1997/06/10 - 1997/07/10
43位(同エリア53件中)
JIC旅行センターさん
- JIC旅行センターさんTOP
- 旅行記327冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 448,892アクセス
- フォロワー9人
■とにもかくにも現地入り
あっという間に1ヵ月が過ぎましたが、こちらの生活にも徐々に慣れてきました。
6月下旬には、気温が20℃以上の日もあって、Tシャツ1枚で街を歩けました。公園では、上半身裸のお兄さんたちやビキニ姿のお姉さんが、ベンチやブランコで日光浴をしていたものです。しかし、7月に入ってから1週間ほどは急に寒くなり、セーターの上にコートを着ています。寒い夜は、服を4枚着て、毛布を3枚かけて寝ました。
教師は私と、もう一人の日本人、そしてコンスタンチンさんというロシア人先生の3入です。正規の学生は、9月からの新2年生が15人程度、そして新1年生として12人程度入学する予定です。新2年生は、引っ越しを手伝ってくれたり、市場で声をかけてくれたりします。礼儀正しくて、明るくて、感じのいい生徒たちですが、日本語のほうはいまひとつです。ひらがなでさえ、3人がかりで1文字ずつ判読していく状態です。おそらく原因は、授業時間の少なさでしょう。
日本語の授業は月曜日に40分×2コマ、土曜日に40分×1コマのみ。一応「経済学部外国語学科・英語日本語通訳コース」と銘打たれているものの、日本語はまだ‘おまけ’というか、昨年から始まったばかりなので‘お試し期間’といったところでしょう。学生たちは、英語はそこそこできます。熱心な学生の一人、アリョーシャ君(17歳)などは、私と話す時でさえ、絶対にロシア語は使わず、英語で話そうとします。その心意気を日本語にも生かしてくれることを願うばかりです。
とは言え、学内・学外を含め、日本語学習への関心は決して低くないようです。中古車・電化製品や観光などのビジネスをしたい、プロの通訳になりたいなどなど。日本文化に興味を持ったので、という人もおり、「芸者は一般には低い身分に見られがちですが、実際には非常に鍛練や才能を問われる難しい仕事です」という話を、私はこの1カ月に2人の別々の女性から聞かされました。
■空手の街
その他、この街で特徴的なのは、空手道(極真空手)がきっかけで日本を知る人が多いことです。極真の道場は、市内に何カ所かあり、空手人口の割合は東京より高いかもしれません。カラティストはたいてい、坊主頭なので、街中で「ぼうずを見たら空手と思え」というくらいです。そして日本語の「こんにちは」「ありがとう」は知らないのに、なぜか1から10までの数字が全部言える人も、まずカラティストに間違いありません。先日道場の稽古を見学させてもらいました。胴着のよく似合う「センセイ」と、おじさん、若いお兄さん、小学生、20代の女性、3歳くらいのちびちゃんなど、総勢9名の弟子たちがいました。「センセイ」はもちろんロシア人てすが、稽古はほとんと日本語で行われます。1から10までの掛け声はもちろん、「オス(押忍)」、「セイザ(正座〉」、「正面に礼」などと猛々しい大声で叫び、まさに真剣そのものでした。
■生まれて初めての薪拾い
住居はすべて無料で、最初の10日間は同僚の日本人と2人暮らしでした。アカデミーの目の前の広くてきれいな部屋でした。難点は、お湯が出ず、薪でわかさなければならないことです。私は生まれて初めて薪で火を起こしました。シベリア(ウラジオなど〉はこのような方式が多いのでしょうか。でもカムチャッカ、特にここぺトロパヴロフスク市内では、薪方式はほとんどお目にかからないようです。それでも次第に、テクニックを会得し、道を歩いては、たきつけになるような枝を拾い集め、手際よくわかせるようになった頃、いきなり「一人部屋にしてあげるから出ていけ」と言われました。今はアパート住まいです。部屋はありがたいことにかなり奇麗で、お湯も出ます。電話がないこと以外はほぼ満足しています。台所もあるので、市場で野菜や、地元でとれた新鮮な山菜やきのこを買ってきては、毎日なにがしか作っています。
やっと環境が整いつつある毎日です。もうじき私も「センセイ」になります。
(JICインフォメーション 第85号 より転載)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
0