2014/08/01 - 2014/08/01
198位(同エリア349件中)
Tomさん
既に1年以上前のことですが、姉夫婦と私たち夫婦の4人で、7月9日(日本出発)から8月6日(日本到着)まで約一ヶ月、イギリスを旅行しました。
7月30日夕方、一足先に帰国する姉夫婦を見送った後、再びレンタカーを借り、8月5日夕方ヒースロー空港で返却するまで、ヨーク、ハワース・湖水地方、チェスター方面をドライブ。
8月1日はヨークの国立鉄道博物館を訪れた後、リポンのファウンテンズ修道院跡へ行き、ハワースでの投宿でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヨーク・ミンスターを左斜め後方に見るようにヨーク駅に向かう途中で右折します。ヨークの城壁に空けられているアーチをくぐって国立鉄道博物館方向へ進むところです。
9時45分頃ですが、渋滞がひどいです。中世の城壁に囲まれた内側はどこも渋滞が激しいようです。 -
鉄道博物館の入り口です。入場無料という文字が見えます。
駐車場はヨーク駅方面から来たらここから50mほど進んだ、左側にあります。(駐車料金は忘れましたが、トークンを購入するしくみだったように記憶しています。)
駐車場の位置も載っている博物館の平面図はこちら
http://www.nrm.org.uk/PlanaVisit/VisitYork/museum-map.aspx -
メインエントランスから少しエスカレーターで下りたらグレート・ホールに出ます。いきなりこんな機関車に出会いました。
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こちらはディーゼル機関車ですね。
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これがディーゼルエンジンです。
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1970年代のインター・シティー列車の先頭部分です。当時ディーゼル列車としては世界最速(運転最高速度は200km/h)でした。
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ユーロスターです。ドーバー海峡トンネルを通ってイギリス・フランスを往復する電車です。
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新幹線0型もありました。
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機関車「ハミルトン公爵夫人」です。
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写真からは見えませんが、この機関車は電気機関車と同程度の馬力を出すためにボイラーの下のフレームの間に第3のシリンダーがあります。
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詳細は忘れてしまいました。
転車台に載っている機関車です。 -
蒸気機関車の最速記録を持つマラード号です。203km/hを出した記録があります。
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子供が(大人も)喜びそうなジオラマの鉄道模型もありました。
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寝台列車を牽いていた蒸気機関車だと思われます。
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蒸気機関車の構造模型(先端部)です。
赤茶けた太い管が蒸気管でシリンダーに繋がっています。他の赤茶けた空洞部分は煙突に繋がっている煙室という部分です。蒸気がシリンダー内のピストンを動かし車輪を回転させる仕組みがわかります。 -
同じく蒸気機関車の構造模型(中央部)です。
青い太い管が煙管で左が黄色で右に行くにしたがって赤くなっている管が蒸気を作る過熱管です。 -
蒸気機関車の構造模型(後部)です。
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世界最初の旅客鉄道であるリバプール・アンド・マンチェスター鉄道の蒸気機関車ロケット号(レプリカ)です。、ロバートスティブンソンが設計しました。機関車の仕組みが分かるよう構造模型になっています。
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反対側から見たロケット号です。切り落としがないので、このような外見だったとはっきり分かります。
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ロケット号のレプリカに関する説明パネルです。
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ロケット号に牽かれた客車です。屋根付きと屋根無しの2種類があります。
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転車台に蒸気機関車が載っています。
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グレート・ウェスタン鉄道会社のキング型蒸気機関車で急行列車を牽いていました。
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大きい車両が郵便列車で、小さいほうが客車ということのようです。
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近くにこんな機関車もありました。
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起伏の激しい地方で使われた機関車らしいです。
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これに関することは覚えていませんが、珍しい形だと思うのでここに掲載しました。
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これも機関車の一種だと思いますが、どのような使われ方をしたのでしょうか。
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ディーゼル機関車ですね。
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これもディーゼル機関車です。
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ジョージ・スティーブンソン(ロバートの父)のロコモーティヴ号。
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同じくロコモーティヴ号。
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1等席と2等席が同じ台車に載っている客車。
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これは3等客車です。屋根がありません。
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さて、グレートホールの南側にあるショップの脇から車道を地下で横切る通路を通ってステーション・ホールにやってきました。
2枚目の写真のコメントに乗せた館内地図のURLを再度掲載します:
http://www.nrm.org.uk/PlanaVisit/VisitYork/museum-map.aspx
これは1892年代〜1920年代にロンドンと中部イングランド間を走っていた高速蒸気機関車です。 -
運転席です。意外とシンプルなレイアウトに感じました。
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急行列車牽引用の機関車です。
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バナナ専用の貨車もあったみたいです。
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プルマン・カーです。豪華な寝台車や食堂車等で構成されている1等車両の代名詞です。
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プルマン・カーに乗ってみました。それほど豪華だという感じはしませんでした。
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これは別な客車の1等席ですが、かなり豪華なつくりです。いつの時代のものでしょうか。
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個室ごとにこんなものが設置されています。暗くて見えにくいですが、トイレと手洗いです。
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1等席に座ってみました。
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王室専用の車両の一つ。
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同じく王室専用車両の中を覗いてみました。
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王室用車両の一角です。
