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家を6時55分に出て 高松東ICから高速に乗り 北房ICで下りて満奇洞へ(満奇洞8時54分着)。<br />満奇洞は内部の写真を撮っても良いので 十分楽しめた。<br />鐘乳穴も立ち寄ったが 10時になっても外の門が閉まったままだったので諦め 備中松山城へ(備中松山城10時31分着)。その後、賀陽ICから高速に乗り 備前ICで下り旧閑谷学校へ(旧閑谷学校12時12分着)

岡山(満奇洞、備中松山城、旧閑谷学校)

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2015/11/20 - 2015/11/20

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ka-keiko

ka-keikoさん

家を6時55分に出て 高松東ICから高速に乗り 北房ICで下りて満奇洞へ(満奇洞8時54分着)。
満奇洞は内部の写真を撮っても良いので 十分楽しめた。
鐘乳穴も立ち寄ったが 10時になっても外の門が閉まったままだったので諦め 備中松山城へ(備中松山城10時31分着)。その後、賀陽ICから高速に乗り 備前ICで下り旧閑谷学校へ(旧閑谷学校12時12分着)

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
自家用車
  • 朝7時頃の高松市は快晴

    朝7時頃の高松市は快晴

  • 北房ICへ向かう途中の岡山自動車道は 所々霧が発生して 見えにくかった。

    北房ICへ向かう途中の岡山自動車道は 所々霧が発生して 見えにくかった。

  • 満奇洞の駐車場から 中央の斜面を少し登ると洞窟の入口がある---朝8時30分から開いている。<br />自動発券機で入洞券を買い受付で見せる。<br />北房IC出口付近から 新見市豊永赤馬にある満奇洞まで30分位(途中で道を間違えた)。

    満奇洞の駐車場から 中央の斜面を少し登ると洞窟の入口がある---朝8時30分から開いている。
    自動発券機で入洞券を買い受付で見せる。
    北房IC出口付近から 新見市豊永赤馬にある満奇洞まで30分位(途中で道を間違えた)。

  • 満奇洞案内図<br />入口と出口は 同じ場所。

    満奇洞案内図
    入口と出口は 同じ場所。

  • 満奇洞内部---写真撮影できたので十分楽しめた。<br /><br />満奇洞(まきどう)----天然記念物(昭和32年11月5日 岡山県指定)<br />江戸時代末期、猟師が狸を追っている時発見したといわれ、昭和4年10月、歌人与謝野鉄幹・晶子夫婦がこの地を訪れ、槇という地名から「槇の穴」と呼ばれていた名称を 地名にちなんで「奇に満ちた洞」と詠んだことから満奇洞と言われるようになった。<br /><br />まきの洞 夢にわが見る世の如く 玉より成れる殿づくりかな---鉄幹<br /><br />満奇の洞 千畳敷の蝋の火の あかりに見たる顔を忘れじ---晶子<br /><br />洞くつは迷路に富む閉塞型の平面に発達した横穴で、総延長は約450m、最大幅は約25m。<br />

    満奇洞内部---写真撮影できたので十分楽しめた。

    満奇洞(まきどう)----天然記念物(昭和32年11月5日 岡山県指定)
    江戸時代末期、猟師が狸を追っている時発見したといわれ、昭和4年10月、歌人与謝野鉄幹・晶子夫婦がこの地を訪れ、槇という地名から「槇の穴」と呼ばれていた名称を 地名にちなんで「奇に満ちた洞」と詠んだことから満奇洞と言われるようになった。

    まきの洞 夢にわが見る世の如く 玉より成れる殿づくりかな---鉄幹

    満奇の洞 千畳敷の蝋の火の あかりに見たる顔を忘れじ---晶子

    洞くつは迷路に富む閉塞型の平面に発達した横穴で、総延長は約450m、最大幅は約25m。

  • 中腰で歩く所もあるが、疲れたら天井部に穴がある所に頭を突っ込み 背筋を伸ばし休憩しながら進んだ---手すりが多くないので スリルがあり面白かった。

    中腰で歩く所もあるが、疲れたら天井部に穴がある所に頭を突っ込み 背筋を伸ばし休憩しながら進んだ---手すりが多くないので スリルがあり面白かった。

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 満奇洞内部

    満奇洞内部

  • 備中松山城へ。<br />途中でシャトルバスに乗り換えて その後 徒歩で登る。<br />シャトルバスを下りて お城へ向かう山道の入口に 無料の杖が用意されていたので使わせてもらった。

    備中松山城へ。
    途中でシャトルバスに乗り換えて その後 徒歩で登る。
    シャトルバスを下りて お城へ向かう山道の入口に 無料の杖が用意されていたので使わせてもらった。

  • 石垣

    石垣

  • 備中松山城の石垣

    備中松山城の石垣

  • 土塀<br />四角い矢狭間と丸い筒狭間を備えた土塀。

    土塀
    四角い矢狭間と丸い筒狭間を備えた土塀。

  • 備中松山城<br />現在、一般に「備中松山城」と呼ばれるのは、小松山の山頂(標高430m)を中心に築かれた近世城郭を指し、天守の現存する山城としては随一の高さ。<br />城内には天守、二重櫓、土塀の一部が現存し 昭和25年に重要文化財の指定を受けた。<br />平成九年には 本丸南御門、東御門、腕木御門、路地門、五の平櫓、六の平櫓、土塀などが史実にもとづいて復元され、天守も平成15年には保存修理が行われた。

