マラガ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
今年の夏は、COSTA DEL SOLにやってきた。<br />MALAGA、TORREMOLINOS、MARBELLAと、スペインのコートダジュールを満喫。<br /><br />ランチ時間が、14時から16時。夕食は、21時からでないと、レストランで食べれない。だから、夕方のバールで、一杯飲みながらのタパスと、夕食をカンタンに済ます人も多いのが、スペインの現状。<br />COSTA DEL SOLは、ランチ時になると、必ずイカリングの匂いがただよってくる。<br />ちなみに、パリは、オムレツの匂い、日本は、お味噌汁の匂いが漂っている印象。<br /><br /><br />ここでは、MALAGAを<①ピカソ> と <②城砦アルカサバを含めた町歩き>に分けてみた。<br /><br />ピカソは、マラガの英雄とも呼べるであろう。ピカソの死後、遺族よって、ピカソ美術館が作られ、結果的に、町興しとなった。<br />ピカソは、生家のあるこのマラガに、10歳位まで住んでいた。その後、マドリッド、バルセロナ、パリ、コートダジュール、、、と移動し、あまり遠くには行かなかったようだ。長寿で、91歳で、コートダジュールのムージャンで亡くなっている。<br /><br />エクス アン プロバンスの現在個人所有のシャトー(ヴォーヴナルグ城)内には、素晴らしい絵画等が残されていると聞くが、一般公開はされていない。そこの庭に、ピカソは、自殺したジャックリーヌと現在眠っている。<br /><br />ピカソの周りは、自殺した人が目立つ。それは、耐え難い、不幸な人生だったであろう。<br /><br />芸術活動していない時には、1人でいる事が出来なかったピカソ。だから、たくさんの愛人を持ち、認知していないたくさんの子孫がいるわけだが、ピカソが、亡くなった時には、遺産相続の揉め事を天から、笑って眺めていたであろうと、フランスのジャーナリストは記載している。<br />テイファニーの宝石デザイナーをしていたパロマ ピカソが、一番有名な子孫であろうか。<br /><br /><br />ピカソは、アンリ マティスと同じ時代を生きた画家で、彼らは、交友があったのにも関わらず、マティスのお葬式にはとうとう現れなかったピカソ。<br /><br />ピカソは、**時代というように、時代によって、作品が分けられている。社会背景や問題点、彼の人生や精神状態や周りの人々によって、描きたい物も変化していく。<br /><br /><br /><br />パリにもアンチーブにもバルセロナにもピカソ美術館がある。<br /><br />マラガのピカソ美術館は、ブエナ・ビスタ宮殿(アルバ公爵用に建てられた)を改装した美術館。そこの中庭には、巨大クモが、、、六本木の巨大クモを作成したアーチスト ルイーズ・ブルジョワであろうか、、、、(?)<br /><br /><br /><br />ピカソの生家と合わせて、美術館見学。<br />

マラガ① ピカソの生家&ピカソ美術館

13いいね!

2015/09/01 - 2015/09/07

141位(同エリア354件中)

0

15

panthere ☆ ノートル パリ

panthere ☆ ノートル パリさん

今年の夏は、COSTA DEL SOLにやってきた。
MALAGA、TORREMOLINOS、MARBELLAと、スペインのコートダジュールを満喫。

ランチ時間が、14時から16時。夕食は、21時からでないと、レストランで食べれない。だから、夕方のバールで、一杯飲みながらのタパスと、夕食をカンタンに済ます人も多いのが、スペインの現状。
COSTA DEL SOLは、ランチ時になると、必ずイカリングの匂いがただよってくる。
ちなみに、パリは、オムレツの匂い、日本は、お味噌汁の匂いが漂っている印象。


ここでは、MALAGAを<①ピカソ> と <②城砦アルカサバを含めた町歩き>に分けてみた。

ピカソは、マラガの英雄とも呼べるであろう。ピカソの死後、遺族よって、ピカソ美術館が作られ、結果的に、町興しとなった。
ピカソは、生家のあるこのマラガに、10歳位まで住んでいた。その後、マドリッド、バルセロナ、パリ、コートダジュール、、、と移動し、あまり遠くには行かなかったようだ。長寿で、91歳で、コートダジュールのムージャンで亡くなっている。

エクス アン プロバンスの現在個人所有のシャトー(ヴォーヴナルグ城)内には、素晴らしい絵画等が残されていると聞くが、一般公開はされていない。そこの庭に、ピカソは、自殺したジャックリーヌと現在眠っている。

ピカソの周りは、自殺した人が目立つ。それは、耐え難い、不幸な人生だったであろう。

芸術活動していない時には、1人でいる事が出来なかったピカソ。だから、たくさんの愛人を持ち、認知していないたくさんの子孫がいるわけだが、ピカソが、亡くなった時には、遺産相続の揉め事を天から、笑って眺めていたであろうと、フランスのジャーナリストは記載している。
テイファニーの宝石デザイナーをしていたパロマ ピカソが、一番有名な子孫であろうか。


ピカソは、アンリ マティスと同じ時代を生きた画家で、彼らは、交友があったのにも関わらず、マティスのお葬式にはとうとう現れなかったピカソ。

ピカソは、**時代というように、時代によって、作品が分けられている。社会背景や問題点、彼の人生や精神状態や周りの人々によって、描きたい物も変化していく。



パリにもアンチーブにもバルセロナにもピカソ美術館がある。

マラガのピカソ美術館は、ブエナ・ビスタ宮殿(アルバ公爵用に建てられた)を改装した美術館。そこの中庭には、巨大クモが、、、六本木の巨大クモを作成したアーチスト ルイーズ・ブルジョワであろうか、、、、(?)