向こうの窓の外はプラットホームが飲食のできるカフェテリアになっています。 -
王室専用車の寝室です。
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こちらはバスルームですね。
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専用車を牽いていた機関車です。
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ヴィクトリア女王のサロン・カーを牽いていた機関車です。
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機関車の運転席です。これもシンプルです。
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これがヴィクトリア女王のサロン・カーです。2両編成だったように記憶しています。
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何の部屋でしょうか。家族と過ごすシッティング・ルームでしょうか。
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寝室ですね。
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執務室でしょうか。フラッシュが反射してしまいました。
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これは多分女王のお付の人たちの座席だと思われます。
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アデレード王妃(ウィリアム4世の妃、ビクトリア女王の義理の王太后)のサロン・カーです。
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豪華な造りになっています。
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別な角度からのものです。
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フラッシュの反射が多くて、工夫が足りませんね。
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馬車タクシー。鉄道会社がドア・トゥー・ドア・サービスとして使っていたもので、駅と乗客の玄関先を繋ぐサービスでした。
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1880年代〜1920年代にロンドンとブライトンの間で使用された急行列車用の機関車グラッドストーン。
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次に向かったのはリポンにあるシトー派の修道院ファウンテンズ・アビー跡。
この写真は、アビー跡に最も近い入り口を背にして、来た道を振り返っているところです。この地点から写真奥1km弱戻って右に入る道を行くとビジターセンター、写真左に100mほど行くと駐車場があります。 -
入り口から内部に入ったところです。
この修道院跡に来たのは、バウチャーをナショナル・トラストのツーリング・パスに交換し、7日間の有効期限を確定させるためでしたが、この場所ではなくビジター・センターで交換しなければならないということでした。でも、見学後に交換するようにとのことでバウチャーを見せただけで通してくれました。
イギリス旅行に係る各種パスの日本での入手先URLを改めてここに提示します。
https://www.visitbritainshop.com/japan/sightseeing-passes/ -
修道院跡が近くなってきました。
人々と比べるとかなり大きな建物であったことがわかります。 -
鐘楼です。
怪しい天気で、今にも雨が降りそうでした。 -
鐘楼を通り過ぎ、建物跡を右回りに芝生の上を進んで行きます。
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雨がパラパラと降ってきたので、あわてて建物へ身を寄せました。
まだ、地面は乾いています。 -
この修道院はスタッドリー王立公園の中にあり、世界遺産にも登録された由緒ある中世の遺跡です。
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といっても、ヨークに来たついでくらいの位置づけだったのでナショナル・トラストのビジター・パス交換所でなければ都会や幹線道路から離れたこの場所に来ることもなかったでしょう。
しかし、来てみて世界遺産に登録されるだけの遺跡であることがわかりました。 -
いくらか地面が濡れてきました。
雨宿りのつもりでしたが、天井がなく雨脚が強くなると濡れ鼠になりそうでした。
この修道院は12世紀初頭に立てられました。遺跡の大きさからもかなり大きく繁栄した修道院だったことがわかります。 -
雨が小降りになったので時計回りに遺跡を回ります。
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上の写真の地点から後ろを振り返ったところです。
このような廃墟になったのはヘンリー8世がローマ・カトリックと決別しイギリス国教会を作りカトリックを禁止したからです。 -
禁止ということは施設も破壊するということで、カトリック・ベネディクト派の分派であったシトー会も弾圧の対象になったのでした。
この場所は天井があって雨を避けることができました。 -
この修道院と同じような破戒がイギリス各地で行われました。グラストンベリー修道院やカンタベリーのセント・オーガスティン修道院もヘンリー8世時代に破壊されました。
残念ながら、この写真を撮った位置を忘れてしまいました。 -
一旦外に出てみたら雨は小降りのままでした。
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上の写真の回廊部分に入りました。先に進むと
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このような修道院の建物が時代を経てどのように大きくなったかを示す図がありました。最盛期には建物の下に小川が流れていたようです。
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中央に見えるのは多分、修道僧たちのための食事を作る台所跡と思われます。
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小雨の中を移動して、塀を隔てた駐車場の向かいに位置すると思われる水車小屋の前まで来ました。
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水車の一部です。
昔は水車で粉を挽いて修道僧の食料を賄っていたのでしょう。 -
これはモーターのようです。
説明は見ませんでしたが、水車への水の量を調節するたものものかもしれません。 -
修道院が機能していた時代のものと思われる道具が展示されていました。説明パネルは見当たらなかったように思います。
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この地域一帯のジオラマです。
私たちのいるところは左上の微かに "You are here." と矢印で示されている場所です。そして、左隣が修道院跡、こちらから見て手前がナショナル・トラストの人が駐在する受付小屋です。 -
修道院跡には約1時間程度しかいませんでした。その後ビジター・センターでツーリスト・パスを有効化して次の目的地ハワースに向かいました。
雨脚がやや強くなってくる中で約1時間強のドライブでした。 -
キースレイの街中を通って
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ハワースへ着きました。
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ブロンテ博物館の塀です。入り口は目立たないところにあります。
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ほぼ同じ場所から後ろを振り返りました。
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玄関先から入り口の門を撮ったところです。
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玄関先から右側にカメラを振ったところです。
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更に右に振りました。
博物館の中は撮影禁止でした。
これから中に入ります。 -
中を見終わって中庭に出てきました。
左からシャーロット、エミリー、アンだそうです。 -
私たちが泊った Rose & Co Apothecary Guesthouse です。
ローズ&コー・アポテカリー 専門店
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バスルームです。
バスタブはなくシャワーでした。 -
トイレです。
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私たちの宿の向かいには「ブラック・ブル」がありました。
ここはシャーロットの弟、エミリーの兄であるブラウンウェルが身を持ち崩し酒に溺れていたパブです。
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