    備中松山城
    現在、一般に「備中松山城」と呼ばれるのは、小松山の山頂(標高430m)を中心に築かれた近世城郭を指し、天守の現存する山城としては随一の高さ。
    城内には天守、二重櫓、土塀の一部が現存し 昭和25年に重要文化財の指定を受けた。
    平成九年には 本丸南御門、東御門、腕木御門、路地門、五の平櫓、六の平櫓、土塀などが史実にもとづいて復元され、天守も平成15年には保存修理が行われた。

  • 備中松山城

    備中松山城

  • 天守(国指定重要文化財)<br />木造本瓦葺き二層二階の建物。

    天守(国指定重要文化財)
    木造本瓦葺き二層二階の建物。

  • 天守閣からの眺め

    天守閣からの眺め

  • 天守閣から二重櫓を見て。<br />天然の巨石を櫓台とした二層二階建ての構造。

    天守閣から二重櫓を見て。
    天然の巨石を櫓台とした二層二階建ての構造。

  • 天守閣からの眺め。

    天守閣からの眺め。

  • 本丸の裏門へ

    本丸の裏門へ

  • 二重櫓の正面脇にある腕木御門(複製)

    二重櫓の正面脇にある腕木御門(複製)

  • 二重櫓。

    二重櫓。

  • 下山

    下山

  • 旧閑谷学校の校門横で(校門は修理中)。<br />敷地内にある閑谷神社も修理中で少し残念。

    旧閑谷学校の校門横で(校門は修理中)。
    敷地内にある閑谷神社も修理中で少し残念。

  • 修理中の校門

    修理中の校門

  • 左の階段を上れば 落葉した木の後ろに聖廟、右の階段を上がれば閑谷神社があるが修理中だった。<br />聖廟の前には、「中国の孔子林の種を育てた一対の楷(かい)の木があり 秋には素晴らしい紅葉を見せます」とあったが 全部綺麗に落ちていた。<br />閑谷神社は 学校の創始者池田光政を祀っていて、孔子を祀っている聖廟より一段低い所に建てられている。

    左の階段を上れば 落葉した木の後ろに聖廟、右の階段を上がれば閑谷神社があるが修理中だった。
    聖廟の前には、「中国の孔子林の種を育てた一対の楷(かい)の木があり 秋には素晴らしい紅葉を見せます」とあったが 全部綺麗に落ちていた。
    閑谷神社は 学校の創始者池田光政を祀っていて、孔子を祀っている聖廟より一段低い所に建てられている。

  • 旧閑谷学校の講堂(国宝)<br />入母屋造り・しころ葺きの大屋根をのせている講堂。<br />一旦こけら葺きの屋根を作った上に、垂木ごとに漆をかけた一枚板を張り、その上に備前焼瓦をのせるといった 手の込んだ造り。<br />

    旧閑谷学校の講堂(国宝)
    入母屋造り・しころ葺きの大屋根をのせている講堂。
    一旦こけら葺きの屋根を作った上に、垂木ごとに漆をかけた一枚板を張り、その上に備前焼瓦をのせるといった 手の込んだ造り。

  • 講堂。

    講堂。

  • 講堂内部<br />武士の子弟が学ぶ藩校は岡山市内にあったが、2つ目の藩直営の学校・閑谷学校は、初めから庶民の学校・地方のリーダーを育てる学校として1670年に創建された。<br />藩主池田光政が建設を命じたが 建築物が完成したのは 光政の死後 1701年、2代目藩主綱政の頃。<br />現存する、庶民を対象にした学校建築物としては世界最古と言われている。<br />今でも研修生が講堂の床に正座して 論語の一章をそらんじあい講釈を受ける「講堂学習」の風景が見られる。<br /><br /><br /><br />

    講堂内部
    武士の子弟が学ぶ藩校は岡山市内にあったが、2つ目の藩直営の学校・閑谷学校は、初めから庶民の学校・地方のリーダーを育てる学校として1670年に創建された。
    藩主池田光政が建設を命じたが 建築物が完成したのは 光政の死後 1701年、2代目藩主綱政の頃。
    現存する、庶民を対象にした学校建築物としては世界最古と言われている。
    今でも研修生が講堂の床に正座して 論語の一章をそらんじあい講釈を受ける「講堂学習」の風景が見られる。



  • 講堂内部

    講堂内部

  • 聖廟<br />孔子を祀る聖廟

    聖廟
    孔子を祀る聖廟

  • 聖廟前の楷(かい)の木の紅葉を見られなかったので 閑谷学校資料館横の紅葉をパチリ。<br />校地を取り巻く石塀の長さは765メートルに及ぶ。<br />南側と東西の石組は「切り込みはぎ式」と呼ばれる精巧なもの。

    聖廟前の楷(かい)の木の紅葉を見られなかったので 閑谷学校資料館横の紅葉をパチリ。
    校地を取り巻く石塀の長さは765メートルに及ぶ。
    南側と東西の石組は「切り込みはぎ式」と呼ばれる精巧なもの。

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