに来たのかと眼が語っていました。観光客がのこのこ出掛ける場所ではない。場違い過ぎる。そこからはカメラを出すことは出来ませんでしたので、マウル(村)を通り過ぎて城壁に達してから振り返って,そこから見えるほんの端の一部の写真だけ載せておきます。中心部ではありません。
この村の写真が掲載されているサイトもあるので、探してください。
現地に行って実際の景観をみることをお勧めします。 -
望遠で撮ったこの写真がこの村の一端を示しています。
どうでしょう!!!
≪空間が時間に抵抗している≫場所です。 -
マウルを横断して到達した城壁です。見事な銀杏の黄葉でした。
以上のように、ソウルには李氏朝鮮時代の歴史が生きている場所があるのです。 -
城壁に綺麗な鳥が飛んできました。鵲(かささぎ)です。朝、鵲を見るか、声を聞くとその日は良いことがあると韓国では言うそうです。今日はソウルで見たいものを十分見ることができ、楽しい一日を過ごせました。
鵲さん、有難う。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (1)
-
- 熟年ドラゴン(もう後期高齢だけど)さん 2016/02/08 17:37:20
- 初旅行記おめでとうございます。
- 壁絵などは他所でも見かけましたが、ガイドブックには紹介されていない所の解説良かったです。
車はホントセダンですね。軽トラックとか走ってないのかな?
反植民地運動の志士の住まいで日本人は署名しないだろうし、そもそも行かないかもですね。反日教育が行き届いている某国の人たちには喝采物かも。
伊藤博文暗殺した人のも記念館か何かあるのでしょうかね。
次作をお待ちしています。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
1
32