ピカソの生家と合わせて、美術館見学。

旅行の満足度
4.0
  • 美術館に入ると、いきなり中庭に、巨大な蜘蛛が!<br />う〜ん、これは、ルイーズ・ブルジョワであろうか? 何か、ピカソと交流があったのであろうか、、、?<br />説明が無かったか、見落としてしまった、、、、残念!

    美術館に入ると、いきなり中庭に、巨大な蜘蛛が!
    う〜ん、これは、ルイーズ・ブルジョワであろうか? 何か、ピカソと交流があったのであろうか、、、?
    説明が無かったか、見落としてしまった、、、、残念!

  • 美術館の2階。ブエナ・ビスタ宮殿を改装した美術館だけあって、2階からの眺めも素晴らしい。

    美術館の2階。ブエナ・ビスタ宮殿を改装した美術館だけあって、2階からの眺めも素晴らしい。

  • ピカソのオブジェ。<br />同時代を生きたジャンコクトーは、ピカソの事をこう言ったそうだ。<br /><クズ屋のアート><br />ピカソは、人々が捨てた物を拾ってきて、このオブジェを作った。<br />左の太陽は、クギ!<br />針金とか、拾ったツボを逆さにしたり、フルーツ皿の上には、木で出来た色々なパン。<br /><br />残念ながら、絵画は、写真禁止だったので、これ以上の写真は無いが、ピカソの青の時代中心の作品群。

    ピカソのオブジェ。
    同時代を生きたジャンコクトーは、ピカソの事をこう言ったそうだ。
    <クズ屋のアート>
    ピカソは、人々が捨てた物を拾ってきて、このオブジェを作った。
    左の太陽は、クギ!
    針金とか、拾ったツボを逆さにしたり、フルーツ皿の上には、木で出来た色々なパン。

    残念ながら、絵画は、写真禁止だったので、これ以上の写真は無いが、ピカソの青の時代中心の作品群。

  • ピカソの生家前の公園の壁。

    ピカソの生家前の公園の壁。

  • その公園には、グリーンレモンの木がたくさん植えられており、実がなっていた。

    その公園には、グリーンレモンの木がたくさん植えられており、実がなっていた。

  • 公園の中央

    公園の中央

  • 公園周りのカフェ&レストラン。ここで、メロン&セラノーハムとワインのランチ。

    公園周りのカフェ&レストラン。ここで、メロン&セラノーハムとワインのランチ。

  • ピカソの生家は、このアパートの2階。

    ピカソの生家は、このアパートの2階。

  •  1881年10月25日にここで生まれたと記載されている

    1881年10月25日にここで生まれたと記載されている

  • 階段で2階へ。

    階段で2階へ。

  • ピカソの母。マリア・ピカソ・ロペス。幼馴染と結婚。<br />ピカソには、2人の妹がいた。末っ子は、わずか4歳で他界。

    ピカソの母。マリア・ピカソ・ロペス。幼馴染と結婚。
    ピカソには、2人の妹がいた。末っ子は、わずか4歳で他界。

  • ピカソの父。ホセ・ルイス・ブラスコ。アンダルシア地方サン・テルモ工芸学校美術教師だった。最後には、バルセロナ美術学校教師となる。

    ピカソの父。ホセ・ルイス・ブラスコ。アンダルシア地方サン・テルモ工芸学校美術教師だった。最後には、バルセロナ美術学校教師となる。

  • 1フロアーが、ピカソ家の住居。ここでピカソは生まれ、10歳頃まで生活する。<br />写真は、食卓兼ダイニングらしき部屋。

    1フロアーが、ピカソ家の住居。ここでピカソは生まれ、10歳頃まで生活する。
    写真は、食卓兼ダイニングらしき部屋。

  • こちらは、リビング。ピカソの姉妹を洗礼させた時の赤ちゃん用白いドレスも展示されていた。<br /><br />この部屋の横には、小さめの部屋があり、ピカソが着ていた黒地で、赤の裏地がついたマントーが展示してあった。その自画像も書いている。<br /><br />絵画の写真は禁止。<br /><br />ネットでそのマントーを着た自画像を探してみたが、残念ながら見つからなかった、、、

    こちらは、リビング。ピカソの姉妹を洗礼させた時の赤ちゃん用白いドレスも展示されていた。

    この部屋の横には、小さめの部屋があり、ピカソが着ていた黒地で、赤の裏地がついたマントーが展示してあった。その自画像も書いている。

    絵画の写真は禁止。

    ネットでそのマントーを着た自画像を探してみたが、残念ながら見つからなかった、、、

  • ピカソ美術館でのVIDEO

    ピカソ美術館でのVIDEO

この旅行記のタグ

13いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

スペインで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
スペイン最安 393円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

スペインの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP