2014/07/21 - 2014/07/21
20位(同エリア99件中)
Tomさん
姉夫婦と私たち夫婦の4人で、2014年7月9日(日本出発)から8月6日(日本到着)まで約一ヶ月、イギリスを旅行しました。
イギリス到着直後から約1週間ロンドンに滞在。
その後16日から23日まで南西部・南部・南東部をレンタカーで周遊。
24日から30日まで再びロンドンに滞在し、30日夕方に姉夫婦は一足先に帰国。
7月21日はステイニングのホテルを出て、まずブライトン(Brighton)へ行き、街歩き。次にセブン・シスターズ(Seven Sisters)、イーストボーン(Eastbourne)近辺にあるペンバンジー城(Penvensey Castle)や、バトル(Battle)へ行き、1066年の戦いの跡地(1066 Battle of Hastings, Abbey and Battlefield)を訪れ、ヘイスティングズ旧市街のB&Bに宿泊しました。
ロンドンを出てから1泊したら次の土地に行くという生活を続けており、辛くもありましたが、長い間訪れる機会のなかった者にとってはあれもこれもということで消化不良は承知の上で一気に詰め込んできました。
旅行した時期から7ヶ月以上、前回の投稿から3ヶ月以上経っているので、記憶が薄くなりかけ、情報も古くなってきていますが、よろしかったらお付き合いください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ステイニングから南下して海岸線を走るA259号線を東へと走っているところです。時間は8時半頃。緯度が高いのと朝ということで太陽の角度は高くありません。
そろそろブライトン市内に入ろうとするところです。駐車場は予め目星をつけておいたのですが、その近くが工事中だったため入り口まで遠回りをしなければならず、手間取りました。 -
駐車場から徒歩でブライトンでの must、ロイヤル・パビリオンに向かいました。初めての土地であり、効率的な道筋を取れませんでしたが、入り口近くの庭園の中を歩いて行くと、
ロイヤル パビリオン 城・宮殿
-
見えてきました。ロイヤル・パビリオンの入り口です。
-
ハノーバー朝のジョージ4世が皇太子時代に夏の別荘として外観はインド・イスラム風に、内装は中国風に建設させたものです。
-
入場料は日本円で約3,500円。ナショナル・トラストやイングリッシュ・ヘリテッジのパスは使えません。多分、王室又は個人(法人)の持ち物なのでしょう。
内部撮影は禁止されていました。 -
次に向かったのはブライトン・ピアです。中央に見える建物の中にゲームセンターや娯楽施設があります。
ブライトン ピア テーマパーク・動物園・水族館・植物園
-
徐々にブライトン・ピアに近づいてきました。
ピアとは桟橋のことですが、船が係留されてはいません。昔はどうだったのでしょう。 -
ピアの上から海岸線を見たところです。
夏になると海水浴客で賑わうそうですが、この日は閑古鳥が・・・ -
ピアの上から観覧車を撮影しました。
動いてはいましたが、乗っている人は少ないようでした。 -
ピアの上から入り口ゲートを撮りました。入場料は設定されていませんが、ゲームセンターやスナック屋台でお金が必要です。私たちはベンチでの飲み物にしか出費しませんでした。ゲーム好きの人や子供には面白いところかもしれませんが、私たちにとってはただのランドマークでした。
-
街中に戻って、ザ・レーンズ(The Lanes)へ。
-
ブライトンのザ・レーンズ(The Lanes)とは小さな路地が縦横にめぐらされている一帯を指し、自動車が通れないほど道が狭いです。
写真は路地の一つへの入り口です。 -
ここには古道具、アンティーク、宝飾品を扱う小さな店が立ち並んでおり、じっくり見て回れば掘り出し物が見つかるような雰囲気です。
-
7月も下旬に入ったばかりなので、観光客らしき人もすくなかったのですが、8月になるとかなり賑わうだろうと想像できます。
-
昼食はこのイタリア・レストランで摂りました。スパゲティーをメインにしたような覚えが・・・・物価の高いイギリスなので、それなりの値段でした。
-
昼食を終えて、セブン・シスターズ(Seven sisters)へ向かうところです。
そろそろ目的地に近づいてきました。 -
予めグーグル・アースで、自動車で簡単に行けて最も眺めが良い場所を調べたら、この写真の場所に駐車場らしきものを見つけたので、地図画像を頼りに辿り着きました。駐車場といってもちょっとした空き地のようなもので無料でした。
左側の車列の奥に白い崖(チョーク・クリフ)が微かに見えます。 -
セブン・シスターズとは7人の姉妹の顔が描かれている場所ではなく、7つの白い崖が連なっている場所を指します。私の身内にもここに来るまで7人の顔が描かれていると思っていた者がいましたが、言葉だけだとそう思ってしまうのも無理ないかもしれません。
-
義理の兄はここに来ることを相当期待していたらしく、一人でどんどん先に進んで行きました。
上に大きく見える崖はセブン・シスターズの西端です。
写真は午後1時半頃、西側から東に向けて撮ったものです。 -
もう少し良い写真が撮れる場所はこの先の右側あたりだと思われますが、そこまで行っては帰りが辛くなりそうなので、この辺りでやめておきました。
-
上の写真を撮った位置でカメラを左に振ったのがこれです。この写真の左奥にA259号線が通っておりバスの便もあるようです。グーグル・アースで距離を測るとセブンシスターズ・カントリーパークから上の写真にある崖の麓までは約2kmあります。麓から西側に上る道もあるようなので、バスで来ても上の写真やこの写真を撮った場所にも来れると思います。
セブンシスターズ カントリーパーク 国立公園
-
次に向かった先、ペバンジー城の駐車場にあった料金支払い機です。観光地の有料駐車場には大抵このような機械が設置されていて、お金を入れると出てくる紙片を車のダッシュボードに表示するシステムになっています。
金額は駐車予定時間によって異なりますが、予定時間を過ぎても係員に見つからない限り追加料金を払うことはないようです。だからといって支払料金をはるかに超える時間の駐車が見つかるとどうなるかは知りません。 -
ペバンジー城への入り口付近です。左側に敷地内への入り口があります。城そのものは入り口をくぐって約200m進んだ所にあり堀に囲まれています。
-
上の写真で説明した入り口のちょっとした門をくぐって先に進むとこのような光景が見えてきます。
-
城への入り口です。
堀と入り口への橋が見えます。 -
この入り口のアーチをくぐってすぐ右側(写真中央部、石壁の陰の辺り)に入場券売り場があります。この城は、イングリッシュ・ヘリテッジのパスが有効ですので、財布からお金を出す必要はありません。
-
入場者チェックを受けた直後、城の内部を見回すとこんな光景が目に入ります。
-
ペバンジー城は紀元290年頃に建てられたローマ軍の砦が起源です。
ローマ軍が去ってからは廃墟になっていましたが、1066年になりノルマン人が占拠し再建されました。 -
この説明にはノルマン人によるイギリス支配の始まり(1066年)から約300年間、この城が王家や貴族が所有していたと書かれています。
-
中央に見える石組みの土台はチャペルの跡です。土台の上は木造建築だったので今ではこんな具合になっています。
-
この大砲は16世紀後半のものでデミ・カルバリン砲というものです。レプリカですが、砲身にエリザベス1世を示す刻印がなされています。見てのとおり前装砲で砲弾は6ポンドのものを射出したそうです。
-
さて、駐車場を出て、次はバトル(Battle)に向かいます。
駐車場を出てすぐの光景。撮影者の後ろ側にペバンジー城の入り口があります。 -
バトルの町にやってきました。
駐車場へ車を入れて、バトル・アビーと古戦場(Abbey and Battlefield)への入り口へ向かうところです。
前方を左右にA2100号線が走っています。中央にあるT字路を右に行くとヘイスティングズへと続きます。 -
ここから修道院(Abbey)跡へ入ります。この建物内に入場券売り場がありますが、ここでもイングリッシュ・ヘリテッジ・パスが有効です。
-
入り口を出たところです。この建物はグレート・ゲートハウス(Great Gatehouse)というものですが、残念ながら全体像を撮り損ねました。綿密な下調べをせず、急いで周遊するとこんなことが多いです。
-
グレート・ゲートハウスの全体像を示す表示がありました。バトル修道院(Battle Abbey)の力を示すような威厳のある建物です。
-
1066年のヘイスティングズの戦いに関する説明版です。
-
修道院跡に近づいてきました。
-
これから内部に入ります。
ウィキペディアによると、1070年に当時のローマ法王アレキサンダー2世がこの地で起きた「1066年ヘイスティングズの戦い」の戦死者を弔うためにウィリアム征服王に修道院の建設を命じたのが始まりです。 -
修道院に入って間もない僧たちの共用スペースだったようです。
-
同じく共用スペースです。
修道院は、ウィリアム征服王の息子ウィリアム2世の時代、1094年に完成しました。 -
グーグル・マップ等ではツーリスト・インフォメーション・センターとなっています。昔は学校だったようです。
時間の都合上、中には入りませんでした。 -
上の写真の位置で通ってきた方向を振り返ったものです。
-
石組みはチャプターハウスの土台です。
-
教会の跡地です。ここでウィリアム征服王と戦ったハロルド王が戦死しました。征服王がその場所に教会で最も重要な祭壇を置くよう命じたと伝えられています。
-
外壁の上から見たA2100号線です。
手前がヘイステイングズへ、奥へ行くとA21号線と合流します。 -
今日の宿はヘイスティングズの Foyles B&B です。1階がパイ等を扱う小さな店兼食堂になっていて、朝食はそこで摂ります。ヘイスティングズの海岸や旧市街に面していて観光にはローケーション抜群です。
私たちがが泊ったのはファミリー・ルームで、ダブル・ベッドの他にシングル・ベッドが2台ありました。
ランドレディーは日本に長くいたことがあって、日本語での会話も全く問題ありませんでした。
http://www.foyleshastings.com/foylesbedandbreakfast.htmヘイスティングズ城 城・宮殿
-
これが私たち夫婦専用のバスルームですが、同じ階の別な場所に行かねばなりませんでした。部屋によってエンスィートのものもあります(姉夫婦の部屋はそうでした)。
-
上の写真の背後にはバスタブがあります。
シャワーカーテンの代わりにガラス板がありますが、シャワーを使うと下の方から水が床に垂れてしまいます。
イギリスにはこんな造りをしているバスルームが結構見られます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
49